第11話:「※それは知略、それは無垢(後編:静かな共犯関係のはじまり)」
その日の放課後の教室。
誰もいなくなった教室の窓際に腰をかけ、
山本結衣は校内チャットアプリをそっと開いた。
画面に並ぶ“公式”連絡用スレッド。
その中で、彼女は一通だけメッセージを打ち込む。
「……さっきはありがと。答えは、どっちでもいいよ」
宛先は、蓮。
送信ボタンを押したあと、
彼女はスマホを机に置き、別のスマホを取り出す。
もう一つの、“現実よりもリアルな世界”に接続する端末。
アプリを立ち上げ、
グループ作成画面に進む。
[招待] misu_clari_55
[招待] tkm_soccer27
[招待] ryoko_gen_ai
[招待] …
……[招待] 東條玲央 → ✕(未選択)
指が、ふっと止まる。
「……“壊す”って、こういうことから始まるんだよね」
グループ名:「#Rebuild」
一瞬、入力を迷ったが、すぐにピン留めを選んだ。
それは、静かな共犯関係のはじまりだった。
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──通知音だけが、静かに灯る。
夕焼け色に染まった校舎のどこかで。
誰にも知られず、“指先”だけがつながっていた。
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[21:34] yui_3jsb_luv:
おっ?なんかやってるねー
──山本結衣は、軽く流すようなテンションでグルチャを立ち上げた。
けれどその内側には、静かな決意があった。
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[21:34] misu_clari_55:
…なにこれ。ちょっと緊張感ある?
──西村美鈴は、譜面台の横にスマホを置き、クラリネットを磨いていた。
今日、自分の音が誰かに届いたことを思い出しながら。
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[21:35] ryoko_gen_ai:
うん、でも私たちで決めたことだし。
──佐藤涼子は部室の隅でタブレットを閉じ、深呼吸。
“守られる側”から、“支える側”へ。意識が静かに切り替わっていた。
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[21:35] tkm_soccer27:
ってか、グルチャ名w「#Rebuild」って誰がつけた?
──藤井拓真はトレーニングマットの上でスマホを持ち直す。
くだけたように見える言葉の裏には、ずっと見守っていた親友への想いがあった。
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[21:35] yui_3jsb_luv:
あたしだが?笑
“再構築”、イマドキでよくない?
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[21:36] ryoko_gen_ai:
かっこいいと思う…(ほんとに)
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[21:37] misu_clari_55:
やっぱり、蓮くんにはまだ…?
──少しの不安と、でも信じたい気持ちが混ざった問い。
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[21:37] tkm_soccer27:
今回はナシ。本人が選ぶまで、見守る。
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[21:38] yui_3jsb_luv:
そ。外から動かすだけ。今の彼は、中心にいるのに、まだ気づいてない。
──“自覚のない主役”。
でもだからこそ、今は“支える誰か”が必要だと結衣は思っていた。
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[21:38] ryoko_gen_ai:
…それでも、届くと信じてる。あの人の、真ん中に。
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[21:39] misu_clari_55:
“音”で支える。
それが、私にできることだから。
──その指は、まだほんの少し震えていた。
けれど、今日よりも明日へ向かう意志だけは、まっすぐにあった。
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[21:40] tkm_soccer27:
ま、俺はいつでも出るよ。蹴りの一発くらい。
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[21:40] yui_3jsb_luv:
やめい笑
でも、ありがとう。みんなの温度が嬉しい。
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[21:41] ryoko_gen_ai:
わたしたちは、“彼を守るため”じゃない。
“自分たちで進むため”に、ここにいるんだよね。
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[21:42] yui_3jsb_luv:
──なら、もう始めよう。
#地位協定は、壊す。
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\[system message] グループ名「#Rebuild」がピン留めされました。
この夜、秩序の綻びは、目に見えぬ場所から始まっていた。
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──夕方の部活終わり、帰宅後の部屋。
西村美鈴は、クラリネットのキーをクロスで丁寧に拭いていた。
楽器をしまうには、まだ少しだけ早い。
夕方の空気がほんのり残る窓の外。
今日という一日が、ようやく身体に馴染んできた頃だった。
(野中くん……少しだけ、前を向けてた)
吹いた音が、彼の心に届いたかどうかはわからない。
でも、拍手があった。
それだけで、もう十分だった。
机の上に置いたスマホが、静かに光る。
画面には、新しく作られたグループチャット【#Rebuild】。
自分の名前が、そこにあった。
(“その場にいる”って、こんなにあったかいんだ)
「……また、吹こう。
今度は、誰かに聴かれても、ちゃんと笑えるように」
リードケースを閉じ、軽く息をついたそのとき。
「美鈴〜、ごはんできたよー」
「うん、今行くね」
クラリネットのケースを、静かにカチリと閉じる。
ひとつ区切りがついた気がした。
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──同じころ、山本結衣は自室にいた。
カーディガンの袖口を少し伸ばして、スマホを指でなぞる。
画面に表示されたのは、【#Rebuild】。
ピン留めされた通知が、ぽつんと灯っていた。
蓮には伝えていない。
あえて、伝えない。
でもこの“場所”は、
彼のために、そして自分たちのために作ったものだ。
(蓮くんが、選ばないままでも――
私たちは、ちゃんと“選んでる”から)
階下から、母の声が届く。
「結衣ー、ごはんできてるわよー」
「はーい、今行く〜」
スマホを伏せて、ベッドの上に放った。
今日のことを反芻するように、ふっと笑う。
「さ、「俺たちの戦いはこれからだ…!」ってね」
誰に言うでもなく、誰に聞かせるでもなく。
でも、その声はちゃんと、胸の中に響いていた。




