第10.5話:「※その指先が、火を灯す」
校舎の壁にもたれ、ポケットの中でスマホをいじる。
東條玲央は黙っていた。誰もいない放課後。風すら吹かない、無風の夕方。
タイムラインを指で滑らせていく。
誰かの写真。誰かの投稿。誰かの“青春”。
──そして、画面の中に、涼子と拓真がいた。
ポテトをつまみ合い、笑い合い、
何でもない“幸せ”を演じる、クラスで一番「清潔」なカップル。
(……くだらない)
誰にも聞こえないように吐き捨てる。
もう、俺の手の中からこぼれ落ちたもの。
でも、忘れろなんて言われても無理だ。
心のどこかに、ずっと引っかかってる。
「俺は、負けたんじゃない。捨てられたんだ」
画面をスクショ。別アカウントのSNSを開く。
──投稿内容:
「文化祭以降、“風紀様”に守られてるって勘違いしてる人いませんか?笑
自分で“選んだ男”すら、演技にハマってたって気づかないとか、草。
一番見えてないのって、自分じゃない?」
添付されたのは、どこかのカフェで笑う涼子の写真(盗撮気味)。
タグは伏せ、名前は出していない。だが、誰が見ても“あれ”だと分かる。
数分後。
拡散。引用。共感と非難が交差しながら、
小さな火種は、じわじわと広がりはじめていた。
「拓真先輩」
部活帰りのグラウンド前、サッカー部員に呼び止められた拓真は振り向いた
「どした?さっきのパス、よかったよ」
「ありがとうございます。それよりも…これ、先輩のことですよね…
かなりバズってるようで…」
部員のスマホを開いた拓真が顔をしかめる。
「……は?」
表示された投稿を見て、血の気が引いた。
(これ、おい……)
目を逸らすと、怯えていた部員がいて宥めた。
「ごめん、そんなに怖い顔、してた?」
「はい…普段の先輩とは違うほどに」
「だからごめんって、シェイクでも何でも奢るからさ、許して」
「わかりました」
「それと…手遅れかもしれないけど、このこと、ちょっと黙っててくれると、助かる…」
「…わかりました。僕はこのことは「知らなかった」ことにします」
「わりぃ…」
後輩を奢り去った後、玲央の連絡先を開いた。
──未読のまま、LINEを送る。
『あれ、お前だよな? 今から話せるか?』
数分の既読。返信はない。
翌朝
昇降口前に立つ玲央の姿が、ガラス越しに見えた。
「……お前、やっぱりそういう手段でしか、向き合えないんだな」
拓真の声は、静かだった。怒鳴らない。けれど、抑えきれない怒りが滲んでいた。
玲央はスマホを閉じた。
「なにが。“向き合う”?
こっちは最初から、こっちだけを見てたわけじゃねーだろ?」
「関係ねぇよ。涼子の人生に、お前が泥塗る権利なんてない」
「……お前が、蓮とくっつかなきゃ、俺は“負けた”で済んでた」
その言葉に、拓真が一歩前に出る。
「だからって、何してもいいって思ってんのか?」
「違うよ。何しても“誰も止めない”って、分かってるだけ」
一瞬、沈黙。
朝の光が、ふたりの影を長く伸ばす。
「……ざけんな」
拓真が拳を握り締める。
だが、手は出さない。ただ、睨むだけ。
玲央は、顔を歪めて笑った。
「正義感デスか?お似合いだな、“ヒーロー様”」
「違ぇよ。……俺は、涼子を守りてぇだけだ」
そう言って、拓真は背を向けた。
玲央はその背中を、黙って見送った。
──何も壊れなかった。でも、何も戻らなかった。
階段をひとり降りながら、玲央は独りごちる。
「そっちが本気出すなら──俺も、やってやんよ」
スマホの画面には、“蓮”の名前。
「次は……お前だ」
その指先が、また火を灯そうとしていた。




