第10話:「※どこか遠くの、きみのこと(後編)」
山本 結衣は、歩きながら思考を巡らせていた。
あのカフェで見かけたのは、間違いなく拓真と涼子。
そしてその会話内容も、スマホ越しに――いや、実際の空気だけで、だいたい察しがついた。
(やっぱり、蓮のことだったんだ)
靴音が静かなモールの通路に溶けていく。
結衣の頭の中には、蓮という存在がはっきりと浮かび上がっていた。
(いじめられてたのに、何も言わず、今も普通の顔して生きてるあの子……)
(なんか、腹立つ)
結衣はベンチに腰を下ろし、スマホの画面をタップした。
メッセージ欄には、以前撮った“涼子と蓮のツーショット”が保存されている。
(でも……なんか、悔しいのは、あたしのほうなのかも)
玲央が構築してきた“地位協定”は、もう崩れかけている。
涼子も抜けた、拓真も動いた、玲央は焦ってる。……その中で、結衣だけが静かに燃えていた。
(このまま終わるなんて、絶対つまんない)
彼女はメッセージアプリを開き、ある名前にカーソルを合わせた。
――野中 蓮
結衣はためらわず、送信ボタンを押す。
「今日、ちょっとだけ話したいことがある」
「あなたにとっても、悪い話じゃないと思うよ」
送ったメッセージを見つめながら、結衣は小さく笑った。
「さあ、どう動くの、オタクくん?」
その日の夜。蓮のスマホに、通知が届いた。
『山本 結衣』という名前に、少しだけ目が止まる。
(……なんで、結衣先輩から?)
文章を開き、しばらく沈黙。
「……話したいこと?」
その文面に嘘は感じなかった。でも、どこか底知れない気配もある。
(もしかして、また“地位協定”関係か……?)
少し悩んでから、蓮は返信を打つ。
「わかりました。明日の昼休み、空いてます」
“送信完了”の表示とともに、ほんの小さな不安が胸に残った。
夜の街。結衣はイヤホンを片耳に入れ、スマホを見下ろしていた。
蓮からの返信を見て、ゆっくりと笑う。
「さて――始めようか、あたしのターン」
モールのガラスに映った自分の姿が、いつもより少しだけ鋭く見えた。




