未練
あたしはカラスのミミ。
偉大なる死神、フレイ様の使い魔をしている。
フレイ様のお仕事は、死んだ人間の魂を死者の国に連れて行くことだ。
魂は火葬場や葬儀会場を彷徨っていることが多い。だからそれらの場所に行けば、簡単に魂を回収できるってわけ。
今日のフレイ様は葬儀会場に向かうようなので、あたしも一緒にお供した。
会場に着くと、すぐにフワフワと上空を漂う魂を見つけた。よし。今日のターゲットはアレね。あたし達は魂に近付いた。
魂もこちらに気付いたようで、困惑顔であたし達を見ている。フレイ様は人好きのする笑顔を見せながら、ゆっくりと口を開いた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「君は、えーっと……」
フレイ様が上着のポケットをあさり、小さな手帳を取り出した。
この手帳には死んだ人間の個人情報が事細かに記載されている。例えば名前。それに死因。更には家族構成や生年月日、好きな食べ物まで記載されている。これを見れば魂の全ての情報が丸わかりってわけだ。
フレイ様は手帳にサッと目を通し、内容を確認したところで再び魂に笑顔を向けた。
「真壁典幸君だね?」
「は、はい! ――貴方は?」
「私は死神だ。君の魂を死者の国に送り届ける為にここへ来た」
「え!? そうなんですか!?」
「うん。真壁君は自分が死んだことは理解してるよね? たまに死んでる事にさえ気付いていない人間がいるんだ」
「は、はい。何か体透けてるし、今葬儀会場で俺の葬式やってるし、誰かに話しかけても全く見えてないようなので、俺幽霊なんだなって気付きました」
「ほー。よく気が付いたね。えらいえらい。じゃあ早速死者の国に行こうか」
フレイ様は真壁君の腕を引っ張った。
だが、真壁君は動こうとしない。眉をハの字にして、泣きそうな表情で葬儀会場を見ている。
「真壁君、どうしたの? 早く行こうよ」
「……俺、行きたくありません」
「何で? あ、もしかして不安なの? 大丈夫だよ、死者の国はいいとこだよ。きっと君も気に入る筈だ」
「いや、そうじゃなくて……」
それでも真壁君は動こうとしない。
はぁー、面倒くさいわねぇ。こういう反応をする魂って、結構多いのよねぇ。
何故、死者の国に行きたがらないのか? 理由は一つ。
それは、『未練』だ。
十中八九、真壁君はこの世界に未練があるのだろう。フレイ様もすぐにその事に気付いたようで、引っ張っていた腕をゆっくりと離した。そして、慈悲深い表情で真壁君を見つめた。
「真壁君はこの世界に未練があるのだね。その未練とは、何だい? 良かったら私に聞かせてくれないか?」
「……」
や、優しいフレイ様!!
流石です! あたしだったら未練なんて知ったこっちゃないって無理矢理にでも死者の国に連れて行くのに。
だが、真壁君……いや、真壁のアホは口を開こうとしない。泣きそうな顔でうつむいているだけだ。イライラしてきたあたしは、真壁の前まで飛んでいき、くちばしで頭をつついた。
「こら! フレイ様が聞いてるでしょ! さっさと答えろ!!」
「えぇ!? カラスが喋った!?」
「うるさい! あたしが喋れることなんてどうでもいいでしょ! それよりフレイ様の質問に答えろ!」
真壁は少し逡巡した後、覚悟が決まったのかギュッと目を瞑った。そしてあたし達に向かって大声で叫んだ。
「俺……俺! 妻の事が心配なんです!!」
「妻ぁ? フレイ様、コイツ奥さんいるんですか?」
あたしが問いかけると、フレイ様はパラパラと手帳をめくった。目的のページが見つかったようで、ふむふむと言いながら目を通している。
「あぁ……、そのようだね。真壁美智子。二十五歳、真壁君とは大学の時に知り合いそのまま結婚。結婚生活は三年目に突入していたようだね」
「そうです。美智子は俺の大切な女性です。彼女のことが心配なんです。だって俺達、すごく愛し合っていたから……。美智子、俺が死んだら生きていけないと思うんです」
「ふむ……」
フレイ様は考えるように口元を押さえた。
そんなフレイ様を見ながら、悲壮感あふれる表情で真壁は話を続ける。
「俺がいないことに耐えられなくて、後追い自殺でもしたら大変です。美智子にはこの先も生きていてほしい。俺がいなくても幸せになってもらいたいんです」
「……」
「だから俺、これからも美智子のそばにいたい。見守ってやりたいんです。それで美智子が死のうとしたら、何としても止めてやりたいんです!」
「ふーん……」
真壁の話を聞いて、あたしはうるっときた。
なによ……、真壁っていい男じゃない。奥さんの事が心配だから地上に残りたかったのね。これが真実の愛……。素敵……。二人はとても愛し合っていたのね。
だか、フレイ様は浮かない顔だ。
うーんと唸りながら何か考え込んでいたが、何か言いたいことがあるのか控えめに口を開いた。
「でもさぁ、君はつらくないの? 多分美智子、すぐに君のことなんて忘れちゃうよ?」
「忘れていいんです。それで新しい恋をしてほしい。その男と幸せに過ごすところが見れたら、俺は死者の国でもどこへでも行きます」
「ふーん。分かった。じゃあ、美智子が幸せになるのを見届けてから死者の国に行こうか」
「え!! それまで待ってくれるんですか!? 多分、何十年もかかりますよ?」
フレイ様は、はははと笑った。
「いや、そんなにかからないよ。だって美智子、今君の親友と情熱的な恋をしているからね。その親友と幸せに過ごす姿が見られたら、君も満足するんだろ? そんなのすぐ見れるよ。だから大丈夫」
「え?」
真壁はフレイ様の言葉が理解できないのか、きょとんとしている。
あたしも同じくきょとんとした。
「フレイ様……。美智子、真壁の親友とデキてるんですか?」
「うん、そうらしいね。手帳に書いてあるよ。真壁君の死因はね、『毒』だ。美智子と真壁君の親友は愛し合っていた。それで真壁君が邪魔になったから、毒を飲ませて殺したようだね」
真壁の顔が真っ青になってきた。
「そんな……!じゃあ、警察はなんと言っているのですか!?」
「警察は気づいていないよ。真壁君の死因は『突然死』だと思っている。美智子達は完全犯罪を行なったってわけだ」
「そんな……。だって美智子は俺のことを愛していた。ずっと一緒にいたいって言っていたんだ!!」
「ふふ……。人の気持ちなんてすぐに変わるものさ。以前は君のことを本気で愛していたかもしれないけれど、君の親友に出会い、心変わりしたんだろうね」
「そんな……、そんな……」
真壁はうつろな目をしながら、呆然とその場に立ち尽くした。
あたしは居た堪れなくなり、真壁から目をそらした。
か、可哀そうな男ね。
愛していると思っていたのは、自分だけだったのね……。
「……」
でも、よく考えたら、これで真壁の未練もなくなったんじゃない?
自分を殺した女の行く末を見守りたい人間なんていない。美智子の事はすっぱり見限って死者の国に行ったほうが、真壁にとってもいいはずだ。
そう思ったので、私は真壁に話しかけた。
「真壁。残念だったわね。もう美智子の事は放っておきなさい。それで、あんたは死者の国で幸せに暮らせばいいじゃない」
「……嫌です」
「え?」
「嫌だと言ったのです」
先ほどまでうつろな目をしていた真壁だが、今は焦点がはっきりしている。
表情は怒りに燃えていて、今にもあたし達に襲い掛かってきそうな勢いだった。そんな表情を見て、思わずあたしはたじろいだ。
「ま、真壁……」
「絶対俺は死者の国になんていきません」
真壁はきっぱりと言った。
「じゃあ、どうするのよ」
あたしが問うと、真壁は獰猛な笑みを見せた。
「ここに残り、美智子を呪い殺してやる」
「!」
真壁はあたし達に背を向け、葬儀会場を睨んだ。
「絶対許さない! 美智子ぉ……!」
そう言うと、真壁の魂は美智子のいる葬儀会場に飛んで行ってしまった。
残された私とフレイ様は、呆然と真壁が飛んで行った方角を見つめていた。
フレイ様がポツリとつぶやく。
「あらら……。悪霊になっちゃったね。あれじゃあもう、死者の国には行けないね」
「あららじゃないですよぉ。何で美智子と真壁の親友のことを話したんですか? あの真実は知らせない方がよかったと思います」
「ふふ……。だって面白くなりそうだったから」
「……」
あー。フレイ様ってこういうところあるのよね。
なんでもかんでも面白さ優先なのよね……。困った人ね。
フレイ様はニコニコしながらあたしの方へ目を向けた。
「悪霊なんて久々に見たよ! あれは必ず目的を達成すると思うよ! いやぁ、いいもの見れたねぇ」
「フレイ様ったら……」
まぁ、いっか。
死者の魂が悪霊になろうが、死者の国で幸せに過ごそうが、知ったこっちゃない。
それよりあたし達には次の仕事がある。
「じゃあ、フレイ様。そろそろ次の魂のところに行きましょう」
「うん、そうだね。行こう行こう。次は火葬場にでも行こうか」
そんな話をしながら、あたし達は次なる目的地へと向かったのだった。
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