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第六話:反省と新生活

エリカは屋敷に戻ると、早速畑仕事をしている両親の元へ向かった。疲れた様子も見せず、決闘であった出来事を一気にまくしたてる。


「それでね、決闘に負けたから、クレイ・フォン・アーデルハイトの屋敷に住むことになったの!」


母が目を丸くし、父は驚きで椅子から転げ落ちる。

「ちょっと待ちなさい! ミリア、何を言っているんだ? 決闘で負けたって、どういうことだ?」


「そのままの意味よ!」

エリカは手を腰に当て、胸を張る。

「これも私がこの家を立て直すための第一歩なの。決闘で負けたからって気を落とす必要はないわ。あの屋敷に住むことになれば、また成り上がるチャンスはいくらでもあるもの。」


「しかし……」

父は困惑しつつ、娘の勢いに押され気味だった。

「それにしても、あのアーデルハイト家に……。お前、本当に大丈夫なのか?」


「もちろん!」

エリカは即答する。

「心配しないで、私は私のやり方でやるわ。じゃあ準備するから。」


両親が止める間もなく、エリカは自室へ向かい、支度を始めた。その様子を見たクラウスがため息をつきながら後を追う。


「お嬢様、一人で向かわれるのは少し不安がありますので、私も同行させていただきます。」


「好きにすれば?」

と軽く答えるエリカは、自信に満ちた表情で支度を整えると、クラウスとともに屋敷を出発した。


馬車の中──


クレイの屋敷へ向かう途中、エリカは窓の外を眺めながらぽつりと呟いた。


「で、クラウス。あの決闘で私が負けた理由、分かる?」


クラウスは腕を組み、少し考えてから答えた。

「一言で言えば、技術の差ですね。お嬢様は圧倒的な魔力量をお持ちですが、それを扱う経験や戦術が不足していました。特に、クレイ様はお嬢様の動きを冷静に観察し、隙を突いて攻撃を仕掛けてきました。」


「ふーん……確かに、あの最後の一手は私の力不足だったわね。」

エリカは唇をかみ、悔しそうな表情を浮かべる。

「でも、次は同じミスはしないわ。」


「そのためには、訓練が必要です。」

クラウスは落ち着いた口調で続けた。

「まずは魔法の基礎をもっと徹底的に学び、攻撃の速度と正確さを上げること。それと、相手の動きを読む戦術眼も必要ですね。」


「地味な話ね。」

エリカは退屈そうにため息をついた。

「でも、それをしなきゃ次も負けるってことね。分かったわ、少しだけ付き合ってあげる。」


クラウスは微笑を浮かべた。

「よろしい。それから、お嬢様が放つ最強魔法は確かに強力ですが、その分発動に時間がかかります。隙を減らす方法も考えなければなりません。」


「なるほどね……」

エリカは考え込む。

「それなら、最強魔法をもっと早く発動できる練習も必要ね。でも、そんなことできるのかしら」


「理論上は可能です。」

クラウスは静かに頷いた。

「お嬢様ほどの魔力量をお持ちなら、基礎が身につけば大抵のことは実現できます。」


「ふふっ、褒めるのが上手いわね。」

エリカは嬉しそうに笑う。

「いいわ、次は絶対に勝つために、ちゃんと準備してやる!」


馬車はゆっくりとアーデルハイト家の屋敷へと近づいていく。その中で、エリカの瞳には決意の光が宿っていた。


クラウスはそんな彼女の横顔を見つめ、小さくため息をつきながら心の中で呟いた。


「これからが本当の戦いですね、お嬢様。」



馬車がアーデルハイト家の屋敷の前に着くと門が静かに開き、エリカたちを迎え入れる。豪華な屋敷を目にしたエリカは、思わずため息を漏らした。


「やっぱり素晴らしいわね。この規模、この装飾、私にふさわしい!」


馬車を降りると、クレイが使用人たちを従え堂々と出迎えに立っていた。彼はエリカに軽く頭を下げ、口を開く。


「よく来たな。部屋を用意してある。案内しよう。」


「ふふ、さすがね。これぐらいのもてなしは当然だけど。」

エリカは得意げに胸を張り、クラウスをちらりと見た。「行くわよ!」


クラウスは小さくため息をつきながら、後をついていく。



案内された部屋は、エリカの想像よりもやや狭いが、清潔で優雅な家具が揃っていた。窓からは庭園が見え、ふわりとしたカーテンが風に揺れている。


「まあまあ、悪くないわね。」

エリカは部屋をぐるりと見渡し、ソファに腰掛けた。「広さは少し物足りないけど、贅沢さを感じる空間ね。」


そのとき、扉が軽くノックされ、若いメイドが入ってきた。茶色の髪を後ろでまとめた清楚な女性だ。彼女はエリカに丁寧に一礼すると口を開く。


「ミリア様、お目付役としてお仕えすることになりました、リーゼと申します。本日からお世話させていただきます。」


「お目付役?」

エリカは眉をひそめた。

「何をするの?」


「主に食事のマナーや貴族としての振る舞い、さらには社交の場での作法をお教えいたします。」


「なるほど……まあ、覚えておいて損はないわね。」


リーゼの指導が始まったが、エリカはすぐに頭を抱えることになった。ナイフとフォークの使い方ひとつとっても、細かい決まりが多く、食事中に姿勢を保つのにも苦労する。


「こうです、ミリア様。」リーゼが優しく手本を見せるが、エリカは何度もため息をついた。「こんな小難しいこと、前の世界では必要なかったのに!」


クラウスは影からそっと彼女の様子を見守りながら、心の中で応援する。


「お嬢様、頑張ってください……ここを乗り越えれば道は開けます。」



だが、最もエリカが苦戦したのは社交ダンスだった。リーゼは一生懸命に基本ステップを教えるが、エリカの動きはぎこちなく、何度も足を踏み外す。


「なんでこんなに難しいの!」

エリカは床を軽く踏みつけ、苛立ちを露わにする。


リーゼは微笑みを絶やさず、再びエリカに指導を始める。「パーティーでは、貴族の女性として優雅に踊れることが求められます。クレイ様もご期待されておりますので、頑張りましょう。」


その言葉に、エリカはムッとした表情で返した。

「期待されてるって……あの男、何様のつもり?!」


そこへタイミングよくクラウスがやってきた。

「お嬢様、まずは基本を繰り返し練習することが重要です。ダンスも魔法と同じですよ。」


「そう簡単に言わないで!!」エリカは苛立ちをクラウスにぶつける。

「……まあいいわ。この私に魔法ができてダンスができないわけがないじゃない。」


エリカは少しずつステップを覚え始めた。しかしまだ完全には慣れない。



その夜、食事の席でクレイがエリカに向かって言った。

「来週のパーティーまでに踊れるようになってもらわないと困る。アーデルハイト家の名に関わるからな。」


「ええ、分かってるわ。」

エリカは不敵な笑みを浮かべる。

「次に会うときは、あなたを驚かせてあげる。」


クレイは一瞬だけ表情を緩めたが、すぐに真剣な顔に戻り席を立った。


エリカは拳を握りしめながら呟く。

「見てなさい、来週までに絶対完璧な礼儀作法とダンスを身に着けてやるんだから!」



翌朝、エリカはリーゼの声で目を覚ました。


「ミリア様、今日も朝からお稽古がございますよ。時間を無駄にしてはなりません。」


「もう少し寝かせてよ……」

と布団に潜り込むエリカだったが、リーゼの冷静な一言で起こされた。


「では、クレイ様に報告しておきますね。“ミリア様は今日のお稽古をサボられるようです”と。」


「……分かったわよ、起きる!」

エリカは勢いよく布団から飛び出した。



リーゼの指導は厳しいが、的確だった。食事のマナーではナイフとフォークの持ち方から始まり、一つひとつの動作に込められる意味や礼儀について細かく教えられる。


「フォークを持つ手の角度が5度ずれていますよ。これでは印象が悪くなります。」


「そんなこと誰も気にしないでしょ……」

とエリカは反論するが、リーゼは優しく微笑んで返した。


「気にしない方もいるかもしれません。でも、気にする方もいるのです。特に、貴族の社交界では。」


リーゼの厳しさの中にはどこか温かさがあり、エリカは徐々に彼女の指導を受け入れていった。



ある日のこと、エリカがダンスの練習でミスを連発して床にへたり込んでしまった。


「もう無理よ、やってられない!」


リーゼはため息をつきながらエリカの隣に座り、優しく肩に手を置いた。


「ミリア様、最初から完璧にできる人なんていませんよ。私だって何度も失敗して覚えました。」


「ホントに?」

エリカが驚いたようにリーゼを見上げる。


「ええ。だから焦らず、少しずつ覚えていきましょう。私はミリア様が頑張っていること、ちゃんと知っていますから。」


リーゼの言葉にエリカの心が少し軽くなり、その日から彼女を見る目が変わった。厳しいだけではなく、自分を支えてくれる存在だと気付いたのだ。


一方でリーゼも、エリカの素直で真っ直ぐな部分に愛着を感じ始めていた。彼女はどこか妹のように思えてきて、つい親身になりすぎてしまうこともあった。


ダンス練習の休憩中、ふと物陰に視線を向けると、そこには心配そうな表情のクレイが隠れていた。


「クレイ様、こちらで何を?」


リーゼが物陰に近づき問いかけると、クレイは軽く咳払いをして答えた。


「いや、その……彼女がちゃんとやっているのか気になっただけだ。」


「ミリア様は順調に進歩しています。ご安心ください。」


そう言われたクレイは少し安心したように頷き、歩き去った。


疲れて水を飲んでいたエリカはリーゼに聞いた。

「今、誰と話してたの?」


「ただの業務連絡です。それより、もう一度ステップを確認しましょう。」



エリカの努力は少しずつ成果を見せ始めた。ダンスのステップも最初の頃より滑らかになり、食事のマナーも自然に身についていく。


「ほら、私だってやればできるのよ!」

エリカは嬉しそうにリーゼに自慢した。


「その通りです、ミリア様。あと少し頑張れば、きっと来週のパーティーでも素晴らしいお姿をお見せできますよ。」


エリカはリーゼの言葉に力を得て、さらに練習に励むのだった。


その夜、クレイは使用人の報告を受けながら、屋敷の庭で懸命に練習を続けるエリカをちらりと見た。


「少しずつ成長しているようだな。」


「ええ、リーゼ様の指導が実を結んでおります。」


クレイは微かに笑みを浮かべると、こう呟いた。


「まったく、大した気の強さだ……。」


その言葉には、エリカへの興味と、わずかな期待が込められているようだった。



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