第四話:最強魔法
桜井エリカは、銀座での買い物を終えた帰り道、元使用人の田代に襲われて命を落とした――はずだった。しかし、目を覚ました彼女がいたのは見知らぬ場所。粗末な木造のベッドに横たわり、周囲には古びた家具が並ぶ部屋。見覚えのない光景に、エリカは困惑しつつも、自分の姿を確認する。
「……何これ、私の体じゃない……!」
小一時間ほど魔法の練習を続けたエリカは、ついに魔力のコントロールのコツを掴んだ。魔力を手のひらに集中させる感覚にも慣れ、試しにいくつかの小規模な魔法を成功させる。
「ふふん、やっぱり私は才能があるのよね!」
満足そうに胸を張ったエリカは、そばで見守っていたクラウスに向き直った。
「さあ、次は最強魔法を教えなさい。」
「お嬢様、まだ早すぎます。基礎を学んだばかりで最強魔法に挑むのは無謀です。」
クラウスは穏やかに諭そうとしたが、エリカは聞く耳を持たない。
「早いも何もないわ!私は一刻も早くこの退屈で貧乏くさい生活から抜け出して、豪華絢爛な日々を取り戻したいのよ!」
「せめて中級魔法から始めましょう。それでも十分な力があります。」
クラウスの提案にも、エリカは頑として首を振った。
「そんな妥協、絶対にしないわ!最強じゃないと意味がないでしょ?」
クラウスは深いため息をつき、エリカの頑固さに折れるしかなかった。
「分かりました。ただし、一つでも失敗すればこれ以上の無理はしないと約束してください。」
「失敗なんてするわけないじゃない!」
クラウスは渋々ながらも、炎系の最強魔法である「クリムゾン・フレア」を教えることにした。
「『クリムゾン・フレア』は最強の魔法ですが、その分扱いも難しいのです。少しでも魔力のコントロールを誤れば、術者自身が炎に飲み込まれ命を落とすこともあります。特に、お嬢様のように膨大な魔力量を持つ場合、制御を間違えれば周囲を巻き込む大惨事になります。慎重に行うべきです。」
だが、エリカはクラウスの忠告を全く聞き入れなかった。
「大丈夫よ、私はそういう失敗をする人間じゃないわ。それに、この世界でのし上がるためには、これくらい派手な魔法が必要なの。」
クラウスは半ば諦めつつも、「クリムゾン・フレア」の具体的な発動方法を教えた。
「まず、魔力を身体の中心に集めます。それから、魔力を炎として具現化するイメージを強く持ちながら、炎を凝縮し、限界まで圧縮してください。そして、『クリムゾン・フレア』の呪文を唱えると同時に魔法陣を展開し、凝縮した炎を解放するのです。ただし、この時、炎が術者に逆流しないよう、周囲に防御のバリアを張ることを忘れないでください。」
-----
エリカは庭の中央に立ち、クラウスが説明した最強魔法「クリムゾン・フレア」の手順を思い返していた。
「まず魔力を身体の中心に集める。そして、炎の形を明確にイメージする……」
彼女は両手をゆっくりと前に伸ばし、目を閉じる。息を深く吸い込むと、魔力が身体の奥底から沸き上がり、身体の中心へと集中していくのを感じた。
「これくらい簡単じゃない。」
エリカは軽く笑い、次のステップに移る。
足元に魔法陣が描かれ始める、魔法陣は彼女の集中力に応じて徐々に光を帯び始めた。赤と金の輝きが絡み合い、庭の地面に美しい紋様を浮かび上がらせる。風が吹き抜け、彼女の髪が揺れる中、その場の空気は次第に熱を帯びていった。
「炎よ、我が力に応えなさい!」
彼女は堂々と声を上げる。その声は力強く、響き渡るようだった。
エリカの中で魔力が渦を巻き、膨れ上がっていく。ミリアの身体には魔力こそ少なかったが魔法のコントロールする才能が十分にあった。クラウスも気づいていなかったミリアの才能が発揮され、暴発寸前の膨大な魔力を無理なく扱うことができていた。さらに魔法陣の輝きはさらに強さを増し、クラウスが思わず声を上げる。
「お嬢様、本当に大丈夫なのですか!?」
エリカは軽く目を開けてクラウスを見た。
「大丈夫に決まってるでしょ!黙って見てなさい!」
「クリムゾン・フレア!」
エリカが呪文を完成させると同時に、一気に炎が解放された。轟音とともに天高く燃え上がる巨大な火柱が現れる。その炎は赤く輝き、周囲の空気を一瞬で灼熱に変えた。
火柱はまるで生き物のようにうねり、エリカを中心に周囲を照らし出す。庭の草木は焼けることなく、炎のエネルギーが正確に制御されていることを物語っていた。
クラウスはその光景を見つめ、呆然とした表情を浮かべた。
「こ、これが……ミリア様とエリカ様の最強魔法……」
-----
エリカは得意げに胸を張り、クラウスに歩み寄る。
「ほら、見なさい!やっぱり私は才能があるのよ!」
そのとき、立ち上がった火柱に気づいた馬車が近くに停まり、一人の青年が降り立った。
黒髪と蒼い瞳を持つ青年――クレイ・フォン・アーデルハイトだった。彼は最上位貴族の家系を継ぐ有力な人物で、その名を知らない者はいないほどだ。
クレイは冷たい視線を向けながら問いかけた。その威圧感に、周囲の使用人たちは固唾を飲んで見守る。
「今の魔法を使ったのは誰だ?」
クラウスが一歩前に出て、恭しく頭を下げた。
「クレイ様、お見苦しいところをお見せしました。私どものお嬢様が魔法の特訓をしておりまして。」
クレイは鋭い視線をエリカに向けた。
エリカは胸を張り、堂々と答える。
「私よ、何か文句でも?」
クレイは一瞬驚いたような表情を見せた後、薄く笑った。
「無力族の君が、こんな高等魔法を使えるはずがない。」
クレイの言葉が気に触ったエリカが思わず反論する。
「はぁ?無力族ですって?」
クレイの付き人たちが口を挟む。
「無力族の分際で何を生意気な!」
「身の程をわきまえろ!」
エリカは声を荒げた。
「自分で使った魔法に疑いをかけられるなんて、気分が悪いわね。どうせ最上位貴族って肩書きで威張り散らしているだけでしょ?」
クレイの眉がピクリと動く。
「僕が威張り散らしている?面白いことを言うな。君みたいな魔法もまともに扱えない無力族に、僕たちがどれだけ気を使っていると思っている?」
「気を使う?」
エリカは呆れたように鼻で笑う。
「ただ見下しているだけじゃない。それに、私が魔法を扱えないですって?さっきの炎を見てもまだそんなことが言えるの?」
クレイはエリカをじっと見つめた。その瞳には警戒と興味が入り混じっている。
「仮に君がさっきの魔法を使ったとしても、そんなものはただの暴走だろう。制御もできない魔法など無力と同じだ。」
その言葉にエリカの怒りが爆発する。
「暴走ですって?何も分かっていないくせに偉そうに!それなら、あなたに証明してあげるわ。私の実力を!」
クレイは少し驚いたが、すぐに冷笑を浮かべた。「証明?君が僕に挑むと言うのか?」
「ええ、そうよ!」
エリカは堂々と宣言した。
「あなたに勝てば、私の実力を認めざるを得ないでしょう?」
周囲にいたクレイの使用人たちがざわつき始める。
「なんて無礼な……!」
「決闘なんて…身の程知らずが!」
クレイは手を挙げて周囲を静かにさせた。そして、じっとエリカを見据えながら言った。
「面白い。無力族が最上位貴族に挑むなんて前代未聞だ。いいだろう、その挑戦を受けてやる。」
クラウスが慌てて割って入る。
「お嬢様!冷静に考えてください!これは……」
だがエリカはクラウスを無視して言い放つ。
「強い者が偉いのがこの世界の理でしょう?だったら勝負で証明するだけよ。」
クレイは眉をひそめ、呆れたように言う。
「無力族のくせに、ずいぶんと自信があるな。」
「クレイ様、どうかご容赦を!」
クラウスは慌てて間に入ろうとしたが、エリカとクレイの間に漂う緊張感は解けることなく、決闘が翌日に決まってしまった。
「明日、我が屋敷で決着をつけよう。」
そう言い残し、クレイはその場を後にした。エリカは勝利を確信したように、満足げな笑みを浮かべていた。
クラウスは内心でため息をつきながらも、エリカの無謀な挑戦に付き合う覚悟を決めるのだった。