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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第1章ー始動編ー
9/44

これは悪辣な彼女の物語

 彼女に「目を覚ます」という表現は存在しない。

  ――神が望むのであれば、悪魔すらも操りましょう――

 無垢な少女の内側笑う『博愛の女神』は悪意に満ちていた。


 

 

 シロとマゼンタを裏の世界に残してきたグレンは、再び眠りにつこうと寝室を目指した。

 連日の労働は惰性的な彼女にとっては不運なもので、少年を魔法使いに押し付けたグレンは、やっと解放されたと安堵する。

 シインフットから帰宅するや否や、ヤミは執務等の用事で姿を消してしまっている。

 彼が普段何をしているのかは知らないが「国の管理で忙しいのだろう」と勝手に納得しながら、リビングの横を通り過ぎようとした。

 

「あ、グレン様」

 

 グレンは幼さを残した絹のような一声を聞いて、彼女の存在を思い出す。

 マゼンタを連れ去るついでに面倒を見る事になった、巫女その人であった。

 ソファの頭部分に彼女の橙色の頭部が見えたので、グレンが何をしているのかと覗き込めば、そこにはリアスの膝を借りて丸まって眠る記号の姿がある。

 よく見れば足元にボールやらカードやらが散らばっていて、彼女が散々遊び倒した後なのだと察しがついた。

 リアスは困った様子で、眉を顰めて頬に手を当てている。

 

 「どうして欲しいの」


 「記号が風邪を引かない様、何かしら布を掛けてください」

 

 グレンの質問に、優しい彼女は記号を気遣った返答をした。

 そのままの体制で居ても自分の足が痺れるだろうに、彼女は構わないのだろうか。

 そんな疑問を抱いたグレンは、記号を抱き上げてソファの上に移動させた。

 近くに自分の膝掛けがあったので、それを記号の体に掛ける。

 「んー」と唸った記号が目を覚ますかと2人は身構えた。

 彼女は聞き取れぬ言葉を発した後に、落ち着いた寝息を立て始める。

 リアスが声を発さない様に気を使って、グレンに会釈をした。

 そして、彼女はモジモジと何かを言いたげに、グレンの様子を覗く。

 「話がしたいのなら場所を変えよう」とグレンは庭への入り口を指示した。

 その意図をくみ取った少女は、頷いて飲み物の準備を始める。

 

 「よく気が利く娘だな」

 

 と、イスとテーブルだけのこぢんまりとした庭園から、彼女の様子を眺めるグレン。

 リアスは慣れた手つきでティーセットを用意すると、真っ直ぐにグレンの待つ方へと歩みを進めた。

 食器の鳴る音を最小限に抑えた彼女へ、グレンは疑問を投げる。

 

「ティーカップを使う文化がシインフットにあったのか?」

 

 明らかに文化圏の違う食器に、戸惑うことなく順応している彼女。

 少女は「いいえ」と首を横に振った。

 

「巫女の記憶がそうさせるのです」

 

 優しく微笑んだ彼女は、支度を済ませて向かいの席に腰掛けた。

 巫女の習性は謎に包まれていたが、どうやら過去の記憶が継承されるらしい。

 悪魔にはない特性に興味を示したグレンは、少女の手を掴んだ。

 

「なら、私に会ったことがあるの?」

 

 当然ながら彼女に住まう女神は、魔女をこの世界に閉じ込めた過去がある。

 今目の前に居るリアスは、本当に彼女なのだろうか。

 「女神がリアスのフリをして嘲笑しているのなら、諫めてやろう」とグレンは掴んだ手の中指を、そっと彼女の手首へと滑らせた。

 

「外側から映像を見ている様な感覚で、貴方の事を知っていました。……百年前とは随分と様変わりしましたね」

 

「そんなに変わらないよ」

 

 彼女の脈に変化がない事を確認し終えたグレンは、リアスの手首を離した。

 目の前に座っているのは、女神ではなくリアスという1人の少女の様だ。

 リアスの用意したカップを傾けて、飲料を口に含んだ後、ゆっくりと喉に通した。

 

「私は、信用されていないのですね」

 

 悲しそうに目を伏せるリアスに何を感じたのか、グレンはカップの残りを一気に飲み干す。

 そして、気管へ入ったそれに咽せながらも、彼女にカップを差し出した。

 リアスはグレンの行動に充てられて、何をしようかと手を遊ばせていたが、カップを両手でしっかり受け取った。


 「お粗末さまです」


 そう言って、リアスは嬉しそうに笑みを作った。

 

「そうだよなー巫女って面倒だなー」

 

 無理矢理彼女に心を開いたグレンは、テーブルに突っ伏して項垂れる。

 ただでさえ身内が面倒を起こす今の時期に「悩みの種を増やしてくれるな」とリアスに文句を垂れた。

 かといって原因はリアス自身に無く、これは愚痴だと割り切って貰うしかない。

 それを察してか、リアスはただ静かに頷いて、残念ながらと切り出した。

 

「今の私には女神を憑依させる力は殆どありません。彼女と会話をするなら聖女の森に移動しなければならないのです。……それで、困った事に彼女はグレン様と話をしたいと言っていまして……」

 

「やだ!絶対脅されんじゃん!」

 

 「やっぱりそうですよね」とリアスは困った表情で笑う。

 巫女が優先すべきは女神の意志だ。

 リアスが彼女に逆らう術は無く、あとはグレンを森へどのように誘導するかが問題になってくるのだろう。

 「仕方がない」と深い溜息を吐きながら、グレンは立ち上がった。

 

「ほら行くよ!」

 

「え、あ、はい!」

 

 女神にはグレン自身も用事があるのだ。

 嫌で嫌で仕方がない感情を押し殺して、2人は彼女の望む地へと移動を始めた。


 

 

 鬱蒼とした森の中で、生命を保つのは至難の業であった。

 神力に満ちたその空間では、誰しも自然に帰らざるを得ない。

 本来ならば、森自体が迷い込んだ人間を弾き出すのだが、グレンには関係のない話だ。

 ただ、神力が不快である事には変わりなく、身に纏う魔力の濃度をいつも以上に保つことで、平静を装っていた。

 森へ行きたいと言い始めた張本人は、意外にも器用に道無き道を歩んでいた。

 巫女とはいえど、森林に囲まれた村で育った逞しい少女だ。

 寧ろこのような整備されていない道こそが、歩き慣れた環境なのかもしれない。

 聖女の森の中央部には、この世界を維持する大木が構えている。

 道中は高い木に囲まれているため、その姿を拝むことは不可能だ。

 しかし、一度中央の広場に辿り着けば、見上げる程のそれが、歓迎するかのように鎮座していた。

 グレンはその巨木に目も触れず、棺桶を見つめる。

 自然に囲まれたこの場所に不釣り合いな黒色の金属は、誰が見ても異質な装飾であった。

 グレンが「なんだろう」とその内側を覗いても、何が入っている訳でもない。

 

「これ、何か知ってる?」

 

 蓋を持ち上げたまま後ろの少女に声を掛けたが、彼女からの返答はない。

 嫌な予感がして振り返り、彼女の容姿を見たグレンは再び溜息をついた。

 リアスの橙色の不揃いな髪は金色へと移り変わり、その瞳は髪と同等の色へと変化していた。

 彼女の身に着けていた羽衣が、重力を無視して浮かび上がり、変容の落ち着いた頃には彼女の中の幼さは消え失せ、そこに残ったのは悪辣な女神だけだった。

 

『知らない方が面白そうだ』

 

 クスクスと笑いながら、リアスの声帯から発せられた音。

 それは、グレンに耐え難い苦痛を与える。


「くそ野郎が……」


 神力を正面から受けた魔女は、罵りながらも、その場に跪く他なかった。

 呼吸を乱しつつ、睨みつける行為を欠かさない魔女は、今にもリアスへ掴み掛かりそうな勢いだった。

 当然その様な愚行が(まか)り通るはずもなく、女神はグレンに対して神力を更に押し付けた。

 

『その愚かさは何年経っても変わらないな』

 

 口元は弧を描いているが、目元は一切笑顔を見せない。

 不自然に開かれた瞼は、リアスとはかけ離れている。


「随分と趣味の悪い顔をするな。器が綺麗でも滑稽に見えるぞ」

 

 そうグレンが嘲笑すると、女神の機嫌がより一層悪くなった。

 

『お前さえ居なければ、今頃私は純愛の傍に……!』

 

 怒りに任せた神力の使用で、リアスの体は壊れ始め、鼻や目から血を流してその繊細な肌を濡らす。

 魔女は重くのしかかる力に「屈するもの」かと意地を張って、地面に突っ伏する体勢は回避した。

 その抵抗によって魔女の内臓が潰れ、ダラダラと口元から血が流れ始める。

 自分の血液を目にしたグレンは、ニヤリと笑った。

 

「どっちが先に壊れるだろうな」

 

 挑発を買った女神は、翳した手を握りしめて早期決着をつけようとした。

 が、そんな彼女の力に耐えきれなかったリアスの体が、ふっと力を失って倒れ込む。

 一頻(ひとしき)り暴力を受けたグレンは、やっと解放されたと立ち上がった。

 そして、彼女は手のひらに魔力を集めて、内臓を凍らせた。

 ゲホゲホと魔女がせき込むと、潰れた内臓が氷の飛礫となって、地面へと落下する。

 

 「傷が治る便利な体に生まれて良かったわ」


 この時限りで悪魔の性質に感謝したグレンは、横になった女神を足蹴にする。

 そして、色の直らない髪を前に、女神である前提で話を始めた。

 

「喧嘩の為に呼んだんじゃねぇだろ。憤怒の情報を寄越せ」

 

 口元の血を袖で拭いながら、グレンは彼女から情報を聞き出そうとした。

 彼を最後に見たのは、五百年以上も前のことだ。

 あの男が「何をしていて、何を企んでいるのか」は女神の予見を頼りにする他なかった。

 女神は力の入らない器に、忌み事を呟き、倒れた体勢のまま返答をする。

 

『時間は多く残されていない。憤怒は今にもお前を狙って、この世界にやってくるだろう。その時に死ぬのはどちらでしょうね』

 

 双方の死を望む女神は、ケタケタとグレンを見て嗤う。

 

「お前が封印を解けば、私の方からアイツに会いに行ってやろう」

 

 巫女の封印によって、この世界に縛られるグレン。

 

『貴女を苦しめる為ならなんだってするわ』

 

 融通の効かない女神は、封印を解く気が無いらしい。

 グレンが舌打ちをしている最中、リアスの髪は次第に移り変わり、元の橙色へと落ち着いた。

 グレンは「いつの時代も女神は勝手ばかりする」と少女を憐れみながら、彼女の顔を覗き込んだ。

 肩を抱いてそっと揺らすと、少女は辛そうに全身を縮めた後に、穏やかな表情でグレンを見上げた。

 

「お話は終わりましたか?」

 

「本当はまだ聴きたいことがあったんだが、まあ、重要な情報は取り出せたよ」

 

 どうやらリアスには、女神が表に出ている間の記憶がないようだ。

 自分の体が思うように動かないのを不思議そうに眺めて、きょとんとしている彼女に、グレンは回復魔法を施せと指示した。

 

「えっと……私魔法使うの下手なんです……」

 

 縮こまった声で首を垂れる少女。

 彼女の足元に生えた雑草が、足首に纏わり、その全身を包んだ。

 何事かと抵抗を見せた少女に、グレンは動かない様忠告する。

 雑草は蔦へと形を変えて、彼女の細い腕や小さな頭を飲み込んだ。

 暫く経つと、今度はそれが光の粒子となって消え去った。

 リアスの外傷は嘘のように修復が為され、数日続いていた目元の隈も、綺麗さっぱり無くなっていた。


「……持久戦にならなくて良かったな」

 

 「あの時、挑発していなければ死んでいたかもな」とグレンは苦笑いをした。

 

「な、治りました!」

 

 自分の体を隅々まで見るためにくるくる回っている少女は、やっと子供らしい表情を見せていた。

 外観でここまで変わるのなら、内に秘めた疲労もかなり改善されているのだろう。

 体が軽くなった少女は、羽衣を揺らしながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 そうして喜びに満ちていた彼女は、グレンの体を見て血の気の引いた顔をした。

 「何か変なところがあったかな」と自分の腕を見たグレンは、服が破れているのを発見する。

 

「そのっ何をしていたのですか?」

 

 あたふたと両手を震わせながら心配をする少女に、グレンは「何事もない」と返す。

 

「ちょっと殺されかけただけだよ。ほらもう傷は治ってるし」

 

 袖から肌を見せて傷が無いことを示すと、リアスは頬を膨らませてプンスカと怒った。

 

「もう!グレン様は女神の敵なのですからもっと警戒をしてください!」

 

「……?……はい」

 

 女神の使徒である彼女に叱られる状況へ、かなりの違和感を感じながら返事をする。

 「リアスは私の味方になり得るかもしれない」とグレンは心にそっとメモをした。

 

「リアスは私の封印を受け継いでいるんだよな。解けたりしない?」

 

 彼女の村の結界は、リリィの喪失を受けて解除されていたが、その他の結界はどうなっているのだろうか。

 グレンは「解除を頼むのは無理だろう」と思いながらも、一応確認だけはしておく。

 

「グレン様を留めている結界は、私の意思だけでは解除不能です。ただ、神力は消費され続けているので、私の神力が尽きるか、結界に使われている魔法陣との繋がりが途絶えれば可能かと」

 

「そっか、神力が尽きるなんて聞いたことないから、無理そうだな」

 

 やはり、憤怒の彼をこの世界で迎え撃つ他ないだろう。

 しかしながら、ただ指を咥えてその時を待つ気の無いグレンは、リアスに結界の強化を頼んだ。

 

「え?解除ではなく強化ですか?」

 

「今は私という悪魔が外の世界に出れないようにしているだろ。ならその対象を悪魔全般に広げて、尚且つ侵入にも規制を掛けてくれ。やれるな?」

 

「ええ、強化であれば問題なく行えるはずです。あの、ヤミ様に聞く必要がありますけど……」

 

 「どうしてここで仕人の名前が出てくるのか」と嫌な顔になるグレン。

 あの男がどこまで関与しているのか知らないが「聞いてからで構わない」と許諾した。

 

「では、そのように」


 リアスが細めた目を、更に誇張させた。


 

 

 目的を終えたグレンは「神力の満ちた森に滞在し続ける必要はない」と帰路につく。

 「血だらけの服を見ればヤミが騒ぎ立てるだろうから」と玄関の開閉音を最小に抑えて、リアスと共に足音を立てずに帰宅する。

 

「なんだか悪戯をしている様で、楽しいですね」

 

 そんな少女の気楽な一言に笑い合いながら、最大の難関であるリビングの横を通り過ぎようとした時に、家が揺れんばかりの大きな声が響いた。

 

「違う!思ったのと違う!」

 

 2人は声を聞いただけで誰の発言かを理解し、こっそりと扉を開いて中の様子を伺うことにした。

 覗きに気付いた白猫が横目でこちらを見ているが、彼はすぐに前へ向き直る。

 その彼の前には仁王立ちで、人を指差すマゼンタの姿があった。

 ピシッと伸ばされた腕が示す先には、普段着のヤミが呆れた表情で唸っていた。

 

「こんなのっ……こんなのって……!」

 

 これみよがしに悲しみに暮れるマゼンタの大袈裟な態度が、ヤミに似ている。

 そんな失礼なことを考えるグレンの足元では、リアスが少年の行動を見守っていた。

 

「あんなにっ!カッコいいって思ってたのに!……なんだよそのダッサイ前掛けは!」

 

「……なんやねん」

 

 彼の低い声を掻き消さんばかりに「ダサい!」と叫び続けるマゼンタの背後では、シロが全力で頷いて同意している。

 つまるところ、マゼンタはヤミに幻想を抱いていた。

 彼の視点からすればヤミの印象は「怨霊と戦った強い戦士で、尚且つ無口でクール」と言ったところか。

 実際のところ、強いことに違いはないが性格に難あり。

 家政婦の様に家事に精を出し、大好きな主人に媚びへつらうのが彼の本性であった。


「馬鹿な幻想だな」

 

 マゼンタの意図を汲んだグレンは、嘲笑のあまり、隠れることを忘れて扉に体重を掛けてしまった。

 ギィと鳴った扉の音で、彼女はその失念に気付く。

 

「主さん!どないしたんその怪我!」

 

 主人第一の仕人は、案の定グレンを見るなり態度を急変させた。

 急に目を潤めて、なりふり構わず主人に駆け寄るヤミを、絶望に満ちた表情で見るのはマゼンタだ。

 そして、走り込んできた仕人を衝動的に蹴り飛ばしてしまったグレンは、己の選択の間違いに苦笑いするしかなかった。

 更に青ざめていくマゼンタを不憫に思ったグレンは、彼をフォローすると決めた。

 

「安心しろ!こいつは大概こんなんだから!」

 

「君は何でマゼンタの幻想にトドメを刺そうとしてるの?」

 

 「シロの言い分は的を得ているなぁ」と遠くを見つめるグレンに掴みかかって行くのは、件の可哀想な幻想を抱いた少年。

 魔女は抵抗を全く見せず、襟を掴んだ少年の力に任せて、体を前後に揺らした。

 

「ヤミさんは怨霊を倒した戦士なんだぞ!こんな足蹴にしていい人じゃないだろ!」

 

「ええー、でもヤミは私のものだし」

 

 主人に蹴られた腹部へ手を当てながら、笑顔を見せているヤミ。

 グレンが彼を指差すと、マゼンタはついに泣き出してしまった。

 「揶揄い過ぎてしまった」とグレンは慌てるが、その他の人間は事態を収取に向かわせる気が無いのか、素知らぬ顔で成り行きを伺っている。

 

「こんなのっ……ううっ絶対認めない…………はっ!そうだ」

 

 髪をぐしゃぐしゃに乱して泣きじゃくっていた少年が、何かに気付いて顔を上げる。

 

「洗脳されているに違いない!じゃなきゃこんなクソババアに付き従う訳がない!いつかヤミさんの目を覚まさせてやる!覚悟しておけよババア!」

 

「……誰がババアだクソガキ」

 

 魔女は少年の喧嘩を買うことにした。

 シロとリアスがアイコンタクトをして「誰が事態を収めるのか」とお互いに問う。

 馬鹿だのなんだの簡単な言葉ばかりを並べた罵り合いに「どうしてこんなにも精神年齢が合うのだろう」と失望した眼差しをグレンに向けるのは、優秀な魔法使いだ。

 

「こんのクソブス!」

 

「主さんは世界一美人やろ!」

 

 聞き捨てならない内容の罵倒にヤミが割り込むのだが「そうじゃ無いだろう」と白猫の苛立ちが増した。

 シロがピシッと音を立てて一歩踏み込むと、部屋全体に氷の結晶が生成された。

 加熱していた喧嘩が、一気に静まり返る。

 彼が何を話すのだろうと、誰もが固唾を飲んだ。

 

「グレンは不細工でもなければ美人でもないよ」

 

「え、言いたいのそこ?」

 

 「まあいいんだよ、容姿が普通だって事くらい把握してるもん」とぶつぶつ呟く魔女が、些か可哀想に映った。

 が、その様な些細なことは、シロの豪胆なメンタルには一切関係がない。

 白猫は「言いたい事は全て吐き出した」と満足気に、睡眠中の記号が横たわるソファーの足元へ背中を預けて眠り始めた。

 残された人々は彼の横暴な態度に、感情のやり場を失って困り果てていた。

 いち早く正気を取り戻したヤミは、主人の替えの服を用意するために、部屋から去った。

 リアスは足元に散らかった記号の玩具が気になるのか、1つずつ丁寧拾い上げて記号の自室へと運ぶ。

 口論打ち切ったマゼンタは、指で下瞼を引き下げ「ベェ」と舌を出した後に、庭を通じて逃げ去ってしまった。

 

「はぁ、何がしたかったんだろ……」

 

 虚無感に包まれたグレンは、背中を丸めながら首の後ろを掻く。

 すやすやと寝息を立てながら、幸せそうな笑みを見せる記号の横で、白猫は満足そうに口角を上げていた。



 

 これは悪辣な彼女の物語。優しい少女の内側で、女神はケタケタと笑っている。

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