これは拗れる彼等の物語
水平線の先では、理想の家族が手招きをしている。
厳格で優しい父親と、温かくも気高い母親。
そして、誰よりも自分を理解してくれる双子の兄。
彼女は迷いなく兄へ手を伸ばす。
触れた指は感覚を失い、深海へと沈んで行った。
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ミミルの脱退から1カ月がたった。
その間、彼の抜けた穴は大きく広がり、2人の関係を更に拗らせていた。
奔放なしーちゃんと、真面目なマゼンタでは相性が悪すぎる。
しーちゃんの経験に合わせて地道なレベル上げを提案するマゼンタだったが、我儘な娘はそれを一蹴して、身の丈に合わない上位装備を欲しがるばかり。
「装備さえ整えば、次のダンジョンへ挑める」と彼女は豪語して、マゼンタに反抗的な態度を取り続けた。
「何で買ってくれないのよ! あんたは私の財布でしょ!?」
「全部が全部思い通りに買える訳ねぇだろ! ただでさえ報酬とは別に金出してやってんだから、文句言ってんじゃねぇよ! 自分で宿代も管理出来ねぇ癖に!」
一度火のついた喧嘩は止め処無い。
往来のド真ん中で言い合う2人の間で、しーちゃんの荷物を大量に抱えたシロは目を細めた。
「うるさいし、眩しい……」
大声で罵り合う声と、彼等のカラフルな頭髪に目を眩ませた白猫は、「うう」と唸りながら猫耳を極限まで下げた。
「私の言う事は絶対よ! あんたの意見に価値があると思わないで! 分かったらさっさと水中ダンジョンに案内しなさい!」
「『はいそうですか』……って言う馬鹿は居ねぇよ! 水中用のポーションも用意しねぇで挑める訳ねぇだろ! まあ、何処かの誰かさんが水魔法使えんなら、話は別だろうが」
「やれやれ」と両手を上に広げたマゼンタは、悔しそうに拳を握るしーちゃんを見下した。
今のしーちゃんのレベルは30。
水中ダンジョンのエリアボスに挑む推奨レベルだったが、彼女の実力はそれに見合わなかった。
彼女の欠点は、魔法を使わない事。
ここでは使わないと表現したが、その実、使えない理由は明らかになっていない。
いつまで経っても秘密主義のしーちゃんに、不信感を大きく募らせたマゼンタが蔑視を向けるのは当然だった。
踵を返したしーちゃんは、シロの肘辺りを掴んでそのまま立ち去っていく。
「おい! シロさん連れてくんじゃねぇよ」
「あんたには関係ないでしょ!」
振り返りもせず捨て台詞を残したしーちゃんは、マゼンタから離れる為に足早に進んだ。
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ギルド広場や大通りを除くと、何処を歩いても窮屈な通路が広がっているのが、クルンヴィッグ村の特徴だった。
だからこそ、視界に広がった空洞を見たシロは、「へぇ」と感嘆に似た声を上げた。
しーちゃんに導かれた先は、家屋の裏側が見渡せる広場。
そこは人の出入りが少ない為か、換気口のパイプが剝き出しで外壁を伝っていた。
使い古されたトロッコ線路に、方向転換用のレバーは酷く錆び付いている。
ボロボロの木造家屋が立ち並ぶ小道よりも、古びた配管ばかりの裏側の方が先鋭的だ。
ここまで来れば、マゼンタに見つからないだろう。
そう高を括ったしーちゃんは、深呼吸をしてから「わー」と大声で叫んだ。
シロが耳に残る「ピリピリ」とした痛みで、片目を瞑っている。
一方、袖を捲り上げたしーちゃんは、ミミルの杖を両手で握って、剣を振る様に「ブンブン」と上下に動かした。
「私だって使いたいわよ! でも、上手くいかないの! あんた達に、私の気持ちが分かる訳ないじゃない!」
シロの瞳には、しーちゃんの魔力が映っている。
彼女の全身から溢れる魔力は、杖の制御も聞かずにその場に漂うばかりだった。
「グズグズ」と鼻を啜ったしーちゃんが、シロの体を突き飛ばす勢いで掴み掛かった。
自分の荷物が「ガラガラ」音を立てて地面へ落ちるのも気に掛けず、目を真っ赤にした娘は下がり切った口角で嫌そうに言葉を紡いだ。
「お、お、教えなさいよ……。今回だけ特別に習ってあげるわ」
到底人に物を頼む態度ではなかったが、それでこそ彼女らしい。
しかし、断腸の思いで頼み込んだ彼女の願いは、シロによってキッパリと切り捨てられた。
「君に魔法は無理だよ。協力したいのは山々だけど、君の性格じゃ手の施しようがない」
「……! そんなの……あんたも私が無能だって決めつけるの!?」
奴隷に反対されるとは思ってなかったしーちゃんは、数歩後ずさるとその場にペタンと座り込んだ。
過呼吸になったしーちゃんへシロが手を伸ばすも、顔を真っ青にした彼女は反応を返さない。
ただひたすらに絶望する中、彼女の視界は次第に狭まった。
世界がブラックアウトする寸前、しーちゃんは心の拠り所に縋りつく。
――「お兄ちゃん」――
彼女のか細い声は誰にも届かなかった。
ただ、卒倒した体は、彼女が最も嫌う仲間によって支えられていた。
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ベッドにしーちゃんを横たわらせたマゼンタは、冷たい体に毛布を掛けた。
「魔法が使えないって、どういう事なんですか?」
2人の会話を途中から盗み聞いていた青年は、当然のようにシロへ問いかけた。
シロは手首の柔軟運動をしながら、どこか一点を見つめて答えを探している。
「んー、想像し辛いだろうけど、彼女の意志は魔法を扱える程強くないんだ。魔力量は申し分ないんだけどね」
シロの付け加えた言葉で、マゼンタは何かを察する。
「それって、記号みたいな感じですか? ……なんか不自然なんですよ。こいつの態度デカすぎんのに、今まで誰とも大きな揉め事を起こしてないし」
しーちゃんは何処へ行けども、問題行動を起こす。
しかし、自信過剰な彼女と関わった人々は不満を抱きつつも、最終的には彼女の意見に従ってしまう。
マゼンタの予想が的を得ているのか定かではないが、シロは彼と真逆の意見を持っていた。
「『魅了』ではないにしても、彼女へ好意的な情が僕の中にもある。彼女の固有魔法が何らかに作用しているんだろうけど、今は関係ないよ。固有魔法と通常魔法の魔力は違うんだから」
マゼンタを指したシロは、そこから炎の魔力を導線を引く様に取り出した。
「メラメラ」と燃える真っ赤な炎。
それとは別に、シロはもう一方の手のひらへ、桜色と白色の炎を擬似的に生成した。
「君の炎属性と固有魔法の『集約』には属性の違いがあるでしょ? 集約が念属性か無属性かは定かじゃないけど、確実に炎ではない」
「確かにそうですね。……あっ、そういや記号の魔力って殆ど無かったっけ」
魔力は意志に宿る力であり、固有魔法は神が個々の魂に与えた力。
その違いを理解したマゼンタは、更にややこしくなった話の流れに頭を抱える。
「えっそれなら、気の弱いミミルとか……リアスよりもこいつの方が意志が弱いのか? いやいやいや、こいつに限ってそれはねぇだろ」
「そのまさかだけどね。……彼女には魔法に対して、コンプレックスでもあるんじゃないかな。精神が魔力を抑制する事は、往々にしてあるから」
「スヤスヤ」と眠るしーちゃんの表情は柔らかで、普段からある眉の間に寄った皴は一切ない。
気の抜けた柔和な彼女が、本来のしーちゃんなのだろう。
その頬を撫でたマゼンタは、「んー」と間抜けな音調で唸りながら、自身の頭を揺り篭みたく揺らした。
「なんでこうも心配ばっか掛けっかなー。……はぁ。偶にはこいつの言う事聞いてやっても、罰は当たらねぇか?」
空いた方の手で後頭部を掻く青年に釣られて、シロは自分の首筋へ右手を当てた。
「偶には? もう荷物持ちは懲り懲りだよ」
ムスッとした態度のシロは、筋肉の凝り固まった肩を回してそっぽを向く。
「ハハッ! そうっすね。シロさんは聞かないくらいが丁度良さそうです」
吹き出して笑うマゼンタの声で、浅い眠りからしーちゃんが覚める。
「ん」と小さく唸りながら、目を開いた彼女は、2人の顔を見てギョッとした。
そして、硬直した彼女の視線は徐々に横へ移り――
「なっ、何触ってんのよ! 変態!」
冷え切った頬に当たる手の温もりに驚いた彼女は、金切り声を上げながら魔法杖でマゼンタの側頭部を殴打した。
20㎝程の小さな杖が「ミシッ」と軋み音を立てたが、不幸中の幸いか、杖の見た目は変わりなかった。
しかし、武器の無事と引き換えに、マゼンタは有事だった。
「凄いね。地上でもクリティカル出せるんだ」
「のの、呑気言ってないで治しなさいよ猫シロ! ああああ! ドロッとしてる! ひぃぃぃっ!」
2か月前、フリッガの攻撃で負傷した頭を「軽傷だ」と判断したマゼンタは、シロの手を煩わせまいと治癒もせずに放置していた。
そして、ダンジョンへ潜り続けた彼の傷は、当然ながら治るはずもなく。
終ぞ、ストレスや睡眠不足で疲弊した青年は、しーちゃんにトドメを刺されて動かなくなった。
「アワアワ」と慌てて杖を何度も握り直したしーちゃんは、武器を横にした状態で両腕をシロへ差し出す。
「わ……私がやりました」
それは、罪を問われた罪人が、自らお縄に付く光景だった。
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シロの長い説教から逃げ出したマゼンタは、仲間の目の届かぬ場所でせっせと紙を拾い集めていた。
納品書と共に会議資料があり、帳簿の間には誰かの『プリューフェンの羊皮紙』が幾重にも挟まれている。
「これって、個人情報なんじゃ……」
乱雑ながらも、地域毎に分類された羊皮紙を帳簿から取り出したマゼンタは、強面のギルド職員――ローレットに処分の可否を問うた。
「あ? 情報は商売の命だ。んな貴重な資源捨てるわきゃねぇだろ。死ぬまで搾り取るんだよそいつ等は。お前も下らねぇ片付けするくらいなら、有益な情報でも寄越しやがれ」
片付けという行為が下らないのか、片付けをする能しかないマゼンタを罵倒したいのか。
青年の頭を容赦なく叩いたローレットは、舌打ちを繰り返しながら黙々と職務を進める。
彼の主な業務は、ダンジョン素材の買い取りで、その合間に一般向けの卸売りも行っている。
高価な素材の占有が起こらない様に、相応の値段管理を行う。
彼は、クルンヴィッグの市場を操る仲介人の一角を担っていた。
だからこそと言うべきか、多忙な彼はいつだって不機嫌だった。
そんな彼に『有益な情報』と問われて、マゼンタが真っ先に思い浮かべたのは、魔石の登録仕様に付いてだった。
「そういえば、この前誤ってヒポグリフの魔石を、冒険者カードに二重登録しちまったんですけど、そっから情報項目が増えたんですよね。何回か草原ダンジョンに行くことがあったんで、その度に読み込ませてたんですけど――」
そう言いながら、マゼンタはローレットに図鑑登録の画面を共有する。
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ヒポグリフ【討伐推奨レベル10】
個体レベル8~12
属性:風属性
特徴:逃げ足が速く、戦闘より離脱を優先するが、ウサギやリスなどの小型哺乳類で注意を向けると戦闘が維持される。
弱点:後ろ脚の付け根に魔力中枢があり、火属性魔法でダウンが可能。だが同時に、上半身である鷲の部位が強化されるので、背後へ回っての攻撃を推奨。
形態変化:離脱中戦闘が維持状態であれば、第二形態へ移行する。ドロップ報酬の羽翼枠が追加される。
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ローレットが目を大きく見開いた。
それは、数多の冒険者からヒポグリフの情報を集めて、ようやく知り得たギルド内の機密情報だった。
加えて、ドロップ報酬が変化するなど、彼等の常識にはない。
エリアボスの討伐で得られる報酬は完全ランダムで、討伐に要した時間や破壊した部位の数では変化しなかった。
ダンジョンの歴史が始まって1000年超。
ヒポグリフに第二形態がある事も、それによってドロップが変化する事も知られていなかった。
「――まあ、有益な情報とまでは行かないですよね」
マゼンタはまだ駆け出しの冒険者。
自分が提示する情報などローレットには不要だろうと、図鑑登録画面を下げて話を切り上げようとする。
だが、ローレットはその腕を掴んで彼を逃さまいとした。
「前代未聞だぜクラウ。……これで俺の借金がチャラになるかもしれねぇ。あのデブガキに一泡吹かせてやる……!」
悪人面が更に際立つ不敵な笑み。
黒いオーラを身に纏ったローレットは、「グフフ」と低く笑いながら勝利を確信していた。
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これは拗れる彼等の物語。
急ぎ、交渉の席を設けたローレットは、小さな丸眼鏡を装備して戦闘準備を整えた。
次回更新は2026/04/19を予定しています




