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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
70/72

これはロストする彼等の物語


 ドロドロとした感情がシロの心を蝕んでいく。

 生来(しょうらい)心根優しい青年だったが、『3魔の戦火(ドライ・クリーク)』以降彼の情は冷たい怒りへ傾く傾向にあった。


 ――マゼンタが居る限り、僕は大丈夫――


 揺れ動く感情を無理矢理沈めた白猫は、突如消失したマゼンタの気配に驚いた。

 もう、彼を止める鎖は何処にも無かった。


 ――――――――――――――――――――


 アギルマーは上機嫌だった。

 無知な子供を騙して甘い汁を啜った彼は、邪悪な笑みを浮かべて俯くヤカブに耳打ちをする。


「また怒ってんのか? 問題ねぇって。ダンジョンじゃあ分りゃしねぇよ」


 口を真一文にして目を逸らすヤカブの胸を「ドンッ」と突き飛ばしたアギルマーは、道の先から現れたフリッガに手を振った。

 両手にレアアイテムを抱えたフリッガは、仲間達へと笑顔を向けて戦利品を自慢した。


「今回は豊作だったねぇ。僕、アティアグの皮脂初めて見たよぉ」


「お!これ、槍の強化素材じゃねぇか。なあ、ヤカブも見ろよ」


 上機嫌な2人はその場にしゃがみ込んで、アイテムの選定を始めた。

 ニンフの爪やイリシッドの頭。

 洞窟に現れる事の無い海洋モンスターのドロップ品が、彼等の手の中にあった。


「………………」


 騒ぐ2人の後ろで黙り込むヤカブ。

 そこに、蚊帳の外であったシロが彼の方へ静かに歩み寄った。

 

「……ねぇ、クラウはどうしたの?」


 上目遣いのシロと目が合ったヤカブは、不服そうに目を逸らす。

 彼に無視を決め込まれたシロは、踵を返して魔石を隅へ投げるアギルマーの手首を掴んだ。


「僕の仲間は何処?」


「おいおいフリッガ! 要らねぇ物まで持って来んじゃねぇよ」


「登録してない魔石かもって思ったんだよぉ」


 シロは振り解かれた手を「ジッ」と眺める。

 白猫は彼等にとって空気に等しい存在だった。

 声を掛けようと、肩に手を置こうと、道を塞ごうと、その白猫は彼等の目に映らない。


「はぁ……」

 

 シロは深い溜め息を吐いて目を閉じた。

 怒りを鎮めるための6秒我慢。

 その間に、ダンジョン内へ広げた探知魔法を再度展開した彼だったが、相変わらずマゼンタの魔力は何処にもない。

 存在するのはここにいる3人の魔力と、洞窟に住まうモンスターの魔力。

 シロはアギルマーとフリッガを見下ろしている。

 ただひたすらに2人を見下ろしている。

 ――異変に気付いたのは、全体を見ていたヤカブだった。

 

「っ逃げろ!」


 ヤカブの忠告も空しく、「パンッ」という破裂音で弾けた雷鳴が、アギルマーとフリッガのHPを大幅に削った。


「おめぇ! 奴隷じゃねぇのか!?」


 初めてシロを正面から見たアギルマーは、回復用のポーションを消費しながら白猫へと叫んだ。

 奴隷は周りに危害を加えられない。

 魔法の使用には、主の許可が必要だった。

 だが、そんなことは放任主義の主を持つシロには関係の無い事だった。

 

「僕の仲間を何処に()ったの?」


 シロは右手を前に構えて、次の魔法を発動する。

 無口頭で放たれた氷塊が、フリッガの杖を捕らえて動きを封じた。


「オンスロート!」


 ヤカブはシロへ盾を向けて突撃する。

 狭い洞窟で発動した魔法は、シロの退路を断って壁際へと追い込んだ。

 冷たい目でヤカブを一瞥したシロは、軽々しく盾を止めると、新たに魔法を練り始めた。


「手を離してぇ!」


 フリッガの言葉に、疑問符を浮かべたヤカブは手元を見る。

 目の前で「ドロドロ」と溶ける盾が腕に触れたタイミングで、ようやく盾から手を引いたヤカブは、継続的に減るHPに焦りの顔を浮かべた。


「なあお前。クラウの姿が見えなくて怒ってんだろ? 心配すんなって、最年少は先に地上に戻ったぜ。ポーションが少なくなったから、買い出しに行かせてんだよ。今に戻って来る」


 よく回る口だ。

 シロに勝てないと瞬時に判断したアギルマーは、彼へと説得を試みた。

 だが、それが虚実だと知っている白猫は、微塵も彼の言葉を聞き入れない。


「ダンジョンから出るなら出口を目指すでしょ? 彼は僕の探知を掻い潜れる程狡猾(こうかつ)じゃない」


 シロは捨て置かれた魔石を拾い上げて「マジマジ」と眺める。


「……君達はゲームをした事ある?」


 形の良い魔石をポケットにしまった白猫は、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で両腕を広げた。


「ゲームにはバグが在ってさ。製作者の意図しない現象を引き起こすんだ。……そう、今みたいにね」


 フリッガの足元に散乱したレアアイテムをなぞる様に指差した白猫は、数歩前に出てそれを踏み潰した。

 瞬間、槍の射程範囲にシロを捉えたアギルマーは、容赦なく白猫の脳天へと切っ先を向ける。


 ――ドッ!――


 その鈍い音で、槍がシロの頭を貫通したと誰もが考えた。

 だが、血を流しているのはアギルマーの方だった。

 胴体に深々と刺さった土の円柱が、彼の体積を大きく減らす。


「仲良しごっこじゃない。僕だって仲間の為に()()()んだから」


 シロの瞳は真っ直ぐに正面を捉える。

 腕を庇って屈むヤカブも、氷で拘束されたフリッガも、粒子に包まれながら倒れ込んだアギルマーも、その視界には映っていない。

 シロの目線は、嘗て自分を軽蔑した男へと向けられていた。


 ――――――――――――――――――――


 異空ダンジョンのその先。

 シロに言わせてみればバグの世界だろうか。

 夜空に輝く星々と、所々に空いた黒い空間。

 紫と黒の市松模様に触れたマゼンタは、柔らかくも固くも無い不思議な物質に「おー」と無機質な声を上げた。


「とりあえず、武器を見つけねぇとな」


 マゼンタが直前に放った魔法『ウェアフレイム』は、本来投擲に使われる魔法だった。

 耐久力を減らして灰になった木刀を名残惜しそうに振り返った青年は、左右に首を振って気を取り直す。


「暫くは世話になるぜ。火炎クラウ」


 片手に木刀、もう一方に妖刀を握ったマゼンタは、不思議空間の中を歩き始めた。

 初めこそ珍しい風景に目を奪われていたが、代わり映えしない光景に飽きを覚えた彼は、次第に気を緩める。

 誰も居ないからと油断して、大きな欠伸で目尻を濡らした時、空間に刺さった鉄板からマゼンタの方へ影が伸びた。


「うわっ!」

「助けてください!」


 マゼンタの驚きと、同じ年頃の青年の言葉が重なった。

 突然現れた冒険者から距離を取ったマゼンタは、訝し気に彼の全身を見た。

 装備はボロボロで、武器は見当たらない。

 長い事風呂に入ってないのか、2mほど距離を置いても酸っぱい匂いが鼻に付く。

 太い眉を八の字にした青年は、人差し指を「ツンツン」と合わせて恥ずかしそうに俯いた。


「あの……食料持ってませんかね。私、数日間これで凌いでいたので……」

 

 青年の指し示す先には、彼が避難場所として使っている鉄板だけがある。


「これ、チョコなんです」

「チョコなのか」


 確かに、彼の匂いに隠れて甘い匂いが漂っていた。


 ――――――――――――――――――――


 マゼンタの手持ちの食料は数個程度の干物しかなかったが、青年は涙を流しながら嬉しそうに平らげた。


「私は魔法使い(ウィザード)のミミル。数週間くらい前でしょうか。悪い人達に騙されてここに来たのは……」


 灰髪のミミルは三角座りに顔を埋めて、身の上話を始めた。

 彼は町外れに住む農家の息子だという。

 次男坊に生まれたミミルには家業を継ぐ必要が無く、少しばかりの魔法の才能が有った彼は、冒険者になろうと単身でギルドのある町『クルンヴィッグ』に訪れていた。

 初めの頃は同じレベル帯の冒険者とパーティを組んでいたが、レベルが上がるにつれて、ミミルは彼等の戦闘に付いて行けなくなった。

 臆病な性格の彼はモンスターの討伐数が日に日に減少し、気付けば仲間と5レベル以上の差が出来ていた。

 苛立った仲間達に見切りを付けられ、独りになった彼はそこで3人の冒険者に出会ったらしい。

 自分の力が必要だという高レベル帯達の手を握ったミミルは、数週間彼等とパーティを組んだ。


「ちょっと横暴でしたけど、良い人だと思ったんです」


 自分が騙されたと気付いた時には、彼等は届かぬ場所に居たという。


「それってアギルマー達か?」


 ミミルの隣で板チョコを頬張るマゼンタは、自分と同じ状況に落とされた彼へ確信を迫る。

 目を丸くしたミミルは「そうだよ」と呆気に取られながら頷いた。


「んじゃ、俺達騙された仲間だな」


 親指に付いたチョコを舐め取ったマゼンタは「よっ」と立ち上がり、冒険者カードを取り出した。


「ここでパーティ組んじまおうぜ。協力すりゃ出られんだろ。……ん? なんだこの警告」


 マゼンタの冒険者カードの上部に、赤文字が表示されている。

 『感情消失レベルS』

 カードを覗き込んだミミルに閲覧許可を出した彼は、ついでにパーティ契約を彼と交わす。

 マゼンタのステータスを読んだミミルは、「え?」と首を傾げた。


「感情消失は死んだ時のペナルティだよ? えっと、クラウは既にペナルティ持ってるよね?」


 マゼンタは皆目見当が付かず、「んー?」と考え込む。

 ミミルはステータスの『状態異常』を指した。


 「感情消失はダンジョン内で死んだ時に付くんだよ。……敬愛とか親愛とかなら見たことあるけど、愛そのものを失うなんて……。それこそ消失レベルSで死んだ事があるんじゃないかな」


「そもそも人間死んだらおしまいだぜ? まあ、確かに2回くらい死に掛けた事あんだけど……」


 マゼンタがダンジョン内で死亡したことはない。

 「感情を無くしたのは随分前だ」とミミルに説明したマゼンタは、より詳しく感情消失について聞く事にした。


「B級冒険者が推奨されるダンジョン帯からペナルティが強くなるんだよ。洞窟ダンジョンくらいのレベルなら気にならない程度なんだけど、感情消失は常に付き(まと)うんだ。消失レベルA以上は、二度とダンジョンに戻れないと言われてる」


 ミミルは身震いをして、自身のステータスを見る。

 マゼンタと同じく『感情消失レベルS』の文字が表示されたカードを何度も更新して、その文字が消えないかと試みるも、常にその警告文は付き纏っていた。


「何日もダンジョンに囚われるより、一か八か死亡すれば楽になれるって思った。でも、私は一度も死の経験が無いし。もしかしたら本当にこの世に戻ってこれないんじゃ無いかって……凄く不安で」


 涙ぐんだミミルは、煤けた袖で自身の顔を拭う。

 そこで、マゼンタは彼の服が不自然に(ほころ)びていると気付いた。

 

「なあ、袖が焼けてるみてぇに――」


 ――ギャウウウウ!――


 マゼンタの発言を遮る雄叫びが、その場の空気を震わせた。

 鉄板の外側に、鉱石や何かの破片やらが飛来する。

 偶々(たまたま)、鉄板を背にしていた彼等は怪我をせずに済んだが、近づく足音は確実に彼等へ恐怖心を植え付けた。


「あ……あ……。また、アレが来たんだ……」


 震える両腕で頭を抱えたミミルは「居ません。居ません」と、自分の気配を消そうと必死に縮こまっていた。

 百閒は一見に如かず。

 マゼンタは勇敢にも、鉄板から身を乗り出した。

 彼の無謀さは健在で、モンスターの姿を捉えるなり木刀で斬り掛かる。

 「ジュッ」と燃え尽きる音を聞いたマゼンタはすぐさま身を翻して、対象物から距離を取った。

 彼の正面で鎮座するは、火花を散らすワイバーンだった。

 音の大きさや圧から竜でも居るのだと思っていたマゼンタは、予想よりも小さなモンスターを不審な目で見た。

 「チリチリ」と燃える音に気が付いた青年は、「パッ」と左手の木刀を放す。

 落ちた木刀の代わりに冒険者カードを取り出したマゼンタは、ステータスをダンジョン用からリアルへと変更した。

 

「火花に触れるだけで燃え尽きんのか? それに……知ってんなぁその魔力」


 マゼンタは疼く肩から流れる魔力と、ワイバーンを取り囲む火花に含まれた魔力が同じだと気付く。

 目を真っ赤にさせて炭化した体で苦しむモンスターは、怨霊(ギフト)に蝕まれた哀れな生物だった。


「ミミル! 可能なら援護頼む。あと、俺が壊れたら逃げてくれ」


「壊れ……? う、うん。分かったよ」


 涙目で杖を取り出したミミルは、抜けた腰を庇いながら必死に板の影から這い出た。

 マゼンタの背中を見上げたミミルは、「やっぱり無理だよー!」と言いながら魔法を連発していた。


 ――――――――――――――――――――


 『剣姫(けんき)』。

 彼女がそう呼ばれるようになったのは、銀製のドレスを纏って戦い始めた頃からだ。

 切っ先の様な鋭い頭髪と、それに合う大剣を掲げた彼女は、男性冒険者達の心を奪った。

 そんな彼女の唯一のパーティメンバーである青年も、黄色い声援の似合う物憂げな美男子だった。


「さっさと倒すよセルン! 勇者様を治さなきゃ!」


「はぁ。ウルイナが勝手するから時間掛かるんだろ」


 お互いを睨み合い、短い会話を終えた彼等は各々武器を構えた。

 対峙するは、真っ赤に燃える赤紫竜。

 最終ダンジョンのエリアボスと戦闘を開始した2人は、言葉数少ないながらも、確実にモンスターの体力を奪っていく。

 最低でも4人パーティで挑まなければ歯が立たない相手だったが、才能に恵まれた2人には関係なかった。

 タンクとアタッカーを同時にこなすウルイナと、広い視野で援護をするセルンの魔法人形がじわじわと赤紫竜を追い詰める。

 戦闘を始めてから、2時間が経過した頃だろうか。

 ダンジョンステータスを確認したウルイナが、「下がろう」と声を上げた。

 

「攻撃パターンは分かって来た。必要なポーションを補充して次に賭けよう」


「悠長な事してる暇はない。いつ、ラジスさんの魔法が切れるか分からないんだぞ」


 赤紫竜のブレスを防ぎながら身を乗り出したセルンは、制止するウルイナの手を振り解いて新たな人形を取り出す。

 魔石の嵌められた人形は青年の手を離れ、赤紫竜へとレーザーを放った。


 ――ドゴオオン!――


 土煙を上げたモンスターは、次に強い風を巻き起こした。

 それが、赤紫竜の倒れた衝撃の風だと判断したセルンは、よりモンスターの近くへと寄った。


「馬鹿セルン!」


 耳元で聞こえた声に対して顔を(しか)めた青年は、「大きな声出してんじゃねぇ」と横を向いた。

 頬を膨らませた女の顔があると思ったセルンだったが、そこにあったのは蒼褪(あおざ)める横顔だった。


「……ウルイナ?」


 彼女の瞳には五芒星が宿っている。

 『聖人』に選ばれた者へ五芒星が現れるのは、感情が(たかぶ)った時だ。

 長年の修行で精神安定させた彼女の五芒星を見るのは、数年ぶりの事だった。


「げほっ……ヤバいやつ、かも……。セルン、私をキルして」


 ウルイナの脇腹に刺さった赤紫竜の爪から、黒い(もや)が湧き始めた。

 その靄は彼女の体を蝕んで、脳みそを目指していた。


「ウルイ、うわああああ!」


 動揺を隠し切れないセルンだったが、彼女の指示通り、靄の掛かる身体を人形の持つ槍で串刺しにした。

 最終ダンジョンを攻略する2人が、感情消失のペナルティを知らぬ筈は無いが、ウルイナの直感は真っ先に死を選んだ。

 セルンのステータスに、パーティメンバーキルの警告文が表示され、周りを漂っていた人形達が力を失って地面へと落下する。


「……何が、無くなるんだろうな」


 目を伏せたセルン目掛けて赤紫竜の前足が振り下ろされた。


 ――――――――――――――――――――


 これはロストする彼等の物語。

 ヘルツ結晶の前にリスポーンしたセルンは、自身のステータスに表示された『依存』の2文字を虚ろな目で見ていた。

次回更新は2026/03/08を予定しています

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