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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第1章ー始動編ー
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これは聖なる彼女の物語

 丘の上に羽衣を携えた天女が1人。

 ――これ以上の狼藉は許しません――

 神秘的に輝く彼女は、凛とした表情で怨霊(ギフト)に立ち向かっていた。




 結界が崩壊する前――グレンが席を外した寝室に、風を携えた少女が入室した。

 風の知らせとは言ったもので、リリィが魔法を使って彼女を呼び出したのだろう。

 ヤミがリリィの横に座っていた為、リアスはその対面に着席した。

 娘の髪は乱雑に切り裂かれ、向かって左側が肩に届くほどの長さであったが、反対は癖のある髪が腰まで伸びていた。

 少女の顔立ちが大人びて見えるのは、目を瞑っていると思える程彼女が細目だからだろう。

 繊細な体躯は、彼女の育ちの良さを演出していた。それ故に、少女はか細く感じられた。


「貴方は……」


 リアスはヤミを見るなり、驚いた様子で口元を手で覆った。

 彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と察して口を噤む。

 急に恐ろしさを感じたリアスは、目を背ける過程で布団に包まった母を見た。

 リリィは、今なお苦しそうに肩を揺らしながら呼吸をしている。

 リアスはそんな母の頬をそっと指でなぞり、愛おしそうに溜息をついた。


「俺のことはリリィから聞いたん?」


「ええ。全て」


 リリィが手紙をヤミに送ってから、数日が経っていた。

 その間に母は娘に身の振り方を教え込んだのだろう。

 リアスは無意識に母へと寄せていた体を正し、背丈の高い男に向き直る。

 ヤミは癖1つない長髪に、切り揃えられた前髪を携えている。

 整った顔立ちや頭髪は女性の様に感じられたが、鋭い目付きと背の高さが彼が男性だと知らせていた。

 しかしながら「彼が十代前半ならば女性と見間違えただろう」とリアスは思う。

 そんな彼を前にしたリアスは、臆するでもなく淡々と言葉を紡いだ。


「今の私は貴方に支払える対価を持っていません。無償で援助が欲しいなど贅沢を言う資格はないんです」


 寂しそうに笑うリアスは、自身を抱き締めるように腕を抱えた。

 ヤミには彼女を救う道理などない。

 そもそも彼女――もとい女神は主人にとっての敵だ。

 自分の感情だけで行動するほど、ヤミは愚かではなかった。

 しかし、彼は自分の生い立ちを踏まえると、彼女をこのまま捨て置くことも出来なかった。


「俺に出来るんは神力の使い方を教えることだけや」


「……ありがとう存じます」


 ヤミの言葉を聞いた彼女に、パッと花が咲く。

 今の状況を打破するには、神力の関与が必要不可欠だった。

 ヤミは腰に掛けた刀を鞘に収めたまま、彼女のおでこに押し当てた。

 リアスは力が抜ける眩暈に似た症状を前に、たじろいた。


「いや!」


 暫くして魔力が刀に吸い取られているのだと気付いたリアスは、反射的に武器を頭から離す。

 魔力の残量を確認するべく、彼女は自分の手元を視覚魔法で見た。

 魔法を使う事すら憚られる程低下した魔力に、彼女は愕然とする。

 人は魔力無しでは生きられない。

 そんな世界の常識を知っている彼女は、不安に掻き立てられた。


「……どうして?」


 リアスは自分を攻撃するようなヤミの行動に対し、不安と疑問の混ざった言葉を投げかけた。


「よう見てみぃ」


 少女はヤミに指示されて、再び自分の手を見る。

 手汗に紛れて体表に透明な揺らぎを発見したリアスは、その正体を考えた。

 先程まで視界に映らなかった透明なそれは、自分の内側から湧き出ている力だと理解した。

 その力を纏っているのは自分だけではない。

 床に伏せた母にも、僅かながらにそれが感じられた。

 リアスは母の体が魔力と神力両方を宿していることに、生まれて初めて気が付いたのだ。

 そしてそれと同時に、リリィの魔力が嘗て無い程低下している事に驚いた。


「母様!ダメです母様!まだゼノ様が戻っていません」


 母を繋ぎ止めるために心残りを口にしたリアスは、自分の卑しさに奥歯を噛んだ。

 死の淵を彷徨っている母を呼び止めるために、この方便を何度使ったことか。

 彼女が幸せに生き絶えるよりも、リアスは自身の不安を全面に押し出して彼女に縋り付いている。

 わっと泣き始めた幼い彼女を他所に、ヤミは平常心で彼女らを見ていた。

 どうして彼は何も言ってくれないのかと怒りを覚えながら、リアスは尚も泣き(じゃく)る。

 そうしている内に母の呼吸は次第に小さくなり、魔力も見えなくなってしまった。

 肉親との別れに自身の膝を握って、その場で涙を流し続けた。

 そんな彼女の心休める暇を奪おうと、大きな音が村の入り口から鳴り響いた。

 リアスがハッとして窓の外を覗くと、村の小さな入り口に怨霊が犇めいているのを目視した。

 ヤミは村の入り口に関心は無い様子で、同タイミングで赤い閃光を放った裏手をじっと見つめていた。

 少女は寝室を離れるために、小さな足で地面を蹴った。

 部屋に残されたヤミは、綺麗なリリィの横顔を眺める。

 彼女の死は疫病ではなく、『女神の呪い』だ。

 若く美しいことに執着するあまり、宿木を破壊する女神。

 その性格の変わらなさに、ヤミは嫌悪感を抱いていた。


「話は終わったのか。……おや、死んでしまうとは情けない」


 クスクスと笑う魔女と目が合ったヤミは、小さく微笑む。

 彼女の態度に怒るはずもない仕人は、リリィを背にして立ち上がる。


「帰るん?」


「いいや、ガキを捕まえる」


 ヤミは主人の外にハネた横髪を手に取りながら、問いかけた。

 そんな彼の手を不愉快だと払ったグレンは、踵を返して少年少女の足跡を追い始めた。


 


「うおおおおお!」


 自暴自棄であるかのように乱雑に木刀を振ったマゼンタは、村人と怨霊の間に炎の壁を作り出した。

 出力の調節されていない魔法は住民の足元を焼き、焦げた匂いがその場に立ち込める。


「悪い!退がってろ!」


 マゼンタは「魔力が熱いと感じたのはいつ以来だろうか」と考えた。

 当人すら熱を感じる炎は、周囲に被害を齎した。

 不幸中の幸いか、木造建築の家屋は悉く焼け落ちたが、家主はとっくに避難し終えている。

 避難の終わった村で、マゼンタの傍に残るのは若い男性ばかりだったが、その全ては農民だった。


「頼む!全員避難しててくれ!」


 戦力外通告をマゼンタから受けた彼らは押し黙り、その小さな背中に全てを託した。

 マゼンタの目の前には五体ほどの怨霊が佇んでいたが、あの日魔法陣付近で見た個体とは様子が違った。

 大きさもさる事ながら瘴気の量が少ない。

 あの毒を吐く個体はゼノが撃ち倒したのだと、期待に胸が膨らんだ。

 ゼノが頑張っているのなら、その弟子である自分もやる気を出さねばならない。

 まずは段階を踏もうと、五体の中で一際小さな怨霊を斬り倒した。

 ぎゃあと悲鳴に似た音が鳴り、それは地面に溶けていく。

「やったか」と拳を握り掛けたマゼンタの目の前に、溶けた筈のそれが今一度ドロドロとした体を形成した。

 傷が浅かったのだと思ったマゼンタは、連続で木刀を叩き込む。

 彼は肩で息をしながら、流石にこれで倒れるだろうと怨霊を見た。

 だが、その様子は何1つ変わっていなかった。

 ドロドロと蠢く怨霊を前に、マゼンタは策を練る。

 思考で立ち竦む少年は、他の個体が背後から忍び寄る気配に気付けなかった。

 肩にドロっとした重みを感じた瞬間、マゼンタはそちらを見ずに片手で木刀を振り切った。


「……ぐっ」


 揺らめく闇がマゼンタの肩を侵食する。

 もう少し反応が遅れたら、その闇に飲み込まれていたかもしれないと彼は冷や汗を掻いた。


「こんなもんどうすりゃいいんだ……」


 マゼンタの攻撃は、怨霊に一切通用しない。

 絶望的な現状に希望を打ち砕かれた少年は、再生を繰り返す怨霊の動きを止める事しか出来なかった。

 パチパチと燃える木の音に紛れて拍手が聞こえた少年は、その音の方へと慎重に振り返る。

 炎の上で浮遊していたのは、彼が心の底から嫌う魔女の姿だった。

 何もない空間に魔女は腰掛けると、足を組んで偉そうに踏ん反り返った。


「お困りのようだね少年」


「うっせぇ!お前の助力なんて必要ねぇ!」


 本来なら助けを乞うべきだが、マゼンタにその意思はない。

 少年が怒鳴り返すと同時に、彼女は雹を彼へ向けて思いっきり投げ込んだ。

 咄嗟に目を瞑ったマゼンタの背面で、怨霊が凍りつく。


「……何してんだ!殺す気か!」


ワンテンポ遅れて少年が怒りだす。


「ちっ外したか……」


 グレンは「次こそちゃんと狙うぞ!」と新たに幾つもの雹を生み出して自身の周りに浮遊させた。

 マゼンタは身を隠すものを探すべく、態勢を変える。

 少年は肘に冷たい感触を覚えた。

 それはグレンの凍らせた怨霊であり、軽く刺激を受けた氷は、いとも簡単にその場に崩れ落ちる。

 足元に散らばった氷は怨霊の再生力を発揮することなく、次第に解けて地面へと染み込んでいった。

 そこにはもう怨霊の魔力を感じることはない。


「お前、どうやって怨霊を倒したんだ?」


「ほほう!気になるか少年!」


 魔女はわざとらしく両腕を広げて、ヒタヒタと笑う。

 マゼンタはそんな彼女の態度に腹を立てながらも、ここは我慢だと続きの言葉を待つ。


「怨霊を構成する魔術は全部闇で形成されてる。内向性魔法はそれに対応した属性しか受け付けないんだよ」


「内向性……?」


 彼女は察しの悪い少年の視覚に訴えるべく、浮遊するの雹群に過度な魔力を込めた。

 水色の魔力で覆われている雹に、僅かながら闇が浮かび上がる。

 比率で言えば数パーセントに満たないだろう黒色は、怨霊の討伐に欠かせない属性だった。


「光、無、闇のいずれかでないと敵は倒せない」


 魔女が軽く手を振ると、マゼンタを囲む怨霊がその動きを止める。

 凍った怨霊は、自発的にその場に崩れ去る。


「全滅かよ……」


「分かったらさっさと炎仕舞い込んで光魔法を使うんだな」


 使うも何も、マゼンタに対峙していた敵は今し方居なくなった。

 少年は「こんな状況で何と戦えと言うんだ」とジトッとした眼でグレンを見上げる。


「ほら、新しいお客さんだ」


 グレンが指差す方角――炎の壁を隔てた先から、他とは比べ物にならない程異様な()()が2人を見ていた。

 マゼンタは直感的に刀を構えて、()()の到着を待つ。

 ゆっくりと前進する異形の背丈は大人より高く、薄らと四肢が在るように感じられた。


「お、おい!さっきより明らかにやべぇ個体じゃねぇか!」


 マゼンタが助けを求めて魔女を見上げると、彼女は微妙な顔で思案していた。

 グレンはマゼンタに目配せをすると、憂う様に囁く。


「呑まれるからあんまし闇属性使いたくないんだ」


「っ使えねぇな!クソババア」


 「数を減らしてやったんだから有難く思えよ」と抗議の声を上げる魔女に、頼った自分が間違いだったと正面に向き直すマゼンタ。

 村の命運は当初の予定通り、この小さな男に掛かるのかと思われたその時、丘の上から白い光が差し込んだ。

 岩肌の隙間から覗く、小さな人影を目撃したマゼンタは、目を見開いた。


「……ッリアス!」


 少年に名を呼ばれた少女は、羽衣を他靡かせて空に祈りを捧げている。

 ひとしきり祈りを口にし終えた彼女は、薄らと目を開いて怨霊を見下ろした。

 その瞳が橙色と金色の中間に位置している事に気付いたのは、グレンだけだろう。


「これ以上の狼藉は許しません」


 厳しい言葉を怨霊に投げたリアスの隣には、グレンがよく知る男が立っていた。

 彼はリアスにそっと耳打ちをして、その後巫女の横に跪く。

 ヤミが首を垂れて、武器を巫女に捧げる。

 リアスはその様子に戸惑いながらも、詠唱を始める。


「庭を彩る若き生命よ、其方らの意志に同期し戦闘の運命を覆すことを命ず、散りゆく華は神に手向ける贄とならん」


 リアスは自身の神力に溺れたのか、苦しそうに言葉を詰まらせながら語った。

 彼女は覚束ない足取りでヤミの刀に手を添えると、一呼吸おいて力強く彼を見た。

聖戦の燈(ニケ・エヴロギア)

 瞬間、神力を受けた刀は、その強い光に押されてカタカタと震える。

 ヤミが力を得た刀の切先を空に掲げると、光は雲を開き、快晴を作り出した。

 目を奪われて然るべき光景に、誰もがその挙動を追ってる。

 いや、ただ1人魔女はつまらなそうに欠伸をしている。

 慣れない力を使ったリアスはその場に座り込み、後は頼んだと言わんばかりに、ヤミへ頷きかける。

 彼が鞘を引くと、加護を得た刀身が姿を現した。

 切先を地面へ向けると、足場にあった草木が急速に成長し、彼の周りに花咲いた。

 マゼンタは一歩ずつ緑を咲かせながら自身に歩み寄る麗しい男を、口を開けて呆然と眺める。

 本来ならあそこには自分が立っていたはずだ。

 巫女の騎士としての使命を奪われたことに悔しさを感じながらも、大きな尊敬の念がマゼンタを包む。

 ヤミの所作は美しく、一文字に固く結ばれた気難しそうな唇も、彼の神聖さを醸し出す要因に成り得た。


「そこで見とれ」


 感情なく呟いた言葉が、自分に向けられたものだと気付いた少年は、すれ違った彼を必死に目で追った。

 怨霊の前に辿り着いた彼が重心を右にズラしたかと思うと、その刀身は既に怨霊を貫いていた。

 攻撃を受けた怨霊は、低く叫び声をあげてヤミに掴み掛からんと体を動かす。

 ヤミはその行動を予期してか、相手が動く前に蹲み込み、攻撃を回避する。

 そしてその流れのままに、下から上へ刀を振り上げた。


「……おお!」


 初めから決められていた様な動きの滑らかさに、少年は感嘆の声を上げる。

 切り揃えられた髪がドレスのように規則正しく踊る様子は、とても戦闘中には見えない。

 予想外の打撃に、声を荒げる怨霊はさらに地面を揺らすほど叫んだ。

 思わずマゼンタが耳を塞いだその状況下でも、自分より近くに居るはずのヤミは眉一つ動かさない。


「かっけぇ……」


 少年の口からそんな感想が漏れた。

 ヤミの背中にゼノの幻影が重なり、彼への期待値が更に増す。

 自分が目指すべき戦士の答えはここにあるのだと、マゼンタは強く確信した。

 ドゴンと大きな音を立てて、怨霊は膝から崩れ落ちる。

 トドメを刺す瞬間をしかと目に焼き付けようと、マゼンタは身を乗り出した。

 

 ――怨霊の胴体には、ゼノの愛用する刀が刺さっている――

 

 ゼノの刀であると確証を持たせる『骨の装飾』が、柄の近くで揺らいでいた。

 怨霊にゼノが取り込まれていると直感的に感じたマゼンタは、咄嗟にヤミの腕にしがみ付いた。


「止めてください!あの中に師匠が居るかもしれません!」


 マゼンタによって作られた隙を、怨霊が逃すはずもなかった。

 敵は四肢の形成を止めて、ドロドロの体を地中へと移動させた。

 マゼンタがその変容に驚いて、ヤミの腕を離した頃には、最大個体の怨霊の姿は残されていなかった。

 ヤミは怒るでもなく屈み込み、マゼンタに言う。


「中に居っても生きとる訳ないやろ」


 その冷たい一言に対抗する台詞を、マゼンタは思い描けなかった。

 



 平和を手に入れた集落の空気は、一切浮かれる事なく澱んでいる。

 誰もが愛した巫女・リリィの死と、ゼノの死が確信に変わった事が、怨霊討伐を喜ぶ暇を与えなかった。

 マゼンタが日々素振りをしていた裏庭には、リリィの棺桶が埋められた。

 墓標は新たに用意する予定ではあるが、仮置きとして大きな石が置かれている。

 その前で菊の束を捧げて手を合わせる女性が1人。

 そんな彼女の背後から、マゼンタは声を掛ける。


「お前にも死を悼む心くらいあるんだな」


「あるものか、ただの形式上の礼儀だ」


 目を伏せて口元を綻ばせる魔女の横に、マゼンタは移動した。

 強がった発言をしている魔女の横顔に影が見えた事を、気のせいだとは思いたくない。


「いちいち気にしてたら長生き出来ないからな」


 捨て台詞と共に鼻を鳴らした魔女は、距離を置いて様子を見ていたヤミの元へと歩いて行く。

 マゼンタは戦闘の後、彼らが何者なのかを村の老人に問い詰めた。

 彼ら曰く、彼女は古から生きる魔女だと言う。

 「あの魔女はその生の中で幾つの死と向き合ってきたのだろうか」とマゼンタはその背中を眺めた。

 そして「幾つの死を乗り越えたら、彼らほど強くなれるのか」と疑問を持った。

 今回の戦いで自分が為せたことは、炎の壁を展開して人々を護ることだけだった。

 少年は怨霊の一匹も倒せない不甲斐なさに、拳を強く握りしめる。

 マゼンタは自分の為すべき最良を分かっていた。


「おい」


 マゼンタの少年らしからぬ低い声に、興味を持ったグレンは立ち止まり、彼を見た。


「俺が今のままじゃリアスを守れないことはよく分かってる。だがゼノさんが居なくなった今俺には他の方法が見当たらない」


 マゼンタはその場に頭を下げて懇願する。

 嫌いな相手にここまで誠意を見せるのは、覚悟の現れだろう。


「俺も連れて行ってくれ!足手纏いなら捨て置いて構わないから!」


 強さを盗んで強くなると決めたマゼンタの瞳は、力強く輝いていた。

 その真っ直ぐな眼に、魔女の薄ら笑う口元が映る。

 あくどく歪むその口角を前に、マゼンタの背筋が凍った。

 「自分の行動は間違いではない」とマゼンタ全身を覆った汗を否定する。


「最初からそのつもりだ」


 陰鬱とした気配から反転して、グレンは呑気に言う。

 魔女の手の平の上で踊らされていると気付けるほど、マゼンタは大人ではない。

 彼女の返答に気を良くした少年は、決意を奥歯で噛み締めて口角を上げた。


「私もご一緒して宜しいでしょうか」


 グレン達の会話を盗み聞きしていたリアスは、ここぞとばかりに会話へと足を踏み入れる。


「……本当は嫌だけどいいよ」


 考える様な素振りを一瞬見せたグレンは、首を傾けながら答えた。

 幼馴染と離れなくて良いと知った少年少女は、目を見合わせて喜びの声をあげる。

 ヤミが「面倒な事にならないか」と主人に目配せすると、彼女は悲しそうに目を伏せて無理に笑顔を作った。




 それからの行動は早いものだった。

 建物の崩壊した村の長老は、彼らに責任を追求することはなく、寧ろ感謝の意を示した。

 この彼の態度は、古から善とされてきた巫女の立場がそうさせたのだろう。

 差し出す物のない彼らは、怨霊討伐の報酬としてハウサトレスまで馬車を出してくれると約束した。

 数年怨霊の影響で他の町へと移動出来なかった為か、村に居る馬の数は少ない。

 彼らはそのうちの一番健康な個体を、グレン達に差し出した。

 馬に乗る村人の背中を他所に、マゼンタはその奥の景色を見る。

 村を出るのはいつ以来だろうか。

 森を抜けた先の町は、シインフットとは比べ物にならない程発展している。

 見た事もない建物群を目の当たりにしたマゼンタのテンションは鰻上りだ。


「うわすげー!あそこに行くのか?」


「いや、ハウサトレスはもっと東だ。数時間掛かるからゆっくりしていろ」


 馬車を操縦する男は、マゼンタが身を乗り出さないように注意する。

 冒険が楽しくて堪らない少年は、足を揺らして今の時間を楽しんだ。

 彼はふと冷静になり、隣に座る少女を見る。

 ここ数日で様々な事があった。

 頼るべき大人を失い、それに加えて巫女の責務を負った彼女の心労は募るばかりだ。

 しかしリアスはそのことを気にしていない様子で、真っ直ぐと正しい姿勢で前を向いていた。

 普段と変わらない態度だったが、その内面に大人びた存在を感じたマゼンタは不安感に襲われる。

 きっと彼女は自分の手の届かない所で、重責に押し潰されるのだろう。

 いつまでも彼女の傍で護り続けたいと願ったマゼンタは、彼女の小さな手を握りしめる。

 リアスの頬は少し紅潮していたが、移り変わる影の流れに掻き消されて、気付く余地はない。

 動揺を隠すように微笑んだ彼女は、マメに覆われた彼の手をしっかりと握り返す。

 2人一緒なら何があっても大丈夫。

 そんな思いを語らないまま疎通し合った子供たちは、暖かい空気に触れながら新しい生活へと進み始めた。

 獣道を通る馬車は、日が暮れた頃にハウサトレスへと到着する。


「お腹すいたな……」


 うたた寝をしていたマゼンタはそっと呟いた。




 これは聖なる彼女の物語。光が強いほど影も濃くなる。

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