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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
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これは等しい彼等の物語


 高飛車な娘の一人旅は終わらない。

 商人から果物を受け取った彼女は、差し出された両手に疑問符を浮かべる。


「……あの、御代を頂けませんか?」


「お金なんて持ってないわ」


 偉そうにツインテールを掻き上げた娘は、ブドウを口に含みながらその場を後にした。


 ――――――――――――――――――――

 

 東の魔女――(もとい)、グレンは自堕落な生活に幸せを噛み締めていた。

 昼過ぎに目を覚ました彼女は、自身の傍で眠るミクと記号へと目を遣る。


「記号?」


 いつもなら自分を起こそうと暴れ狂う、天真爛漫(てんしんらんまん)な娘が傍に居ない。

 グレンは首を傾げつつも、「興味が(うつ)ろう彼女の事だから、新しい玩具でも見つけて遊びに出かけているんだろう」と、勝手に納得した。

 ――その時の事だ。


「きゃああああ!」


 階下から聞こえる甲高い悲鳴にグレンは飛び起きる。

 その声は、(まご)う事無く、記号が発した声だった。

 ミクの体を飛び越えたグレンは、開け放たれたままの扉をスルーし、手摺へと足を掛けた。

 2階から記号の後ろ姿を見つけた彼女は、そこへ向かって一気に飛び降りる。

 記号の正面には、ドレスに身を包んだ女が立っていた。

 記号へと伸びる女の腕を蹴落としたグレンは、「誰だ?」と言いながら短剣を構えた。


「違いますわ! 私彼女を心配しておりますの!」


 女は20代前後の若い娘で、髪を見事な縦ロールで整えている。

 ふわりと広がったスカートは綺麗な弧を描き、その立ち振る舞いは上品な貴族に見えた。

 そんな見た目の女性が、人を襲うとは考え辛い。

 加えて、心配そうに記号の様子を伺う彼女の瞳に嘘は感じられず、「(はや)とちりをしてしまったのか?」とグレンは記号へと振り返った。

 記号の色を失った唇は「ブルブル」と震え、目隠し越しであっても彼女が顔面蒼白だと一目で分かる。


「首っ……首が……」


 床へ目を落とした状態の記号が、震える指でドレスの女性を指差した。

 見知らぬ娘の首元では、揺れる縦ロールの隙間から蜷局(とぐろ)を巻いた蛇が見え隠れしていた。


「まあ! 蛇が苦手でしたの!? 御免(ごめん)あそばせ」


 横髪で必死に蛇を隠した娘は、記号から遠ざけようとその身を屈めた。

 一方、彼女の「蛇」と言う言葉に対し、記号は目を丸くしながら彼女の方を見た。

 娘の行動空しく、グルグルと動いた蛇が、記号の方へ向かって「シュルシュル」と舌を出して挨拶をする。


「なぁんだ、蛇さんだったの? ビックリしたあ! てっきり私……ん? 私何だと思ったんだろ」


 口を尖らせて考え込んだ記号は、「まあいっか」と笑顔で顔を上げた。

 先程の怯えが嘘の様に、蛇を真似(まね)て舌を出した記号は「ケタケタ」笑いながら蛇の頭を撫でる。

 その行動に付いて行けないグレンと貴族風の娘は、キョトンとした顔のままお互いを見つめ合った。


「あ、ジュリエールだ。おはよう」


 目を合わせる2人に割って入ったのは、眠たげに目を擦るミクだった。


 ――――――――――――――――――――


 聞くに、金髪縦ロールの貴族娘はミクの友人らしい。

 愛するペットを首から覗かせた彼女は、「ジュリエール・エオドルド」と名乗った。


「ココは(わたくし)の最愛の護衛ですわ」


 蛇の名前は「ココ」と言うらしい。

 その蛇は人の言葉を理解しているのか、机へと移動してグレン達へと首を垂れた。

 「ご丁寧にどうも」と会釈を返したグレンは、知能の高い蛇に疑問を感じる。


「ココは……蛇なのか? 動物の魔力は、あんまし分かんないはずなんだが……」


 人と同量の魔力を放つ蛇を(いぶか)()に見たグレンは、眉を(ひそ)めて蛇の頬を(つつ)いた。


「この子は『召喚獣』ですわよ。盟約(めいやく)(もと)に私を護って下さるの」


 「ふふふ」と上品に笑ったジュリエールが腕を差し出すと、ココはその腕を(つた)って首へと戻った。


「すまない、ジュリエール。手加減なく蹴っちまって……」


 白い腕の青痣(あおあざ)に引け目を感じたグレンが、目を泳がせながら謝罪を述べる。

 だが、ジュリエールは何故だか自慢げに胸を張って「ふふん」と鼻を鳴らした。


「この程度の怪我、日常茶飯事ですわよ。お父様の指導と比べればどうって事無いですわ!」


 脚を組んだジュリエールのスカートから、パニエワイヤー越しに生足が覗く。

 高級な髪飾りを揺らす彼女の、見た目に反した言葉は違和感が強すぎた。

 そこで、グレンは「なるほど」と独りでに頷く。


「だから、家出してんのか」


「あら? 私の家出を知っていますの?」


 この世界の王――クラヴェルの御息女(ごそくじょ)は、未だ見つかって居ないらしい。

 打撲寸前の青痣を「この程度」と言って退ける程だ。

 彼女は日頃の厳しい修行から逃げ出す為に、家出を選択したのだろう。

 気恥ずかしそうに頬を染めたジュリエールは、蜷局(とぐろ)をマフラーに見立てて口元を隠した。


「ちゃんとお母様の許可は取っていましてよ? お父様がカールに意地悪するから、私も意地悪返ししただけですの」


「ふっふっふ。ジュリエールはねぇ、大好きな恋人が居るんですよー。お父さんの反対を押し切って、燃え盛る愛! とっても素敵だと思いませんか!?」


 ジュリエールの言葉を補足したミクは、目を輝かせて「キャッキャ」と両手を上下に振る。


「へぇ、そうだね。意志を通すのは良いと思うよ。身を隠すなら黙っておいてやるよ」


 なんだかんだ人の色恋沙汰に興味のあるグレンは、「ニヤリ」と笑ってジュリエールに恋バナの続きを促した。


「カールと初めて会ったのは、水流地帯のダンジョン攻略をしている時でしたの。パーティから(はぐ)れた私のレイピアがモンスターへ届かず苦戦している所で、カールが私を助けてくださいまして――」


 いつの間にか、買い物を終えたキーツが彼女等の輪に加わって話を聞いている。

 ティーセットを準備し終えたヤミは、一言も発さず女子会からそっと姿を消した。


「――A級冒険者の私に護衛は必要ないと申していますのに、カールは「心配だから」と私にココを預けて下さって。……その、お父様以外の方に護って頂くのが初めてで……」


 言葉を詰まらせたジュリエールを囲って、女子達が「キャアキャア」と沸き立つ。

 楽しい女子会に花を咲かせていた話は、次第に家出をした経緯へと話が移り変わった。


「――それで、お父様が「S級冒険者じゃないと認めないぞ」って。私初めて喧嘩しましたの!」


「S級は酷いよね! だって今のS級はたった4人だよ!? 難しいよねぇ、アデルさん」


 こっそり茶菓子を食べていた料亭の亭主――アデルは、ミクから急に話を振られて「コホン」と咳き込んだ。


「そうねぇ。いくらエミールが付いてると言っても、ボイドじゃあ火力不足でしょうね。剣姫(けんき)がパーティに入ってくれたら話は変わるでしょうけど」


「人がいっぱいだ……」


 話の登場人物を指折り数えた記号は、ショート寸前の頭を「グルグル」と回してキーツの膝へと滑り込んだ。


「カールさんは今、S級冒険者になれるダンジョンを攻略していらっしゃるのですよね。えっと、エミールさんとボイドさんがそのパーティに居て、剣姫?さんはパーティに合流しないのですか?」


 煙を出す記号の頭を手の平で冷やしたキーツは、アデルへと質問した。


「剣姫は攻略を焦ってるみたいで、周りの話に耳を傾けてくれないのよ。身を滅ぼさないと良いんだけど……」


「剣姫の話は分かんないけど、今はジュリエールの恋愛の危機なんです!」


 剣姫を心配するアデルを押し退けたミクは、ジュリエールの両肩を抱えて話の中心に彼女を戻した。


「――それで、お父様の条件を取り下げて貰おうと、家出した次第ですわ」


 ジュリエールの話を聞き終えた各人(かくじん)は、彼女に共感してその父親を非難した。


「大方、無理難題仕掛けて阻止したいんだろうな」


「ジュリエールの恋を認める気が無いんですよ! きっと!」


「私はジュリジュリを応援するよ! フレーッフレーッ!」


 騒ぎ立つ彼女等が味方に付いてくれる歯がゆさに、頬を染めたジュリエールは蜷局で口元を覆っていた。


 ――――――――――――――――――――


 

「「ハックシュン!」」


 人の噂は非難される当人に、クシャミを誘発する。

 鼻を啜ったクラヴェルは、自分と同タイミングでクシャミをしたエミールを睨む。

 彼は、エミールの入室で空気が冷えたのだと言いたげだ。

 娘の不在で機嫌の悪い国王は、旧友を無視して書類整理に戻った。


「それで、私の捕まえたガキと生意気な男を何処に()ったんです? ちゃんと実刑を与えましたか?」


「……はぁ。いちいちお前の捕えた罪人に目を通す訳無かろう。無罪の民を寄越し過ぎだ馬鹿者。それより娘を探してくれ。あの子が外の危険に晒されていると思うと夜も眠れんわ……」


「知るか。自分の娘くらい自分で躾けてください。それより罪人の居場所を教えなさい」


 不遜な態度を露わにするエミールに机の書類を取られ、クラヴェルは慌ててそれを奪い戻した。


「私の勘は当たります。国が不利益を被りますよ」


「お前の勘は五分五分だろうが」


「そうですよ。だから――」


 エミールはクラヴェルに取られた書類を、再び彼から分捕(ぶんど)った。


「――()()()()()()()()()()()()()


 エミールの作成した処罰文書には、罪人の身体的特徴が記されている。

 『赤髪で猫目の青年』は、マゼンタの事を指している。

 もう一方の文書には『面長の槍持ち』と記されていた。


 ――――――――――――――――――――

 

 アギルマーがテーブルへ広げた地図には、2箇所の印が付けられていた。

 ギルド内はいつも通り閑古鳥(かんこどり)が鳴いているが、マゼンタの周りは緊張感で張り詰めた空気が流れていた。

 それだけ、今回挑戦するダンジョンの難易度が高いと言えるだろう。


「こっちの壁にサーチかけた状態で対面の印に行くと、壁越しにモンスターのHPが見えんだ。んで、そのモンスターへ攻撃を仕掛けりゃ違う空間に出る」


 真剣に話を聞くマゼンタの後ろで、シロが「ゲームみたいだなぁ」と小さく呟く。


「この敵は一定以上のレベルだと攻撃を受け付けねぇんだ。だから、ここで鍵になんのは最年少の魔法だぜ」


 アギルマーはマゼンタの胸を拳で「ドン」と叩く。

 ヤカブと共に素材収集を行ったマゼンタのレベルは15まで上がり、壁越しに敵を攻撃するための魔法も覚えた。

 青年は自信満々に「任せろ」と言い切る。


「装備も大丈夫だよぉ」


 皆の装備を整理して細かくメモを取ったフリッガは、親指と人差し指同士を合わせて小さな丸を作った。


 ――――――――――――――――――――


 草原ダンジョンとは違い、洞窟ダンジョンは極端にモンスターの数が少ない。

 だからと言って、油断は大敵だ。

 入り組んだ道の先に大群が待ち受けている事を考慮して、フリッガは頻繁に『サーチ』を掛けて慎重に進んでいた。


「フリッガは俺と同じ炎属性だろ? 何で無属性の探索魔法が使えんだ?」


 マゼンタは彼へ追加のポーションを渡しながら、ずっと抱えていた疑問を投げる。


「んー? んー。そういうもんだとしか言いようが無いねぇ。ダンジョン内だと、属性に限らず魔法を使えるんだよぉ。ただ、自分の属性と一致してないと威力は落ちるんだぁ」


 使用頻度を上げる事で、無属性魔法の『サーチ』の質を維持しているとフリッガは語った。


「だからこんなにポーション消費してんのか」


 マゼンタが足元に転がるポーションの空瓶に目を遣っていると、先導していたアギルマーが2人の方へと歩み寄った。


「十分だフリッガ。曲がった先が目的の場所だぜ」


 魔法使いの功績で、2つの壁を結ぶ道の敵は一掃出来た。

 「後は自分達の仕事だ」と、フリッガの肩を押したアギルマーはマゼンタとヤカブを連れて対面へと走った。

 突き当りで、壁に埋まったモンスターのHP表示が現れる。


「ウェアフレイム」


 握った木刀に炎を纏わせて、壁に向かって投げ込んだ。

 岩壁に切っ先が当たるよりも先に、その手前の空間にヒビが入る。

 炎の一部がモンスターへ触れ、HPが減った瞬間に壁が崩壊して夜空が現れた。

 迷わず足を踏み入れたマゼンタは、転送魔法による酷い吐き気と、重力の変わった世界に驚きの声を上げた。


「うっ……すっげぇ重い」


 身体が思う様に動かず、膝から崩れ落ちたマゼンタは後方の仲間へと振り返った。

 ――だが、傍に仲間の姿は無かった。

 閉じる空間の割れ目の先で、嘲笑気味に口角を上げたアギルマーが、踵を返してヤカブの腕を引く。


「……ごめんな」


 ヤカブの自責に苛まれた声は、マゼンタの耳には届かなかった。


 ――――――――――――――――――――


 これは等しい彼等の物語。

 見知らぬ空間に閉じ込められたマゼンタは、焦りの色を浮かべていた。

次回更新は2026/03/01を予定しています

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