これは等しい彼等の物語
高飛車な娘の一人旅は終わらない。
商人から果物を受け取った彼女は、差し出された両手に疑問符を浮かべる。
「……あの、御代を頂けませんか?」
「お金なんて持ってないわ」
偉そうにツインテールを掻き上げた娘は、ブドウを口に含みながらその場を後にした。
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東の魔女――基、グレンは自堕落な生活に幸せを噛み締めていた。
昼過ぎに目を覚ました彼女は、自身の傍で眠るミクと記号へと目を遣る。
「記号?」
いつもなら自分を起こそうと暴れ狂う、天真爛漫な娘が傍に居ない。
グレンは首を傾げつつも、「興味が移ろう彼女の事だから、新しい玩具でも見つけて遊びに出かけているんだろう」と、勝手に納得した。
――その時の事だ。
「きゃああああ!」
階下から聞こえる甲高い悲鳴にグレンは飛び起きる。
その声は、紛う事無く、記号が発した声だった。
ミクの体を飛び越えたグレンは、開け放たれたままの扉をスルーし、手摺へと足を掛けた。
2階から記号の後ろ姿を見つけた彼女は、そこへ向かって一気に飛び降りる。
記号の正面には、ドレスに身を包んだ女が立っていた。
記号へと伸びる女の腕を蹴落としたグレンは、「誰だ?」と言いながら短剣を構えた。
「違いますわ! 私彼女を心配しておりますの!」
女は20代前後の若い娘で、髪を見事な縦ロールで整えている。
ふわりと広がったスカートは綺麗な弧を描き、その立ち振る舞いは上品な貴族に見えた。
そんな見た目の女性が、人を襲うとは考え辛い。
加えて、心配そうに記号の様子を伺う彼女の瞳に嘘は感じられず、「早とちりをしてしまったのか?」とグレンは記号へと振り返った。
記号の色を失った唇は「ブルブル」と震え、目隠し越しであっても彼女が顔面蒼白だと一目で分かる。
「首っ……首が……」
床へ目を落とした状態の記号が、震える指でドレスの女性を指差した。
見知らぬ娘の首元では、揺れる縦ロールの隙間から蜷局を巻いた蛇が見え隠れしていた。
「まあ! 蛇が苦手でしたの!? 御免あそばせ」
横髪で必死に蛇を隠した娘は、記号から遠ざけようとその身を屈めた。
一方、彼女の「蛇」と言う言葉に対し、記号は目を丸くしながら彼女の方を見た。
娘の行動空しく、グルグルと動いた蛇が、記号の方へ向かって「シュルシュル」と舌を出して挨拶をする。
「なぁんだ、蛇さんだったの? ビックリしたあ! てっきり私……ん? 私何だと思ったんだろ」
口を尖らせて考え込んだ記号は、「まあいっか」と笑顔で顔を上げた。
先程の怯えが嘘の様に、蛇を真似て舌を出した記号は「ケタケタ」笑いながら蛇の頭を撫でる。
その行動に付いて行けないグレンと貴族風の娘は、キョトンとした顔のままお互いを見つめ合った。
「あ、ジュリエールだ。おはよう」
目を合わせる2人に割って入ったのは、眠たげに目を擦るミクだった。
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聞くに、金髪縦ロールの貴族娘はミクの友人らしい。
愛するペットを首から覗かせた彼女は、「ジュリエール・エオドルド」と名乗った。
「ココは私の最愛の護衛ですわ」
蛇の名前は「ココ」と言うらしい。
その蛇は人の言葉を理解しているのか、机へと移動してグレン達へと首を垂れた。
「ご丁寧にどうも」と会釈を返したグレンは、知能の高い蛇に疑問を感じる。
「ココは……蛇なのか? 動物の魔力は、あんまし分かんないはずなんだが……」
人と同量の魔力を放つ蛇を訝し気に見たグレンは、眉を顰めて蛇の頬を突いた。
「この子は『召喚獣』ですわよ。盟約の下に私を護って下さるの」
「ふふふ」と上品に笑ったジュリエールが腕を差し出すと、ココはその腕を伝って首へと戻った。
「すまない、ジュリエール。手加減なく蹴っちまって……」
白い腕の青痣に引け目を感じたグレンが、目を泳がせながら謝罪を述べる。
だが、ジュリエールは何故だか自慢げに胸を張って「ふふん」と鼻を鳴らした。
「この程度の怪我、日常茶飯事ですわよ。お父様の指導と比べればどうって事無いですわ!」
脚を組んだジュリエールのスカートから、パニエワイヤー越しに生足が覗く。
高級な髪飾りを揺らす彼女の、見た目に反した言葉は違和感が強すぎた。
そこで、グレンは「なるほど」と独りでに頷く。
「だから、家出してんのか」
「あら? 私の家出を知っていますの?」
この世界の王――クラヴェルの御息女は、未だ見つかって居ないらしい。
打撲寸前の青痣を「この程度」と言って退ける程だ。
彼女は日頃の厳しい修行から逃げ出す為に、家出を選択したのだろう。
気恥ずかしそうに頬を染めたジュリエールは、蜷局をマフラーに見立てて口元を隠した。
「ちゃんとお母様の許可は取っていましてよ? お父様がカールに意地悪するから、私も意地悪返ししただけですの」
「ふっふっふ。ジュリエールはねぇ、大好きな恋人が居るんですよー。お父さんの反対を押し切って、燃え盛る愛! とっても素敵だと思いませんか!?」
ジュリエールの言葉を補足したミクは、目を輝かせて「キャッキャ」と両手を上下に振る。
「へぇ、そうだね。意志を通すのは良いと思うよ。身を隠すなら黙っておいてやるよ」
なんだかんだ人の色恋沙汰に興味のあるグレンは、「ニヤリ」と笑ってジュリエールに恋バナの続きを促した。
「カールと初めて会ったのは、水流地帯のダンジョン攻略をしている時でしたの。パーティから逸れた私のレイピアがモンスターへ届かず苦戦している所で、カールが私を助けてくださいまして――」
いつの間にか、買い物を終えたキーツが彼女等の輪に加わって話を聞いている。
ティーセットを準備し終えたヤミは、一言も発さず女子会からそっと姿を消した。
「――A級冒険者の私に護衛は必要ないと申していますのに、カールは「心配だから」と私にココを預けて下さって。……その、お父様以外の方に護って頂くのが初めてで……」
言葉を詰まらせたジュリエールを囲って、女子達が「キャアキャア」と沸き立つ。
楽しい女子会に花を咲かせていた話は、次第に家出をした経緯へと話が移り変わった。
「――それで、お父様が「S級冒険者じゃないと認めないぞ」って。私初めて喧嘩しましたの!」
「S級は酷いよね! だって今のS級はたった4人だよ!? 難しいよねぇ、アデルさん」
こっそり茶菓子を食べていた料亭の亭主――アデルは、ミクから急に話を振られて「コホン」と咳き込んだ。
「そうねぇ。いくらエミールが付いてると言っても、ボイドじゃあ火力不足でしょうね。剣姫がパーティに入ってくれたら話は変わるでしょうけど」
「人がいっぱいだ……」
話の登場人物を指折り数えた記号は、ショート寸前の頭を「グルグル」と回してキーツの膝へと滑り込んだ。
「カールさんは今、S級冒険者になれるダンジョンを攻略していらっしゃるのですよね。えっと、エミールさんとボイドさんがそのパーティに居て、剣姫?さんはパーティに合流しないのですか?」
煙を出す記号の頭を手の平で冷やしたキーツは、アデルへと質問した。
「剣姫は攻略を焦ってるみたいで、周りの話に耳を傾けてくれないのよ。身を滅ぼさないと良いんだけど……」
「剣姫の話は分かんないけど、今はジュリエールの恋愛の危機なんです!」
剣姫を心配するアデルを押し退けたミクは、ジュリエールの両肩を抱えて話の中心に彼女を戻した。
「――それで、お父様の条件を取り下げて貰おうと、家出した次第ですわ」
ジュリエールの話を聞き終えた各人は、彼女に共感してその父親を非難した。
「大方、無理難題仕掛けて阻止したいんだろうな」
「ジュリエールの恋を認める気が無いんですよ! きっと!」
「私はジュリジュリを応援するよ! フレーッフレーッ!」
騒ぎ立つ彼女等が味方に付いてくれる歯がゆさに、頬を染めたジュリエールは蜷局で口元を覆っていた。
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「「ハックシュン!」」
人の噂は非難される当人に、クシャミを誘発する。
鼻を啜ったクラヴェルは、自分と同タイミングでクシャミをしたエミールを睨む。
彼は、エミールの入室で空気が冷えたのだと言いたげだ。
娘の不在で機嫌の悪い国王は、旧友を無視して書類整理に戻った。
「それで、私の捕まえたガキと生意気な男を何処に遣ったんです? ちゃんと実刑を与えましたか?」
「……はぁ。いちいちお前の捕えた罪人に目を通す訳無かろう。無罪の民を寄越し過ぎだ馬鹿者。それより娘を探してくれ。あの子が外の危険に晒されていると思うと夜も眠れんわ……」
「知るか。自分の娘くらい自分で躾けてください。それより罪人の居場所を教えなさい」
不遜な態度を露わにするエミールに机の書類を取られ、クラヴェルは慌ててそれを奪い戻した。
「私の勘は当たります。国が不利益を被りますよ」
「お前の勘は五分五分だろうが」
「そうですよ。だから――」
エミールはクラヴェルに取られた書類を、再び彼から分捕った。
「――どちらかは度し難い罪人です」
エミールの作成した処罰文書には、罪人の身体的特徴が記されている。
『赤髪で猫目の青年』は、マゼンタの事を指している。
もう一方の文書には『面長の槍持ち』と記されていた。
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アギルマーがテーブルへ広げた地図には、2箇所の印が付けられていた。
ギルド内はいつも通り閑古鳥が鳴いているが、マゼンタの周りは緊張感で張り詰めた空気が流れていた。
それだけ、今回挑戦するダンジョンの難易度が高いと言えるだろう。
「こっちの壁にサーチかけた状態で対面の印に行くと、壁越しにモンスターのHPが見えんだ。んで、そのモンスターへ攻撃を仕掛けりゃ違う空間に出る」
真剣に話を聞くマゼンタの後ろで、シロが「ゲームみたいだなぁ」と小さく呟く。
「この敵は一定以上のレベルだと攻撃を受け付けねぇんだ。だから、ここで鍵になんのは最年少の魔法だぜ」
アギルマーはマゼンタの胸を拳で「ドン」と叩く。
ヤカブと共に素材収集を行ったマゼンタのレベルは15まで上がり、壁越しに敵を攻撃するための魔法も覚えた。
青年は自信満々に「任せろ」と言い切る。
「装備も大丈夫だよぉ」
皆の装備を整理して細かくメモを取ったフリッガは、親指と人差し指同士を合わせて小さな丸を作った。
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草原ダンジョンとは違い、洞窟ダンジョンは極端にモンスターの数が少ない。
だからと言って、油断は大敵だ。
入り組んだ道の先に大群が待ち受けている事を考慮して、フリッガは頻繁に『サーチ』を掛けて慎重に進んでいた。
「フリッガは俺と同じ炎属性だろ? 何で無属性の探索魔法が使えんだ?」
マゼンタは彼へ追加のポーションを渡しながら、ずっと抱えていた疑問を投げる。
「んー? んー。そういうもんだとしか言いようが無いねぇ。ダンジョン内だと、属性に限らず魔法を使えるんだよぉ。ただ、自分の属性と一致してないと威力は落ちるんだぁ」
使用頻度を上げる事で、無属性魔法の『サーチ』の質を維持しているとフリッガは語った。
「だからこんなにポーション消費してんのか」
マゼンタが足元に転がるポーションの空瓶に目を遣っていると、先導していたアギルマーが2人の方へと歩み寄った。
「十分だフリッガ。曲がった先が目的の場所だぜ」
魔法使いの功績で、2つの壁を結ぶ道の敵は一掃出来た。
「後は自分達の仕事だ」と、フリッガの肩を押したアギルマーはマゼンタとヤカブを連れて対面へと走った。
突き当りで、壁に埋まったモンスターのHP表示が現れる。
「ウェアフレイム」
握った木刀に炎を纏わせて、壁に向かって投げ込んだ。
岩壁に切っ先が当たるよりも先に、その手前の空間にヒビが入る。
炎の一部がモンスターへ触れ、HPが減った瞬間に壁が崩壊して夜空が現れた。
迷わず足を踏み入れたマゼンタは、転送魔法による酷い吐き気と、重力の変わった世界に驚きの声を上げた。
「うっ……すっげぇ重い」
身体が思う様に動かず、膝から崩れ落ちたマゼンタは後方の仲間へと振り返った。
――だが、傍に仲間の姿は無かった。
閉じる空間の割れ目の先で、嘲笑気味に口角を上げたアギルマーが、踵を返してヤカブの腕を引く。
「……ごめんな」
ヤカブの自責に苛まれた声は、マゼンタの耳には届かなかった。
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これは等しい彼等の物語。
見知らぬ空間に閉じ込められたマゼンタは、焦りの色を浮かべていた。
次回更新は2026/03/01を予定しています




