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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
67/72

これは疑う彼の物語


 顎を伸ばして高飛車な態度を取る娘は、自慢の青髪を指で払った。


「どうして私が追い出されるのよ! 出て行くなら貴方が出なさいよ!?」


「宿泊料金を支払って頂かない事には……こちらも商売ですので……」


 宿屋の店主が下手な態度で胡麻(ごま)()っていると、傲慢な娘は「ふんっ」とそっぽを向いて機嫌を損ねてしまった。


「参ったなぁ……」

 

 店主は頭を掻きながら、下男に「彼女を店から追い出せ」と命令した。


 ――――――――――――――――――――


 平原地のエリアボスは『ヒポグリフ』。

 馬の胴体で草原を駆け回り、(わし)の翼で大空を舞う。

 移動速度が速く、発見は困難だが、討伐自体は難しくない。

 低い知能の影響で魔法攻撃を苦手とするモンスターは、遠距離攻撃に弱い。

 だからこそ、弱点の分かり切ったヒポグリフを、己の脚力のみで追うマゼンタは馬鹿と言う他ないだろう。


「はーい、50周目ね。バテてるみたいだからもう少しだよ」


「ぬおおおお! ぜんっぜん、追い付けねぇえええ!」


 ヒポグリフが空を飛ばないのは、例によってシロの魔法の効果だ。

 広大な草原に巨大な魔法陣の(おり)を構えた白猫は、退屈そうに地面の草を「プチプチ」と(むし)っている。

 彼が魔法陣のサイズを縮小すれば、簡単にヒポグリフを捕まえる事が出来るだろう。

 だが、「それでは面白くない」と、意地悪な白猫はまだ魔法を習得していないマゼンタを走らせた。

 爆走する青年は、数㎝先の翼目掛けて腕を伸ばす。


「ぐっ、と、どっいっ……たあ!」


 ――ドンッ! ガシャン!――


 マゼンタはヒポグリフの羽根を握ったまま、顔面から地面へと身を投げた。

 不幸な事に、腰へ装備した双刀の(つか)が、ポーチを鳩尾へと押し込んだ。

 青年の頭上に『-15』の表示が浮かび上がる。

 

「3分の1持ってかれたか……相当痛いんだね。さっ!日が暮れる前に片付けてよー!」


「回復下さいよー! シロさーん!」


 腹を押さえて横たわる青年の叫びが、草原中へ広がった。


 ――――――――――――――――――――


 盗賊は役職の性質上、スキルの解放が優先される。

 レベルが10まで上がり、草原ダンジョンのレベル上限へ達したマゼンタだったが、未だ1つも魔法を習得していなかった。

 シロと同じ様にリアルステータスで発動を試みたものの、ダンジョン内ペナルティの影響で慣れ親しんだ炎魔法は、そよ風で簡単に掻き消された。


「やっぱ、パーティ組まなきゃキツい! せめて回復が欲しい……!」


 夕暮れ時、成果を得られず帰還したマゼンタは、拳を握り締めて切実な願いを口にした。

 ギルドで購入するポーションは、初球ダンジョンを攻略する2人には高価な品の為、おいそれと消費出来ない。

 加えて、魔法全般のエキスパートであるシロは、頑なにマゼンタを治療しなかった。

 その理由を青年が問うと、白猫は諦めた様子で「奴隷だから」と答えた。


「僕等奴隷はあくまで補助に過ぎないから、戦闘の主軸にはならないよ。精々(せいぜい)荷物持ちが良いところ。この先、君は最高ランクに挑戦するんだから、パーティを組むのは必須条件だ。そして、その時に奴隷が補助職を受け持つのは有り得ない。だから、今は僕の援助に慣れちゃダメ」


「どうしてシロさんはそうやって一線引くんですか! 俺はシロさんと冒険したいんです!」


 マゼンタが真っ直ぐにシロへと向かうので、白猫は気恥ずかしそうに目を逸らした。


「……僕は、見ているだけで楽しいよ。こんなところ、1人じゃ来られないから。……ありがとう、マゼンタ」


 感謝の言葉には明確な拒絶が含まれていた。

 会話を打ち切った白猫は、自分達へと近寄る気配を察知し、マゼンタの後方へとそっと身を引いた。


「なあ、あんたさ、職業とレベル教えてくんねぇか?」


 マゼンタへと声を掛けたのは、槍を携えた面長の青年だった。

 その背後では、魔法杖を腰へ提げた小太りの青年と、彼等と同じ年頃の甲冑を纏った青年が、足並みを揃えてマゼンタに立ち塞がった。


「えっと、あんた等は?」


 警戒するマゼンタの低い言葉を聞いたリーダーらしき面長は、図体のデカい2人に下がる様指示した。

 

「悪い悪い、ちょっと威圧的だったな。俺の名前はアギルマー。後ろのデブはフリッガで、甲冑がヤカブ。俺達、13レベル前後の冒険者を探しててさ。レベルが近くて前線張れる奴探してんだよ。お前、1人みたいだが、どっかにパーティメンバー居んのか?」


 当然の如く、彼等にはシロが人として映っていない様子だ。

 シロを無視する彼等に腹を立てたマゼンタだったが、空気として扱われた当の本人が後ろから「パチパチ」と雷魔法で脅すので、彼等との会話を続ける事にした。


「俺はえっと、クラウ。職業は盗賊でレベルは10だ。草原のエリアボスに挑戦中だから他を当たってくれ」


 先に述べた様に、草原ダンジョンの上限レベルは10。

 攻略地が違うであろう彼等とこれ以上関わる気の無いマゼンタは、突っ撥ねる様に手を振った。

 だが、冒険者3人は素っ気ない態度を取ったマゼンタへ怒る事も無く、ひそひそと相談をし始めた。


「目の前で……感じ(わり)い」


「そう?親切だと思うけど」


 無意味に待たされるマゼンタが「ブツブツ」と文句を言う相槌に、シロが好意的な言葉を挟む。

 「信じられない」と振り返ったマゼンタは、白猫の小刻みに揺れる猫耳を無意識に目で追う。


「ヒポグリフは盗賊だけじゃ捕まえらんねぇだろ。今後も組むかはさておき、お試しで俺達のパーティに入らねぇか?協力するぜ」


 嫌な顔1つせず手を差し伸べた彼等の善意に、マゼンタの良心が痛んだ。

 初めから敵対心剥き出して対応していた青年は、己の浅はかさに顔を真っ赤に染め上げる。

 8番目の世界(アンダス)に訪れてからというもの、シロへ向かう侮蔑(ぶべつ)の視線を感じ続けていたマゼンタは、自然と他者から距離を置く傾向にあった。

 誰も自分達を理解してはくれない。

 新たに出会う全ての人が敵だと、無意識に思う様になっていた。

 マゼンタは自身の頬を両手で強く叩いて疑念を振り払い、音に驚いて固まるアギルマーと手を結ぶ決意をした。


「すまねぇ、正直助かる。礼は絶対返すぜ」


「うむ。よろしくなクラウ」


 フリッガのモチモチした手と、金属質なヤカブの手と握手を交わしたマゼンタは、歓迎する彼等に揉まれて酒場へと連れ込まれた。


 ――――――――――――――――――――

 

 13番目の世界(サィデタ)での成人は15歳から。

 自身の正確な年齢が分からぬマゼンタは、8番目の世界(アンダス)では許されるのだろうかと、周りの客を「キョロキョロ」と見渡した。

 相変わらずリーラ村内の人気は少ないが、酒場は他より人の姿を見る事が出来た。

 客の多くは外泊の装備で、一目で彼等が冒険者だと分かる。

 もしかすると、常駐する村人の数より冒険者の方が多いのかもしれない。


「アギルマー。俺、多分成人してねぇんだよ。酒は飲まねぇぞ」


「んだよ、細けぇな!酒なんざ赤子でも飲んでらぁ!」


 酔いの回りが早いリーダー格は、マゼンタの歓迎をすっぽかして他の席の客へと絡みに行く。

 フリッガが「放っときなよ」と言って、マゼンタへとジュースを手渡した。

 

「クラウは外の世界から来たんだよねぇ。僕等も同じで、10番目の世界(ベラータ)からここに来たんだぁ。道中迷いに迷って8年くらい掛ったけどねぇ」


(なげ)ぇこと旅してんだな。今(いく)つなんだ?」


 アヒル口のおっとりとした男は、自身の杖を「クルクル」と回しながら「ヤカブが一足先に30を迎えたばかりだよぉ。だよねぇヤカブ」と言った。

 話を振られた側であるヤカブは、「目の前の酒をどうやって飲もうか」と悪戦苦闘して返事をしない。


「ふーん。ダンジョン攻略し始めたのは最近なのか?俺は1週間前くらいに、この村から攻略を始めたばっかなんだが――」


「1週間!? えっ!? 7日で平原の上限までレベル上げたの!? 正気!? 噓でしょ!?」


 顔のパーツを中央へ寄せたヤカブは、驚きのあまり肩を上げたまま硬直している。

 目を泳がせたマゼンタは酒の(さかな)を奥歯で噛み締めながら、シロの方へと振り返った。

 白猫に「嘘ではない」と証言をして欲しかったが、彼は目を離した隙に何処かへ姿を(くら)ませていた。


「あれ? シロさんどこ行ったんだろ。飯食わねぇのかな」


「ねぇ嘘だよねぇ。ねぇねぇ。嘘吐(うそつ)きは良く無いんだよぉ」


 冷や汗を首へ提げたタオルで拭いながら、フリッガはマゼンタを諭す。

 一方、ヤカブは甲冑を脱げば酒を飲めると気付いたらしい。

 「ガブガブ」とジョッキを流し込む甲冑の男を見た客達から、大きな拍手が巻き起こる。

 その光景は、アギルマーの逆鱗(げきりん)へと触れた。


「おい! 俺より目立ってんじゃねぇぞ! いよーし! 今日こそお前に負けを教えてやろう!」

 

「よしっ、いつでも」


 椅子の上へ立ち上がり、テーブルに足を掛けたアギルマーは手持ちの酒を一気に飲んだ。

 それに対抗して、ヤカブは店員から受け取った樽を持ち上げて、盛大にひっくり返した。

 何処にそんな許容量があるのか。

 大口を開けて樽の酒を飲み切ったヤカブは「フラフラ」としながらも、しっかりとアギルマーを見据えている。


「もっとだ! もっど酒を持ってろい!」


 呂律の回らない叫び声を上げたアギルマーは、ヤカブと同じ量の酒を飲もうと樽を持ち上げようとするが、樽は床から離れない。

 アギルマーが「プルプル」と腕を揺らすのを尻目に、ヤカブは勝ち誇った様子で甲冑から覗く上腕二頭筋をアピールしている。

 歓声の鳴り止まぬ酒場で、1人溜め息を付いたフリッガは「やれやれ」といった態度でマゼンタに向き直った。

 マゼンタは、キラキラとした羨望の眼差しでヤカブを見つめていた。


「超絶かっけぇええええ!」


「あぁー、君もそっち側の人間かぁー」


 目を細めたフリッガは、己の「ぽよぽよ」な腹を摘まんでメインディッシュの鹿肉を食べ始めた。


 ――――――――――――――――――――


 騒がしい酒場の上側。

 ギルドのテントと同じ素材の(たゆ)んだ屋根に座り込んだシロは、沸々と燃え滾る怒りを鎮めようと空を見上げた。

 村の空は相変わらず闇に覆われている。


「牢獄みたい……」

 

 閉ざされた空間に不安を覚えた白猫は、転送魔法で村の外へと逃げ出した。


 ――タッタッ、タッタッ――

 

 夜闇(やあん)に薄っすらと青い月明りが広がる。

 森の奥深くまで駆けたシロは、べた付くシャツを嫌がって上衣(うわぎ)を揺らした。


10番目の世界(ベラータ)……」


 「ポタポタ」と、強く噛まれたシロの唇から赤い液が滴る。

 それに気付いた白猫は、手首で無理矢理血を拭った。


「……はぁ。落ち着いて。あれはマゼンタのパーティ候補なんだから……私情は……抑えなきゃ――」


 ――パンッ! パチパチ……――

 

 彼の意志は、雷鳴となって真横の樹木を裂いた。

 暴走した魔力は通り雨の様相(ようそう)で激しく降り、地中へ流れた魔力が逆流して白猫の足元に火花放電を起こす。

 幾度か落雷を繰り返し、魔力を消費した事で落ち着いた彼は、据わった瞳で星空を見上げた。


「――もう少しだよ、姉さん。絶対に解呪を見つけるから。そしたら、また一緒に……」


 地に落ちるはずの涙は魔力の影響で彼の周りを漂い、涙を流した事に彼は気付かなかった。


 ――――――――――――――――――――


 冒険の準備を終えたマゼンタは、ステータスを確認しながらパーティの集合を待っていた。

 その後ろで静かに控えた白猫は、何もなかったかのような面持ちで欠伸をしながら尻尾を揺らしている。


「おは……うっぷ」「おはよぉ」


 アギルマーの吐きそうな挨拶とフリッガの呑気な挨拶に続いて、ヤカブは「うんうん」と頭を上下に動かして片手を上げた。


「おはよう。そんな状態でダンジョン攻略出来んのか?」


「あたぼうよ!平原なんざ半年前に卒業したばっ……オエエエエ」


 テントの傍へ吐いたアギルマーの耳に、「きったねぇ!」「もー汚さないでぇ」と非難の声が届く。

 地面の砂を蹴って証拠隠滅を図るアギルマー他所に、フリッガとヤカブがマゼンタへ未使用のポーションを渡した。


「頼りない奴でごめんねぇ。あんなんだけど、アギルマーは僕達のリーダーなんだぁ。あ、クラウが代わりたいならリーダーやっていいよぉ」


「いや、リーダーは荷が重てぇだろ。ってか、ポーション2つも貰って良いのか?」


 マゼンタの持つ回復はこれで5つになった。

 平原ダンジョンならば十分、いや過度な装備だろう。

 酒の匂いを漂わせたアギルマーは、マゼンタの首に腕を回して「遠慮すんなよ、最年少」とご機嫌な顔で言った。

 マゼンタが遠慮がちにフリッガ達を見ると、両手を振って「どうぞ」とジェスチャーしている。


「んじゃ有難(ありがた)く。期待されたからには、さっさとレベル上げてお前等の役に立たねぇとな」


「おーん? 大口叩くじゃねぇか。フリッガがヒポグリフ見つけるまで、どっちが多くモンスター倒せるか勝負だ!」


 ノリの良いリーダーと競い合いながら魔法陣へと踏み込んだマゼンタは、転移先で逸早(いちはや)く動き出した。


「へっ! お先!」


「くっ……地の利はこっちにあるぜ! 精々闇雲に動くんだな!」


 マゼンタが転移後の方角のまま走り去るのに対して、アギルマーは現在地を確かめてモンスターの群生する方角へと駆けて行った。


「2人共、体幹良いんだねぇ。僕達も頑張ろうねぇ」


 尻餅を付いたフリッガは土を掃いながら、両手足を「ジタバタ」動かして甲冑を鳴らすヤカブの手を引っ張った。


「探索魔法使うから、ヘイト管理宜しくぅ」


 無言で頷いたヤカブは、背負っていた盾を構えてスキルを発動する。

 『フィード』の文字がヤカブの頭上へ浮かび、白濁したエリアが彼を中心に生成された。

 そのエリア内に居合わせたモンスターは、目の色を変えて彼の盾へと齧り付く。

 『盾使い(シールダー)』の専用魔法である『フィード』は、範囲内の敵を(おび)き寄せる罠だ。


「フレイム」


 フリッガの杖先から発生した炎が、ヤカブの盾ごとスライム達を焼いた。

 「ジュワッ」と燃え尽きたモンスターは、2人に雀の涙程の経験値を与える。


「サーチ」


 フリッガの正面に、ミニチュアの平原が出現した。

 ワックスモデルの白い模型。

 その中で揺れる青色の波紋は、モンスターの居場所を明確に記した。


「近場に反応無いねぇ。少し歩こうかぁ」


 頷き、モンスター反応の多い方へ移動を始めたヤカブ。

 先導するヤカブと距離が離れたフリッガは、小走りで彼の背中を追った。


 ――――――――――――――――――――


 これは疑う彼の物語。

 転送地に取り残された白猫は、捕まえたスライムへ魔力を流して遊んでいた。

次回更新は2026/02/15を予定しています

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