これは選択する彼の物語
グレン一行が8番目の世界を訪れた目的は余りにも不明確だ。
「クラヴェル国王の思惑通りに事を運びたくない」と、我儘を通そうとするグレンは冒険者家業に一切の興味がない。
その裏を行くように、彼女と不仲な青年は、嬉々として冒険者登録を終えようとしていた。
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プリューフェンの羊皮紙を手順に沿って折り返したマゼンタは、神官の指示通りにそれをヘルツ結晶へと合わせた。
宙へと浮く結晶は新たな羊皮紙の登録を認可し、1枚の冒険者カードを青年の手へ戻した。
折った形と同じ様に対角が欠けたカードは、一見するとプラパンと相違ない。
背景を透過する薄い板を天井へと掲げたマゼンタは、羊皮紙を名残惜しそうに振り返った。
「ステータス見えなくなっちまったな」
「個人の情報を守る為です。セキュリティコードを入力して、本人確認を行ってください」
マゼンタの持つカードに表示されたのは、彼だけが答えを知る質問だった。
『ゼノから託された使命は?』
ゼノは彼の恩人であり、最初の師匠だ。
リリィを護る師匠から与えられた使命は、彼の役目を継承する事。
『リアスを護る事』
迷いなく入力した画面からは、赤色の警告文が表示された。
どうやらこれは、カードが望む答えでは無かった様だ。
マゼンタは周りの目を気にしながら、恐る恐る真実を入力する。
すると、警告文が緑色へと変化して消え去り、冒険者カードは彼を所有者と認めた。
「どんな情報が追記されたの?僕からは見えないんだけど」
マゼンタの後ろから覗き込んだシロは、透明なカードを指差してそう言った。
青年は動揺を隠しながら、改めてステータスの疑問点を述べる。
「いや、あのさ。ずっと足りない気がしてた感情って、『愛』だったんだなって改めて思いまして」
頬を掻いて笑った青年は、シロにステータス開示の許可を出した。
「ん?職業選択画面になってるよ」
「あっ本当だ」
冒険者カード登録後、一番初めに提示される職業選択。
そこには剣士や魔法使いなどのメジャーな職業から、召喚士や牧師という珍しい職業も表示されていた。
マゼンタが迷いなく武士へと手を伸ばすと、シロが待ったの声を掛けた。
「武士は刀使いの項目だよね。マゼンタの適正武器は剣でしょ?」
シロの意見に「うっ」と息を詰まらせたマゼンタは、口をへの字に曲げながら眉に皴を寄せる。
「だって、ゼノさんも師匠も刀使いだし……。いや、分かってんですよ?妖刀も意識しなきゃ刀になってくんないし」
そう言って取り出した妖刀・クラウは、形を迷いながらも剣として生成された。
「でも、最近動き辛さを感じる事があって、重心が前よりブレてるって師匠も言ってますし。シロさんも俺の戦い方に疑問があるんですよね?矯正すんなら刀を使いたいです」
マゼンタが剣を正面へ突き出す。
その動きを観察したシロは、「確かにブレてるね」と頷いて考え込んだ。
「マゼンタにその剣は軽すぎるんだろうね。重量は変えられないの?」
「試した事あるんですけど、突きで周りの物壊しちまってこっぴどく怒られました」
ヤミの剣術を真似るのであれば、軸の保持は切っても切り離せない課題だった。
身近な戦闘員で、誰よりも器用に立ち回る主の事を頭に浮かべたシロは、「マゼンタが嫌がるだろうな」と思いつつも提案をした。
「双刀使ってみない?グレンみたいな短剣じゃなくて普通の刀で」
「……くっ、そババアみたいに……」
苦虫を嚙み潰したように顔を歪めたマゼンタは、嫌々ながらも双刀が使えそうな役職を探す。
職業一覧の詳細文を読み進めた青年は、ある項目で指を止めた。
「シロさん……双刀使い『盗賊』しか無いんですけど……」
職業『盗賊』
装備可能武器:双刀・双剣・二丁拳銃
職業効果:クリティカルアップ・防御力ダウン
「そっか、ならそれにしよう」
「俺は勇者みたいなカッコいい感じが良いんです!盗賊って……悪い人じゃないですか!」
マゼンタは幼少の頃からずっと、勇者を憧れ続けている。
羨望と現実の狭間に迷い込んだ青年は、「ううう」と唸りながらも現実へと人差し指を運んだ。
透明な画面に指が触れる感覚はない。
だが、指から広がる波紋は、彼の決定を受け入れていた。
職業選択画面がその波の中に消え、ホーム画面にが表裏に分かれた。
「リアルステータスとダンジョンステータスに分かれましたね。確か、ダンジョンステータスは現実の1/10から始まるらしいですよ」
名前:【未設定】
職業:盗賊Lv.1
武器:なし
装備:なし
属性:火(雷)
固有魔法:集約
HP:25/25
MP:76(3720)/80(4200)
STR:3/100
ATK:4/100
VIT:3↓/100
DEF:2/100
INT:3/100
RES:2↓/100
DEX:2/100
AGI:5/100
LUK:0/10
CRI:1/10
【スキル】
なし
【魔法】
なし
【状態異常】
強欲の呪縛・感情喪失【愛】
マゼンタの言う通り、ステータスの数値の下一桁が無くなっている。
ただ、MPの一部は維持されたままだった。
「集約で集めた魔力は別でカウントか。名前はどっかのギルドで登録しないと駄目みたいですね」
「初めに行った所は避けるべきだろうね。近くに初心者用のギルドは……」
シロが案内用紙を見つつ、数か所に指を合わせた。
間近で推奨レベルが10以下のダンジョンを管理しているギルドは、エミールやボイド達と出会った施設の様だ。
次に近い初心者用ギルドは、町を出て数百㎞先にある小さな村だ。
「少し歩くみたいだけど、面倒事を避けるならこっちが良いね。どうする?すぐにダンジョンへ挑戦したいんでしょ?」
シロはマゼンタの意見を優先しようと質問を投げる。
地図を覗いていた青年は、周りのひそひそ話を気にする素振りを見せ、シロへと向き直った。
「そうですね。田舎の方がシロさんへの偏見が少ないだろうし」
「ん?変わらないと思うけど」
堂々と冒険者登録の手続きをする奴隷は、周りの人間から好奇の目に晒されてる。
そんな視線を気にする事無く、自分の冒険者登録を終えたシロは、冒険者カードの表裏を変えながら遊んでいた。
「凄いね。向きを変えるだけで、ステータス状態がリアルとダンジョンに切り替わる。場所に依存しないなら、ダンジョン内でもリアルステータスで動けそうだね」
「でも、その分デバフが付くみたいですよ。魔力消費も10倍されるみたいだし、ダンジョンステータスのレベルが上がればリアルの方が不利になりますよ」
マゼンタの言葉に「どうして?」と返したシロは、小さな風を巻き起こして青年の髪を揺らした。
「使える魔法が制限されない分、リアルが優勢でしょ。消費魔力が固定化された魔法なんて利用価値もない」
シロは自身のステータスをマゼンタへと開示した。
どうやら職業選択の恩恵で、既にスキルを1つ取得しているらしい。
スキル欄にある『ゲイズ』という言葉の横には、消費魔力が5と書かれていた。
だが、それよりも気になるのは、シロの選択した職業だった。
「拳闘士……え!?拳闘士!?」
驚くマゼンタから目線を逸らしたシロは、気恥ずかしそうに「モジモジ」と指で横髪を絡める。
「ステゴロに憧れるのは性だと思う。僕だって拳で戦ってみたい」
現実から離れて理想を叶えるのが、ダンジョンシステムの利点でもある。
それを知ってか知らずか、シロはここぞと理想を選んでいた。
現実の鍛錬を優先して職業を選んだマゼンタは、彼を羨ましがって奥歯を噛み締めた。
だが、袖から覗くシロの白く細い腕を見た青年は、考えを改めて肩を落とす。
「シロさんの場合だと、魔法職選んでもメリットが無いんですね。……ところで、シロさんの体力ってどうなったんですか?」
「ああ、1だね。瀕死だ」
ステータスの表示は切り捨て形式になっていたが、0になるほど鬼畜な使用でなく安心したのも束の間。
今なら肩を叩くだけで死んでしまうのでは?
という疑問がマゼンタの中で渦巻いて、彼はシロから執拗に距離を置くと、通り道にある小石をわざと外へと蹴り出した。
このか弱い拳闘士を護って戦う決意をしたマゼンタは、「用事は済んだ」と教会を後にした。
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村を目指す道すがら、武器屋で木刀を2本購入したマゼンタは、寂しくなった財布を見て「ブツブツ」と何やら考え込んでいる。
軍資金はヤミに頼ればいくらでも出るだろうが、自力で冒険を楽しみたい彼は、どうやって金策を練るべきかと悩んでいた。
「僕の武器は買わなくて良かったのに……」
両手に皮のグローブを装備したシロが小声で呟くと、マゼンタが勢いよく振り返った。
「武器にも防御力があるんですから!シロさんが死んじゃったら俺悲しみますよ!」
「縁起でもない事言うね」
シロは今一度装備したグローブを見つめる。
指先が露出したそれは、見た目に反してシロ自身の防御力よりも高い。
DEFが1→3へと変化した事を確認した彼は、冒険者カードをひっくり返した。
そして、常時発動している魔法を成形し直した。
「あ、道を逸れた所に何か居るよ。動物より魔力が多いし、モンスターじゃ無いかな」
「マジ?どこですか?」
シロが「あっち」と指差した先を目を細めて見たマゼンタは、「分かんないです」と叫びながら駆け出した。
木々を避け、時には枝を掴んで最短距離を跳びながら走った先には、人が余裕で通れる規模の洞穴が在った。
入口には長年放置されたテントが風化して、骨組みだけがその場に留まっている。
砂だらけの木箱を漁ると、古い手記や割れた瓶が出て来た。
「んー、これじゃあ読めないな」
ボロボロのページは読むに堪えず、内容は一切分からない。
これ等が放置されたのは、気が遠くなる程昔なのだろう。
マゼンタが他に当時の手掛かりが無いかと周りを探索していると、数分遅れで同行者が顔を覗かせた。
「洞穴、入らないの?」
「魔力反応の場所が分かんなくて、シロさんを待ってました。一本道じゃ無いですよね」
入口は一見すると大きな空洞だが、田舎育ちのマゼンタは自然物が単純でない事を知っている。
彼の発言通り、暗闇を暫く進むと複雑に道が枝分かれしていた。
シロは迷いなく道を選択する。
炎で周りを照らして進むマゼンタより、魔力感知のみで進む白猫の方がしっかりと地面を捉えていた。
新たな分岐点で立ち止まったシロは、上方向を指差してマゼンタを誘導する。
「あそこの小さな穴の奥の先が空洞になってて、3つの魔力反応がある。動き的に兎かな」
「兎だけですか?こんなに規模の大きい洞穴なのに」
少々不満げなマゼンタは「試し斬りして良いですか?」と、穴へ跳び乗ってからシロへと確認する。
白猫は最初から戦う気が無いのか「好きにしなよ」と、近場の岩に腰掛けた。
穴の先にはシロの言う通り、3体の兎が生息していた。
真っ白な毛に赤い瞳。
体長と同じ長さに伸びた一角は、どう見ても生活に支障がある。
「背後取れば簡単に倒せそうだな」
木刀に纏わせた炎を消したマゼンタは、静かに穴から飛び降りた。
落下の勢いを利用して、まずは1体仕留めようと双刀を下へ向ける。
その最中、マゼンタは予想より長い落下時間に違和感を覚えた。
「!?待ってデカくない!?」
青年の驚きを聞いた兎の獣は振り返り、マゼンタへと角を向けた。
こうなると木刀が届くよりも先に、角が青年の体を貫通してしまう。
炎を撒いて目眩ましをしたマゼンタは、空中で妖刀を蹴って進行方向を変えた。
それでも兎から距離を稼ぐことは叶わず、結果的に3体に囲まれた場所へと落下した。
「うわー、角だけで俺の身長越えてんじゃん」
3方向から向けられた角が、マゼンタ目掛けて突き進んだ。
兎がぴょんと一飛びしただけで、地面の岩が抉れる。
威力は驚異的だが、予備動作を含めると速度は速くない。
寧ろ、岩肌に隠れる余裕が出来たマゼンタは、その攻撃に感謝した。
「突き攻撃だけだと隙が多いんだな。ううっ、自分を見てるみたいで情けねぇ」
角をスレスレで回避したマゼンタは、兎側の勢いを利用して双刀を目玉へ突き刺した。
赤い瞳から青色の血飛沫を上げた兎は、よろけて仲間へと衝突した。
2体がバランスを崩している最中、対面の兎が再び突きの予備動作を始める。
「小細工ばっかじゃ楽しくねぇよな!」
木刀に炎を纏わせたマゼンタは火力を上げて、正面から角へと攻撃を仕掛けた。
「キリキリ」と音を立てた角の先は徐々に丸みを帯び、衝撃に耐え兼ねたそれは真っ二つに折れた。
「ギュアアアア!」
「鳴き声キモッ!」
自尊心を踏み躙られた兎は叫び声を上げて、左右に頭を振る。
そして運悪く、倒れ込んでいた仲間に折れた角が刺さり、1体目の討伐が完了した。
経験値を確認しようとステータスを表示したマゼンタは、「ああ!」と声を上げた。
「ダンジョンステータスに変えんの忘れてた……」
項垂れたマゼンタは、1体分の経験値を惜しみつつ、冒険者カードを裏返した。
途端に、纏っていた木刀の炎が消える。
「やべっ!魔法使えなっ!」
慌てて兎を振り返ったマゼンタが防御態勢を取るも、予想していた衝撃は来なかった。
それもそのはず、目を突かれた兎は気を失い、角を折られた兎は角に刺さった仲間の重さで身動きが取れない。
「そっか、こっちのステータスじゃ魔法使えねぇのか。気を付けないとな」
マゼンタは木刀を構え直し、斜めに倒れ込んだ兎の心臓部を一突きした。
「あれ?刺さらねぇ。これもステータスの所為か?」
毛を斬るだけに留まった木刀を仕舞い込んだマゼンタは、妖刀を持ち出して同じ様に兎を攻撃した。
今度は普段通り刃が通る。
青い血液を全身に浴びた青年が目を擦って顔を上げると、冒険者カードが警告文を発していた。
『異空ダンジョン外での討伐は経験値が発生しません。焼却処分の後、感染症対策を講じてください』
「俺の経験値……」
目尻に涙を浮かべたマゼンタは最後の1体を仕留めて、カードの指示通り兎の巣を焼き払った。
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これは選択する彼の物語。
マゼンタの初めての討伐は、無駄足に終わった。
1週間遅れの投稿失礼します。
先週はコロナに罹っていました。
今週から平常運転に戻ります。
次回更新は2026/01/25を予定しています




