これは知る彼女の物語
それは、彼女の出生に大きく関わる情報だった。
――「君と彼女の生まれ?アハハ、自ら不幸を願うなんて僕に似たねー」――
惚ける白衣にはぐらかされ続けた答えは、いとも簡単に彼女の手のもとへ。
「自分の正体など知りたくなかった」と、後悔しても遅かった。
――――――――――――――――――――
改めてプリューフェンの羊皮紙を手にしたグレンは、それを摘まむ親指と人差し指へ魔力を込めた。
白紙の羊皮紙は汚水が浸透する様に、指先から「じわじわ」と上方向へ文字を連ねた。
「……なるほど」
グレンの発した反応は淡白だった。
その理由は明白。
彼女の魔力が宿した情報は、余りにも秘匿が多かったからだ。
名前:■■■■■■【6桁の文字が重なり合って黒塗りに見える】
種族:該当なし
性別:女
属性:闇・氷
固有魔法:なし
HP:1600/1600
MP:6076/7500
STR:12/100
VIT:82/100
DEF:15/100
INT:74/100
RES:11/100
DEX:95/100
意味の分からぬ文字列を前に、彼女の頭は自然と横方向へと倒れる。
そんな彼女の頭を抱えながら、羊皮紙を覗き込んだマゼンタは「キモッ」と、心無い声を発した。
「名前どうなってんだよ……。つうか、ババアの固有魔法は、記号と同じ『魅了』だったはずだろ?」
「んー魅了自体は発動してんだけどな……。属性に念が無い時点で、固有以外考えられんのだが……」
彼女等がいくら頭を悩ませても、答えは出ない。
そうこうする内に、グレンの興味はその下の項目へと移った。
ステータスで取り分け高い数値を叩き出している『VIT』と『DEX』を指差した彼女は、「何だこれは」とマゼンタへ問うた。
「生命力と器用さだな。しぶとく生きてるババアにお似合いだぜ」
――ゴツン!――
余計な一言を加えたマゼンタへ、強烈な拳が刺さる。
赤くなった手の甲を摩ったグレンは、他の仲間のステータス情報を見る為に振り返った。
彼女と目の合ったキーツは、結果の表示された羊皮紙を慌てて背中へと隠す。
「あ、あの、私のは……その、普通だったので……」
「そっか」
キーツは蒼褪た顔で目を泳がせる。
「見せろ」と言う前から彼女が必死に羊皮紙を隠すので、皆は「怪しい」と思いながらも流す他無かった。
そして次に、ステータスを高らかに振り上げたのは、空気を変えようと動いた記号だった。
「ハイハイ!記号さんのお名前分かったよ!」
――その発言に皆の注目が集まった。
記号が身元不明の人物であることは周知済みで、仲間になって日の浅いキーツでさえも目を丸めている。
「どうぞ!」とグレンとマゼンタへ差し出された羊皮紙には、記号の隠された秘密が記されていた。
名前:ホワイト・記号
種族:超人
性別:女
属性:闇・風
固有魔法:なし
HP:63/63
MP:5/5
STR:100/100
VIT:7/100
DEF:5/100
INT:1/100
RES:1/100
DEX:2/100
不等号の置物から発生した彼女の本来の名前は『ホワイト』。
それは、世界から消滅したはずの情報だった。
「なんっ……で、闇属性持ってんだ……?」
グレンの混乱は極まった。
悪魔の器ではない記号が、闇属性を持ち合わせる理由は1つしかない。
グレンが記号を眷属にした。
それはきっと、彼女に『記号』という名前を与えた影響だろう。
仲間の人生を狂わせた事への後ろめたさがグレンを支配している時、存在を奪われた被害者である記号は、彼女を抱き締めて震える体を撫で繰り回した。
「記号さんはホワイトさんでも記号さんだよ!グレグレの大好きな記号さんはここに居るからね!」
グレンを安心させようと、支離滅裂を繰り返す記号。
シロはそのステータスを改めて「マジマジ」と眺めると、羊皮紙と記号を交互に見た。
「妙だね……記号からは『魅了』の念属性しか感じられないのに……。ふふっ、時折見せる怪力は魔法じゃ無かったんだね」
記号のステータスの中で異様な数値を叩き出した『STR』。
それは、物理的な力を表す項目だった。
「破壊の化身だもんな、記号って」
「形の残ってる玩具の方が珍しいし」
「そんなことないもん!」
共感を示す周りの人達に抵抗を示そうとした記号は、ポケットの中に入っていたブリキの人形を全力で握りしめた。
そして、「バラバラ」と崩れ落ちた人形に驚いた彼女は、慌てて欠片を拾い集めてローブで包み込んだ。
「そ……そんなことあったね!」
ローブを脱いだ事で、部屋に居合わせた冒険者達の視線が記号へ注がれた。
それは、奇怪な行動で向いた視線ではなく、彼女の『魅了』が確かに存在する事を物語る。
「んじゃ次は、クソガキのステータスな」
「お、俺は最後だろ!師匠のが先!」
自分の能力が気になる割には勿体ぶる青年は、まだプリューフェンの羊皮紙へ魔力を込めていないヤミを指名した。
ヤミは面倒そうに溜め息を付くと、白紙をマゼンタへと手渡す。
「え?確認しないんです?俺、師匠のステータス滅茶苦茶見たいんですけど……」
残念そうに肩を落とす青年には酷だが、魔力を持たないヤミにはそもそも無理な話だった。
そんなヤミの事情を知っているのは、魔力感知に長けた白猫だけ。
だからこそ、彼に助け舟を出したのは他ならぬシロだった。
「はい、代わりに僕のでも確認しなよ」
ヤミが使わなかった羊皮紙に魔力を流したシロは、貸し1つだと言わんばかりにヤミへ嘲笑めいた顔を向ける。
だが、礼を言う気が更々ないヤミは、最初からシロの方を見ていなかった。
名前:54046
種族:半獣
性別:男
属性:雷・風・植物・念・水・土・氷・火・無・熱・闇・光
固有魔法:全属性
HP:2↓/5
MP:565542/587500
STR:5↓/100
VIT:1↓/100
DEF:1↓/100
INT:98/100
RES:1↓/100
DEX:68/100
【状態異常】
体力低下・免疫低下・精神異常・能力低下
シロのステータスを確認したマゼンタは、言葉を失った。
グレンや記号も異質な結果だったが、それをも凌駕する異常だらけの結果だった。
「なんでお前死にかけてんだ?」
グレンの率直な感想を受けたシロは「生まれた時からだよ」と、簡素な答えを返した。
彼曰く、それは『全属性』の代償だった。
固有魔法は本来、魔法を上手く扱えない人間の救済能力だった。
11番目の世界で会ったファライドがその主たる例だろう。
属性魔法を扱えぬ彼女は、固有魔法『操作』を使って、魔法使い同士の戦いに参戦していた。
個人間の能力差を埋めるはずの固有魔法。
それは時折、他より優位な能力を授ける事もあった。
シロの持つ『全属性』はその優位性を補う為に、枷が設けられていた。
誰よりも貧弱な身体を与えられたシロは、アルビノとして生を受け、短命を余儀なくされている。
「勿論対策はしてるよ。防壁魔法と身体強化。生活に支障はない」
「だとしても……いや、何でもないです」
何かを言い掛けたマゼンタは言葉を飲み込んで俯くと、拳を握って肩を震わせた。
ただでさえ、奴隷として扱われる彼が、過酷な運命の下にあると知り、誰かを――神を否定したくなったのだろう。
だが、彼は女神を器とする巫女の護衛であった過去もあり、口が裂けても言えなかった。
「じゃ、最後は俺だな」
気を取り直した青年は、沈んだ気持ちもさることながら、憧れのステータス表示に心躍らせていた。
魔力を取り込んで滲み始めた羊皮紙を、期待一杯の表情で真剣に見る彼の後ろから、仲間達が揃って覗き込む。
名前:マゼンタ
種族:人間
性別:男
属性:火(雷)
固有魔法:集約
HP:250/250
MP:760(3720)/800(4200)
STR:34/100
VIT:35↓/100
DEF:31/100
INT:38/100
RES:25↓/100
DEX:28/100
【状態異常】
強欲の呪縛・感情喪失【愛】
マゼンタは前方に倒れ込んで、地面に顔を埋めた。
「お、俺の……微妙過ぎないか……」
マゼンタは幼い頃より修行を重ねていたこともあり、このステータスは彼の予想を下に回っていた。
「ひょい」とその羊皮紙を取り上げたグレンは、青年を指差しながら「プププ」と笑う。
「なんだぁ?あんだけ期待して勿体ぶっておいて、ははっ、とんだクソ雑魚じゃねぇか」
「俺の能力がババアより低い訳ねぇだろ!これは……間違いだ……。あ、あれのデータが絶対とは限らねぇし」
マゼンタは顔を真っ赤に染めながら、悔し紛れにヘルツ結晶を示す。
それは、プリューフェンの羊皮紙が、結晶と繋がっていると知っての行動だった。
だが、無知なグレンは、彼があらぬ方向へ逃げたと嘲笑を重ねている。
そんな嘲笑う魔女と怒る青年の間に割って入ったのは、鮮やかな背景にそぐわぬ顔面蒼白な娘だった。
「ヘルツ結晶は世界の指針です。間違いなど……あり得ませ……」
前のめりに倒れ込んだ娘――ミクを咄嗟に支えたグレンは、不思議そうに首を傾げた。
何故彼女がここに居るのか。
どうして今にも死にそうな状態なのか。
そんな疑問を投げ掛けるよりも先に、ミクを見た周りの冒険者や神官が「ザワザワ」と騒ぎ始めた。
その雑音の中には「誰が教会に侵入を許した」などと、物騒な物言いも混じっている。
「なりません、ミク。今すぐに教会を出なさい。もし、冒険者登録の御方。そのままミクを表通りへ運んでください」
「通りに?医者に見せんのが先だろ?診療所って何処にあんだ?」
神官のミクを突き放すような発言に「カチン」と来たグレンがキレ気味に返事を返すと、神官は溜め息を付いた。
「ミクは寝ているだけですよ?医者は必要ありません」
彼の言葉に「ハッ」としたグレンは、うつ伏せ状態のミクをひっくり返す。
神官の言う通り、「すやすや」と寝息を立てる彼女は、本当に眠っているだけだ。
「……人騒がせな娘だな」
周りの人が囃し立てるので、彼女は仕方なくミクを運び出す事にした。
マゼンタは暫しミクを心配するような仕草を見せたが、彼女が無事だと判断するや否や、シロへ駆け寄った。
「シロ先生!これって本当に間違いないんですか!」
「はいっ!シロシロ先生!記号さんも魔法使える?使いたい!」
どんな魔法も扱えるシロなら、正しい鑑定能力を持っているだろう。
そう考えたマゼンタは、一縷の望みを掛けて天才魔法使いに真相を問う。
ついでに、マゼンタの真似をしてシロを先生と呼んだ記号は、風属性に可能性を感じてその様な発言をする。
2人の希望に満ちた表情から遠ざかったシロは、「残念だけど」と前置きをして目を逸らした。
「情報は正しいと思うよ。僕は鑑定ほど万能じゃないけど、魔力に関しては概ね合ってるから。あと、記号は魔力少なすぎて無理」
前半、含みのある物言いで「クスリ」と笑ったシロ。
グレンと同じで自分を馬鹿にしているのだと嘆いたマゼンタは、言葉にならない叫びで口をパクつかせ、終いには奥歯を噛み締めながら逃げ去ってしまった。
「シロシロの意地悪!記号さんはつよつよの力あるもん!」
「!?待って記号」
シロの制止も空しく、自慢の怪力で目隠しを破った記号が、綺麗な瞳で白猫を映す。
ローブも目隠しも無い記号が垂れ流す魔力は、部屋全体に充満した。
集まる視線から逃れるべく、記号の目元に手の平を当てたシロは、すぐに隠匿魔法を唱えた。
だが、彼女の『魅了』はシロの魔法を貫通し、次々と人を支配下に置いた。
事態を重く見たシロが転送魔法で姿を消そうとした矢先、記号の意識が一振りで落ちた。
「主さん行ってもうたし、記号も行くで」
シロの目では、彼の一太刀を追い切れなかった。
だが、確実に言える。
ヤミは記号に刀を向けていた。
「記号に、怪我させてないよね」
敵意を剥き出しにした白猫を無視したヤミは、記号を軽く担いでそのまま踵を返した。
シロは瞳の前に魔力を集めて彼を見る。
魔力を感じ取る事に関して、誰よりも長けている彼は、ヤミに一切の魔力が無い事を再度確認する。
それに付随して、刀からも一切の魔力を検知できない。
「君って本当に……気に食わない」
謎ばかりを残す仕人も気掛かりだが、今はマゼンタを追いかけよう。
そう気持ちを切り替えたシロは、誰よりも輝く真っ赤な魔力の跡を辿った。
――――――――――――――――――――
これは知る彼女の物語。
プリューフェンの羊皮紙を握りしめたキーツは、沈んだ面持ちでグレンとミクに付き添っていた。
次回更新は2026/01/12を予定しています




