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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
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これは酔う彼女の物語


 1人、地面へ座り込んだ彼は全てを諦めている。


 ――もう少し暖が欲しいね――


 白猫は誰にも気付かれぬ少量の魔力で、快適な空間を作り上げていた。


 ――――――――――――――――――――

 

 メニュー表を眺めるグレンは、ようやく乾いた服を「パタパタ」と動かしてシロを横目で見た。

 「どうして風魔法を使ってくれなかったのか」と、問いたい気持ちもさることながら、それ以上に彼の現状を案じている。

 奴隷だからという理由で席を与えられなかったシロは、大人しく石の上で正座していた。

 グレン達の席の床は、廊下と同じ木材で統一されていたが、奴隷の為にわざわざ用意された空間には、建築の基盤と(おぼ)しき石材が剥き出しになっている。


「わだっ……私はやっぱり何をやってもダメなんですねええ!」


 ワイン瓶片手に背凭(せもた)れへ項垂(うなだ)れたミクは、フリルの多いスカートを道いっぱいに広げて通路を塞いでいる。

 彼女を怪訝そうに見た客はこぞって、近くに座るグレンを睨み付けた。


「なあ、お前邪魔だ。メニューを決めても無い内から、迷惑客だと思われてんぞ私」


「め・い・わ・く!?お姉さんも私の事見捨てるんですかああ!?わだじ!こんなに頑張ってるのにいい!」


 「ガタン!」と音を立てて倒れた椅子に連れられ、ミクは簡単に前方へと転げる。

 受け身を取ろうとした彼女の両手は、グレンの頬へと見事にビンタを叩き付けた。


「この……。初対面をよくもここまでコケに出来るな……」


 グレンは頬を摩りながら、反対の手で(つか)(さや)を抑える。

 主への侮辱に我慢の限界を迎えたヤミは、いつでも彼女を斬り落とす構えだ。

 だが、酔いの回ったミクは危険も(かえり)みず、重たい瞼に身を任せて眠りに付いた。


「あらあら、駄目じゃない。アルコールは飲み合わせが悪いんだから……。お客さん、ちゃんと目を光らせておいてって言ったでしょ?」


「全く。言われた覚えがない」


 圧し掛かるミクを剥がそうと藻掻(もが)くグレンを他所に、記号は「待ってました」と言わんばかりに、店主へ次々と注文を始めた。

 そして、メモを取る店主とメニューを交互に見ていた記号は、重なった影に気付いて「ワッ」と驚きの声を上げる。

 店主の後方から現れた巨漢はミクを軽々と持ち上げ、空いたテーブルに用意した布団一式で彼女を包んだ。


「わお、優しいクマさんだね!記号さんをヨイショしても良いんだぜ!」


「座れ記号。……ったく、なんだこの店は……」


 お転婆な店員に大雑把な店主。

 極めつけには、サイズの合わないエプロンを「ビチビチ」と鳴らす大男と来た。

 「入る店を間違えたな」と思いながら、グレンは魚料理ばかりのメニュー表からようやく一品を選んだ。


「あ、あの……流石に布団は良くないと思いま……す」


 遠慮がちに手を上げたキーツが店主に意見を申し出ると、店主は「何言ってるのかしら?」と疑問を呈した。


「ミクは病み上がりなの。ずーっと眠ってた可哀そうな子よ?最近ようやくまともに歩けるようになって。人の役に立ちたいなんて、立派な子だと思わないかしら?」


「今んとこ迷惑しか掛けられてない」


 口を挟んだグレンへ向かって、人差し指を口に当てた店主は続けて話す。


「知っての通り、この子はクラヴェルから預かった子だから、無下にはしないわ。彼女を一人前にする事は『王命』と言って差し支えないのよ?」


「王命?じゃあこの娘が王女様なのか?」


 クラヴェルの探し人はここに居たのかと納得したグレンだったが、店主は「うん?」と難色を示している。

 そこで、行き違った考えを取り持ったのは、会話の成り行きを豆粒みたいな小さな目で見守っていた大男だった。

 

「アデル様。この人達って外界の方では?」


「あら、なんてこと。私ったら勘違いしてたわ。あらまぁ、それならミクを知らなくて当然よね。……もしかして、私達とっても失礼だった?」


「ああ、それはこの上なく」


 店主はようやくグレン達の立場を理解した様だ。

 今までの態度を深々と謝罪した店主は「御代(おだい)は要らないから」と、店一番の料理を振る舞い始めた。

 それから数時間経ち、眠る娘は目を覚ました。

 深い眠りに落ちていたミクだったが、騒音の多い店内で長時間眠る事は不可能だったらしい。

 酸素の足りない脳が大きな欠伸(あくび)を誘発し、大粒の涙がミクの下瞼(したまぶた)を濡らす。

 酔いの冷めたミクとは対照的に、気分よく食事をしていたグレンはすぐに、彼女の目覚めに気が付いた。


「おはよう。いや、こんばんはミク」


「はい……こんばんはです」


 冷静さを取り戻したミクは、自身の態度を振り返って顔を真っ赤に染める。

 肩を(すぼ)めて布団を握りしめた彼女は、そのまま布で口元を隠した。


「ごめんなさい。また私、人に迷惑掛けちゃいました」


「んー?まあ細かい事気にすんなよ。迷惑掛けたと思うなら、それ以上の恩恵(おんけい)を返しやがれ」


 グエンは「ニャハハ」と上機嫌に笑い、「お前も飲め」とショットグラスを差し出した。

 ミクが遠慮がちにそれを受け取って俯いていると、彼女を気遣う大男が横からグラスを掠め取った。

 「ゴクリ」と一口で飲み込んだ彼に、目線でお礼を伝えたミクは、既に自分への興味を失ったグレンへ向き直る。


「……いい……方ですね」


「そうだろうか。聞くと彼女は『東の魔女』らしい。西ならいざ知らず。関わらない方が賢明だろう」


 素っ気ない大男とは相反して、ミクは「ブンブン」と左右に首を振って、肩に触れる銀髪を(なび)かせた。


「そんなこと無いです。とてもいい人です」


 そう言った彼女の真っ直ぐと向かった視線は、弱気な彼女らしくない強いものだった。


 ――――――――――――――――――――


 気分の向くままに眠ったグレンが目を覚ましたのは、次の日の昼頃だった。

 普段から不規則な生活をしている彼女は、遅い時間に起床しても焦る様子はない。

 だが、そんな彼女でも自分の眠っていた環境に僅かな驚きを向けた。

 見慣れぬ寝室でグレンが目にしたのは、赤みがかった若々しい肩を覗かせて、無防備に眠るミクの姿だった。

 ベッドを共有した娘の身を確認するべく、布団を剥がした彼女は安堵で肩を落とす。


「死んでもないし……手も出してねぇな」


 そう独り言を言ったグレンを、背後から仕人が「ギュッ」と抱き締める。


「主さんが間違うんなら、ちゃんと俺が止めます!ううっ!この女酷いんやで!主さんの事独り占めしようとして!主さんもこの女と一緒に俺の事邪険(じゃけん)にして……!」


 どうやらグレンが悪酔いしている内に、何かがあったらしい。

 グレンは背中を抱くヤミを慰めるでもなく、彼に身を任せた状態で偉そうに肘を付いた。

 そして、その拍子に腰辺りの違和感を覚える。

 彼女が下を向くと、「ウルウル」とした大きな瞳で何かを訴える記号が、グレンの裾を掴んだ状態で頬を膨らませていた。


「グレグレは記号さんと1番仲良いの!ミクミクは2番目なの!」


 「うー!」と威嚇をする記号に「ドキッ」としたグレンは、彼女が意図的に首元へ下ろした目隠しを、そっと元の場所へと戻した。


「おい、ヤミ。何だこの状況は。ってか、マゼンタとシロは何処行ったんだ」


 部屋を見渡したグレンは、隅の方で身なりを整えるキーツを目視しながら、未だ鼻を啜って泣き続けるヤミへそう問うた。

 

「マゼンタは白猫連れて、冒険者登録に必要な結晶んとこ行っとります」


「グ、グレンさんが来られるまで登録を待つと言ってましたから、準備が済み次第私達も出掛けましょう」


 ヤミの怠そうな答えに補足を加えたキーツは、グレンの身辺を整え、着替えを手渡す。

 暗い服を好むグレンに合わせたその服は、藍色と(くり)色の混ざった肌着だった。


 ――――――――――――――――――――


 ミクを部屋に1人残して教会へ繰り出した一行を迎えたのは、茶色い眼鏡を装備したマゼンタだ。


「遅い!遅すぎて教会の周りを5周はしたぞ!」


 グレンを指差して怒るマゼンタの背面には、園庭を備えた教会が大っぴらに構えていた。

 黒染めされた薄い柵には、パステルカラーの花が咲き誇り、手入れされた歩道の先には、冒険者にとって必要な施設が取り揃えられている。

 その中で一際目立つ中央に構えた大きな建物は、言わずもがなヘルツ結晶が鎮座する聖堂だった。

 聖堂前の白基調な噴水へ跳び付き掛けた記号を止めたシロは、溜め息を吐きながら袖に付いた土を(はら)う。


「シロ。帰りたいなら言えよ」


「余計な気回しは要らない。僕は解呪を見つけるまで帰らないから」


 シロの体は目に見えて「ボロボロ」で、皆が目を離した隙に差別を受けていた事を物語る。

 大事な仲間が無下に扱われた事実を正面から怒るでもなく、彼の意志を尊重した主はそれ以降追求しなかった。

 だが、彼の教え子は違った。


「聞いてくれよババア!シロさんにやり返せって言っても聞く耳持たねぇんだ!お前は仮にも契約者なんだろ!シロさんを奴隷から解放してやれよ!」


 いつまでもグレンを指差す青年は、その指を魔女の体へ「グイグイ」と押し付ける。

 その行動に「カチン」と来たグレンは、マゼンタに回し蹴りを繰り出して彼を見下した。


「個人間の契約切っても意味ねぇんだよ。寧ろ行動に制限掛るぞ」


 土を握って悔しがるマゼンタの(もと)へ屈んだシロは、手を差し伸べつつ僅かに口角を上げた。

 

「グレンは僕との契約内容に興味ないもんね。普通、言葉にも鍵を掛けるのに。自由に魔法を行使できる奴隷なんて、滅多に見掛けないよ」


 奴隷契約を交わした主は、奴隷からの攻撃を跳ね返せる。

 言葉を換えれば、他の者への攻撃は可能。

 だからこそ、外へ被害が出ない様に奴隷の魔法を封じるのは、奴隷契約においての常識だった。

 グレンへ作り笑顔を向けながら「僕は幸せ者だなー」と、棒読むシロから誰もが若干身を引いた。


「ま、僕の事はどうでもいいよ。この程度の怪我なら魔力消費も少ないし」


 完璧に傷を治しきった彼は、魔法の属性を変えて服の修復を始めた。

 彼等が話し込んでいる間にも、破壊の申し子は方々へ足を延ばしている。


「皆さん!記号が用紙を無くしてしまって!ああ!どうしましょう!」


 珍しくキーツが大声を上げている。

 どうやら光の速さでステータスを確認した記号は、その紙を既にロストさせてしまったらしい。

 その上、神官達に追われながら、プリューフェンの羊皮紙をそこらに撒いている。


 「記号にこそ首輪が必要だよな」


 記号へジト目を向けたマゼンタの何気ない言葉に、「長所は潰すべきじゃない」と反論したグレン。

 意見を違えた2人はガンを飛ばし合った。


「首輪付けても壊しちゃうんじゃない?」


 「サラッ」と流すようなシロの発言が、一番現実味を帯びている。

 犬猿の2人が「それもそうだ」と納得している最中、唯一記号の奇行を止めようと動くキーツは、涙ながらに助けを求めていた。


 ――――――――――――――――――――


 聖堂の中央に鎮座するのは、神の石像ではなく輝く結晶だ。

 その結晶は僅かに宙へ浮かび、ゆっくりと回転している。

 光の反射で「キラキラ」と発光するそれに定まった色は無く、壁に備え付けられたステンドグラスの色を模倣していた。

 ダンジョンシステムの中枢を担うその結晶――『ヘルツ結晶(シュムック)』に、1人の冒険者が手の平を合わせた。

 人が触れると同時に波打った結晶は、波紋を吸収して元の形を取り戻す。


「あれで冒険者登録は完了だぜ。プリューフェンの羊皮紙に項目が追記されて、ダンジョン内での役職や、素早さとか運のステータスが増えるんだ」


 一連の様子を指しながら説明を終えたマゼンタは、作り物の眼鏡を「クイッ」と上げる。

 午前から暇を持て余していた彼は、神官から得た情報を物知り顔で披露した。


「羊皮紙はこっちの受付で配られてるぞ。……俺は貰えたけど、シロさんはやっぱダメだった」


 テンションを落としたマゼンタは、「お前達も受け取れよ」と覇気の無い声でグレンの背中を押す。

 記号へ警戒心たっぷりの目線を送る受付嬢から羊皮紙を受け取ったグレンは、早速自分のステータスを確認しようと魔力を流し始めた。

 が、マゼンタがすぐさまそれを遮った。


「ダメダメダメ!何1人で見ようとしてんだよ!こういうのは1人ずつじっくりやっていくもんだろ!」


「はぁ?んだその(こだわ)り」


 呆れ顔をしたグレンは、奪い取った羊皮紙を大事そうに抱える青年の後ろを指差す。


「アイツ等は良いのか?」


「あああ!ダメだってば!ステータス確認は、人生の一大イベントだろ!」


 記号の羊皮紙を取り上げ、キーツへ向かって首を左右に振ったマゼンタは、最後に手を伸ばした所で返り討ちに遭った。


「最短距離で動くなって、いつも言うとるやろ」


 的確にマゼンタの鳩尾(みぞおち)(つか)を当てたヤミは、不甲斐ない弟子から羊皮紙を取り上げ、大好きな主の手元へ笑顔で差し出した。


 ――――――――――――――――――――


 これは酔う彼女の物語。

 ヘルツ結晶はそんな彼等を伺う様に、淀んだ色を滲ませていた。

次回更新は未定です。

一週間以内には投稿します。

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