これは焦る彼の物語
国王はその権威を示す為に、仰々しい装飾品や態度を取ると相場が決まっているものだが、この世界の王はその限りではない。
大柄な体躯を優に超えた巨大な大剣を振って修行に明け暮れる国王を、護衛は気まずそうに守衛していた。
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「よお!挨拶に来てやったぞ」
「おお!まさか本当にやってくるとは!君は存外暇なのだな!ハハッ、いやなに、悪くない。是非とも我が世界を堪能してくれ」
以前より少し白髪の増えた紫髪の壮年は、豪快に笑いながらグレンの肩へ手を置いた。
その後ろで睨むヤミの視線を気にも留めず、8番目の世界の王――クラヴェル・オルタニアは、汗で濡れた前髪を掻き上げながら、護衛からタオルを受け取った。
「んで。手紙寄越した理由は?書けねぇ内容なのか?」
グレンからの質問を受けたクラヴェルは、「会話の繋がりが全く分からない」といった様で暫く目を泳がせる。
「うむ」と、僅かに俯いて考え込む彼の心の内は誰にも分からない。
暫くすると、彼は独りでに「うんうん」と頷いて、グレンの背中を強く叩いた。
「ワッハッハ!用事など無いに等しい!あるとすれば、君と友好的な関係を結びたいだけだ」
言葉の裏を探すグレンが、訝し気にクラヴェルを睨む。
その隣でお揃いを決め込んだ記号は、口をへの字に曲げて「ムスッ」とした態度を取った。
「結んで何の意味があんだよ……。そのうち悪魔の手先だとか言われるぜ。ってか、どうせ『怨霊』の討伐だろ?んじゃなきゃ私を呼ぶ理由無いし」
「それ以外考えられない」と、二本指でクラヴェルを「ビシッ」と指したグレン。
だが彼女の予想に反して、壮年は平然と言い放つ。
「あー怨霊か。それなんだが、解決したにはしたんだ」
「はぁ!?」と驚いたグレンは、思わず声量が大きくなった事を恥じて「コホン」と咳をした。
「怨霊が怠惰の悪魔の逆鱗にでも触れたのか?」
「いや、未だ彼女からの干渉は無い。怨霊は町からを移送する途中、ダンジョン内へ逃げ出してしまってな。そこから出せなくなった」
「へー。それで、ダンジョン自体を閉じたと」
話の流れを汲み取ったつもりのグレンだったが、クラヴェルはそれに反論した。
「ダンジョンは稼働中だ。……ふむ。失礼だが、君はダンジョンの構造をご存知だろうか?」
グレンが振り返って、ヤミやキーツと目を合わせると、2人は手や首を横に振って否定した。
そして、もう1人の連れは、近衛兵に追われながら城内観光と洒落込んでいた。
「そうか、知らぬならその態度も頷けよう。なに、無知は罪では無い」
『8番目の世界』の世界特徴である『異空ダンジョン』。
その名の通り、ダンジョンは地上ではなく異空間に生成されている。
冒険者をランク毎に管理出来るのも、この仕組みの恩恵だと言って差し支えない。
世界の各地に現れた魔法陣の転移先は、様々な気候や地形が『神の力』で維持されている。
ダンジョンを攻略する方法はただ1つ――『エリアボスを討伐する事』。
ただ、攻略途中であっても、帰還する方法は設けられていた。
ダンジョンを利用するには冒険者登録が必要であり、その登録に用いられるのが『ヘルツ結晶』。
結晶内に血液と魔力を捧げる事で、攻略中の離脱を可能にした。
それは、ダンジョンへの無断侵入を防ぐ強力な盾だった。
「怨霊が冒険者登録をしているはずもなく。奴らは主神の懐に自ら侵入した。こちらから一切手出しは出来ないが、あちらも同じ。闇魔法は厄介だが、脳が無くては意味を成さぬな」
「だが、稼働中は不味くねぇ?知らず入った冒険者が殺されんだろ。それとも、怨霊にやられるような雑魚は、切り捨ててんのがお前のやり方なのか?」
「ワッハッハ!失敬、説明不足だったな。ヘルツ結晶が他世界に無い事を失念してしまった」
盛大に笑ったクラヴェルは「実際に体験した方が早い」と、グレン達へ冒険者登録を促す。
件の結晶は、城からそう遠くない教会に設置されているらしい。
だが、言葉足らずな国王に流されるのを嫌がったグレンは、クラヴェルの申し出を断った。
「む、そうか。ならば娘に案内させよう。娘の言葉になら、魔女であろうとも影響されるだろう」
護衛に目配せをしたクラヴェルは、グレンの体躯を「ジロジロ」と眺めて普段の運動量を問うた。
自慢気に力こぶを見せびらかす国王に、嫌気が差したグレンは「用ねぇなら帰る」と不機嫌を加速させた。
「まぁ待て、すぐに娘が来るだろう。うん、なんだ?……何!?」
娘を呼ぶ様に命令を受けた近衛兵が、国王に耳打ちをする。
その言葉を聞いたクラヴェルは、怒りと焦りを混ぜた様な不安定な声で叫んだ。
「目を離すなとあれ程言っただろう!見失っては捜しようがない!」
「嗚呼!」と悲嘆に暮れた声を荒げたクラヴェルは、慌てて大剣を背中に背負うと、足早にその場を去ろうとする。
だが、グレンを無下に出来ぬと思い出した彼は「ハッ」として、片手を上げて謝る様に顔の傍へ寄せた。
「案内はアデルへ頼んでおく。困り事があれば兵達に申されよ。多少の無理は聞こう」
グレンの「はいよー」と言うやる気のない返答に満足したクラヴェルは、大股で立ち去った。
残されたグレンは「何をしようか」と周りを見渡し、高級そうな花瓶を割っても尚暴れる記号を呼び寄せた。
「はい!記号さん呼ばれた!何して遊びますか親分!」
「あの……どうか、破壊だけは……」
記号の出した損害で顔を真っ青にした兵士が、被害を指折り数えながら震えている。
流石に可哀そうだと同情したグレンは、記号の手を取って「町を見て回ろう」と言った。
破壊娘が去る事に安堵した兵士が「ホッ」一息吐いた時、廊下の先の方から慌ただしい別の兵士が顔を覗かせた。
「クラヴェル陛下はいらっしゃいますでしょうか!エミール候から、処罰文書と罪人が送られて来たのですが」
兵士から叱責されながら倒れ込んだ青年。
何気なくその顔を見たグレン。
「「あ」」
同時に声を上げたのは、そんな犬猿の2人だった。
胴体を縄で縛られたマゼンタは、若干の涙目でグレンを睨み付け、助けを求めるでもなくただ何かを訴えている。
その隣で正座したシロは、呆れ顔で成り行きを見守っていた。
「兵士さん兵士さん。この目付きの悪いクソガキは、どんな罰を受けるんだ?」
「ニマニマ」と上がる口角を兵士に悟られぬ様片手で隠したグレンは、地面の青年を指差して楽しそうに問う。
グレンとマゼンタの関係を知らぬ兵士は、一拍置いた後に「牢に連行しますが……」と歯切れの悪い言葉と共に続ける。
「陛下に確認を取り次第、奉仕活動を経て釈放になるかと」
「エミール候は厳しい対応が多いですからね。失言1つで極刑を求める方ですから、我々は陛下の判断を優先します」
兵士達は顔を合わせてそんなことを言う。
その様子に「なんだ、面白くないな」と不満を零すグレンと、「良かったぁ!」と心から安堵の声を漏らす記号。
記号はいつまでも地面に頬を擦るマゼンタへ近寄って、その頭を「ポンポン」と撫でる様に叩いた。
「因みに、それは私の所有奴隷なんだが、返却願えないだろうか?」
グレンの言葉に「え!?」と声を上げた兵士は、顎に手を当てて悩み込む。
国王の命令に従うなら彼女の無理を聞くべきだが、罪の度合いが分からぬ罪人を放つのはリスクがあった。
だが、奴隷には行動の自由権が無い事を思い出した兵士。
彼はグレンへ笑顔で向き直り、拘束具を外して彼女へと奴隷を差し出した。
「大変失礼いたしました。この場で奴隷達はお返ししますが、どうか目を離されぬ様お願い致します。事実確認をした後、陛下の勅命でお呼びする事もあるでしょうが、ご容赦ください」
懇切丁寧な兵士だったが、彼はあろうことかマゼンタまで釈放してしまった。
グレンが指した奴隷はシロだけだったが、異邦人で顔見知りの彼等を仲間だと判断した兵士は、迷い無く2人を自由の身とした。
思いがけぬ棚ぼたに、マゼンタは内心浮足立つ。
「いや、これは――」と、否定し始めたグレンの口を物理的に塞いだマゼンタは、「ニコニコ」笑いながら「お邪魔しましたー」と彼女の肩を無理矢理引っ張って駆け出した。
マゼンタに背中を取られ、記号から腹を「グリグリ」と押されたグレンは、成す術無くその場を後にする。
主の身を案じて目尻を濡らしたヤミと、茶番に白い目を向けるシロが彼女等を追い掛ける中、最後尾になったキーツは「ご、ご迷惑お掛けしました。いつでもご連絡ください」と、言葉を詰まらせながら兵士に深々と頭を下げた。
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城と初めのギルドから距離を取る様に進行したマゼンタは、「ここまで来れば大丈夫か」と、額から垂れる冷や汗を拭った。
――ゴツン!――
「いったあ!んで殴るんだよクソババア!」
大層口の悪い青年は、出来立てのたんこぶに両手を合わせながら、そこ場に蹲った。
彼を殴った張本人は「思いの外鈍い音がしたなぁ」と、呑気に呟いている。
「勝手に暴れて、勝手に捕まって、勝手に連れ出したから殴られて当然だろ」
「テメェも暴れてただろうが!自分だけ上手く逃げやがって!」
いつも通りの口喧嘩を始めた2人の間に割って入ったシロは、グレンを真っ直ぐに見据えて澄んだ目を向けた。
「僕は殴らないの?みすみす捕まった僕も同罪でしょ」
「そんな!理由なく仲間を傷付ける訳無いだろ!」
わざとらしく驚いたグレンに、軽蔑の眼差しが突き刺さる。
シロへの甘やかしもさることながら、マゼンタへの当たりは強すぎる。
大人げない主を「ジトッ」とした目で見続けたシロに対し、心を見透かされたグレンは徐々にそっぽを向いた。
「ねぇねぇヤミヤミー!あれなに書いてるの?あでーれ?デレデレしとるんか!」
「はぁ?アデルやろ。料亭みたいやな」
「た、確か、先程クラヴェル様が、その様な名前を仰っていましたね」
小さな子供みたいにヤミの腕を引いた記号は、キーツの腕も捕まえて「入ろう!」と元気良く歩みを進めた。
「これ好機」と、シロから逃げる格好で記号の背中を追ったグレンは、店の構造に違和感を覚える。
何故なら、正面に「ドン」と構える暖簾を捲った彼女の前には、目新しい木目が立ち塞がったからだ。
先の無い空間を疑問に思ったグレンが左右を見ると、メニュー看板の置かれた通路の方で真っ黒なローブが揺れていた。
「反対側は台所か?」
グレンの推測は当たっていた様で、丁度T字路の対面から、覚束ない足取りの若い店員がお冷を持って姿を現した。
人が行き交える程度の狭い道を「フラフラ」と彼女が歩くので、グレンは気を利かせて壁の方へと寄った。
長い前髪は大きなヘアクリップで押さえられているが、下を向き過ぎている故に、横髪が彼女の視界を塞いでいる。
「なんだこの不安な店員は……」
グレンはナメクジみたいな「ノロノロ」とした足取りの店員を、固唾を飲んで見守っている。
摺り足の彼女は手元のお冷に夢中で、進行方向が逸れている事に気が付かない。
このままでは、店員が店の外へ出て行ってしまう。
「店員さん、前向いて歩きな「きゃああ!」」
シロの声に驚いた店員は、あろうことかグレンへ向かって水をぶっかけてしまう。
膝を付いた状態で蒼褪めた彼女は、「アワアワ」と口をパクつかせた。
「ごっ……ごごご、ごめっ、ごめんなさあああい!」
大声を上げた事で喉が掠れた彼女は、謝ると同時に「ゴホゴホ」と咳き込み始めた。
「あらあら、ミク。初めての接客は失敗に終わったみたいね。でも失敗は誰にでもあるもの。初めてなら尚更……ね?」
「いや店員をフォローする前に、私の現状を改善しろよ」
頭から冷たい水を被ったグレンは、手持ち無沙汰の両手を店長らしき女性に差し出した。
首を傾げた彼女は「何かしら?」と素っ惚けたが、若い店員の方はグレンの考えを察した様だ。
慌ててタオルを取りに行った彼女は、廊下を曲がった先で「ガシャン!」とガラスの音を響かせた。
「フフッ、今日で5枚目ね」
そう笑う店長にグレンは、小声で「私一応客なんだがなぁ」と声を漏らした。
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これは焦る彼の物語。
割れた食器という戦利品片手に、ミクは大泣きしながらグレンに謝り倒した。
次回更新は2025/12/29を予定しています




