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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第4章ー青年冒険編ー
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これは経た彼の物語


 夏の暑さを(もの)ともせず、バケツを大量に抱えたマゼンタは、呼び止める声へ振り返る。


「おはよう、皆!この後ダイラんとこ用事あるから、済んだら話聞いてやるよ」


 マゼンタの活気ある態度に頷き返した住民達は、大きく手を振って彼を見送った。


 ――――――――――――――――――


 ルシファー襲撃の騒動から5年。

 少年から青年へと成長したマゼンタは、窓ガラスに映った自分の姿を確かめる。

 幼少期の栄養不足が嘘の様に、彼の背丈は同年代より少しだけ高く、髪や身なりを整える習慣が身に付いた事で、清楚な印象を含む様にもなっていた。

 同時に、袖から覗く健康的な腕が、日頃の修行の成果で1回り成長して無骨な印象も与える。

 素朴な容姿と頼りある存在感は、同世代や年上の目を奪って()まなかった。


「あ、そうだ。まだ昨日の帳簿整理してなかった」


 剣技を教わるついでに、領地の事務作業や貿易管理をヤミから叩き込まれたマゼンタは、今や立派に官吏(かんり)を務めている。

 今日の用事を指折り数えたマゼンタは1人頷き、仕事後の修行を楽しみにしながらその場を後にした。


 ――――――――――――――――――――


 一通り日課を終えたマゼンタは、リビングの片付けをしながら、ソファで寛ぐシロへ何気ない一言を呟いた。

 

「シロさんって、背が伸びないですよね」


「……喧嘩ならいつでも買うよ」


 迂闊な発言で天才魔法使いを怒らせてしまったマゼンタは、持ち前の素早さを発揮して土下座の体制に入る。

 丁度足元へ来た青年の後頭部へ(かかと)を乗せながら、シロは眠い目を擦った。


「ちょっと僕より成長が早いってだけで(おご)らないで。まだ僕は成長途中なの。それに、変わらないのは僕だけじゃ無いでしょ?」


「た、確かに。ババアや師匠は常識外として、記号やキーツさんも変わんないですよね」


 5年という月日はマゼンタを大人にしたが、周りの環境は()して変化が無かった。

 10代後半の青臭さの残ったシロの童顔は健在で、アルビノの消え入りそうな肌には皴1つない。

 そして、背丈は既にマゼンタが彼を越している。

 ふてぶてしい美青年を見ていたマゼンタは、隣で積み木を崩す記号へと目を移した。


「記号は……まあ、目隠しと性格に目を瞑れば、成人してそうですよね」


 シロから「記号何歳?」と問われた彼女は、「覚えてない!」と元気に答えて、棚から花瓶を落とした。

 間一髪で花瓶を受け止めたマゼンタは、ついでに水を()ろうとキッチンの方へと移動する。


「お疲れ様です、師匠。洗い物ですか?変わりますよ」


 シンクに向かって俯いていたヤミは、返事も返さず手紙をマゼンタへ渡した。

 「自分への手紙だろう」と思ったマゼンタは、宛先にグレンの名を見つけて開封を躊躇(ちゅうちょ)する。

 そして、青年が「届けてきます」と言う頃には、ヤミは既にシロと口論を始めていた。


 ――――――――――――――――――――


 建物の壁に沿った屋根付きの廊下を歩くマゼンタは、中庭を眺めて目を細める。

 年々、暑くなる夏の陽気に疑問を感じながら、季節の移り変わりを喜ぶ彼は、早咲きの花の足元にある雑草をいくつか抜いた。

 そして、向日葵が真上を向く正午頃、グレンの部屋の扉をノックしたマゼンタは、呆れの混じった溜め息を吐く。


「ったく……まだ寝てやがんのかアイツ」


 彼女の自堕落で倦怠感(けんたいかん)に満ちた性格は承知済み。

 鍵の掛った部屋にピッキングを試みた青年は、いとも簡単にドアノブを捻った。


「おーい!起きろ!何時だと思ってんだ!んな生活習慣だから、陰湿な性格になんだよ!」


 勢いよくカーテンを開けて、丸まった布団をベッドから引き摺り下ろしたマゼンタは、布団に付いた魔女を振り回して剥がす。

 「ドンッ!」と机の角に頭をぶつけて蹲ったグレンが、尚もその場で眠ろうとするので、マゼンタは近くにあった本を開いて、彼女の耳の傍で「パタン!」と荒々しく閉じた。

 その空気と音に驚いた彼女は、恨めしい表情で固まって、安眠妨害の犯人へと立ち向かう。


「てんめぇクソガキ……誰の許可得てここに入ってんだ……」


「あ?クソババアも勝手に俺の部屋入ってんだろうが。刺されなかっただけマシだと思いやがれ」


 相変わらず仲の悪い彼等だったが、お互い落とし所を覚えて、殴り合いの喧嘩へとは発展しない。

 わなわなと震えるグレンへ手紙を差し出したマゼンタは、受け取れと言わんばかりに彼女の目の前で手紙を「フリフリ」揺らす。

 青年の手から乱暴に奪った手紙の封筒を破り捨てたグレンは、内容に目を通してマゼンタへ突き返した。


「は?読んで良いのか?」


 差出人の名は『クラヴェル・オルタニア』。

 例によって「怨霊討伐の依頼だろう」と思ったマゼンタは、文を読み進めるにつれて、傾げた首を更に横へ倒した。

 曰く、「友好関係を築くために、8番目の世界(アンダス)へ遊びに来て欲しい」といった簡素な内容だ。

 東の魔女(もとい)、暴食の悪魔の危険性を世界の王が知らぬはずもない。

 クラヴェルの意図がどんなものであれ、世界を危険に晒してまで招待する必要もなく、溢れた疑問が2人を困惑させた。


「馬鹿……だろうな」「馬鹿としか言いようがねぇ」


 意見を一致させたマゼンタとグレンは、愚王の手紙を記憶の隅へと追いやった。


 ――――――――――――――――――――


 サンドイッチ片手にガーデンチェアで足をバタつかせる記号の隣で、彼女の口元を雑に拭ったグレンは、目の前から絶えず襲い来る土煙を氷の薄い膜で回避した。

 昼食を優先する彼女は、殺し合う従者達を眺めながらロールパンを頬張っている。


「いや!見てんなら止めろよ!」


 両手の冷たい麦茶を零さない「ギリギリ」の境界まで揺らしたマゼンタは、彼女等にそれを手渡して男達の抗争を止めに掛かる。

 妖刀を具現化すると同時に、シロを狙って放たれた斬撃を斬り落とし、ヤミに向かっていた炎を自らの魔法で上書きして打ち消した。

 

「邪魔すんな言うとるやろマゼンタ!」

「邪魔しないで言ったでよねマゼンタ」


 声の重なった2人は「キッ」とお互いを睨み合った後に、揃ってターゲットをマゼンタへと移した。

 「え?え?」と困惑するマゼンタの膝に、ヤミの横薙(よこなぎ)ぎが迫り来る。

 半ば無意識でジャンプ回避したマゼンタの頭上には、シロの作り出した殺意の高い氷柱(つらら)が降り注いでいた。


藍鉄火(フレイムレルム)!」


 炎の双蛇の内1匹が横から氷柱を割り、もう1匹がマゼンタの腕を引いてヤミの2撃目を(かわ)させた。

 背中から落下しかけた青年は、片腕で地面を()()ねて、体を(ひね)りながら着地する。


「あーあー」


 グレンが呆れた声を上げるので、何事かと振り返ったマゼンタ。


「その2人プライド高いんだからさー」


 マゼンタが「へ?」と素っ頓狂に肩を落とす背後で、静かに距離を詰めて居合の構えをするヤミ。

 水と雷の複合魔法を練り上げたシロが、水槍をマゼンタへ向けて投げると同時に彼は刀を振り切った。


 ――パンッ!――


 素早い斬撃と硬度の高い水流が、あり得ない破裂音を上げながらマゼンタの命を狙う。

 妖刀でガード体勢を取った青年は、呆気なく柱に激突したが、炎での保護が間に合った為に軽症で済んでいる。

 そんな中、ヤミとシロの前では氷の防御魔法が「パラパラ」と、崩れながらも壁としての役目を果たしていた。

 グレンの展開した魔法は、マゼンタに届いた衝撃が、防御壁の周りを揺らした空気だけだったと物語る。

 その事実に「ゾッ」とした青年は蒼褪(あおざ)めながら、1歩また1歩と後退った(のち)に駆け出した。


「剣士が何逃げとんねん!」

「足止めの魔法ぐらい発動しなよ」


 尻尾を巻いて逃げるマゼンタを執拗に追い掛ける2人。

 サンドイッチを食べ終わった記号は、グレンの肩に「ポン」と手を置いて、親指を狂戦士達に向ける。


「グレグレ意地悪してると、マゼマゼ死んじゃう」


「ハハッ。目の届かんとこ行ったら考えるわ」


 淡白な笑いで胡麻化したグレンの本音は、「面倒くさい」の一言に尽きた。

 シロの助言通り、炎魔法を駆使(くし)して攻撃を避け続けるマゼンタは、終始冷や汗を掻きながらも、楽しそうに口角を上げている。

 それを流し見するグレンは「助ける必要無いだろう」と思いつつ、最低限の助力に努めた。

 死の淵で生かされ続ける彼は、動悸と息切れを感じながらも、次の一手を考える事に集中した。

 ――だから、気付かなかった。

 魔力総量の低下したマゼンタの内で、彼ではない意志が彼の身を包んでいる事に。


「ヤミ!シロ!マゼンタを抑えろ!」


 マゼンタから溢れた黒い靄を逸早(いちはや)く見つけたグレンは、青年の近くに居る2人へ声を上げた。

 遊びを終えた従者2人の動きは、マゼンタの目では追い切れなかった。

 両手を後ろにして念魔法で拘束された青年は、喉元へ突き付けられた刀に怯えながら、過労の動悸とは違う何かの気配を感じ取った。

 マゼンタがその正体に気付き「あ……」と、小さな声を漏らす。

 肩から広がった怨霊の呪いは、脳を侵食しようと首筋へ上り始めた。


「シロ、停止魔法の数増やせるか?」


「これ以上は命まで脅かすよ。マゼンタ、僕の魔力を『集約(アグリゲーション)』して」


 深呼吸を繰り返していたマゼンタが、シロの手から魔力を吸い取とると、黒い靄が肩の方へと逃げ戻った。

 拘束を解いたシロは、握られたままの手からマゼンタの恐れを感じ取る。

 青年の顔を覗き込んだシロは「落ち着きなよ」と言って、更に魔力を送り込んだ。


「んー年々悪化するな……。根源を断ち切らんと治らんが、強欲の悪魔(マモン)を倒す方法も無いしな……」


 顎に手を当てて考え込んだグレンの傍で、同じポーズを取った記号が、名案とばかりに挙手した。


「マゼマゼのアグリリ(集約)でごっくんしよう!ばっちぃかな?」


 シロとグレンは目を合わせて、双方とも横に首を振る。

 『集約(アグリゲーション)』で自分の魔力へ変換する事自体は名案であったが、大量の闇属性の魔力に耐え切れる精神は、マゼンタの中には無い。

 そもそも、それが可能なら暴走に苦しむ事すら無かった。

 笑顔を無理に作ったマゼンタは、「心配し過ぎだろ」と前向きな発言をする。

 その言葉が苦し紛れだと全ての人が察するも、最年少の強がりを否定出来なかっ――


虚勢(きょせい)張んなや、見苦しい。闇属性の治癒やったら『机上空論文』に書いとるやろ。白猫読んどらんのか?解呪のやつ」


 ――いや、1人だけ空気の読めない男が居た。

 ヤミは珍しくシロとまともな会話を投げたが、受け取り手のシロは目の色を変えて恨めしく立ち上がった。


「『呪詛(じゅそ)と解呪』の下巻……読んだの……?それ僕がずっと探してるやつなんだけど……」


 シロの愛読書は何年も前に執筆された物で、その多くは世界の各地へばら撒かれていた。

 自分が見つけていない内の一冊を、大嫌いなヤミが既に読んでいる。

 その現実に慄き震えた白猫は、後退りながら記号に泣き付いた。


「こらー!シロシロが悲しんでるでしょ!ヤミヤミ読んだ本全部覚えちゃうんだから、シロシロに渡したげて!」


「はぁ?原紙の数枚読んだだけや。支離滅裂な知識しか残っとらんわ」


 顔から血の気を引かせたシロが「原紙……!」と、更に泣き崩れた。

 面倒な者を見下したヤミが、「作者やったら――」と口を開き掛けるも、グレンの手によって遮られる。


可哀(かわい)そうだから……!真実知ったら可哀そうだから!」


 必死に止める主へ「ニコニコ」と笑顔を向けたヤミは、「はい!」と綺麗な返事をした。

 口止めを終えたグレンは、目を泳がせながら考え込む。

 そして、頼れる相手に頼りたくない矛盾を抱えた彼女は、助けを求める様にヤミを見上げた。

 意志を汲んだ仕人は「仰せのままに」と(こうべ)を垂れて、代案を提示した。


 ――――――――――――――――――――


 衣装箪笥を漁る老女の背後で、正座に慣れていないマゼンタは、足を「もぞもぞ」と動かす。

 

 「あの、見つかんねぇなら大丈夫ですよ、文子(ふみこ)ばあさん」


 いつまで経っても探し物を続ける文子(ふみこ)に、痺れを切らした青年はそう言った。

 だが、青年の気遣った小さな声は老女の耳には届かず、彼女はマイペースに資料を探す。

 時計の無い部屋で()(ぼう)けたマゼンタが、人目も(はばか)らず大欠伸をしたタイミングで、老女が汚れた鉄鍵を彼に手渡した。


「あの子は片付けが苦手だからねぇ。ばあちゃんも一苦労だ」


 鉄鍵の持ち手部分にある紋章を見たマゼンタは、直近に見た手紙の国璽(こくじ)を思い出した。

 2体の竜がお互いに火を噴く円形のモチーフは、冒険色の強い彼等の世界を象徴している。


「これって、8番目の世界(アンダス)国王家の紋章だよな」


「んだ。藍紫(らんし)が待っちょる」


 文子はそう短く言うと、目的を果たしたと言わんばかりに、マゼンタの湯呑を片し始める。

 それを手伝おうと手を伸ばしたマゼンタの視界は次第にぼやけ、何もない室内へ転移した。

 唯一の扉を開いた青年が、見慣れた廊下に安堵して一歩踏み出すと、その部屋は元から無かったかのように扉ごと消失した。


 ――――――――――――――――――


 これは経た彼等の物語。

 文子から渡された鉄鍵を首へ提げた青年は、冒険の一歩を踏み出した。

次回更新は2025/12/14を予定しています

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