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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第3章ー傲慢奇襲編ー
44/58

これは襲う彼女の物語


 犬の様に幼馴染の帰宅を待っていたマゼンタは、忽然(こつぜん)と姿を消していた。

 玄関に落ちた首輪とリードを拾い上げたグレンは、その先の開け放たれた扉を見て「ちっ、逃げたか」と、舌打ちをする。


「君も少しくらいリアスの心配してあげなよ」

 

 呆れたシロの溜め息を聞き流した彼女は、少年の後を追う為に靴を履いた。


 ――――――――――――――――――――


 マゼンタは、だだっ広い荒野を駆ける。

 ハウサトレスの北西を目指す彼の目的地は、ユグレナ地区を超えた先にある王都ユシルファだ。

 

「はぁはぁ……馬車って案外早かったんだな……」


 肩で息をする少年は、ようやくたどり着いたユグレナの景色を眺めながら、そんなことを呟いた。

 王都へ入る為には通行書が必要で、その書類はユグレナの役所から発行される。

 まずはユグレナへ入る為の紹介人が必要だ。

 すれ違う商人の中に顔見知りが居ないかと、街の前で周りを見渡すマゼンタ。

 その肩を長身の女が軽く触れた。


「あら?ふふっ奇遇ねマー君。貴方もユグレナに用事があるのかしら」


「リベカさん!」


 茶色いフードを脱いだ女性の名はリベカ。

 トゥヤ商会の一人娘である彼女は、赤髪を掻き上げて瞬きの回数を増やす。

 恋する乙女はマゼンタを見つけた事で、ヤミが付近に居ると思ったのだろう。

 だが、1人でハウサトレスを飛び出した少年は、バツが悪そうに「俺、今1人なんだ」と正直に話した。


「え?あっ私態度に出てたかしら……。ごめんなさいね。私はマー君の事も大好きよ」


 普段の高圧的な態度を収めたしおらしい態度は、マゼンタの心を「ドキドキ」させる。

 少年は感情を振り払う為に大きく首を振って抵抗し、ボサボサになった髪を手の平で撫でながら、リベカに向き直って会話を続ける。


「あ!の……ユシルファへの通行書が欲しいんだけど、手に入るか?」


 声を上擦らせたマゼンタは、握り締めてぐちゃぐちゃになった一枚の紙を広げて、「どうしても巫女に会いたい」と懇願(こんがん)した。

 彼が持っていたのは、王都で開かれる巫女の誕生祭を知らせるチラシ。

 玄関でリアスの帰りを数日待っていた彼は、今朝方届いた郵便物を見て家を飛び出した。

 マゼンタは「リアスが政治利用されているのではないか」と疑い、慣れぬ土地に1人残った幼馴染の身を案じて息を詰まらせた。


「ッリアスはっ!俺の大事な人なんだ!なんか大変な事に巻き込まれてんじゃねぇかって心配で……それで……」


 目を逸らして俯いた少年に同情した女は、後ろに控えていた部下に耳打ちする。

 そして、リベカは部下が荷台から持ち出した書物を捲って、1枚の封筒を取り出した。


「事情は分からないけど、マー君の為なら力になるわ。私の商会で使ってる通行書なら、並ばずに王都へ入れるわよ。……それで、その……ヤミ様はいつ交流館にいらっしゃ――」


「ありがとう!助かるよ!リベカさん!」


 差し出された封筒の中身を確認したマゼンタは、満面の笑みでリベカに礼を言うと、ユグレナ地区に用は無いと(きびす)を返した。

 身体強化の魔法で駆け出した少年は、瞬き1つで声が届かぬ程遠くに移動する。

 リベカの機嫌を取ろうと慌てる部下に、顔を真っ赤にして怒るリベカが「ポカポカ」と殴り掛かった。


「もう!次会ったらアンナの事止めてあげないんだから!」


 彼女の叫んだ声に、驚いた馬が「ヒヒン」と(いなな)いた。


 ――――――――――――――――――――


 3魔の戦火(ドライ・クリーク)の騒動で閉鎖的になっていた王都は、増える失業者と犯罪に終止符を打つべく、巫女の誕生祭を(もよお)した。

 その政策は順調で、街の飾り付けに雇った市民達の懐は潤い、王都に活気が戻りつつあった。

 だが、1つ懸念点があるとすれば、誕生祭の為に巫女が民の前に(さら)されてしまう事。

 陽気な空気の裏では、城の兵士達が物々しい雰囲気で、該当時刻の警備のシミュレーションを何度も行っていた。


「なんか、すっげぇボロボロな建物だな」


 兵士小屋を破壊した当の本人は当時の出来事をつゆ知らず、瓦礫を避けながらそっと彼等を覗き込んでいた。

 一様に同じ装備で身を固めた兵士達に、身なりの良い男と子供が囲まれている。

 国王と巫女の代役を務める彼等は、演説の真似事と移動ルートの確認をしていた。


「本物のリアスに会うなら演説の時が最適だろうな……今は、魔力の気配すら掴めないし……」


 1人策を練る少年は、瓦礫を背にして時間の経過を太陽で測っていた。

 静寂の中、他人の呼吸音を察知した少年は、自分の元へと歩み寄る中性的な容姿をした少年?を見つけた。

 正体不明の相手に警戒をするマゼンタとは対照的に、欠伸と伸びをして傍へと座り込んだ少年は目を閉じる。

 少年と言っても彼の年齢は、マゼンタよりも上に見えた。

 シロよりも幼さを残した輪郭の彼の年齢は、15歳程度だろう。

 似合わぬ厚手のコートと手袋で体積を増やした彼が座ると、1つの塊に見えた。


「…………。……寝た……のか?」


「すぴー」


 彼の発言は寝息ではなく、ハッキリとした言葉だった。

 少年はマゼンタをからかっているのか、「すぴーすぴー」と何度も復唱する。

 敵意は無いのだろうと警戒を緩めたマゼンタは、兵士に見つかると厄介だと思い、丸まった彼の手を引いて人気の多い住宅街へ移動した。


「……俺に用があるんだろ?」


 身を潜めていたマゼンタへわざわざ近付いて来た少年には、意図があるとしか考えられない。

 抵抗なくマゼンタに導かれた少年は、眠たそうに瞼を擦り、「むにゃむにゃ」と口を動かした。


「用はーあるけどーないかもー。どちらかというとー。んーないかもー」


 間延びした適当な発言に、せっかちなマゼンタは少し苛立ったが、彼の個性だとぐっと飲み込む。

 マゼンタの行動が意外だったのか、少年は興味深そうに「ふーん」と息を漏らした。


「僕はオーブリー。一緒にお祭り楽しもー」


「俺はマゼンタ……ってどこ連れてくんだよ」


 ゴワゴワの手袋に隠した指でマゼンタの袖を引いた少年は、盛り上がる街の雰囲気に浮足立っている。

 気怠(けだる)げな出で立ちに無邪気さを付け足した彼の行動を、振り払おうとは思えないマゼンタ。

 兵士達の様子をもう少し観察して居たかったが、急いても無意味だと諦めたマゼンタは、彼と共に飾り付けられた商店街に足を運んだ。

 店番の男の笑顔に誘われた少年2人は、お互いのポケットにある硬貨を数える。

 個人的な買い物を殆どしないマゼンタの所持金は少なかったが、オーブリーも同様で持ち合わせは少なかった。

 買い物を済ませたマゼンタは、紙袋片手に小川へ架かった短い橋の親柱(おやばしら)に飛び乗り、よちよちと同じ場所を目指す同行者をチラと見た。


「動き辛いだろ、その服装」


「うーん。でもー、あんまり綺麗な体じゃないからさー」


 容姿にコンプレックスでもあるのか、彼は袖から覗く素肌をさりげなく隠した。

 パンを頬張るマゼンタは「そういうもんかー」と、マイペースな相手の口調に釣られる。

 その後は、橋の上から見える商店街の活気を眺めて、冗談を言い合いながら彼等は談笑した。

 そして、楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、王都全体に拡声魔法のチューニング音が鳴り始めた。

 ざわめきを静めた住民達は、一様に空を見上げる。

 「パン!」と浮かび上がった花火は、城へと続く大通りを強調した。

 笑顔を潜めて街の中央へキツイ眼差しを向けたマゼンタを、オーブリーが覗き込む。


「巫女はー国王より先に挨拶をするらしー。可笑(おか)しいよねー。巫女の誕生祭なのにー」


 何故、オーブリーが秘密裏にされている式典のタイムスケジュールを把握しているのか。

 幼馴染への執着でその小さな疑問を見落としたマゼンタは、オーブリーの言葉を鵜吞みにしてリアスへと繋がる道を進む。

 10年間姿を見せなかった巫女の初披露目を一目見ようと、花火に照らされた道は混雑を極めた。

 一心に直進するマゼンタは、花弁(はなびら)に包まれた幼い少女の登壇を見た。

 祭祀(さいし)に合う金属の首飾りを左右に揺らしながら、顔の上半分を隠す純金のお面に両手を添える少女。

 白い肌に赤い口紅を塗った彼女は、マゼンタの知るリアスから遠くかけ離れていた。


「……女神……なのか?」


 幼馴染らしくない振る舞いを見たマゼンタから、そんな声が漏れた。

 大勢の民衆の前に堂々と立った少女は、真っ赤な愛らしい口を開く。


「本日は私の誕生日を祝う為に、お集まりいただきありがとうございます」


 大人の様な仕草で小さく手を振った少女に、歓声が集まった。

 女神を宿す巫女は、世界で4人しか存在しない希少な人であり、そんな彼女を生で見る事が出来る人間は少数派だろう。

 我こそが巫女の記憶に残ろうと、前へ前へと進む民衆に流されたマゼンタは地面へと転がった。

 そして、少年に気が付かない人々は彼を踏み潰す。

 頭を抱えて身を護るマゼンタの視線の先には、紙袋や串などのゴミが散乱していた。

 「自分もそのゴミの一部なんだ」と、落胆していた少年の背中をオーブリーの身が覆い被さる。


「ここはー危険だよー。もーっと離れよー」


「あ、ありがとう。……ダメだよな、こんな事で気落ちしてちゃ。リアスが無事だった事を喜ぶのが先だよな……」


 マゼンタは恥ずかし気に視線を落とす。

 彼の焦燥感はいつだって空回りし、その結果リアス1人に重責を負わせていた。

 今までマゼンタがリアスと一緒に居られたのは奇跡に近い出来事で、本来なら彼女は今の様に近衛兵に護られているべき人物だ。


「……リアスを護るのは俺だって慢心してた。リアスの事を想うなら、このまま手の届かない距離に居るのが正しいんだろうな」


 ネガティブな発言を繰り返すマゼンタの頬を、オーブリーが「バシッ!」と叩いた。

 目がチカチカする衝撃に驚いた少年は、自分をぶった相手の怒りの表情を見る。


「君はー1人で抱えすぎだねー。護りたいならー護ろうよー。僕の様にー我儘(わがまま)にさー」


「我儘?」


 マゼンタがリアスを守護するのは、ゼノとの約束を守る為だった。

 育ててくれた恩義を返そうと盲目になっていたマゼンタは、オーブリーの言葉で「ハッ」とする。

 『巫女を護る戦士』という役目は大人が敷いたレールだったが、その道を歩もうと決意したのは他ならぬマゼンタ自身だ。


「……リアスを護るのは俺じゃなきゃ嫌だ。俺があいつを幸せにしてやるって俺が決めたんだ!」

 

 マゼンタの言葉にオーブリーは満足気に頷く。

 顔を見合わせた少年達は「アハハ」と笑い合って、街の熱気を一身に受ける少女を見上げた。


「そもそも、あいつは人の上に立つのが苦手なんだよ。巫女様なのに村人と混ざって農業に勤しんでさ。作物盗み食いしてよく怒られたっけ」


「へぇー博愛の巫女はー庶民派なんだー」


 つい数か月前までのシインフットの思い出は、遠い昔の様に感じられる。

 マゼンタは溜息を付いて肩の力を緩めると、苦笑い交じりに頬を掻いた。


「あんな綺麗な服着ちゃってさ。リアスはもっと質素な服のが好きなんだぜ。だから――」


 幼馴染を想う少年は、大きく息を吸い込んで「ニカッ」と奥歯を見せて笑った。


「――巫女様連れて、とっとと家に帰ろう」


 巫女を連れ去ろうと言うマゼンタに、オーブリーが前のめりに同意する。

 「僕も手伝うよ」と少年達が両手を合わせた時、巫女の登壇した大理石の床が魔法陣の光で包まれた。


「きゃああああ!」


 巫女の悲鳴に呼応した民衆の叫び声が重なる。

 魔法陣から現れたのは複数の土の針。

 間一髪、近衛兵に腕を引かれた少女は、空へと吹き上がる針の攻撃を回避出来た。


「リアス!」

 

 幼馴染のピンチにマゼンタの思考はフル回転した。

 強く地面を蹴った少年は空へと跳び上がり、出店のテントを足蹴にして少女との距離を詰めた。


「敵襲だ!」


 そう叫んだのは巫女を護る近衛兵。

 武器を手にした刺客(マゼンタ)から巫女を護る陣形は、少年達が盗み見た形と同じだった。

 だからこそ、マゼンタはその違和感に気が付いた。

 巫女を囲む兵士の人数が1人増えている。

 マゼンタは迷いなく、左右対称の陣形を乱す1人の近衛兵に斬り掛かった。

 「キィン」と金属音が鳴り響き、お互いの武器が(はじ)かれる。

 巫女の首を狙ったナイフは床へと転がり、その反動で女の顔を隠していた西洋甲冑が外れた。


「巫女様を安全なところへ!こいつは俺が相手する!」


「何だお前は!?その女も……」


 敵だと構えていた相手が背を向けて巫女を護り、味方だと思っていた兵士が憎らし気に巫女を見ている。

 困惑で乱れた近衛兵の陣形に、付け入る隙を見出した女が小さく詠唱した。


「――土流変化(デブリフロー)


 女の魔法で城の一部が土へと変化し、巫女目掛けて土石流が津波の様に押し寄せた。


「逃げろリアス!皆逃げろ!」

 

 ……マゼンタの叫びも空しく、大きな災害は集まっていた民衆を巻き込みながら、大通りを飲み込んだ。


 ――――――――――――――――――――


 これは襲う彼女の物語。

 顎に付いた土を拭った女は、土の上へ立つ少年達に恨めしい表情を向けていた。

リベカは「これは妄言した彼の物語」に登場した人物です


次回更新は2025/09/14を予定しています

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