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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第3章ー傲慢奇襲編ー
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これは堕ちる彼等の物語


 「ポコポコ」と溶岩の沸く音が、街の中心部から聞こえた。

 「近くに山など無かったはずだ」と、人々は音のする方を探して光の柱を見上げる。

 白い光の中で一際目立つ黒い靄。

 それの意味を理解出来る人間は、この街にはいない。


 ――――――――――――――――――――


 慣れ親しんだ土地に足を落としたグレンは、周りの騒動に気を取られてシロの転倒に気付くのが遅れた。

 肩で息をする白猫の魔力は、未だ回復の兆しがない。

 そんな彼は目の前の惨劇を見て、11番目の世界(ヴァレイク)へ魔法を残した事を後悔した。


「……マゼンタだ。僕の魔法が消えてる」


「魔法?ああ、だからマモンの魔力気配がするのか」


 マゼンタが怨霊から受けた裂傷の治癒法は、確立されていない。

 怨霊に背中を浸食された彼の精神を維持していたのは、シロの時間停止魔法。

 王都を破壊する目の前の化物は、マゼンタの成れの果てだった。

 横長な建物の屋根で四つん這いになった化物は、辛うじて人型を維持している。

 黒い靄に包まれた手足が屋根のタイルを「パリパリ」と破壊し、だらしなく舌が垂れた口元から「ボタボタ」と、滴る涎が硝酸のように屋根裏まで溶かしていた。


「どうしよー」


 街を次々と破壊するマゼンタを眺めながら、間延びした声で他人事のように呟いたグレン。

 彼女を「キッ」と睨み付けたシロは、物凄く嫌そうに口角を下げて現実的な提案をした。


「マゼンタが人を襲う前に君の忠犬を呼ぼう。頼りたくは無いが、今戦力になるのはあの馬鹿しか居ない」


「もう呼んでる。じゃなきゃこんな呑気してないって」


 シロが「どうやって?」と聞くと、グレンは「共有魔法(テレパス)」と答えた。


「何言ってんの?君の属性は氷――」


 ――ドオオオオン!――


 シロの言葉を掻き消した轟音は、マゼンタを捉えた一閃(いっせん)だった。

 土煙が口に入ったグレンが「ペッぺッ」と、手のひらで舌を(ぬぐ)っている時、1つの影が彼女に重なった。


「うわああん!お帰りなさい主さん!俺寂しさで死んでまうとこやったわ!怪我の具合は?痛いとこは?ちゃんとご飯食べとったん?」


「うわっ!うるせぇ触んな!」


 ヤミはグレンに頬を蹴られながらも、彼女へ跪いて幸せそうに笑っている。

 それを見て無性に腹の立ったシロが、水魔法で彼の頭に大量の水を掛けた。


「頭冷やしなよ。君にマゼンタを止める以上の価値なんて求めてない」


 喧嘩腰の白猫と対峙した仕人は、彼の非礼など痛くも痒くも無いらしい。

 らしくない醜悪な笑みでシロを見下したヤミは、刀の(つか)でシロの肩を押して小さく耳打ちした。


「んなメンタルでよぉ主さんと()れるな。人殺せんなら、記号と仲良しごっこだけしとったらええねん」


「――!」


 シロの図星を言い当てたヤミは、黒い気配を強めたマゼンタへ向き直った。

 拳を握るシロに「どったの?」と、声を掛けたグレンは「黙って!」と一蹴されてしまう。


「少し見ぃひん間に人間味失うたな。マゼンタ」


 「ギリギリ」と、不快な金切り音で削れる刀身。

 ヤミの刀へ爪を立てた獣が、刀身に齧り付いて武器を溶かす。

 刀が折れる寸前で獣を振り払ったヤミは、武器を(さや)に戻してグレンへと問うた。


「とりあえず細切りにするで?闇属性やし死なんやろ」


「確証が無いだろ。拘束しろ」


 主が無理難題を言うのは珍しくない。

 姿勢を低くしたマゼンタの前で、伸びをしたヤミは「うーん」と、唸りながら首の骨を鳴らした。


「ま、最悪許して貰お。……拘束ですね!わかりましたよっと!」


 前半を濁した男は、マゼンタの攻撃を右に避けて壁を蹴る。

 長身に似合わぬ軽やかな動きで攻撃を避け続けるヤミは、無表情ながらもどこか楽しそうだ。

 幸いにも、世界を繋ぐ光の柱の周辺には、一般市民の住宅は無い。

 兵士の演習場を兼ね備えているそこには大量の兵が居たが、その殆どは市民の避難誘導へ回り、残っているのは一部の優秀な兵達のみだった。

 そんな彼等は今、ヤミとマゼンタの戦いを遠巻きに見ている。

 彼等の目が期待と羨望に満ちているのは、ヤミの戦闘を直に見るのが初めてだったから。


「離れてください。巻き込まれますよ」


 そう、見当違いな発言をグレンとシロへ向けた兵士は、彼女等の腕を引いて安全な位置へと移動した。

 自分が東の魔女だと悟られない様に、黙って指示に従ったグレンは、2人の戦いを「ヒヤヒヤ」しながら見守っている。


「大丈夫だろうか……」


 グレンの呟きを拾った兵士は、握り拳を振り上げて元気な笑顔で「心配ないです」と言い切った。


「ヤミ様はこの世界を護り続けているお方ですよ!決してあの化物に負けません」


「そうですよ!うわー感激だな!ヤミ様の勇姿を見られるなんて!」


 兵士にとって彼は尊敬すべき対象だった。

 ヤミは表向きには『魔女を百年以上抑え続けて、世界の為に尽力する悲劇の人』だと思われている。

 キラキラした瞳に気圧されたグレンは、そこでふとヤミの意思に気づいた。


――もしかしてヤミは本当に、マゼンタを殺そうとしているんじゃないか?――


 ヤミの容赦の無い猛撃に、マゼンタの抵抗は追い付いていない。

 ここでヤミがマゼンタを殺せば、彼は国の英雄として祭り上げられるだろう。

 ヤミと付き合いの長いグレンは、彼が極端な行動を取る可能性の高さをよく知っている。

 だが、ここでグレンが魔力を使えば、彼女が魔女だと兵士達に知られてしまう。

 王都に更なる混乱を招く存在である彼女は、戦闘を止める術もなく黙って成り行きを見守るしか無かった。


「マゼンタ、攻撃の手ぇ止まって来とるで」


 闇の魔力に飲み込まれて言葉も発せない少年は、どれだけ傷付こうともヤミを襲い続けている。

 意思の無い獣の姿を見る殆どの目は冷たかったが、唯一シロだけが少年の思いを汲み取れた。


「……マゼンタには意志が残ってる。人を襲わない為に抗ってるんだ」


 破壊された建物の崩壊具合に比べて、周りに立つ兵士の怪我の無さが不自然に目立つ。

 マゼンタは明らかに、ヤミだけを狙って動いていた。

 彼は関節の位置を無視して3つに折れた腕を、大きく()いだ。

 怨霊の呪いで無理やり骨格を変えられた彼の痛みは、想像を絶する。

 涙と涎と血でベチャベチャの頭で、正義心の強い彼は必死に抵抗をしていた。


「止まってマゼンタ!君なら絶対負けない!ファライドの様に怨霊と共生して!」


 怨霊との共存を選んだファライドと、目の前で苦しむマゼンタを重ねたシロは少年へと叫んだ。

 ――言葉を受けたマゼンタが、バランスを崩して屋根から落下した。

 残酷な男は少年に生じた隙を逃さない。

 鞘を投げた刀は、修復済みの新しい刀身でマゼンタの腹を貫いた。

 「おお!」と上がる声援に、マゼンタへ駆け寄る2人の足音。

 グレンとシロがマゼンタへ手を伸ばした時、強い魔力の風が少年の体から吹き上げた。

 靄で竜巻を作り出した少年は立ち上がって、頭を抱えて(あえ)ぐ。

 靄に触れた見張り台が腐敗し、「ガラガラ」と音を立てながら崩れ落ちた。

 ヤミは彼に止めを刺そうと、障害物を踏み締めながら歩み寄っている。


 ――ヒュン!――


 風を切る音は、竜巻のものではなかった。

 ましてや、グレンの制止で留まったヤミの攻撃でもない。

 マゼンタの心臓を真っ直ぐ狙った一撃は、当初の予定通り彼の胴体を射抜いた。

 渦中から100m以上離れた城壁で弓を構えた少女――リアスは、暫く見ない間に射手(いて)として劇的な成長を遂げていた。

 羽衣の代わりに纏ったローブのフードを脱いだ彼女が叫ぶ。


「地を這う老醜な悪魔よ。教えに従いその身を捧げ、穢れを捨てて我に従え。戦線神託(ニケ・スティル)!」


 女神の魔法で発光した矢尻(やじり)が、マゼンタを中心に円盤状の光を放った。

 少年の頭に現れた翼を備えた女神像が、石像の体を突き破ってその麗しき姿を露わにする。

 その場に居合わせた一同は、この世のものではない身体を目撃して――いない。

 多くの人が目撃したのは、雪の様にマゼンタへ降り注ぐ石像の欠片。

 上位存在たる女神の虚像を視界に収めたのは、リアスとヤミだけだった。

 女神の(ただ)ならぬ気配を察知したヤミは、グレンを抱え上げてマゼンタから遠ざける。


 「おい!放――」


 ヤミの背を殴っていた彼女は、目の前の光景に言葉を失った。

 少年の上衣(じょうい)の隙間から覗く健康的な肌に、深く刻み込まれた刺青(いれずみ)

 うつ伏せに倒れたマゼンタの背中には、悪魔の翼の様に『蜘蛛の足』が集約されていた。


「巫女姫様だ……本物の巫女姫様が帰還なされた!」


 誰からともなくそんな声が上がった。

 沸き立つ兵士は、城壁に立つ1人の少女を崇めて跪く。

 桜色の気配を纏ったリアスは、踵を返して城壁の内側へ姿を消した。


 ――――――――――――――――――――


 馬車の荷台で、目を覚ましたマゼンタが飛び起きる。

 彼は両手を確認すると、物を探して辺りを触った。

 慌てる少年の立てた音で、目を覚ましたシロは「暴れないで」と言った。


「今日はもうゆっくりさせてよ」


 憔悴しきった白猫の声に、理解が追い付いていないマゼンタは「でも」と、言い淀んだ。

 そこに一筋の月明りが差し込む。

 御者台(ぎょしゃだい)から乗り込んだグレンは、マゼンタの横に座って膝を抱えた。


「どこまで覚えてる?」


 グレンの曖昧な質問に「ムッ」としたマゼンタだったが、淀んだ雰囲気を感じ取って素直に話し始める。

 9番目の世界(アープ・エゲニス)への行き帰りの記憶が無い事。

 帰還後、王都で道に迷っている時、背後から気配を感じた事。


「誰かが後ろに居るんだと振り返ったら、夜が訪れて生き物の気配が無くなったんだ。クラウが「意識を強く持て」って言うから夜から逃げてずっと走ってた」


 夜はマゼンタの精神世界に潜り込んだ怨霊の呪いだろう。

 聞きなれない名前で疑問符を浮かべたグレンは、クラウの素性をマゼンタに問うた。


「俺が9番目の世界(アープ・エゲニス)で手に入れた妖刀。俺の本能を元に作られた俺だけの武器――『火炎クラウ』」


 マゼンタが名を呼ぶと、剣が炎を吹き上げながら彼の手に収まった。

 炎は荷台の布へ触れるも、物質を燃やさずに波打っている。


「良かった!無くしたかと思った」


「魔導具?……いや、魔力そのものか?」


 鑑定眼を持たないグレンでは、妖刀の本質を理解しきれなかった。

 武器を手にして安堵したマゼンタは「いつ自分と合流したのか」と、グレンへ質問する。

 ジト目でマゼンタを見るグレンに、キョトンとした表情で答える少年。

 このまま本当の事を話して良いのかと悩むグレンに「いい加減静かにしてくれ」と、恨み込もったシロの低い声が届いた。


「朝にはハウサトレスに着くから、その後に話す」


 真実から逃げる口実を得たグレンは、そそくさと御者席へ戻った。

 足元に差す月明りへ目を落とした少年は、故郷を後にした時を思い出す。


「早くリアスに元気な姿見せないとな」


 布団代わりの麻布を引っ張ったマゼンタは、血濡れた服に気付いた。

 腕捲りをして腹を覗いた少年は、傷1つない体を不思議に思って、目の前で眠る白猫を見る。

 そして、浅い寝息を立てるシロに手を伸ばしたマゼンタは、反射的に手を引いた。


「あっつ……!」


 高熱に侵されたシロの体は、異様な熱を帯びている。

 彼が自身を(かえり)みず、治癒魔法を使用したのは目に見えていた。


「俺の師匠はヤミさんですが、貴方は俺の(かがみ)です」


 羨望に満ちた表情でシロを見た少年は、彼の熱が少しでも逃げる様に少量の魔力を明け渡した。

 途端に覚えたのは強い眩暈と背中の熱。

 「バッ」と背後を向いたマゼンタは、不安を感じて極限まで丸まる。

 少年は嫌な気配を振り払う様に、自身の体を抱きながら無理矢理眠りに付いた。


 ――――――――――――――――――――


 これは堕ちる彼の物語。

 怨霊の呪いを宿したマゼンタと、人殺しの罪に(さいな)まれるシロは双方に堕ちて行く。

 彼等の進む先に光はあるのだろうか。

次回更新は2025/08/24を予定しています

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