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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第2章ー海中世界救済編ー
32/56

これは献身的な彼女の物語


 グレンが目を覚ました場所は、水に沈んだ空間。

 身動(みじろ)ぎした時の水流が抵抗を生み出し、彼女は自身の居場所が安全では無いと気付いた。

 しかし、不思議と呼吸が出来る。

 何故、水中においても自分が平気で居られるのか。

 ハッキリと覚めた意識で、彼女はようやく状況を理解した。


 ――――――――――――――――――――



「おはよう。君が眠っていたのは1時間と25分だよ」


 (つと)めて冷静に彼女の脈を測るのは、少しばかり腹を立てたシロだった。

 ジトッとした眼でグレンを見上げる白猫。

 訳も分からず気まずさを感じたグレンは、不遜(ふそん)な態度の彼から目を逸らした。


「あう、ごめんなさいぃ。私がちゃんと歌えてたら……」


 瞳の揺れる彼女は涙を流しているのか、はたまた揺れる波がそう見えるのか。

 目尻を人差し指で擦る若王は、発言の前後で歌い続けている。

 淡く光る体に魔法陣を点在させた彼女は、どうやらグレンの傷を治す為に治癒能力のある歌を披露している様だ。

 「ラララ~♪」と感情的に泳ぎ回る彼女の背後から、伏し目がちの従者が顔を覗かせた。


「……ごぽごぽ」


 彼女が呼吸器の隙間から漏らす言葉は不明瞭(ふめいりょう)だ。

 流れる泡の量を見たシロは、グレンへ「前王を倒せたのか?ってさ」と通訳する。

 グレンが「どうして発言を汲み取れたのか」と白猫を疑問視していると、「その通りだ」とファライドが頷いた。


「あー、あの歌を止めねぇと何んとも出来んな。……もっと深く闇に沈めば歌の許容量を上回れるか」


 石造のベッドから起き上がって(ふち)へ腰掛けるグレンは、腕を組んで思考を進める。

 闇を纏った彼女の一撃は、前王に通用しなかった。

 短絡的なグレンは、自分の火力の無さこそが敗走の原因だと決めつけて、火力増強のみを考える。


「馬鹿な君が考えて、どうにかなるの?」

 

 その思考に横槍を入れたのは、彼女の前に立って影を落とすシロだった。

 普段なら主に従う彼だが、今や見る影もなく彼女を見下している。


「君の考えは聞かない。僕を差し置いて無茶するなら、僕も好きにするよ」


 冷たく言い放った彼は、グレンの隣へ「ドカッ」と座る。

 シロの粗暴な態度に委縮したグレンは、腕を引いて後退った。


「グレンの悪魔の力じゃ歌を打破できないと分かった。だからもう君には頼らない」


「て言ってもよ。怨霊(ギフト)は闇か光魔法じゃなきゃ倒せないぜ?」


 「倒す前の段階がある」と、尻尾(しっぽ)でルイシアラを指した白猫は、足をバタつかせながらも説明を続ける。


「あの時の珍妙な歌は、前王の魔法を打ち消すためのものだったんでしょ?なら今度は、前王と同じ魔法で上回ればいい」

 

「つまり、クライトス女王の『歌姫の道標ローレライ・コンチェルト』に、シロが魔力を上乗せするのか」


 魔力量に自信のあるシロは、グレンの発言を受けて得意げに頷く。

 だが、ここで難色を示したのはルイシアラだった。


「無理ですよ。私、歌姫の道標ローレライ・コンチェルト教わってないですもん」


 顎に皴を作って唇を付き出した彼女は「そうですよ。どうせ私は出来損ないの王ですよ」と独りでに機嫌を損ねてしまった。

 水中で膝を抱えてクルクル回る若王の回転を両腕で制止したファライドは、必死に横へ首を振っている。

 どうやら彼女は「他の案を出してくれ」と、訴えている様だ。

 主に甘い従者を見たグレンは「どうしようか」と、シロへと目線を送る。

 

 ――シロの前髪に隠れたジト目が、ルイシアラを睨み付けていた――

 

 今にも舌打ちしそうな憎しみ籠った表情で、彼はルイシアラへと複数の飛礫(つぶて)を向ける。

 勿論それは魔法の力で浮遊しており、その見た目はまさに雷神様。

 「バチバチ」と飛礫同士を繋ぐ雷が、グレンの服の裾を焦がした。


「教わって無いなら今すぐ行って!習得するまで帰って来ないで!」


 「ピシッ」と人差し指でルイシアラの(ひたい)を押さえたシロ。

 捲し立てた彼は、冷静さを取り戻しながら「いや」と言葉を区切った。

 

「……僕が行こう。僕が覚えたら君は要らない」


「ひっひええ~!王家の秘密なんです!教えちゃダメなんですぅ!私が行きますぅ!」


 片手を突き上げて「自分こそが」とアピールした彼女は、目にも留まらぬ速さで泳いで行った。

 が、それをみすみす逃すほど、今のシロは穏やかでない。

 好敵手と新たな魔法へ目を輝かせた白猫に、水圧は些細な障害に過ぎなかった。

 ルイシアラと変わらぬ速度で彼女を追いかけた彼は、終ぞ姿が見えなくなってしまう。


「……やばっ」


 そこで困るのは、シロの力で呼吸をしているグレンだ。

 彼の魔法の効力範囲から抜けた彼女は、消える寸前の空気を吸って頬を膨らませた。

 水圧自体は彼女の魔力で緩和出来るが、こと呼吸に関してはそうはいかない。

 泡立つ口元を片手で押さえる彼女は、主を追いかけようと出口へ振り返っていたファライドのショートパンツを掴んだ。

 肌に触れた手を反射的に払った従者は、グレンの異変にようやく気付いた様子だ。

 ベルトの隙間から取り出した予備の呼吸器を、グレンの口元へ当てた彼女は安堵で肩を落とす。

 暫しの静寂。

 会話が出来ない2人は、身振り手振りで意思を伝える他無かった。

 グレンは自分の口元を指して呼吸のし辛さをアピールし、「スラムへ戻ろう」と提案をする。

 その意思を汲み取ったファライドは、横に首を振りながら出口を指差す。

 彼女は、シロに追われた主を心配している。

 ファライドの腕を掴んで我を通そうとするグレンと、来客をこのまま置いて大丈夫かと悩むファライド。

 そんな平行線の対立は、不意に現れた第三者によって均衡が崩れた。


「あら貴女。随分と勝手をした様ね」


 化粧の濃い熟年の女性が扉の前に立っていた。

 下半身が尾に包まれていても背が高いと印象付くのは、彼女が極端な痩せ型だからだろうか。

 頬骨を震わせる彼女はファライドを一瞥すると、グレンへと距離を詰めた。


「かの有名な悪女さん。貴女、クロビス王へ謀反を起こしたそうじゃない。これは重大な犯罪行為よ」


 女は何を言っているのだろうか。

 国王の許可を得て前王へ攻撃したグレンに、落ち度など無いはずだが。

 グレンに詰め寄る彼女は、明らかに悪意を持っていた。

 「クロビスって誰だ?」と疑問符を浮かべて距離の近い女性を「ボーッ」と眺めるグレンの手に、ファライドの震えが伝わって来た。

 「何だろう」と彼女がファライドへ視線を向ける途中、強い力を受けた彼女は海底へと倒れ込む。


「連れて行きなさい」


 グレンの体に巻かれていたのは、前王へ使われていた物と同じ鎖。

 魔法で強化された鎖は、グレンをいとも簡単に拘束した。

 

 ――――――――――――――――――――


 水中から水中へ。

 「そろそろ地上が恋しいな」と感じてきた頃、グレンは犯罪者として裁判に掛けられていた。

 その部屋は中央に広い空間があり、数m上を座席で囲う作りになっていた。

 人魚達とグレンの間には柵が設けられている。

 部屋の真ん中にポツンと取り残されたグレンと、何故か同じ様に鎖に巻かれたファライドは、人魚達の見世物だった。

 上空から「クスクス」と笑う声が響く。

 四方から聞こえる立体的な音響に嫌気(いやけ)が差したグレンは、耳を塞ごうと肩を上げるも鎖が絡まり失敗した。


「貴方達の行為は、世界そのものを脅かす重罪。悪魔はクロビス王へ暴力行為を働き、王家の貴重な居住区を荒らした。その罪は到底償えるものでなく――」


 女の濁声(だみごえ)が何処から聞こえるのかとグレンが顔を上げるも、人数の多い座席から彼女を探し出す事は出来ない。

 柵越しに光が差し込み、その上空を人魚達が好き勝手に泳ぐ景色を「綺麗だなぁ」と、呑気に眺める事で現実逃避をするグレン。

 優雅に泳ぐ人魚を見て、ファライドが自分をスラムへ案内した意味を実感した彼女は「チラ」と横を見た。

 ファライドの瞳には精気が残っていない。

 藤色の瞳を黒く濁らせた彼女は、ひたすらに事が終わるのを待っていた――。


 ――――――――――――――――――――


 これはファライドの追想。

 ルイシアラから貰った椿の髪飾りを、鼻歌交じりで眺める少女。

 幼い日のファライドは人魚から冷遇されていたが、これ以上生活が脅かされる事は無いと思っていた。

 しかし、現実は非情にも彼女を絶望へと叩き落とす。


「お母さん、これルイから貰ったの」


 (とこ)に籠る母親へガラクタで作られた髪飾りを自慢するファライドは、椅子を足場にして母の前で「フフ」と笑う。

 そんな彼女の笑顔とは対照的で無表情の母は、それを弱々しく掴むと窓の外へ放り出した。


 ――ガシャン!――


 スラムの外へ捨てられた髪飾りは、大きな音を立てて他のガラクタと混ざる。


「ああ!私の宝物!」


 驚いた拍子に椅子から転げ落ちたファライドは、涙を堪えて椿の髪飾りを探した。

 不幸中の幸いか、すぐに宝物を見つけ出したファライドは、安堵の息を吐いた。

 安心した少女の耳に、母のすすり泣く声が届く。


「私の愛するファル。貴女は私の様にならないで……」


 母の小さな声は、ズカズカと部屋へ上がり込む男達の足音で打ち消された。

 窓の外で縮こまって息を(ひそ)める少女は、母が男達に連れ去られる影をただ見つめる事しか出来ない。

 泣き出しそうな感情を髪飾りを握りしめる事で押し殺す彼女は、暗くなった視界に鳥肌を立てた。


「見つけた」


 男の低い声に驚いたファライドは「ヒッ」と喉を鳴らす。

 腕を掴まれた少女は、恐怖で体を硬直させるも、ルイからの贈り物を決して放さなかった。

 

 ――――――――――――――――――――


 母の罪は『()()()()()()()()王族に生まれてきたこと』。

 母を連行した男達は、いつの間にか尾を携えて水中を泳いでいた。

 当時の王――クロビス・クライトスは、歌姫の道標ローレライ・コンチェルトを継承している母を敵視していた。

 それ故に、冤罪を募らせてファライドの母を殺そう画策をした。

 最終的に「人魚に成れない王族は必要が無い」と裁決した彼は、今や満足そうに数m上の座席へ座っている。

 

「お母さん!行かないで!お母さん!」


 叫ぶファライドを取り押さえるのは、親友であるはずのルイシアラだった。

 人間形態になるのが苦手な彼女は、空気に息を乱しながらファライドの腰に腕を回している。

 ファライドの母は、大きな柵の中――広場の中央部で意識を失っていた。


 ――ガゴン――


 鉄柵の重い音が響くと、外から(さめ)が柵内へ侵入した。

 「ヌルリ」と母の周りを泳ぐ鮫。

 血の匂いで興奮した鮫は、母の足へと齧り付いて左右へと振り回した。

 体のパーツが徐々に失われていく母親。

 それを目の当たりにしたファライドは、ルイシアラの拘束を解いて空気の外へと飛び出した。


「待って!ファル!」


 親友の制止する声に耳を貸さず、溺れながら母の元を目指すファライド。

 子供の体は簡単に柵を通り抜けた。

 母の肉片を掴み取った。

 彼女が意識を失う直前に見たのは、迫り来る鮫の頭だった。


 ――――――――――――――――――――


 

 ――ガゴン――


 過去を思い出していたファライドの耳に、あの日の忌まわしい音が届いた。

 ここは母が亡くなった場所。

 円形の建物は、生き物を殺す見せ場に好都合だった。


「罪のついでに王族紛いの娘の刑も執行しましょう」


 笑いの混じった声でファライドの死を決定した女は、手を上げて合図をする。

 拘束を解かれた鮫が、暗闇の中から現れた。

 ファライドはあの日以来、人魚の住む町へ近付かない様に注意していた。

 ルイシアラと会うのはスラムの中だけで良い。

 そう考えていた彼女だが、怨霊(ギフト)の騒ぎで憔悴(しょうすい)した親友を見過ごせなかった。

 ルイシアラは命の恩人。

 歌姫の道標ローレライ・コンチェルトを継承していない事を根拠に、ファライドを人魚から護ったのはルイシアラだった。

 母を殺した男の娘であろうと、ファライドは彼女を心から慕っている。

 

 ――ルイシアラへの忠義の為なら、自分の命を賭けても構わない。――


 ルイシアラは「皆を護る為に、東の魔女の力が必要だ」と言った。

 彼女がそう言うなら、言葉を信じて疑わない。

 彼女がそう言うなら、身命(しんめい)()して東の魔女を護る。

 海底で立ち上がったファライドは上空を見上げながら、鮫から決して目を離さなかった。

 真っ直ぐ距離を詰めてくる鮫。

 迫る脅威に屈しないと決めたファライドは、最後の時まで来客を護る位置で鮫と対峙していた。


 ――ドスッ――


 血飛沫舞う波で、自分の頭が食われたと思ったファライドは、消えない意識に困惑した。

 彼女と鮫の間に割って入ったのはグレンだ。

 凶悪な笑みで鮫の胴体を蹴るグレンは、心底楽しそう笑っていた――。

 

 ――――――――――――――――――――


 これは献身的な彼女の物語。

 グレン(イレギュラー)の起こした行動で彼女の運命が変わる。

次回更新は2025/07/13を予定しています

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