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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第2章ー海中世界救済編ー
31/55

これは悼む王の物語

「うんうん!ようやく神ノ岬(カミノミサキ)が馴染んで来たね!」


 楽しそうに「クスクス」と笑っている顔立ちの整った青年の正面では、マゼンタが彼の出方を伺っていた。

 

「これはあくまで儀式なんだ。君に世界を塞ぐ役目を与えるには、岬に連れて来る必要があった。それに、抵抗されると困るからさぁ」


 世界が変われば常識も変化する。

 前情報無しに9番目の世界(アープ・エゲニス)へ訪れたマゼンタは、彼の出生や思惑を理解出来ずにいた。


 ――――――――――――――――――――


 9番目の世界(アープ・エゲニス)

 現存する世界の中で最も『神の手から離れた世界』。

 本来ならば、魂は肉体を離れると天上(ヒメル)へ還って行くが、9番目の世界(アープ・エゲニス)での魂の巡りは、世界の中で完結していた。

 神の干渉なくとも成立する様に創造された世界は、最も特殊で異質的な場所だった。

 加えて、特徴的な魂の構造が新たな理を生み出していた。

 理性と本能。

 1つの魂を『肉体を持つ理性』と『幽体を持つ本能』に分断した。

 そして、分断された本能を武器へと具現化したのが、国王の地位を与えられた除霊師の元当主。

 白髪の青年が持つ刀は、除霊師の力で作られた本能を持つ『妖刀』だった。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 降り続ける雪はマゼンタの肩に触れながら、「サラサラ」と足元へと落ちて行く。


「お前は俺の敵なのか?」


 考え無しに真っ直ぐな質問を投げかけるのは、マゼンタの癖だ。

 知略を巡らせない来訪者を不思議そうに眺めた青年は、お道化た顔で顎に人差し指を当てる。


「知らないよ。僕は()()の味方。彼女へ攻撃した外界の君達は全員嫌いだけど。うーん、君個人に鍵以上の興味は無いなぁ」


「知らないって……。さっきから言ってる『シオン』って誰の事なんだよ。それに俺の鍵って?」


 降り積もった雪を踏み固めて遊ぶ青年は、両手を後ろに組んで考えを巡らせている。

 そして、マゼンタへ同情的な視線を送ると、刀身の透き通ったガラスの様な武器をマゼンタへと向けた。


「外界の魂は僕らと巡る場所が違うから、その流れを追って世界を閉じる。ま、簡単に言うと――」


 マゼンタは切っ先が近付いて来た事を察知して、咄嗟に後ろへと動いた。

 白い息が斬り上げられるのを目撃した少年は、間一髪で攻撃を避けた事に冷や汗を掻いている。


「君を殺して、世界に終焉を迎えようって感じだよ」


「がっつり敵じゃねぇか……」


 彼等の周りは雪景色。

 先程まで遠くに見えていた火災は、面影を残さない。

 「空間がループする積雪からは逃げられない」と、覚悟を決めたマゼンタ。

 少年は注意深く彼を観察しながら、前傾姿勢で角材を構えた。


「じゃ、改めて。僕は妖刀『雪見』!それで、この悲劇の主人公が理性を司る『白望』」


 白装束の青年――雪見であり白望である彼は、優し気な微笑みを隠して、狂った瞳に一文字の口元を携えた。

 白望が振り切った攻撃は、刀を中心に吹雪を巻き起こしてマゼンタの元へと届く。

 吹雪に飲まれた少年は、裂傷を覚悟して歯を食いしばった。

 が、過ぎ去る雪は彼にダメージを与えなかった。

 痛くない。

 攻撃を受けたマゼンタは、戸惑いながらも白望へ向き直った。


「……雪見。また僕の邪魔をするの?」


 ガラスの刀へ語り掛ける白望は、自分の意志に反した武器へ苦言を呈していた。

 相反する本能を片手に持つ青年は「使えない」と呟いて、刀を地面へと突き立てた。


「子供相手だし手加減くらいしてやろうと思ってさ……馬鹿じゃないか、得体も知れない来訪者相手に」


 白望の前後の意見が定まっていない。

 あっけらかんと語る前半は雪見(ほんのう)の言葉で、慎重さを携えた後半は白望(りせい)の発言だろう。

 あべこべな彼は袖口から御札を取り出して、それを地面へとそっと置いた。

 

雷章光雷(らいしょうこうらい)


 地を走る稲妻がマゼンタの足元へと伸びた。

 角材を地面へ叩き付けて空中で1回転した少年は、回る視界の中で次の御札を人差し指と中指に挟む白望を見た。

 マゼンタは体が宙にある状態で、武器を青年へと投げる。

 天性の運動神経の良さで白望の腕に角材をぶつけた彼は、器用に地面へと着地した。

 そして、それと同時に白望の元へと駆け出すマゼンタ。

 姿勢を低くして走る少年に向かって、雪が吹き荒れる。

 だが、マゼンタは雪を意に介さず、青年の足元へと手を伸ばした。

 白望の真下へ滑り込んだマゼンタは投げた武器を取り戻し、彼の片足へ当てて重心を奪う。


風章旋風(ふうしょうせんぷう)


 白望は重ねた御札を握りしめて、その1つを消費した。

 巻き起こった風が白望を支えて、マゼンタの前髪を揺らす。

 咄嗟に目を瞑った少年の背中に痛みが走った。


「ッハハ!」

 

 マゼンタの背中を踏み潰した白望は、優位に立った事で少しばかり口角を上げた。

 だが、

 

「うおおおおお!」


 力任せに背中へ掛かる重みを跳ね返すマゼンタ。

 驚いた白望はよろめきながらも袖を探り、次に使う御札を手に取った。

 その隙をマゼンタは逃さなかった。

 「ザッ」と音を立てて、マゼンタが地面を蹴り上げて作った雪の煙幕は、白望の角膜へと貼り付く。

 片目に入った雪を擦る彼は、大きく横に回った少年の行動を見落とした。

 攻撃する時は静かに忍び寄れ。

 師匠から教わった基礎的な知識を基に、マゼンタは息を殺して武器を突き出した。


「ぐっ……!」


 脇腹を刺された白望は、腕を振って少年の姿を探した。

 勢い付いた腕は御札を宙へと投げ出す。

 運悪く、彼の撒いた御札がマゼンタの次手を(さまた)げた。

 移動経路を潰された少年は、白望の攻撃を警戒して距離を取る。

 相手の隙を自分の実力だと思わない事。

 そうシロから教わっていた少年は、追撃を諦めて青年の全身を視界に収めた。

 マゼンタの行動に無駄は無い。

 しかし、修行の成果を存分に発揮する少年の冷静さがここで(あだ)となる。

 苦しそうに背中を丸める白望は、ヘラヘラと笑い始めた。


「そうだった。僕って戦闘苦手だった……。あー惨めだな。雪見を頼らないと、子供にも見下されるんだ」


 唇を噛んで少年を睨み付けた白望は、先程手放した刀を拾った。

 途轍(とてつ)もなく傷付いた顔色で、遠くを見つめる白望。

 絶望を全て背負い込んだ面持ちで、彼は鍵を回す様に空中を撫でた。

 

「……?……かはっ!」


 数秒後に血を吐き出したのはマゼンタだった。

 白望から離れていたはずの少年は、遠方からの一撃に内臓を抉られていた。

 降り(しき)る雪は白望の領域。

 雪のエリア内で放たれた攻撃が、自分に届く事は想定すべきだった。


「がはっ!……はあっはあっ」


 マゼンタは肩で息をしながら、彼との力量差に震えた。

 切っ先で雪を削りながらマゼンタへと近付く白望。

 大量の血を失った少年は、時間稼ぎの為に炎の双蛇を召喚しようと詠唱した。


「地……を、巡り……ごぽっ」


 喉から湧き出る血流が、マゼンタの言葉を邪魔した。

 (したが)って、詠唱の必要な魔法を早々に諦めた彼は、最も得意な武器強化魔法を無口頭で発動する。

 だが、加熱と冷却を繰り返された角材は、炎魔法に包まれると塵へと変化した。

 武器と魔法を無くした少年の頭に、死の音が響き渡る。

 ぼやけた視界の中で光るガラスが、マゼンタへと突き刺さった――。


 ――――――――――――――――――――


 

「……ああ、早く帰らないとリアスが心配しちまうな」


 出口を探して彷徨うマゼンタは、真っ赤に燃える世界を歩く。

 凍傷も裂傷も刺創(しそう)も無い綺麗な体で、炎の中を巡っている彼は、死んだはずの肉体が無傷な事に驚かない。

 現実とは違うフワッとした意識が、怨霊(ギフト)を倒した時に見た幻想と酷似しており、マゼンタはここを『意識の世界』だと理解していた。

 

「溶岩か……流石に(あち)いかな」


 ドロドロと流れる赤黒い川の前で立ち止まった少年は「ヤレヤレ」と頭を掻く。

 来た道を振り返れば、変わらない景色が辺りに広がっている。

 変化を求めるならば、彼はここを進むしかなかった。


「あ、そういえば、ババアに押し付けられた石があったな」


 マゼンタは今の今まで存在を忘れていた石を、ウエストポーチから取り出した。

 彼はそれを両手で持ち、躊躇なく溶岩の中へと投げ込む。

 結晶の細かい石――玉鋼(たまはがね)は「トプン」と軽い音を立てて沈んで行った。

 波打ちを見たマゼンタは、溶岩がそう深くは無いと判断して、飛び込むべきかと悩んでいる。


「どれ、私が足場を作ろう」


 幽体の男性が地面に手を(かざ)すと、アーチ状の土橋が遠方へと道を作った。

 「どうぞ」と軽くマゼンタの背中を押した男性の気配は、次第に薄くなる。


「!?待ってくれ!」


 彼の体を現世に留めようとしがみ付いたマゼンタだったが、そこに彼の存在は一切無かった。

 男を掴もうとした両腕をわなわなと震わせる少年は、膝から崩れ落ちる。


 ――シクシク――


 遠くからする泣き声が、マゼンタの耳にハッキリと聞こえた。

 橋の先の小さな影を見つけた少年は、誘われる様にそこへと移動する。

 アーチの山なりを超えた所で、その影が『自分自身』だと気付いた。

 

 「アリアのお父さん……消えちゃった」


 心細そうに弱々しい言葉を紡いだのは、泣きじゃくるマゼンタの『本能』。

 透ける体の膝を抱きながら、溶岩の中へ座り込んだ少年は、橋に立つ自分へと顔を上げた。


「俺がリアスの忠告をちゃんと聞かなかったから……。怖かったんだ……俺が本当は弱いって知られちゃうのが」


 涙腺の崩壊した本能が流した涙は、溶岩を固めて彼の身動きを取れなくする。

 その中で、八方塞がりの本能は次々と言葉を吐き出した。


「俺は弱いんだ。リリィ様が亡くなって凄く不安で、ゼノさんが死んだことから目を背けて……リアスに失望されたくなくて!」


「………………」


 マゼンタは(さら)け出した本能を前にして、呆然と立ち尽くす。

 紛れもない自分の心根に掛ける言葉が無い。


「ぐすっ……本当は皆が怖くて堪らないんだ」


 嗚咽(おえつ)しながら涙を流す彼の言葉は、全て真実だ。

 マゼンタは10歳前後の子供にしては、大人びている方だ。

 だからこそ、内面に隠した本心は、年相応の悩みを抱えて苦しんでいる。

 大人を頼れない彼は、肥大した虚像で自分をひた隠しにしていた。

 等身大の自分。

 本能を前にしたマゼンタは俯き、拳を強く握った。


「………………」


 彼は自分に失望したのだろうか。

 静寂が訪れた燃え盛る世界で、マゼンタは大きく息を吸った。


「っわかる!めっちゃわかるぜ!その気持ち!」


「……へ?」


 自分からの共感に驚いた本能は、目を丸くして仁王立ちする彼を見上げた。


「俺すっげぇ不安だ!地に足ついてねぇっていっつも思ってるもん!」


 奥歯が見える程の大口で彼は捲し立てた。


「あっはは!お前は俺だから泣き虫なんだよな!」


 ボタボタと涙を流し始めたマゼンタは、触れることを嫌っていた溶岩に飛び降りた。

 膝程の深さがある溶岩を泥の様に掻き分けて、本能の前にしゃがみ込む。


「でも!それが俺だからさ!一緒に泣いてくれてありがとうな!」


「――いの?」


 本能は縋る様にマゼンタへと手を伸ばした。

 少年は本能の手を取って強く握り締める。


「泣き虫な俺が居てもいいの?」


「聞くなよんな事。弱い俺も含めて強くなるんだ!」


 ブワッと巻き上がった熱風は、本能の昂りを表している。

 マゼンタの手を握り返した本能は、小さく微笑んで名前を言った。


「俺は……妖刀『火炎クラウ』」


 名を明かした妖刀は光り輝き、その姿を変貌した――。


 ――――――――――――――――――――



「……はっ!」


 汗だくで目を覚ましたマゼンタは、土の匂いに驚いて跳び起きた。

 砂利まみれの手の平をズボンの裾で(ぬぐ)った少年は、ふらつく体を樹木で支えながら立ち上がる。

 その過程で、動かした足が鳴らす金属音で彼は下を向いた。

 マゼンタの傍に寄り添う形で置かれた1本の剣。

 

「クラウ……なのか?」


 初見の剣を持ち上げたマゼンタは、左右にそれを振って感触を確かめる。

 子供の等身に合った剣は、紛れもなく彼の所有物だった。


「おい、あいつ目ぇ覚ましたが大丈夫なのか?」


 乱暴な男の声を聞いて「ハッ」としたマゼンタは、神社の跡地を見上げた。

 目の前に広がるのは、雪に覆われる前の世界。

 老人が1人座っていた場所には、今や複数の人が居座っている。

 その中で際立って目を惹くのは、重たい狐の面に重心をズラされて傾く麗しい少女。

 仮面の隙間から覗く彼女の丸く綺麗な瞳は、眠りに付く老人へと向けられていた。

 少女の膝枕を受ける老人は動かない。

 力なく地面へ垂れた腕が、不自然に硬直していた。

 

「おや、変ですね。こうして鍵は作れたのに……。魂が2つ存在したのでしょうか」


 少女の隣に座っている目を瞑った若い優男が、不思議そうに首を傾けた。

 四角い板に凸凹の形状が付いたものを『鍵』と表現した優男。

 そんな彼の横に立つ小柄な赤髪は、男の頭を「ガシッ」と掴んで乱暴に扱った。


「ガキの中身ねぇんじゃねぇの?本能だけ残った抜け殻だろ?」


「彼は妖刀を持っていますから、違うと思いますよ痛たた」


 雑に頭を動かされてもヘラヘラと笑う優男は、ハンマーを構えた赤髪を制止する。

 マゼンタとの戦闘を望んでいる赤髪は、口を尖らせて優男を見た。

 

「屍音様の意向に従いましょう」


「けっ!俺らのまとめ役はお前だろ」


 じゃれ合う青年等を眺めていたマゼンタは、駆け寄る狐面の少女――屍音に気付いて警戒を強めた。

 彼女はフワフワとした優しい微笑みを咲かせて、身振り手振りでマゼンタへ意志を伝えようとする。

 が、マゼンタはその行動の意志が汲み取れない。

 少年の反応の無さに困った少女は、キョロキョロと辺りを見渡して助けを呼んだ。


「……白望を看取ってくれてありがとう」


 忍者の様に素早く木から飛び降りた少年が、少女の肩に手を置きながら彼女の動きを(やく)す。

 「うんうん」と頷きながら、マゼンタとの会話を少年に任せた屍音は、軽やかに老人の元へと戻って行った。


「もうすぐこの世界は終わりを迎えるから、早く行った方が良い」


 俯いてボソボソと喋る通訳の少年は、マゼンタを元の世界へと帰すゲートを開いた。


「あのご老人……白望さんは、俺の所為で死んじまったのか?」


「寿命。あの人は生き過ぎたから」


 そっけなく言う少年は、後ろを向いて老人を抱く少女を見た。

 愛おしい子供の様に白望の頭を抱き締める彼女は、慈愛に満ちた表情で彼の死を悲しむ。


「寿命であれ、きっかけは俺だ。俺がこの世界に来なければ……」


「悲しまなくても良い」


 声量の小さい少年は、凛とした態度でマゼンタの肩をゲートへと突き飛ばした。


「民の死を悼むのは、世界の王たる屍音の役目だから」


 ゲートを潜ったマゼンタの視界が、真っ黒に染まる。

 最後に鳴り響いた鍵の音で、9番目の世界(アープ・エゲニス)の物語は幕を閉じた。

 

 ――――――――――――――――――――


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 ――――――――――――――――――――

 

 これは悼む彼女の物語。

 光の柱から弾き出されたマゼンタは、強い眩暈を覚えてフラフラと立ち上がる。

 終焉を迎えた世界から帰還した彼の手には、その世界の名残が握られていた――。

アリアの父→「これは不穏な彼の物語」に登場した怨霊


次回更新は2025/07/06を予定しています

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