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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第1章ー始動編ー
21/56

これは妄言した彼の物語


 それは咄嗟に付いた嘘だった。

 町民の気を引くために付いた少年の小さな嘘。

 それは指導者を失った一月(ひとつき)の町を支えていた――。


 


 ハウサトレスの中心部にある交流館で、卓を囲んだ4人の若い女性がお喋りをしていた。

 楽しそうに黄色い声を上げる上質な衣類を纏った女達に囲まれたマゼンタは、心底バツが悪そうに肩の力を入れて縮こまっている。

 両手を胸の前で組み合わせて、おっとりとした表情を浮かべる黄髪のショートヘアの女が、気を張り詰めた少年へ笑いかけた。


「そう緊張しないでマー君。貴方は私達の家族でしょう?」


「えーっと、そ、う、ですね。イーサさん」


「きゃー可愛いマー君!」


 言葉に詰まるマゼンタを、ツリ目で化粧の濃い女が抱き締める。

 豊満な胸に顔を埋めた少年は、真っ赤になって抵抗するが、反対に座る茶髪で清楚な振りをした女性が、それとなくマゼンタを押し留めた。


「ちょっと止めてくださいアンナさん!エルマさんも背中を押さないで!」


 エルマと呼ばれた茶髪の女は、いたずらっぽい八重歯を見せると「あらごめんなさい」と謝った。

 マゼンタを取り囲む3人の女性を恨めしそうに睨む長身の女は、自慢の赤髪を掻き上げながら足と腕を組む。


「貴女達には恥が無いのかしら。マー君の気持ちも考えなさい」


 他の女性と同じく、マゼンタをマー君の愛称で呼ぶ彼女は、この中で最も高貴な女性に見える。

 何度も足を組み替えながら真っ赤な顔をする彼女は、その実仲間に入りたくてうずうずしている様だ。


「ほーうらリベカも見栄張ってないで仲良くしましょう?」


「う、うるさいわね!私はアンナと違って節度があるのよ!」

 

 イーサ、アンナ、エルマ、リベカの4人がマゼンタへと友好的な態度を取るのには訳があった。

 そして、その理由となる人物が、交流館の開け放たれた扉をノックする。


「リベカ、ストックの領主とは連絡取れたんか」


「……っ!ヤミ様!勿論ですわ!」


 男の登場に血相を変えて下手に出たリベカは、立ち上がってヤミの元へと駆け寄る。

 控えめにヤミの腕へと触れる彼女は、心底幸せそうな顔で近況の報告をした。

 そんな彼女を遠目に見る3人の乙女が、声を低くしてコソコソと話し合う。


「リベカが一番節度ないわよね」


「あーあ、私もトゥヤ商会の娘だったらなぁ」


「アンナは良いじゃない。王都にコネ持ってるんだから、いつでもヤミ様の気を引けるでしょう?」


 女達の嫉妬に挟まれたマゼンタが、どうにかヤミに助けて貰おうと必死に彼へと無言の圧力を送る。

 が、そんな少年に興味の無いヤミは、一通り話し終えるとその場を後にした。

 ここで取り残されてはいつまでも逃げることが出来ないと察したマゼンタは、なりふり構わず彼女等の拘束を解いてヤミの背中を追う。

 足の速いヤミの背中を掴もうとした少年は、手首を掴まれて宙を舞った。

 マゼンタは地面へと背中を落とした衝撃で顔を歪める。


「いって!」


 背後を取った少年を無言で制したヤミが、追い打ちを掛ける為に背負った刀の柄を持つ。

 容赦のない追撃に死の匂いを感じ取った少年は、片腕で頭をガードした。

 だが、覚悟していた痛みは、何事も無かったかのようにすり抜けた。

 道端に転がるマゼンタが腕を下ろすと、既にヤミの姿はない。

 歩く人々が呆然とする少年を心配して、通り際に視線を向ける。

 そんな眼差しを気にする余裕が無い少年は、太陽に向けて「ハハッ」と笑い声をあげた。


「ぜんっぜん見えなかった。やっぱすげーヤミさん」


 ヤミから一太刀も貰えない程弱い自分を悔いながらも、その心は尊敬の意に満たされていた。




 ヤミの帰還を期に向上した町の治安は、以前よりも活気を取り戻していた。

 王都から切られた交易もヤミの鶴の一声で再開され、目を離した隙に移民の問題も解決している。

 「交流のダシにされた」と腹を立てるシロは、文句を言いながらもユグレナと王都を行き来していた。

 一か月間町を支えた少年は、その役目を終えたが、修業に付き合ってくれる白猫が居ない為、鍛錬を休んで町を巡っては、困り事が在れば解決している。

 そして、そんな毎日に不安を感じるのが、未熟な少年の性だった。

 目まぐるしい日々を終え、考える時間を得たマゼンタは、先の戦いでの不甲斐なさを何度も噛み締める。

 元々彼がグレン達に付いて来た目的は、彼等の強さを盗んでリアスを守れるくらい強くなること。

 

「んでー私に戦いを教え()下さいと」


 ぐだんとリビングの窓際にだらしなく横たわる家の主は、欠伸をしながら猫の様に伸びをする。

 ブルブルと頭を振ったグレンは、乱れた髪に視界を奪われながらも胡坐を掻いてマゼンタに向き合った。


「ババアが俺に怨霊(ギフト)を操る悪魔を倒して欲しいんなら、協力してくれてもいいだろ」


 頼むのも癪だと言わんばかりに蕁麻疹(じんましん)を掻く少年は、敵対した目で姿勢の悪いグレンを見る。

 眠たそうに窓の外で遊ぶ記号を眺めるグレンは、数秒考え込んだ後にポンと手を打った。


「ああ、なるほど。クソガキはヤミへの指南願いに仲介しろと言ってんのか」


 図星を取られたマゼンタの耳が、真っ赤に染まり上がる。

 少年の悔し気な表情に、愉悦を覚えたグレンはニヤリと笑った。


「アッハハ!良いよ、その案に乗ろう。私の敵である君に、ヤミが真面目に指南するとは到底思えないが、最大限譲歩するように言いつけよう」


 兄のような純粋で醜悪な笑い声をあげるグレンを訝し気に見るマゼンタは、彼女の快い承諾に不信を募らせる。

 その不信は的中した様で、彼女は声量を下げて条件の交渉に移った。


「その代わり、クソガキにはアイツの内情を探って貰う」


「……?」


 急に真顔になったグレンが、引き出しの底に仕舞われいていた一通の封筒を取り出した。

 それを見ろと渡されたマゼンタは素直に、切られた封に沿って手紙を取り出す。

 ヤミ宛てに送られたそれは『即刻魔女(グレン)を殺害しろ』といった内容だった。

 送り主を確認しようにも、破られた手紙の端がそれを拒絶する。

 マゼンタは並々ならぬ違和感に首を傾げた。


「ヤミさんはお前の味方だろ?」


 妄信的な忠犬であるヤミが、グレンを害すると想像できないマゼンタは「うーん」と唸り声を上げる。

 が、当の本人はその不自然さを感じていないのか、当たり前の様に衝撃的な言葉を口にする。


「するだろ。アイツは私を殺すために用意された人材だし」


「はぁ!?あの態度でそれはねぇだろ!」


 意外過ぎる返答に、目を見開いたマゼンタの毛が逆立つ。

 グレンが傍に居るか居ないかでヤミの態度が急変する事を知っている少年は、有り得ないと左右に首を振った。

 

「お前が居ない時のヤミさん知ってんのか?完全な無の表情で冷たい眼ぇしてんだぜ?」


「機嫌悪い時は大概無口だろアイツ」

 

 マゼンタは先刻見掛けた彼の姿を思い返す。

 自分に好意を抱く女性陣と会っても、一切表情筋の動かない男。

 彼が笑顔を見せるのは決まって主が居る時だけだ。


「アイツの行動は全部不審なんだよ。私が知りたいのはあの男がどうして私の肩を持つのかだけだ」


「確かに、まあ、その前情報あったら意味わかんねぇ行動してるな」

 

 少年の同意を得られたグレンは、機嫌よくその背中を叩いた。

 交渉が成立したことを知らしめる彼女の態度に合わせて、マゼンタは頷く。

 剣術を学びたい少年と、疑念を抱かせる仕人の粗を探したい魔女の利害が一致した。




 噂の渦中にいる男は、2度のくしゃみをした。

 鼻を啜るヤミへ素早くちり紙を差し出した女性は、彼の体温を高めようと腕に寄り添う。


「風邪を引かれては皆困りますわ」


 潤んだ瞳で長身の男を見上げる彼女はとても美しかったが、ヤミの心には何1つ響いていない。

 あからさまな好意を示す女――イーサを一瞥したヤミは、彼女の手を振り払いながら交渉の席に堂々と座った。


『お前もイイ女連れてるじゃん。ま、ボクのヨレインの方が上質だぜ』


 ヤミの向かいに座り、足を机の上に投げた少年は、隣に控える色っぽい女を指した。

 口元にほくろのある女性――ヨレインは、少年の好意に怯えて全身を震わせている。


「女の話はどうでもええ。俺が聞きたいんは、お前が主さんをどうしたいかだけや」


 冗談の通じない男へ舌打ちを返した少年は、肘掛けに両腕を預けて偉そうに踏ん反り返った。

 少年の赤い瞳がヤミを捕らえ、不敵に弧を描いた。


 『目障りだから殺せって言ってんじゃん。あの女が何年ベルゼブブの器をしてると思ってる?未熟な器の癖に、ボクと同じ王座に居座ってるのが気に入らない』


 歯軋りをする少年の体が靄に包まれる。

 それは正真正銘悪魔の持つ『闇魔法』に違いなかった。

 脅威を目の当たりにしたイーサとヨレインが威圧感で気を失うが、ヤミにその効果は発揮されなかった。

 退屈そうに首を掻くヤミへ対抗心を燃やした傲慢な少年は、手袋の下に隠した真っ黒な肌を露出した。


「君達人間(ごと)き、いつでも消せることを分からせてやろうか」


「へぇー、ルシファーは僕を敵に回したいんだー」


 知恵の輪に苦戦しながら、彼等の間を陣取る兄さんは、いつからそこに座っていたのか。

 神出鬼没な彼は、無邪気な子供の様に金属音を鳴らす玩具に夢中だ。

 最凶の男の来訪に唾を飲み込んだ少年――ルシファーは椅子から立ち上がって兄さんとの距離を取る。

 兄さんの出現で交渉の優位に立ったヤミは、彼の前にぬるい茶を用意した。

 その茶を啜った兄さんは「もっと温かいのが良いな」と我が儘を言うが「熱かったら死にますやん」とヤミに正論を返される。

 自分を無視した平和的な会話を聞いたルシファーは、爪を噛んで悔しそうに兄さんを睨み付けた。


「貴方に逆らう気は無いですよサタン様」


 言葉とは裏腹な態度を取るルシファーに笑いかけた兄さんは、彼の肩に手を置いて耳打ちをする。


「グレンが死んだらこの国の王は僕に移り変わるよ。……僕より彼女の方が都合いいでしょ?」


 悪魔の囁きを受けた耳を両手で保護したルシファーは、苦々しい笑顔で顎を引く。


「……そうですね、貴方の言う通りです。おい!ヤミ!近々円卓の招集を掛ける。あの女を逃がすなよ」


 捨て台詞を残したルシファーは、気絶しているヨレインの腹を蹴って無理矢理起こした。

 腹部を抑えて少年の背中を追う彼女に手を振る兄さん。

 彼はとても機嫌が良さそうだが、その態度に目を下ろすヤミは不服そうだ。


「主さんになんて説明したらええねん」


「ふーむ、君の説得に期待しているよ!」


 投げやりでにこやかな兄さんは、知恵の輪を解き終わって席を立った。

 ルンルンと頭に音符を掲げながら通りに出た彼が、不意に上空から降ってきた花瓶に頭をぶつけて倒れ込む。

 その後はいつもの通りなので割愛しよう。

 光が僅かに差し込む暗い部屋に取り残されたヤミは、倒れたイーサの肩を揺する。

 意識を取り戻してそっと目を開いたイーサへ軽く口付けをしたヤミは、次の行為へ移ろうと彼女の服に手を掛けた。

 途端にイーサはその行為を咎める。


「ダメですヤミ様。私はマー君の気持ちも考慮したいのです。大人びた彼でも父親の愛情が必要なはずですわ!」


「……何の話や?」


 頬を染めた彼女の不可思議な発言に疑問を抱いたヤミは、苛立ちながら彼女から手を放す。

 地べたにペタンと座ったイーサは、胸の前に手を組んで彼を見上げた。


「マゼンタ君はヤミ様の実子なのでしょう?」


「どっから出た嘘やそれ」


 マゼンタ本人が言った事だと語るイーサの前で、ヤミは意味が分からないと頭を抱えた。

 根拠のない嘘だと説明する彼であったが、節操がないヤミの言う事が信じられないイーサは、涙を浮かべてマゼンタの悲劇的な物語を妄想する。


「勿論マー君は私にとっても大切な家族だわ」


 最愛の男が他所で作った子供でも愛そうと誓うイーサ。

 献身的な女に嫌気がさしたヤミは、彼女を残してその場を後にした。




 逆さに吊られた少年を見たグレンは、ついうっかりその口にコップの水を注いでしまった。

 ゴボゴボと喉を鳴らして(むせ)るマゼンタは、拷問の真っ最中なのだろうか。

 彼を吊った当人であるヤミは、主の出現に困惑して目を逸らしていた。

 

「マゼマゼは良い子だから干物にしちゃノーだよ!」


 少年を庇う為に両腕で×を作る記号は、その腕をヤミに向けて突撃させた。

 手のひらでそれを抑え付けながら、主の僅かに濡れた手を拭こうとタオルを差し出したヤミは、言い訳の言葉をグレンに向ける。


「ちゃいます。マゼンタが面倒な嘘を流布しとったから、問い詰めとっただけです」


「それは悪い子だな。記号、このガキは悪い子だ。水掛けてヨシ!」


「ゲボッ!いや助けろよ!」


 どちらの味方をすべきかと悩む記号は、キョロキョロとマゼンタとグレンを交互に見る。

 だが、グレン大好きな記号でも子供を苛める行為は許せないのか、ゴミの入った上着のポケットから見つけ出したハサミで彼の縄を解いた。

 受け身を取りながら床へと落ちた少年。

 修行の成果がよく見てとれる素早い動きの彼は、自分の僅かな成長には気付いていない様子だった。

 

「あ、そうだヤミ。このガキに剣術の指南をしてやれ」


「ええですけど、うっかり殺すで?」


 空気を一切読まない主は、足に絡まった縄を取る少年を親指で指しながら仕人へ命令をする。

 無茶な命令に慣れているヤミは快諾するも、不穏な言葉を付け足していた。

 その提案が許せないグレンは、左右に首を振って否定する。

 

「お前の師が誰だか知らんが、同じように鍛えてやれ。独学じゃないんだろ?」


 さり気なく過去を探るグレンの質問を受けたヤミは、遠くを見つめる目でマゼンタの方を向く。

 そして、困った顔で刀へと視線を下げたヤミは、どうにでもなれと諦めた様子で目を瞑った。


「1日1回俺を殺しに来い。後は自分で考えろ」


「えっ……はい!よろしくお願いします師匠!」


 ヤミの師は雑な人間だったと想像できるが、それ以上の情報は得られなかった。

 ジト目でヤミを見るグレンとは対照的に、キラキラと輝く瞳を彼に向けたマゼンタは、やる気一杯の様子で拳を握っている。

 なんだか楽しそうという理由だけで、少年の隣で同じように拳を握る記号はこの空間の癒しだった。




 そんな彼等の住まう表から反転――裏の世界は異質な程静まり返っていた。

 生き物が存在しないその空間が静かな事は当たり前だが、砂の流れる音のみだというのも可笑しいだろう。

 明らかな消失に気付かない世界は、今日も静かな眠りに付いた――。


女性キャラが増えましたが覚えなくて良いです

私も覚えていません


次回更新は2025/05/18を予定しています

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