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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第1章ー始動編ー
16/46

これは奔放な彼の物語 2/2


「勇者様、どうぞこれも持って行ってください」


「こんなに沢山……!ありがとう!」


 ブルの両腕は、町の人々から分け与えられた食物で埋まっていた。

 馬車の移動に始まり、屋根の施工に終わった彼の慈善活動は、ひと段落した様子だ。

 大量の荷物を抱えた優男の袖が、荷物の重みで捲れ、虹色の肌を露出する。

 町の子供達は袖を捲って腕を差し出すと、彼の腕と見比べて自慢げに鼻を鳴らした。


「へへっ!俺も勇者様だぜ!」


 「俺も!俺も!」と集る子供は、皆揃ってカラフルな腕をしている。

 だが、多色で表された彼等の落書きは、ブルの腕と比較すると劣って見えた。

 波打つ水面の様に色が(うつ)ろう本物の腕と比べると、違いは一目瞭然だったが、彼等は勇者とお揃いであることが嬉しいのだろう。

 そんな無邪気な子達を、ブルは暖かな笑みで歓迎した。


「僕も皆と同じで嬉しいよ」


 優しい彼からの言葉に一同は目を輝かせて、更なる要求をする。

 遊ぼうと誘う純粋さを前に、その気になった勇者。

 彼は、手持ちの荷物を魔法陣の中へと収納すると、居合わせた子供全員と遊び始める。

 ブルは氷魔法で坂を作り上げ、風魔法で彼等をその上へと運んだ。


「さあ!勇者諸君!どんな方法でここを下りたいかな」


 クルーズの船長の様に、彼はお道化た態度で子供達に選択を委ねる。

 1人が「飛んでみたい」と言うので、彼はそっと子供の体を風で包み込んだ。

 1人が「坂を貫いて降りる」と言うので、彼はその勇敢なる子に炎の剣を捧げた。


「流石は勇者様だな」


「ああ、俺も詠唱無しで魔法を使ってみたもんだな」

 

 遠巻きに子供を見守る大人達は、ブルの偉大さに感嘆の声を漏らした。

 精霊に囲まれて朗笑(ろうしょう)する彼には、類稀なる才能――固有魔法があった。

 ブルが魔法を放つたびに発色する腕の入れ墨。

 植物の蔦に似通った形状のそれは、使う魔法の種類で色が変化した。

 『集約(アグリゲーション)』は、他人の力を授かることのできる特別な魔法だ。

 そして、もう1つ。

 彼とは切って離せない特別が存在する。

 それが発揮されたのは、子供達が遊び疲れた頃だった。

 別れの挨拶として、子供達がブルとハイタッチをしている時、彼は危険を察知する。

 ブルは、目にも止まらぬ速さで背後に回っていた子供等を1人残らず前側に抱えると、土の防壁を作り出した。

 空から飛来した数多の槍は、防壁を壊しきる(すんで)の所で停止する。

 粉塵に視界を奪われた保護者達は、子供の安否を心配して大声を上げた。


「安心してくれ、皆無事だ。僕の魔法で守られているから大丈夫」


 塵を風で飛ばしながら、勇ましく片腕を広げるブル。

 彼の言葉を聞いた彼等は揃って安堵し、逃げることを忘れて彼を称えた。


「こらこら、状況が分からないから避難して」


 焦ることなく淡々と避難を促したブルは、周囲の安全を確保した上で、大規模な魔法を放つ。

 彼が片目を閉じて耳を澄ますと、無属性魔法が町全体の音を拾った。

 反響した音が地形を点々と映し出す。

 音波の跳ね返りの多い城付近は、その情報量の多さから白飛びした様な印象を受けた。

 漠然としたイメージを受け取ったブルは、城を目視すべく、跳び上がって屋根を駆け足で伝った。

 走る最中、彼は上空に数え切れないほどの紫の矢を生成して放つ。

 「ヒュン」と軽々しい音を立てた矢は、人を圧し潰そうと目論んでいた瓦礫を宙で止めた。

 その一方で、人体へと直接向かった矢は、彼等の傷口を包み込んで血流を押し留める。


「……うっ」

 

 拒絶の声を漏らし、広場で足を止めたブルは蒼褪(あおざ)めて、魔力を練り直した。

 彼が見た光景。

 広場へ大きく引かれた血液は、1人が道を通れる程度の広さだ。

 その血は喉を斬られた者や、胴体から腸をはみ出させた者から流れている。

 そして、彼等は共通して、抉る様な傷口を持っている。

 刃物ではない痕跡を目にした彼は、親友の顔を思い浮かべて唇を噛んだ。

 

「……さっきまでご機嫌じゃなかったか」


 いつ、彼の機嫌が損なわれたのか。

 絵画の出来を喜んで笑っていた白衣の男は、この道の先に居る。

 そう確信して、眉に皴を寄せるブルは、勇者らしくもない舌打ちで兄さんの行動を非難した。




 そんな勇者が見つめる先に、彼は当然の如く町を闊歩(かっぽ)していた。

 今日はどんな買い物をしようかと考える様な軽やかな足取りで、手の届く範囲の人々を手刀で引き裂いた。

 兄さんは汚れた手の先を舌で舐めて、高く(そび)え立つ城を見上げる。


『あーあ、もう気付いちゃったのかー』

 

 彼は後ろを振り返ることなく、勇者の魔力を感知する。

 兄さんの後頭部を狙った矢は、全身を包み込む様に霧散して、念の力を増幅させた。


『はぁー。なんだよ、鬱陶しいな』

 

 足や腰に付いた紫の鎖を恨めしく眺める彼は、両腕をダランと下げてため息をつき、ミシミシと音を立てる下半身に構うことなく、進もうとした。

 

 ――ポキッ――


 そんな軽い音を立てながら、簡単に折れたのは彼の背骨。

 兄さんはわしゃわしゃと髪を搔き乱すと、怒りに満ちた瞳で、通りにあるガラス細工を見つめた。


『あー!もう!交代!着いたら起こして!』

 

 歪曲した自身へと会話を試みる彼の行動は、取り巻く人々の好奇の目に映った。

 兄さんがフッと目を瞑ると、そこに立ち込めていたはずの淀んだ気配が鳴りを潜める。

 静かに姿勢を持ち直した彼は、普段の狐目を取り戻ていた。


「わーん!痛ーい!全く僕は無茶ばかりするんだからー」


 彼のふざけた態度は変わらない。

 それ故、性格が一致したそれを見分けるのは、至難の業だろう。

 表裏をスイッチした男は、取り出した工具で、腰に巻き付いた拘束具を無理矢理引き剝がした。

 だが、その動きの何とも不器用な事か。

 貼り付いた紫を取り除こうとしたであろうその動きは、自身を引き裂いてドロドロとした血を流させた。

 しかし、彼はそんな些細な状態を気にも留めない。

 勇者に追われる現状は、彼の不幸さなら当然あり得る事だった。

 そして、世界から嫌われた男は、目的を果たすべく、のろまな体を鼓舞して城の入り口まで迫る。


「悪魔め!許可なく城内へ立ち入ることは許さん!」


 兄さんは、月並みな言葉を述べる門番の手持ちの剣を奪う。

 反転した切先は、持ち主の腹部を貫いた。

 倒れ行く男の対面では、呆気に取られたもう1人の門番の姿があった。

 状況を掴めない兵士。

 その男は、門番の矜持で反射的に兄さんへと剣を振った。

 悪魔と呼ばれた男に、体重の乗っていない咄嗟の攻撃が効くとは思えなかった。

 が、不恰好に体重の掛かった斬撃は、その意に反した重さを発揮する。

 これを好機と捉えた兵士は、1撃目が決する前に次の攻撃に踏み入った。

 そして、2度割かれた兄さんの体から、大量の血が噴出した。

 それは地面へと広がり、石畳の溝に沿って流れる。

 

「何故……避けないんだ……?」


 彼が悪魔であることは、周知の事実だった。

 いつだって世界を崩壊させ得る彼は、御伽噺(おとぎばなし)の様な存在だが、それを語った勇者の言葉を疑う者は居ない。

 にこやかで不健康的な彼は、悪魔に違いなかった。

 だが、そんな最強とも呼べる過去の遺物が、一介の兵士の攻撃でダメージを負うとは思えない。

 驚きで動きの鈍った門番に、彼はお得意の狐目で笑いかけた。


「だって、避けても意味が無いでしょー」


 そう言いながら、兄さんは門番の横を素通りする。

 不審者の侵入を許せない兵士は、再び白衣の男へ剣を振るった。

 背中に深い傷を負った彼は、痛みなど感じないのか、そのまま一直線に、国王陛下の御前までひた歩く。

 しかし、道中の兵士がそれを止めない訳もなく、裂傷が次々と彼を覆った。

 何度傷付いても歩みを止めない男。

 言い寄れぬ恐怖を覚えた兵士たちの士気は次第に下がってゆき、遂に兄さんは陛下の目前まで迫った。

 国王は玉座に鎮座したまま、人の形を保つのがやっとな彼を見下ろして嘲笑する。


「最も恐れられた悪魔の何たる姿か。これ程までに簡単に殺せるなら、今すぐにでも息の根を止めてやろう」


「フフフッ、ダメだよー。君を殺すのは僕なんだから、君に殺されてからじゃあ遅いでしょ?」


 血液の中で笑う彼は、王を見上げてクスクスと笑う。

 不気味な雰囲気を纏う兄さんを取り押さえる様、王は片手を上げて兵士に指示した。

 居合わせた兵達は、数人で彼を拘束すべく手を伸ばす。

 「ピシッ」とラップ音が鳴った瞬間、兄さんに近付いた彼等は手先から凍り付き、雪となってサラサラと落下した。

 不可解な出来事を前に、眉を顰めた国王は、自身の危うさに気付く。

 が、時すでに遅し。

 兄さんが作り出した魔法陣は、王と兵士を遮断する様に展開されていた。


「彼の国の様に王座を狙う……か。貴様の望みは何だ?金か、地位か。交渉次第では譲歩せんでもない」


 最高位の男からの怪しげな質問に、兄さんは真剣に考え込んだ。

 「うーん」と顎に手を当てながら空を見上げる彼は、本気で望みを叶えられると勘違いしているのか、楽しそうに口角を上げた。

 時間稼ぎのつもりで投げかけた質問が、こうも熟考されるとは想定していなかった国王。

 彼は兄さんの目を盗み、背後のタペストリーに掛けられた魔法障壁を解いた。

 鎧を身に纏った近衛兵がそこからゾロゾロと這い出し、兄さんを取り囲む。

 彼等は目配せをしながら、悪魔を倒すべく陣形を作り出す。


「あ、そうだ。どうせ君を殺すなら自決して貰おうか。……て、あれれ?」


 何処からともなく現れたナイフの柄を国王に差し出す兄さんは、そこでようやく形勢が逆転している事を知った。

 王の周りで護衛を務める兵士たちは、兄さんの攻撃範囲を測るべく、火球を辺りに漂わせる。

 兄さんから半径1メートルほどに寄った魔法は、その場で温度を反転させて姿を変えた。


「いてっ」

 

 雪玉を顔面に受けた兄さんは、鼻を真っ赤にさせながら、肩を竦めた。


「んなー、バレちったかぁ」

 

 特段、残念がる様子もなく、兄さんはケタケタ笑う。

 能天気な来訪者の手の内を明かした兵士達は、複数人で作り出した強大な魔法を、彼の体に叩き込んだ。

 威力の強い魔法は雪へと変化する間も無く、兄さんの体を貫通して、その役割を終えた。

 衝撃を受けた中心部は、煙が立ちこめて様子が分からない。


「次手に備えろ!国王をお守りするのだ!」


 一際装飾の多い着衣の兵は、周りの士気を保つべく緊張した声で命令を下す。

 暫くして、視界が晴れる。

 彼等に守られた国王は、古の遺産を吟味するべく、褐色に染まった白衣を見下ろした。

 どれだけ負傷しても、笑顔のまま表情を崩さない彼。

 兄さんは反撃もせずに膝をついている。


「お待ちくださいブブラス陛下!」


 晴れやかに響いた声の主は、誰もが知る『勇者』その人だった。

 日差しを背中に乗せた彼は、少年に肩を貸した状態で、対立する2人の間に割って入る。

 勇者に連れ添われた少年を目にした兄さんは、親しげに、それでいて他人へ向けるような関心を示した。


「アハッ!生きてたっ……ハハハッ、マジかよ、さっすがブルだねぇ……アッハハハハ!」


 らしくない笑いが込み上げて来た兄さんは、片手で顔面を覆って胴体を横へと傾げる。

 露になった奥歯は、彼が大きく口を開いて笑っているから見えるのだろう。

 悪魔のような笑い声は部屋全体に響き渡り、地震と錯覚するほど他の者の膝を震わせた。

 ひとしきり笑い終えた兄さんは、一転して普段見せない真顔でじっとセルンを見つめる。


「心臓を潰しても治せるんだね。良いことを知ったよ。それなら……を殺さなくて済むね」


 そう言って国王へ向き直る兄さん。

 淀んだ瞳を捉えた男達が彼に脅威を感じるのは、致し方の無い事だった。

 王の傍へと仕えていた兵士は、反射的に魔力を練る。

 命の危機を前にした王は「悪魔め」と無意識に発した自分の言葉で聴覚を満たした。

 

「っ待て!止めろ!それを殺すな!」


 緊迫した状況下で、誰よりも声を荒げたのはブルだった。

 兄さんは、親友の声を耳に残そうと静かに目を閉じる。


「……少し遊びに行くね」


 ――ドゴオオン――

 

 城を倒壊する威力を持った魔法が、兄さんに命中した。

 柱は崩落し、膨張した空気が決して狭くない通路から外へと勢いよく噴出する。

 土埃が舞う中で、防御魔法に包まれた兵士等は、国王を気遣う様に辺りを警戒した。

 一方、ブルの周りには土埃どころか、空気の淀みすらない。

 

「陛下!僕の声がする方へと移動してください!」


 咳き込む少年を抱き上げたブルは、最も高貴な彼を危険な場所から遠ざけるべく、言葉を投げた。

 どこを目指しても行手を阻む城。

 下手に動けば、建物の下敷きになるだろう。

 しかし、ブルにはそうならない絶対的な自信があった。


 

 

 最も世界に愛された男――『幸運』の固有魔法を所持するブルは、此度の騒動においての死者を最低限に抑えた。

 迅速な人命救助、危険な場所から人々を遠ざけた結果、死者は1人のみ。

 最凶の悪魔と呼ばれた男だけを失った世界は、甚大な損害を抱えて、この先の政権争いを加速させることだろう。

 そして、争いを起こさせないために勇者が為すべきは、責任を全て被る事だった。

 使命を帯びた勇者は、エタ・アルテミを離れる事が出来ない。

 それこそが兄さんの策略であったと気付く頃には、彼の目的は果たされているだろう。


「すまない……」


 誰に伝えた言葉なのか。

 空を見上げたブルは、遠い世界に行ってしまった彼を悼んで拳を強く握った。



 

 これは奔放な彼の物語。

 死んだ男の行き先は――。

次回更新は2025/04/20を予定しています

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