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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第1章ー始動編ー
12/46

これは決意する彼女等の物語

 詠唱するリアスの背後に影が1つ。

 ――記号様どうかご無事で――

 彼女の願いも虚しく、影はその小さな体に鈍器を振り下ろした。



 

 マゼンタが周りを見ると、怨霊(ギフト)が結界にその不安定な体を擦り付けながら、生命に手を伸ばしていた。

 世界の裏側。日の光が届いていないはずの空は絶えず淀んだ紅から藍移り変わり、たびたびその表情を変化させる。

 「随分と、この世界に慣れたものだな」と思いながらマゼンタは地面に座った。

 草1つ無い地面には、大小様々な石が転がっている。

 川もないこの空間に、何故砂があるかは知る由もない。

 

「魔法使いを見つけたら、何処を攻撃するべきだと思う?」

 

 砂地に直接座り込むのが嫌なのか、質問をした当人であるシロは、風魔法で体を宙へと浮かせて、風に肘をついた。

 彼からの問題に、少年は暫し考え込んだ。

 シロの様に宙を浮遊する魔法使いの足を潰しても、差したる効果は無いだろう。

 喉を切ってもシロならば無口頭で魔法を紡いでしまう。

 シロが「心臓を狙う」なんて当たり前の答えを求めているとは思えなかった為に、マゼンタは自由に魔法陣を作り出す腕を差して言う。

 

「魔法の媒体が杖や指ですから、腕を狙うべきです」

 

「指が無くとも魔法は使えるよ」

 

 「身体に頼ってると思われるのは心外だ」と不貞腐れた態度の白猫は、腕を組みながら自身の背後に複数の魔法陣を是みよがしに生成した。


「杖や指などの棒状の物は魔力を集中させる為の的として優秀なだけだよ。無くても問題ないが練度が低ければ魔力の消費量が増えるだろうね」


 シロは「詠唱も同じく魔力消費を抑える為だ」と続ける。


「人間も獣人も、前提は思考ある生命に過ぎない。『魔力は意志に宿る』と聖典に書かれている通り、思考を潰せば魔力は自ずと消滅するよ」


 顳顬(こめかみ)を人差し指で押さえながら、シロは「ここを狙え」と言う。

 思考を行う脳を狙えば、魔力そのものにダメージを与えられる。

 

「魔力が『意志』に宿るなら、思考力の乏しい怨霊は一体何で出来ているんですかね……」

 

 マゼンタは、シロが創り出した結界の外で蠢く彼らを見る。

 シインフットで最後に見た怨霊は、心なしか人の形を模倣していた。

 今、結界の外でこちらを品定めしている怨霊は、初めて見た靄に近い個体と似通っている。

 同族を殺すことで強くなる生物。

 同族を吸収すればするほど人の形に近づく化け物。

 そこでマゼンタはハッと息を呑んだ。

 

「……怨霊自体は純粋な魔力源で、魔力を増やすことで人に成ろうとしている?」

 

 少年の確信に近い発言にシロは「早計だろう」と考えを否定した。


「人は神が創造した物だよ。人体錬成なんて絵空事だね」


 マゼンタは再び澱む彼らを見た。

 意志があるのかないのか判別出来ない化け物達は、2人の会話を盗み聞くかの様に、絶えず結界に体を擦る。

 人を求め続ける怨霊に、底知れぬ恐怖心を抱いたマゼンタは、心の拠り所である幼馴染を思い出していた。


 


 「ドガッ」と鈍い音が聞こえた。

 聞こえたと言うには余りにも耳の奥で鳴り響くその衝撃に、リアスは倒れ込む。

 後頭部から流れた血は、倒れ込んだ反動で近くの岩場へと飛び散った。

 

「殺してやる!仲間の仇だ!」

 

 叫ぶ女の声は、リアスの背後から聞こえた。

 リアスは叫び声を上げる冒険者が、記号の術中に嵌った女だと察して、記号を横目で見た。

 意識を失った記号は、固有魔法を維持できていない。

 いつだって大量の魔力を放出し続けている彼女の魔力が、嘗て無い程静まり返っている。

 頼みの綱であった魔法に見放された彼女等に撃つ手はなく、怪我の状態が逃亡不可だと表していた。

 遠くから聞こえる野蛮な声は、周りを囲んでいた馬車に乗り合わせた彼等の仲間だろう。

 道を逸れて大きく横転した荷台が浅い川に顔を突っ込んでいる。

 荷台の破れた布が、流れに沿ってゆらゆらと泳いでいた。

 リアスはそれを見て、「羽衣が風を受けて旗めく様だ」とボーッと眺めていた。

 生き残る為に思考を巡らせなければならないのに、衝撃を受けた頭が思考を鈍らせている。

 虚な思考の中()()()()()()()()()()()()()()()()()()と気付いたリアスは、それを探す為に熱を帯びた頭を動かした。

 ふとリアスの視界に入った女は、今に仲間が助けに来ると安堵した様子で崖の上を眺めていた。

 彼女の予想通りに、近付く足音はバラバラと不規則に鳴り響いていた。

 

「大丈夫か!ローズ!」

 

 リアスを殴った女性はローズと呼ばれていた。

 「ここから無事に生き残れたらギルドで彼女を告発しよう」と思うリアスは、尚も動けずにいる。

 少女は「ギルドと言えばマゼンタが行きたがっていた場所だな」と静かに笑った。

 優しくて勇敢な幼馴染は、今も修行に精を出しているだろうか。

 彼が強くなろうと努力するのは、いつだって自分が頼りないからだと少女は涙を流した。

 

「……ごめんなさい。ちゃんと貴方に守って貰えなくて」

 

 儚く弱々しい自分が嫌になる。

 少女は最後の力を振り絞って、誰にも聞こえない様に小声で詠唱を始める。

 助かる見込みがないのであれば、仲間だけでも確実に助けよう。

 女神の加護があれば、きっと記号の命を救えるだろう。

 「それに賭けるしかない」とリアスは力無く微笑んだ。

 

「子供の口を塞げ!」

 

 詠唱に気付いた男が、リアスの口を押さえ付ける。

 大人の手は少女の顔に覆い被さり、鼻と口を完全に塞ぎ切った。

 呼吸の術を失ったリアスは苦しそうに眉を寄せたが、諦めに至ったのかすぐに力を抜いた。

 

「面倒だ!そのまま殺してしまえ!」

 

 男の低い声を背景に、抵抗の意を喪失したリアスは構わず空を見上げる。

 いや、正確には崖の上だろうか。

 リアスは逆光で影に見えるそれに目配せをした。

 影はリアスの合図に合わせるつもりはないと、急激に冒険者へと距離を詰めた。

 リアスの視界から影が消えた刹那、砂利を踏む一つの音が聞こえたと同時に声が減った。


「なんだお前……!」

 

 冒険者の短い声はすぐに刀を振る音で掻き消された。

 一回、二回と風を切る音と同期して人数は減っていく。

 終ぞ、敵は1人となってしまった。

 リアスの口を押さえていた男はようやく事態の深刻さに気付いたのか、少女の体を上半身だけ持ち上げて行動の主を見た。

 

「こいつがどうなってもいいのか!」

 

 男の月並みな言葉と共に、リアスへ影が覆い被さった。

 ヒュッと軽い音が冒険者の喉を切り裂き、少女の頬に返り血が混ざる。

 冒険者の脅威となった男は、座り込んだリアスを興味なさげに見下ろしてる。

 

「記号怪我したん?」

 

 怪我の状態はどちらも変わらなかっただろうが、彼が気に掛けたのは記号のみだった。

 主人の大切な友人。ヤミはリアスに気を使う事なく記号の体を抱き上げた。

 

「何や、バチバチするな」

 

 怪訝な表情で記号を一瞥しながら、男はリアスの方へと向き直る。

 

「ヤミ様、どうしてここがわかったのですか?」

 

 一瞬で冒険者を屠った張本人――ヤミは口角を下げてリアスを見下していた。

 

「何でって、お前が羽衣残して行ったんやろが。馬車の行き先が分かる様にわざとやったんやろ」

 

「え?」

 

 言われてみればいつの間にか自分の肩には羽衣が無く、ヤミがそれを持っている。

 リアスが母から受け継いだ、命よりも大事だと言っても過言ではない羽衣をそう簡単に捨てる訳が無かった。

 

「女神がそうしたのでしょうね……」

 

 女神はリアスが死んでしまわない様に弄したのだろう。

 「クスクス」と頭の奥で笑う女神を突き放す術は、リアスに無い。

 俯く少女を放って、ヤミは記号の荷物を探して辺りを散策している。

 

「あ、あったあった」

 

 記号に渡した貨幣と切り裂かれた目隠し。

 それらを探し当てたヤミは、その場から動かない少女に向き直る。

 

「ええ加減町戻るで……って泣いとるんか」

 

 むせび泣く声と滴る涙に気付いたヤミは、面倒くさいと言わんばかりに大きなため息をつく。

 

「私はまた何も為せませんでした。……記号様を救う事すら出来ずに何が巫女ですか!」


 リアスは砂利を握りしめて、更に俯いた。

 

「ニケが笑っているんです。私の意思は必要が無いって……。私はっ私は……どうして同じ」

 

「どうでもええけど、記号の傷直せんから先に町行くわ」

 

 リアスのシリアスなセリフを切って、ヤミは医者を探しに踵を返してしまった。

 なんて冷淡な人なのだろうと呆気に取られつつも、リアスは1人になるまいと膝に力を入れて立ち上がり、そのあとを追うことにした。


 


「記号さんの復活なのだ!」

 

 「カランコロン」と鳴り響くドアの軽快な音と共に、記号は勢いよく外に飛び出した。

 切断された目隠しは長さこそ変われど、目を隠す事に支障はない。

 意気揚々と歩みを進める記号には、先ほどの悲劇など無かったかの様だ。

 

「ヤミヤミー!お花屋さんあった?」

 

「知らんけど、先に探しとったんちゃうん?」

 

 「何をしていたのか」と言うヤミに対して、自信ありげに「飴を食べてた!」と答える記号。

 ここで本来の彼女等の目的を明らかにするべきだろう。

 3人がこの町に来た理由は2つ。

 どうしても花が欲しいと言う記号の要望に応えるため、そして怨霊の被害が二度起こらない様にリアスが結界を張る為である。

 花屋へと着いた記号は余った金貨を全て使い果たして、持ち切れぬほどの花束を購入した。

 

「えっ俺が持つん?」

 

 記号に持てと急かされたヤミが嫌そうにしているが、他に運べそうな人が見当たらないので致し方なく荷物持ちになった。

 ヤミは視界不良の中、記号の地面を鳴らすような足音と鼻歌を頼りに歩みを進めた。

 

「あの、そこへは行かない方が賢明かと……」

 

 記号の手を引いて足を止めたのはリアスだった。

 舗装されていない広い獣道は記憶に新しく、冒険者等と争った場所へと繋がる道だ。

 

「いいのいいの!こっちで合ってるから!」

 

 いつものように歯を見せて笑う記号の顔に、影が掛かっている。

 口は笑えど、目が笑っていない。

 リアスが「どうして」と目で訴えると顔を背けて語りだす。

 

「私の魔法は人を傷つけちゃうんだー。魔法とかよくわからないんだけど、グレグレがそう言ってたから。今回もさ、私が魅了しなければ事故も起きなかったと思うの」

 

 記号の体が夕日に照らされて、リアスの方へと延びる影が濃くなる。

 

「記号さんあんまり考えるの上手じゃないから、今は私を好きになった人達の死を悼むことしか出来ないんだ」

 

 記号の言葉を聞いたリアスは、両手で口を覆う。

 彼女も自分と同じ様に、無力であることを嘆いているのだと分かったからだ。

 力不足なのは自分だけではないと安堵したと同時に、悲しみが倍増して押し寄せた。

 

「記号さんを好きになった人達にも大切な人が居て、残った人達が悲しんでるの」

 

 そろそろ件の場所に付く頃合いあろうか、馬車の部品を分解して回収する人々が目に映った。

 冒険者たちは限りなく悪に近い存在だったが、その人生全てを語るには足りない。

 彼等の知り合いらしき人々が、悲しみの声を上げながらその遺体を運んでいた。

 そんな人々を横目に、記号は花束を道の隅の方へと添えた。

 しかしながら、ヤミの手元には未だ多くの花が残されている。

 リアスが「残りはどうするのか」と記号に問うと、苦虫を嚙み潰した様な顔で言葉を吐いた。

 

「……私はいい人達も殺しちゃったから」

 

 少女は彼女の過去に踏み入ろうとは思わなかった。

 普段明るく振舞う彼女は、大きな罪を背負って生きているのだろう。

 リアスは振り返り、ストックの町を見る。

 物流で盛り上がるこの町も、悲しみを乗り越える為に明るくあるのだと確信した。

 笑う声、騒ぎ立てる人々、夜に向けて街灯が町を照らしていた。

 俯いてばかりでは前に進めないと、リアスは先に生きる者達から強さを知った。

 

「私も同じです」

 

 リアスからの意外な返答に、記号は目を見開いて振り返った。

 

「自分の事ばかり考えて、責務を果たさず人を殺しました」

 

 暗闇に溶け込んだ瓦礫へ触れながら、少女は眉に力を入れる。

 

「罪深き私が為せるのは、未来を思うだけ……」

 

 心を決めたリアスの足元から、白い光が沸き上がった。


「祈りましょう。これから先、生きる人々が幸せであることを」

 

 人魂の様な白く淡い魔力がリアスの周りから、町全体へと飛び立った。

 空へと向かう最中、それは透明へと変化して上空に視認できない魔法陣を作り出す。

 

「悠久の時を刻む神に乞う。現の導となり、夢を昇華せん事を。戦神の灯(ニケ・ルミナス)

 

 詠唱を終えたリアスは精気失い、その場に倒れ込んだ。

 間一髪、彼女を支えた記号は瞬きをして、魔力の放たれた空を見上げた。

 上空には一切の変化が無く、記号はリアスの為した意味が理解できなかった。

 

「終わったんなら帰るで」

 

 「やっと主の元に戻れる」と喜んだヤミそう言い放った。



 

 馬車を使っての移動は案外遠いものだと、ヤミは苛立っていた。

 自分が街に居ない間のハウサレストは「混沌」と言って差し支えない。

 自分の主人に生活感が無い事は承知の上だが、その他の面倒まで見ないといけないのが厄介なところだ。

 玄関先で馬車から飛び降りたヤミは、一直線に主の元へと駆け寄った。

 

「ただいま!主さん愛してるでぐひゃ!」

 

 勢いあまって抱擁を求めるべきでは無かった。

 グレンが反射的に差し出した膝蹴りが、ヤミの鳩尾に見事命中。 

 

「……ごめん」

 

 この家ではよく見る流れではあったが、手加減をせずに蹴る事はそうそうないので流石のグレンも申し訳なさそうに縮こまった。

 

「いや、今のは俺が悪かったです」

 

 柄にもなく敬語になる辺り、ヤミには相当なダメージが入っているのだろう。

 そんな、日常的な会話を聞きつけて、修業を終えた男2人が入室した。

 

「えっダサ」

 

 心を抉ることに定評があるシロは、ここぞとばかりに罵った。

 その横で「大丈夫ですか」とヤミへ駆け寄るのは心優しい少年。

 

「皆ただいまー!」

 

 帰りの馬車で眠りこけていた記号は、リアスと足並みを揃えて帰宅した。

 すると、部屋の明かりが全て落ちた。

 

「停電?」

 

 グレンがそのような呑気な事を言ってると、記号とは反対側、先ほどまでシロが立っていた場所から火花が散った。

 

「ねえ何で記号に掛けた防壁魔法が壊れてるの。君は何しに記号と出掛けたのかな。その腰に付けた武器は飾りなのかい?」

 

 あっ、記号ガチ勢のシロがキレてる。

 

「これはマズイ。逃げるしかないな」

 

 そして、事態を収束させる権力を持ったグレンが、我先にと尻尾を巻いて逃げ出した。

 マゼンタも巻き込まれまいと、リアスに駆け寄って逃げ出そうとした。

 が、そこで彼の動きが止まった。

 月明りとシロの電撃で照らされたリアスの肌に、僅かながらに血の跡があった。

 彼女も医者の治療により怪我は完治していたが、重要なのはそこではない。

 マゼンタにとってリアスが怪我をしたという事実は、シロと同じく地雷であった。

 

「ちょっとヤミさん、話を聞かせて貰えますかね」

 

 目の周りが影になったマゼンタが、ヤミの方へと振り返る。

 普段なら取り留めもない事態だったが、ダメージを負った今はかなりマズイ状況だ。

 

「いやー、ちゃんと守ったで?死んどらんやろ」

 

 火に油を注いだヤミに味方するものは居らず、シロがマゼンタの剣へと雷の加護を乗せる。

 その時、彼の救世主となるべく主が再び部屋へと訪れた。

 ヤミが見捨てられなかったことに歓喜して、笑顔で彼女の言葉を待つ。

 

「記号、リアス、逃げるよ」

 

 残念ながら、彼女はヤミを助ける気など一切なく、友人を二次災害から遠ざける為に戻って来ただけの様だ。

 彼女等が廊下の曲がり角に差し掛かたころ、彼等が居る部屋から一際大きな雷撃が鳴り、再度闇が訪れた。


 

 

 これは決意する彼女等の物語。彼女等に幸せな未来が在らん事を願う。

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