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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第1章ー始動編ー
11/46

これは初々しい彼女等の物語 2/2

 呼吸が乱れる感覚は嫌になる。

 喉の奥で鉄の味がして、関節辺りの衣類が馴れ馴れしく吸い付いてくる。

 長い髪は不便だと、目隠しの余った布地でそれを絡め取った記号は、自分より幾分か汗を抑えた少女に「大丈夫?」と問いかけた。

 人より体力に自信のある彼女でも、追われている状況での運動は不慣れな様で「心配ない」と気丈な態度を見せていたが、全身が異常に震えている。

 ヤミを探して助けを求めようと案を出したリアスは、大きく息を吸って潮風に身を委ねた。

 

「ああ!お金忘れちゃった!」

 

 記号は結んだ髪を揺らしながら、大袈裟に叫んだ。


「あのお金が無いと困っちゃう……」

 

 忙しない状況で頭から抜けていた様だが、記号がストックに訪れた目的は『花を買うこと』だった。

 大切な購入資金を置いてきた彼女は、しゅんと縮こまった。

 逃亡中の今、お金は諦めるしかないと分かっているが、記号の足は来た道へと動く。

 しかし、その行動は当然の如く阻止された。

 両腕を目一杯広げた少女が行手を阻むのだ。

 

「まずは!ヤミ様を探しましょう!」

 

 視野の狭くなっている記号にハッキリと伝える為、少女は大袈裟に口を大きく広げた。

 再度投げかけられた提案に、記号はもどかしくなり足踏みをする。

 

「無くしたって言ったら怒られるだろうし……」

 

 自信なさげに言葉を区切った記号は、目を泳がせながら続ける。

 

「それに、ここはどこ?」

 

 記号の発言に、唾を飲み込んだリアス。

 なりふり構わず走った2人は、完全に迷子だ。


「目印となる物を見つけられると良いのですが……」

 

 周りを見渡した少女は、木々の隙間から砂汚れた灯台の一部を見た。

 高いところから覗き見れば手掛かりがあると確信した彼女等は、最上階を目指すことにした。

 高台から町を見下ろした景色は、町と自分達を二分するかのように、森林で埋め尽くされている。

 来た道は平坦な浜辺が続いていたが、引き返す勇気を持たない2人は落胆した。


「ううー考えろー!こんな時はシロシロに!……って今は居ないんだった」


 記号が頭を抱えながらウロウロしていると、壁に貼られた手配書と目が合った。

 それは、彼女の想像する容姿と合致する。

 

「見て!シロシロだ!」

 

 彼そっくりに描かれた絵に感動した記号は、丁寧に紙を剥がし取った。

 何事かとリアスが覗き込むと、そこには懸賞金の掛けられた悪党の姿があった。

 

「シロ様、悪い人なのでしょうか……」

 

「優しいよ!」

 

 彼の人物像を詳しく知らないリアスは急に不安になったが、記号がそれを全力で否定した。

 

「口は悪い子だけど、凄く優しいもん!」

 

 シロを説明するに足る発言に、リアスはホッと胸をなでおろす。

 そして、少女はグレンから聞いた話を思い返した。

 ストックに怨霊(ギフト)が現れた時に、シロが居合わせたという話だ。

 

「シロ様がグレン様に協力的だったからでしょうか……」


 かの2人が怨霊を止めなければ、今もこの町は戦火の最中だったであろう。

 それならば「この手配書はお門違いだ」と憤った少女は抗議をしに行こうと提案する。

 

「うむむぅ……誰が貼ったんだろ」

 

「よく見ると下の方に『ギルド』だと書かれていますね」

 

 その時、座り込んで用紙を囲っていた2人の足元――灯台の下層からバタバタと足音が近付いて来た。

 そして、一本道の灯台に人を隠す能力はなく、彼女等は呆気なく見つかってしまう。

 計画を練り終えた冒険者の集団が、2人を捕まえるべく、魔法で包まれた武器を持ち出した。

 リアスは背を向けて逃げ出そうとしたが、記号に強く抱きしめられて動けない。

 そうしている内に、敵の1人が記号に剣を振り下ろした。

 水で覆われた刀身を記号に当てがった男は、手応えの無さに驚愕する。

 パキンと鳴った音は、彼女を覆う魔法が剣そのものを破壊して鳴らしたものだ。

 

「何やってるの!魔法使いは手を抑えなさい!」

 

 女の冒険者は、滑り込むようにして記号の腕を掴んだ。

 厄介な魔法を放つ記号の動きを封じた女は、喜びの声を上る。

 掴んだ腕を後方へ束ねて、記号に全体重を乗せて抑えつけた彼女は勝ち誇った様に笑う。

 

「早く逃げて!」

 

 記号は腕を掴まれる瞬間、リアスが巻き込まれない様に軽く突き飛ばしていた。

 腰が抜けたように座り込むリアスを、記号は力強く見つめる。

 無力な子供1人捕まえるのに苦労は必要なく、取り囲んだ1人の手によって、リアスは簡単に拘束されてしまった。


「どうして私達を」

 

 リアスの言葉を、覆いかぶさった布が塞ぐ。

 行き先を知られたくない彼等は、視界を塞ぐことで少女の行動を制限した。

 

「リアリア……!」

 

 そう叫んだのを最後に、記号の声は鳴りを潜めた。

 リアスは「彼女も自分と同じ様に顔を塞がれたのだろう」と思った。

 小さな体は簡単に担ぎ上げられて、灯台を下る。

 麻布越しに聞こえる音を頼りに、行動を把握するしかない。

 リアスはこの後訪れるであろう最悪の事態に、鼓動が速くなっていた。

 縦に揺れる動きが収まり、階段を下り切ったのだと知る。

 馬の嘶き(いななき)に車輪の回る音。

 自分達が遠くへ連れ去られると気付いた彼女は、身動(みじろ)ぎをして羽衣を地面に落とした。

 壁へと叩き付けられる衝撃に加えて、腕に縄が巻かれる感覚。

 いよいよ逃げ出す手段を失ったと、リアスは絶望した。

 遠く聞こえる話し声に耳を澄ますが、今の状況では何を話しているのか聞き取れなかった。

 揺れる地面に晒された少女は、壁を背に座り直す。

 自分以外の気配を探る為に、足を伸ばしたら「コツン」と何かにぶつかった。

 足先でその輪郭を撫でる。

 その障害物が人型だと気付いたリアスは、語り掛けるように何度か足で揺らした。

 リアスからの接触で、失っていた意識を取り戻した記号。

 どうやら彼女は数分気絶していたらしい。

 記号は馬車の天井を眺めながら、痛む腕と眩暈を前に唸る。

 リアスを見つけるべく周囲を見渡した彼女は、すぐにその姿を見つけた。

 隣で足を延ばして座る少女の頭には、すっぽりと布が覆い被さっている。

 記号はリアスに声を掛けようとした。

 しかし、モゴモゴと音を出すだけ喉を前に、それは叶わなかった。

 記号の口元には質の悪い布が宛がわれており、染み込んだ唾液が悪臭を放っている。

 不幸中の幸いか、常に目を隠している彼女の拘束はリアスよりも緩かった。

 黒い布越しに視界が広かっていると知らない彼等は、記号の口を塞ぎ、手足を縄で縛った。

 耳と目の自由が残っている記号は、馬蹄(ばてい)の音が鳴る方へと、体を地面に擦りながら移動した。

 

「あの子供、売るのか?」

 

「いや、所在を明らかにして身代金を要求するぞ」

 

 チャリンと音を立て、手元を遊ばせながら冒険者は会話をしていた。

 記号が目にしたのは冒険者の手元に収まる貨幣袋。

 それは、間違いなく記号の物だった。

 ここに来てようやく記号は「自分達は金目当てで拉致された」と気付いた。

 街中で金貨を大量に持ち合わせていた彼女等を野放しにするほど、ストックの治安は良くなかったのだ。

 飴を買う所から2人を尾行していた男は、高らかに笑う。

 

「女はどうする。あれだけの魔法が使えるんだから、生かしておけば厄介だぞ」

 

「人気のない場所で殺して置いてく」

 

 自分の殺害を宣言する会話を盗み聞いた記号は、血の気が引いた。

 「彼等が再び荷台に戻って来る前に逃げ出すしかない」と手足を動かすが、縄は更に肌へと食い込むばかりで、外れる様子はない。

 それならば縛られたまま馬車から降りようと、肩で壁を何度も叩いた。

 しかし、カビの生えた古い木材は、その見た目と相反して頑丈でありビクともしない。

 

「おい!何をしている!」

 

 音を聞きつけた見張りが、記号に近寄った。

 冒険者が記号の肩に手を伸ばすが、彼女の身を包んだ雷魔法によって火傷を負う。

 

「……くそっ、まだ魔法が使えたのかっ!」

 

 身を包んだ雷撃に意識を奪われた男は、その場に倒れ込んだ。

 そんな男の背後から女が現れ、記号の口の中へとナイフの切先を向けた。

 刃物の切れ味が良いのか、記号の口を覆っていた布がハラハラと地面へと落下する。

 金属の冷たさが舌全体へ広がる感覚に恐怖した記号は、動きを止めた。

 彼女は一切の身動きが取れず、口を開けたまま震えている。

 

「どうやって魔法を使った」

 

 声音を低くした女は、記号に問うた。

 言葉を発したら口が切れる状況下で、記号は返答出来ないでいる。

 彼女は小刻みに首を横に振り「自分は魔法を使っていない」と伝えようとした。

 当然の如く、意思の疎通は不可能。

 そんな状況に冒険者の女は苛立ち、ナイフを記号の喉元まで下げた。

 発言の自由を得た記号は、藁にも縋る思いで選びたくない選択肢を選んだ。

 

「目隠しを取ったら分かるよ」

 

 震える彼女の声を聞いた敵は、疑問に思いながらも記号の目尻を縦にナイフで切った。

 目隠しと共に切断された肌から溢れた血が、涙を含んで頬を伝う。

 

「ああっなんてことを……」

 

 女は今までの自分の行動を恥じて頭を抱えた。

 どうして彼女を傷つけてしまったのか、どうして嫌われる様な行動をとってしまったのか。

 冒険者はグルグルと回る意識の中で、愛する彼女を目に収めた。

 自分を不安げに見下げる彼女の口が動き始めたので、両腕で頭を抱え込み、耳を塞ぐ。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

「縄を解いて」

 

 記号らしからぬ凛とした発言に、女は態度を急変させて「勿論」と答えた。

 肌を傷つけない様に丁寧に縄を解いた女は、記号からの評価を待っている。

 そんな彼女には目もくれず、記号はリアスの腕に絡みついた縄を奪い取ったナイフで裂いた。

 手が自由になった少女は、自分の頭を覆っている布を取り外す。

 

「あの方は何に怯えてるのですか?」

 

 異様な冒険者の態度を前に、リアスが問いかけると、記号は落胆したように自分の固有魔法を語った。

 

「彼女に『魅了』の魔法を使ったの。私の魔法は皆を洗脳しちゃうみたいで……本当は使っちゃダメな能力なんだけど……」

 

 彼女の悲しんだ様子を見たリアスは、話題を変えようと視線を別の方へ向ける。

 

「と、とにかくここから逃げる方法を探しましょう」

 

 未だ走り続ける馬車の揺れに、それを操縦する冒険者達。

 馬の嘶きが1つではない様子から、馬車は自分達が乗るものだけではない事が伺えた。

 リアスと記号は荷台の天幕を、光が一筋入る程度に開いた。

 荷台の外側には二畳ほどのスペースがあり、先程の見張りもそこから現れたのだろう。

 未だその場所には、剣を背負った男と、馬を乗りこなす男の2人が存在した。

 遠くを見れば2台の同じデザインの馬車が見えた。

 自分達の乗る馬車は、最後尾のようだ。

 前方の様子を観察し終えた記号は振り返り、逃げ出せそうな所を探す。

 拘束が解けた今なら、天板の隙間から脱出できそうだ。

 壁を乗り越え、後方へ飛び降りれば逃げ(おお)せるだろう。

 

「あそこから抜け出せそうだけど、無事じゃ済まないと思う」

 

 言わずもがな、走り続ける馬車から降りる代償は、掠り傷に収まらない。

 

「……他に方法はありません。簡単に天板へ登れるよう、幕を裂いて足場を確保しますね」

 

 記号は彼女の作業が円滑に進む様、その小さな体を持ち上げて木壁の不安定な足場に彼女を押し上げた。



 

 彼女等がこっそりと逃亡を企てる中、座り込んだ冒険者の女は、自分の欲を満たすべく立ち上がった。

 武器を失った彼女は、虚な表情を浮かべながら近場にあった縄を手に取る。

 未だ記号の術中に居る彼女は、荷台の外側、剣を携えた冒険者に襲いかかった。

 

「おい!何をする?!」

 

 一際大きな叫び声に、馬を操縦していた男が慌てて振り返った。

 視線の先には、仲間の首を絞める女の姿があった。

 涎を垂らして明後日の方向を見る男は、既に意識がそこに無いのだろう。

 女は剣士の不動を確認すると、もう1人に向かって覆いかぶさった。

 操り人形の様に人らしくない動きで首に手を伸ばす女に、正気を取り戻せと抵抗する男。

 揉み合いの拍子に手綱が強く張った。

 ヒヒンと嘶いた馬は、興奮する勢いのまま崖の方向へと走り、その奈落へと足を滑らせた。

 事の顛末を知らないリアスと記号は、バランスを崩した荷台の壁に吸い寄せられる。

 重力に逆らう手段を持たない彼女等は、成す術もなく方々へ叩きつけられた。

 ゴトゴトと音が加速していく。

 馬車は最終的に1つの爆音を鳴らして停止した。


 


 衝撃の終わりに、少女は体を動かす。

 強い痛みを覚悟していたが、それは殆ど感じられなかった。

 しかし、起き上がろうにも肩のあたりが嫌に重い。

 圧し掛かる適度な重さを持ったそれに、手を当てて潜る格好でそこから這い出した。

 重みをもったそれはどうやら記号の腕だったらしい。


「記号様……?」

 

 リアスは俯いたまま動かない記号の顔を、上に向けた。

 彼女の額からは血が滲んでいる。

 

「……!?っ障害を乗り越えし魂の燈。光差す場所を目指し、我らの希望となり給へ。神聖る福音(ディヴァインゴスペル)

 

 少女は記号に両手を翳して、覚えたての魔法を放った。

 手先が黄緑の光に包まれ、その光は記号の頭部へと向けて流れ込む。

 額に汗を掻きながら、魔法の成功を願う少女は、急く鼓動を抑える為に深く息を吸い込んだ。

 


 

 これは初々しい彼女等の物語。脅威の足音は着実に彼女等を蝕んている。

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