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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第1章ー始動編ー
10/46

これは初々しい彼女等の物語 1/2

潮風の心地よい空気を前に、思いっきり深呼吸をした記号は、胸を張って両腕を突き上げる。

 ――海だ!――

 陽に照らされた海面からの反射光で、記号の身につけるスカートのレース模様が際立って見えた。


 

 

「なんか、最近避けることばかりが上達している……」

 

 幼馴染を守れる騎士になろうと決意したはずのマゼンタの剣術は、いつまで経っても上達しなかった。

 言わずもがな、先日の出来事でヤミを師に置くことを躊躇し始めている事に加えて、ヤミ自身もマゼンタの指導に関心がない為である。

 かといって鍛錬を怠る様な性格でもない少年が、シロへ魔法の稽古を頼んで早数週間。

 マゼンタは、世界の広さに感心するばかりであった。

 嘗ての師匠であるゼノから教わった戦闘法は、全くと言って差し支えない程に、シロへは通用しなかった。

 詠唱をして、武器を強化をする。

 そんな基本的な行動を黙って見ているほど、シロは優しくない。

 何故なら、彼自身がその詠唱を短縮しているからだ。

 初めの数日は酷いもので、木刀を構えるよりも先に魔法を繰り出されてノックダウン。

 意識を取り戻せば、更に無言で追い討ちを掛けてくる。

 散々弄ばれた挙句に、マゼンタは「自分はただのサンドバックじゃない!」と抗議した。

 

炎の咆哮(ファイアロアー)水の流星ウォーターミーティアー風の鳴音(エアハウリング)隕石弾(ロックバレット)

 

「っ妥協がない!」

 

 指導改善のお願いをした結果、シロは技名を口にする。

 しかしながら、改善の兆しを見せたのはその一点で、彼に容赦の文字は存在しない。

 次々と魔法を叩き込む魔法使いを前に、少年は諦める他無かった。

 しかしながら、詠唱の文句で属性が分かるのは利点と言える。

 火の玉を避けた先で、大量の水に包まれたマゼンタ。

 彼は自暴自棄になって、水へ飛び込んだ訳ではない。

 水泡に身を包んだ少年は、水の勢いを次に襲い来る風の波動に押し当てて、魔法を相殺した。

 

「よし!やったぞ!」

 

 魔法を回避できた喜びで笑みを浮かべたマゼンタは、意識の外からの衝撃によって、背中から強く倒れ込んだ。

 視界から少年を失ったシロは、魔法を撃ち止めるべく、手を下ろす。

 

「また気絶?」

 

「い、いえまだ起きてます」

 

 マゼンタの返答を聞いたシロは、自身の周りに再び魔法を練り始めた。

 

「えっいや、やっぱり気絶してます!」

 

 「おいおい嘘だろう」と少年は青ざめたが、シロは爽やかな微笑みを浮かべながら四色の魔力を彼へ向けて解き放った。



 

 少年が修行に明け暮れる中、二人の女性が手を繋いで町へと続く道を元気よく歩いていた。

 

「もう少ししたら着くで」

 

 そんな彼女らの前で道案内をするヤミは、心なしか活気が無い。

 理由は一目瞭然、今共に行動している相手は主人ではないからだ。

 同行を拒否した彼女に反論をするはずもないが、離れている間の寂しさは身に染みる。

 下を向いて落ち込むヤミの後ろでは、余所行き用のブーツを履いたリアスが、満面の笑みを浮かべている。

 田舎で育った彼女は、今回の冒険を密かに楽しみにしていたのだ。


「…………」


 暫くした後に、少女は上がった口角に気付き、顔を強張らせた。

 本日の目的は溌溂とした気分で臨んでいいものではないのだと、彼女は気を引き締める。

 

 「いっぱい楽しそうにして良いんだよ!」

 

 そう声を掛けられて、リアスは斜め上を見る。

 彼女の隣ではリアスの先ほどの微笑みに釣られてか、記号が歯を見せてニコニコと笑っていた。

 心の底から楽しそうに笑う記号は、両腕を好き放題振り回した。

 彼女がこうして身振り手振り好きに出来るのは、道がとてつもなく広いからだろう。

 ストックへと続く多くの道は、馬車が余裕で通れる程の広さに整備されている。

 そして、物的流通で成り立つ町は、今日も賑わっていた。

 

「ストックの町へようこそ!」

 

「来ました!」

 

 手を上げてハッキリと返事をした記号に、町娘はたじろぐ様子を見せた。

 しかし、町娘はヤミの顔を見るなり、反射的に愛想ではない笑顔を見せて彼の腕に触れる。

 

「ヤミ様!お仕事でいらっしゃたのですか?」

 

「せやな」

 

 ヤミは町娘に面識があるのか、仏頂面を少し綻ばせて微笑む。

 近くに居た女性達がその光景を前に、次々に彼へと群がった。

 

「あっ!待ってください!」

 

 「このまま人の波に押されてはヤミを見失ってしまう」と思ったリアスが彼へと手を伸ばした。

 しかし、その意思と反して、町の中へと体が吸い込まれていく。

 そうして、どんどん小さくなっていく護衛の姿は、終ぞ見えなくなってしまった。

 彼を完全に見失ったことで呆然と立ち竦むリアスは「どうして足が下がっていくのか」と不思議に思い、振り返る。

 

「わああっ!あれも美味しそうだね!」

 

 リアスは記号と手を繋いだままだと気付いた。

 彼女は屋台が物珍しいのか、それらに目移りして、ヤミの事を気に掛けていない様子だ。

 

「記号様、ヤミ様を見失ってしまいました」

 

 耳打ちをする為に背を伸ばした少女は、繋いだ腕に体重を乗せた。

 

「あらあ!迷子になるとは怪しからんな!」

 

 背後からの抵抗を感じ取った記号は、ようやく逸れたヤミの姿を探し始めた。

 町の正面入り口付近にまだ留まっているだろうと推測した彼女等は、人々の流れに逆らって、来た道へ引き返す。

 しかしそこには彼どころか、女性達の集まりすら消えていた。

 どうしたものかと記号が口を尖らせて唸る横で、リアスは縮こまっていた。

 

「うん?どしたのリアリア」


 リアスの様子をまじまじと観察する記号。

 護衛を失ったリアスが慌てているのは、握った手の力から察することが出来た。

 「自分はお姉さんだからしっかりしなきゃ」と息巻いた記号は、心配ないと胸を叩く。

 

「ジャジャーン!ヤミヤミから軍資金を貰っているのだ!いっぱい楽しもう!」

 

 彼女の上着のポケットから取り出されたそれは、金貨袋。

 そして、記号は袋を取り出す際に、上着を落としてしまう。

 「そんな大事な物を落下の危険がある服の中に仕込んでいたのか」とリアスは狼狽えた。

 何かを言いたげな少女の態度を不安の表れだと解釈した記号は、ニカッと歯を見せた。

 

「大丈夫だぜ!記号さんに任せなさい!」

 

 記号は無理に少女の手を引いて、町の中央部を目指した。

 ストックの町はハウサトレスと比べて、明るい雰囲気に満ちている。

 その要因の主は、人口密度だろう。

 顔馴染みの多い後者と比べて、流通の盛んなこの町は煌びやかであった。

 町の活気に包まれながら、リアスは町の細部を見渡す。

 賑やかな空気に紛れて目立ってはいないが、建物の外壁には怨霊(ギフト)の襲撃の痕跡が見受けられた。

 剥がれた石壁は数箇所に纏められて、通路の端の方へ寄せられている。

 「もし自分が早く継承していれば、町を救えただろうか」とリアスは気を落とす。

 

「リアリアは何が食べたい?」

 

 そんな彼女の沈んだ気持ちを察してか、記号が明るく問いかける。

 リアスは「何にしようか」と周りの屋台に目を移した。

 シインフットに居た頃は毎日同じ様な食事ばかりであったし、今の生活を始めてからの食事は全てグレンの気分に左右されている。

 自分で食事を選んだことのないリアスは、慣れない質問に答えを見出せずにいた。

 

「記号様の食べたいものが欲しいです」

 

 自分が食べたいものより彼女が幸せであれば良いと結論付けたリアスは、そんな当たり障りのない返答をした。

 記号は甘いものに目がない為に、迷うことなく飴細工を選択する。

 店主へ声を掛けた記号は、購入した品物をリアスに手渡して自分は会計に移った。

 値段を聞き取った彼女がその枚数分金貨を渡すと、店主は呆れた態度で一枚を残して他を返却する。

 

「はあ……嬢ちゃん、銅貨で払ってくれよ」

 

 文句を言いつつ計算を済ませた店主は、記号の手元に釣り銭を渡した。

 記号の頭の上にハテナが浮かび上がった。

 増えた枚数を不思議がる彼女と同じく、リアスも困り顔をしている。

 思考が停止した時間は数秒であったが、後ろに並ぶ客がコホンと咳払いをした。

 その音に気が付いたリアスは「次の客の邪魔になるから」と記号を人気のない場所へと先導した。



 

 棒飴を両手に持った少女は、垣根を超えた先にある、海へと続く道の木陰に座り込んだ。

 リアスから受け取った飴を、挨拶も無しに頬張る記号は幸せそうだ。

 リアスは神に感謝の意を述べてから、飴を舐め始めた。

 心落ち着く海の調べを聞きながら、2人の間に沈黙が流れる。

 気まずさを感じた彼女等が共通の話題を探せば、自ずと同居人に関しての質問になる。

 

「記号様は皆様と、どの様な関係なのですか?」

 

 記号は少女からの問いかけに、誰の事だろうと考えを巡らせる。

 

「グレグレは大事なお友達で、シロシロは大親友だよ」

 

 大きく口を開けて笑う彼女は、リアスの目線から見ても不思議な存在だった。

 特徴的な目隠しを筆頭に、年相応と見えない態度。

 それに加えて、リアスと同じく世間知らずだ。

 魔女の家で暮らす彼女が平凡であるはずもなく、何か特別な存在に思えてならなかった。

 

「あ!ヤミヤミはねぇすっごく五月蝿いの!」

 

 何を思い出したのか、記号は移り変わりの激しい表情を更に加速させる。

 苦手な食べ物を食した時の様に、奥歯を噛み締めて嫌悪感を露わにしていた。

 

「部屋を片付けろとか、ちゃんと身なりを整えなさいとか言ってくるんだ」

 

「それは当たり前のことでは……」

 

 「自由奔放な彼女には些か窮屈なのだろう」と思いつつも、リアスはヤミを擁護する。

 彼が家事に追われている事を知っている少女は、ヤミの味方で居ようとした。

 

「でもねーヤミヤミは凄い人なんだよ!家からちょっと離れたところに、大きなご飯を作る所があって毎日そこでご飯作ってるんだよ!」

 

 「時々お手伝いしているのだ!」と自慢げに話す彼女は、存外ヤミの行動を見ている様だ。

 ハウサトレスの管理をしている彼の一面を知れて、リアスは少しばかり嬉しかった。

 

「食堂でしょうか?記号様は調理場へお立ちになるのですね、羨ましいです」

 

 リアスは自分が台所に立ち入る事を、幼馴染や護衛が止めていたなと懐かしんだ。

 彼らはきっと、少女が刃物に触れることを避けたかったのだろう。

 そんな優しさに気を遣って、リアスは台所へ近寄らない生活をしていたが、料理自体には興味があった。

 

「楽しいんだよー!トマトをぐしゃぐしゃにして鍋に入れるの!帰ったらリアリアも一緒に遊ぼう!」

 

「ええ!是非お願いしたいです」

 

 思い浮かんだのは、修業に精を出す幼馴染の姿だった。

 自分の為に戦う彼の役に立つべく、リアスは意気込んだ。

 そして、彼が喜ぶ姿を想像して、自然と頬が緩む。

 リアスは「今の表情は人に見せるべきものじゃない」と恥じらって記号に背を向けた。

 そんな稀有な少女の態度に気付かないのか、記号は上着の重さが気になり、ポケットを再び漁り始める。

 先程の出来事に納得のいかない彼女は、手持ちの金銭を地面に散らばせた。

 

「リアリアはなんで増えたか分かる?」

 

 会計の是非を問うべく、渡されたお釣りを指折り数えた記号は腕を組んで考え込む。

 色の違う硬貨を注意深く観察した彼女は「分からん」と足を投げ出してしまった。

 リアスがこれも一つの勉強だと硬貨を並べ直して数えていると、記号が急に立ち上がって海へと走り出した。

 舐め終わっていない飴の棒が、口元にあって危ないと考えが至らないのだろうか。

 思慮が足らない記号の勢いに巻き込まれたローブが、いつもの様に地面へ落ちる。

 頭の軽さに気付いた記号は一度振り返ったが、人目がないから多少構わないだろうと海を目指した。

 

「海だ!初めて見るなあ」

 

 海上でクルクルと回るシルエットが、綺麗に景色へ溶け込んでいた。

 リアスが記号を見て和んでいると、視界が一段階暗くなった。

 リアスに重なった影は複数の人型であり、ヤミである可能性は低い。

 「誰だろう」とリアスが見上げると、数名の冒険者が彼女を取り囲んでいた。

 海へと流れる風に乗せられて、彼等の体臭が漂った。

 その匂いの強さにリアスは眉を顰めかけたが、態度に現れない様平静を保つ。

 

「何用でしょうか?」

 

 少女の麗しい声に冒険者は一瞬戸惑いを見せたが、何かを決意した彼等はリアスのか細い腕を無理やり掴んだ。

 意思にそぐわぬ動きにリアスが顔を歪めると、遠くから「ああ!」と声が響いた。

 

「何してるの!痛がってるでしょ!」

 

 道中上着を拾い上げながら駆け寄ってきた記号は、怒りに震えていた。

 リアスに近付けさせまいと、取り巻きの男達が彼女の前に立ち塞がった。

 ぷんぷんと飯事(ままごと)の様な軽やかな態度で、記号は男に立ち向かう。

 

「はっ、なんだそのふざけた態度は」

 

「おいおいそのか細い体で俺たちに勝つつもりか?」

 

 重心がブレまくっている記号の動きを見た男達は「こんな娘じゃ脅威になり得ない」と笑い合う。

 そしてそのうちの一人が記号の体を舐め回す様に見ると、仲間達に耳打ちをした。

 記号に利用価値を見出したリーダー格が、記号を取り押さえる様、指示をする。

 野蛮な手が彼女に伸びた時。

 

 ――バチッ――

 

 火花が散る様な音に驚いたのは、当人を含めた全員だ。

 記号から放たれた電撃は、手を伸ばした取り巻きの男を悶絶させた。

 「これ好機」と記号は理解出来ない状況をそのままに、リアスの腕を掴んだ男に体当たりをして彼女を救い出す。

 そして、戦闘力の無い彼女等は、言葉も交わさず、その場から逃げる判断をした。

 しかし、その選択が最良とも限らない。

 何をとち狂ったのか、海岸沿いに記号が走り始めたのだ。

 来た道を戻れば人通りの多い通路に出ただろうが、そんな年長者の行動に少女も追随する他無かった。


「待て!この餓鬼共!」

 

 一撃は冒険者の逆鱗に触れてしまったのだろう。

 金銭目的であった追跡の執着心を増やす。

 杖を掲げて魔法を放とうとした冒険者は、仲間に待ったを掛けられた。

 

「何をしでかすか分からない、慎重に動くぞ」

 

 記号が魔法を詠唱無しに放った事実を無視出来ない彼等は、2人を捕える計画を練り始めた。

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