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神様の自由帳  作者: ぼたもち
第1章ー始動編ー
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これは13番目の世界の物語

 神の創り出した世界が13個存在した。

 ――罪を犯した東の魔女は終わりの世界に隔離すべきだ――

 世界の王達は結託し、魔女を捨て置くために口裏を合わせた。

 そして、魔女が十三個目の世界に幽閉されて百年余りの月日が流れる。

 これはそんな世界のお話。



 

 自室のドアを開けた途端視界が眩み顎を強打する。

大方自分の置いたおもちゃに躓いたのだろうと記号は思った。


「なんだこれは」


 新しく出来た擦り傷にかざすべき手を、その物体に重ねる。

 手のひらサイズの球体はボヤけた輪郭を持ち、幾何学模様が波打っていた。


「わぁ!綺麗!」


 本来なら怒りを(あら)わにするべき場面だろうが、こと彼女に関してはそうはならない。

 桜色の癖付いた髪を(なび)かせ、その場でクルクルと体を揺らす。


「シロシロなら知ってるかも!」


 目を回した彼女は廊下の壁に肩を擦りつつ、目的の友人を探し始めた。

 直線的に続く廊下の左右には扉があり、所有者でなければどの扉が何処へ続くのか判別出来ないだろう。

 細かい事を気にしない彼女は道中のそれらには目もくれず、ただひたすらに目的の場所を目指した。

 そして、数ある部屋を素通りした記号は、突き当たりの一際大きな扉を勢いよく開く。


「いっ……」


 普段より重たい扉を不思議そうに眺める記号の足元に、1人の男性が(うずくま)っていた。

 腰まで届く髪は、しゃがみ込んだ事で地面に花びらの様に広がっている。


「ナイス記号」


 半笑いでその場に寄ってきた白服の男は親指を立てる。

 よほど嬉しいのか尻尾を振り、片方の猫耳が小刻みに揺れていた。


「シロシロ見てー!これ落ちてたの!」


 彼を見るや否や記号は嬉しそうに、先ほど見つけた球体を自慢げに掲げる。


「なんだろ、機械では無さそうだね」


 記号から球体を受け取ったシロは、物珍しそうに手のひらで球体を転がす。


「紋様の一部に魔力が感じられるね。無理に分解すると爆発するんじゃないかな」


 シロが球体を(もてあそ)びながら人差し指で空を撫でると、フワフワと重力に逆らって浮遊した球体が記号の手元へ収まった。

 「彼がそう言うなら真実なのだろう」と記号は確信した。

 アルビノの青年は、その脆弱な体質を補うのに余りあるほどの魔力を内包している。

 この国で最強の魔法使いを決めるならば、彼をおいて他にはいないだろう。


「捨てろと言っても聞かないだろうからそれが何か調べようか」


 おいでと手招きをしながら彼が自室へと移動を始めたので、記号は浮き足立ちながらその背中を追いかけることにした。

 道中寝ぼけ眼の女性を見かけた記号は、元気よくハイタッチで挨拶をして勢いを殺さぬままに走り去る。


「何してるの」


 2人が去った後にリビングへと辿り着いた女性が、目を擦りながら大きな欠伸をすると同時に、空気の様に扱われていた男性は、赤みを帯びた顔を素早くあげる。


「朝ごはん何食べるん」


 彼は正午を過ぎている事も、顔面に痛みが広がっている事も気に留めず、飼い主を見つけた犬の様に笑顔を振りまいていた。




 シロの部屋では、サーバーが忙しなく稼働していた。

 殆どのモニターには数字が羅列しており、正面に構えるそれはやり掛けのゲーム画面が広がっていた。

 シロは癖で拾いかけたコントローラーを横から奪われ、本来の目的を思い出すと、ガチャガチャ音を立てながら機械類の隙間に空間を作り出した。


「じゃあこっちの魔法陣にそれ乗せて」


 コードに紛れた魔法陣を指差されたので、記号は手荷物を全て中央に乗せた。

 球体とコントローラーと折り畳みの(くし)と棒状の積み木。

 腰に手を当てて満足げに鼻を鳴らす記号を横目で捉えたシロは、思いの外変な物持ってないなと安堵する。彼が慣れた様子で不要物を浮かせて他所へ排除すると、魔法陣が光り始めた。


「どうなるの?どうなるの?」


 テンションの上がった記号が、シロの肩に手を乗せる。

 常人であればその力の強さにバランスを崩すであろうが、それを見越したシロはすでに魔法で軽減していた。

 そうしている間に、魔法陣が九色に輝いたかと思うと、その内の一色が球体の周りを囲んだ。


「地図かな」


 シロが上空を舞う白色の光を指の動き1つで集めて形を作り出すと、立体的な大きな建物とそこから伸びた一筋の光が鮮明に見えた。

 建物はその複雑な造形から、今自分たちが住んでいる場所だと簡単に分かった。

 光の示す先に自分達を招いているのだろうかと(いぶか)しんだシロは、その地図を即座に消し去り振り返る。


「悪いけどグレンに報告するよ」


 静まり返った空間に、彼の言葉を受け止めるべき相手の姿は見当たらない。

 そして、開け放たれた窓は記号が地図の示す通りの場所を目指した事を如実に表していた。


「目隠し忘れてないよね」


 シロは眉を(ひそ)めて溜息をつく。

 ワンピースのみを着用していた先程の彼女を姿を思い出した彼は、追いかけるよりも先にやることがあると、記号の部屋へと足を運ぶことにした。




 気候の変化に乏しいこの町「ハウサトレス」は本日も晴天であった。

 暖かい日差しに恵まれたレンガ調の建物は、綺麗な影を作り上げている。

 そんな建物の角を足早に曲がった記号は、後続の足音が忙しなく響く音を聞いた。

 跡を付けられていると判断した彼女は走り出す。

 足音が1つでは無いのか、複数の音階が不協和音を奏でていた。

 シロと比べれば体力は上だが、それでも平均からは逸脱しない。

 その上、なりふり構わず目的地を目指していた記号に土地勘など存在せず、追いつかれるのも時間の問題だろう。

 住宅街と思しき建物の羅列した場所で、曲がり角と出会う度にジグザグと左右に走っていると、先の方に見知った顔を見つけた。

 不安から解放されると喜んだ記号は、満面の笑みで彼に向かって大きく手を振る。


「マゼンタ!」


 名前を呼ばれて振り向いた赤毛の少年は、驚いた様に()け反る。

 その顔は髪色に劣らない程紅潮し、逸らした瞳孔の狭い目は宙を泳ぎまくっていた。

 普段では有り得ない反応に記号が首を傾げていると、マゼンタの影から同じ年頃の少女が顔を覗かせる。


「記号様、いつもの目隠しはどうなさったのですか?」


 物憂げな少女は髪を耳に掛けながら、困った様に微笑む。

 そんな彼女の身が付けた羽衣は、体を傾けたことで左右にゆらゆらと揺れていた。

 少女はマゼンタが記号へ気のある態度を取っている事に対して、気を落としていた。

 記号が少女に指摘された通りかどうかを、両手で顔を覆って確認すると、そこにはあるべき目隠しが存在しない事に気が付いた。

 外出する時に忘れるはずがないと思った記号は、首に掛けているのだろうと手を下げる。

 そんな行動で得た情報は、冒頭で強打した顎の傷が無くなっている事だけ。


「忘れたかもしれない」


 棒読みと表現するのが正しい発音で、自分のミスを認めた記号が次にとった行動は頭を抱える事だった。

 人より力が強い事は記号の個性には成り得ない。

 それは力加減が苦手なだけで成立している現象だからだ。

 しかし、固有魔法についてだけは別問題だった。

 彼女が無意識に発動し続けている固有魔法は『魅了(チャーム)

 無差別に人々を虜にする強力な魔法は、日常生活を送る上で不必要、それどころか支障を来す代物だった。

 この魔法に対抗出来る者は稀であり、常に大量の魔力を消費しながら防御魔法を纏っているシロは、痛くも痒くも無いだろうが、それは彼の魔力量が常軌を逸しているだけで、魔力保有量の多いマゼンタでも抵抗し切れていない。


「困ってるなら手を貸すよ」


 肩に触れた手に対してゾッとした記号は、すぐ様それを振り払った。

 うっとりとした表情で記号を取り囲む人々は、数え切れない集団に移り変わり、その数をさらに増している。


「逃げましょう!記号様!」


 羽衣の少女の慌てた声は記号の耳に届いている様だが、彼女の足は動かない。

 窮地に立ち、一点を見つめて硬直する記号は、この町に来た最初の日を思い出さないように必死で抵抗していた。

 記号の魔力に当てられた少年は役に立たず、か弱い少女にも現状を打破する手立ては存在しない。

 フワッと吹いた風が、その場に居合わせた人々の体を撫でた。

 繰り返される悲劇の未来に怯えた記号の視界が、一枚の布によって覆われる。

 それと同時に、行動を見届けていた大半が瞬きをした。

 どうして自分がここに居るのか分からない彼等。

 ある者は首に手を当てて、ある者は手帳を開きながら、その場を立ち去った。


「1人で行動しないでよ」


 空から現れた青年、記号に目隠しをした張本人であるシロは、安堵した様に耳を伏せると、行き場のない感情を処理すべく、マゼンタの前に向き直した。


「あれだけ教えたのにまだ防御魔法使いこなせないの?」


「すみませんシロさん。気付いた頃にはもう逃げ場を失っていました」


 言い訳をするでもなく、素直に反省の意を見せる少年。

 彼にこれ以上言及するのは酷だと、シロは言い淀む。

 本来なら記号を叱るべきなのだろうが、彼女に相当甘いシロは、その行動を見出せないでいる。

 そうしてシロが目を泳がせていると、記号に勢いよく腰を掴まれた。


「違うの!私が目隠し忘れたのが悪いの!」


「仕方がありませんよ。記号様の固有魔法は強力ですから」


 今にも泣き出しそうな表情の記号を嗜めるのは、羽衣を身に纏った少女リアスだった。

 仕方がないと言う割に、リアス自身は記号の影響を上手く回避している。

 シロはこの得体の知れない少女が苦手だったが、決してそれを口に出さなかった。


「まあいいや。マゼンタは今度魔法基礎から教えるとして、記号の用事を済ませるよ」


 感謝を述べながら頭を下げる少年の横で、記号が目を輝かせる。

 切り替えの速さは彼女の長所であり短所でもあるが、本来の調子が戻ってきて何よりだと、シロは手の掛かる友人に眉を顰めた。

 笑顔を向けないのは彼なりのプライドなのだろう。


「宝探しだ!」


 目隠しに合わせたデザインの黒いフード付きのコートをシロから受け取った記号は、フードのみを被り、残りの布地はウエディングベールのように背面へ余らせる。

 白地のワンピースに似合わない不恰好な装備を手に入れた記号は、シロと共に目的の場へと向かう。




 目隠し越しに見る世界は少し暗いが、見た目ほど視界は悪くない。

 彼女の大きく開いた魅力的な目を隠すのは勿体無いが、利便性を求めるのならこれが正解だろう。

 『聖なるの森(リグヴァルト)』はグレンによって侵入を禁止されていたが、その言い付けを守るほど2人は利口な性格ではなかった。


「この辺りかなぁ」


 記号は手を丸めて作った望遠鏡を、顔の動きに合わせて左右に振る。

 動きを受けた袖を通していない上着が、木々に触れて葉を落とした。

 先を歩くシロは、記号の肌に触れる可能性のある枝を、容赦なく風魔法で切り落としている。

 それに加え、僅かな靴擦れすらも逃さず治癒を施す彼を、過保護と言っても差し支えない。

 シロが目的地に何も無かった場合、どうやって彼女の機嫌を取ろうかと思案しながら進んでいると、何者かに裾を後方へ引かれた。


「……っ?!」


 シロは言葉にならない音を口から漏らした。

 それと同時に、柄にも無く驚いた顔をした自分と目が合う。

 鏡の様な物質は周りを観察するために、左右へと揺らいでいる。

 記号がシロの服を抑えて引き留めていなければ、それに押し潰されていた。

 そのことに気付いたシロは、冷や汗を掻く。


「おっきな龍だねー」


 呑気に見上げる記号に、一切の警戒心はない。

 浮世離れした生物に現実が追い付いていないのだろう。

 そうした彼女の空気に流されたシロは、次第に平常心を取り戻した。


「普通こんなところに居ないでしょ。それにこの森の結界内に普通の生き物は入れないよ」


 シロが結界という言葉を使ったのは、記号に伝える為の砕けた表現だ。

 リグヴァルトは神力の濃さ故に、生物を拒絶し続けている。

 それ故、普通の生物は近付く事すら不可能であった。

 それはこの二人も例外ではないのだが、勿論のことシロが対策を成しているから、ここに存在している。


「じゃあこの龍は生きてないんだね!」


 記号は納得した様にうんうんと大きく頷く。

 そんな様子の彼女を見たシロは、そうではないだろうと眉間に皺を寄せた。


「生きてないなら動くはずが……」


 発言の途中でシロは思考を巡らせる。

 そもそも自分に気付かれぬまま、近付けるはずもない。周囲の警戒は怠ってなかったし、何より枝を折る為に、周囲へと魔力を飛ばし続けていたはずだ。

 一本取られたなと苦笑いをしたシロは、真っ直ぐにその龍を見た。


「いや、記号の言う通りだよ。これは機械だ」


 龍は穏やかな動きに反して生体反応の乏しい。

 それを確認したシロは、龍に向かって手を掲げる。

 彼は長い胴体に沿って腕を動かしながら、無属性魔法を試みた。


「体の中央に動力源があるね。熱源反応があるから壊してしまおうか」


 シロが手のひらに高濃度の魔力を練り込むと同時に、轟音と粉塵が森を飲み込み、二人の視界が灰色の世界に包まれた。


「けほっこほっ!」


「咳き込まないでよ」


 大袈裟に体を揺らす記号の周りに一切の塵がないのは、言わずもがなシロの気遣いによるものだった。

 二人を囲う結界は、魔法を使わない彼女には見えていないのだろうが、確かにそこに存在した。

 しかしこの景色を見れば、実害なくとも目を細めてしまうのは無理もないだろう。

 シロが視界を覆い尽くす粉塵を、指の動き1つで掻き消すと、彼らの視野が一気に広がった。

 その更地の中央に黒い影が現れたのを確認した記号は、大袈裟に指を突き出し笑顔を見せる。


「はっ!あれはっ!」


 目当ての宝を期待した記号の声音が高く響く。

 胸を躍らせた彼女は、シロより前に一歩踏み出したが、解除の遅れた結界に衝突する。

 ああごめん忘れてたと言ったシロは、無表情に結界を解除した。

 記号が額を冷やして欲しいとシロに泣きついている。

 そんな最中、影がモゾモゾと動き、輪郭を露わにした。

 音に気付いた記号が見たのは、そこから縦に伸びた影。

 未だ結界があるのだろうと警戒する彼女が、距離を置いたままその影を観察すると、すぐに空に掲げた人の腕だと認識できた。


「あ!君達が助けてくれたんだね!」


 記号がシロの元へ素早く向き直る。

 そんな彼女の表情は、シロの予想した通り皺だらけになっていた。

 シロは期待外れと言わんばかりの態度を取る記号に激しく同意した。

 二人は元凶の人を興味深く覗き込む。

 影をすぐに人だと認識できなかったのは、下半身が見事に地面に埋まっているからだ。

 二人は彼に対して「どうしてこんな所に居るのか」と質問を投げるのも面倒だと思った。

 そのため、彼に微塵も興味がない二人は、揃って彼から逃げる選択を取ろうとした。


「実はさー、今朝方散歩してたら落下してきた花瓶に頭を強く打ち付けてね。まあそこまでは良いんだよいつもの事だから」


 埋まった青年が聞いても無い事を捲し立てるのは、二人の気を惹きたいからだ。

 彼の白衣に血が滲んでいるのは、花瓶が原因と知った。

 だが、それを知って何かが変わる訳でもない。

 尚も彼に関心を持てない二人は、足を止める事を躊躇する。


「でねー、死に戻った後に森を出ようと思ったら、見事沼に嵌ってしまったんだ。笑えるよね、身動き取れないと出来ること限られるもん」


 軽い口調の彼は、唯一無事な右腕で記号の持つ球体を指差す。


「そこで!ちょうど持ち合わせてた生物兵器に助けてもらおうと起動したら、あろう事か兵器のコアが僕と入れ替わってさ、もーっと動けなくなったのなんの」


 狐目の彼が笑っても格段表情に変化はない。どんな状況下に置かれても、ヘラヘラ笑っていられるのは積み重ねた人生の故だろう。

 類を見ない『超絶不幸体質』。

 彼は存在するだけで、世界の全てから拒絶される。

 その不幸体質故に名前を失った彼の呼称は「兄さん」でほぼ統一されている。

 不幸中の幸いか、彼が死ねばこの森に置かれた棺桶へと蘇生されるので、死が日常茶飯事でも何ら問題はない。


「ならこれは龍の心臓なの?」


 コアという文言に記号の興味が寄ったのは、ここまで足を運んだ対価が欲しいからだろう。

 コアを光に(かざ)して覗き込む記号は、その価値を見出そうと奮闘していた。


「よかったね、記号。お宝だよ」


 ここぞとばかりに彼女の意思を汲み取るシロ。

 目的地に何も無くとも、手元にコアが残ったのだ。これは今回の冒険の成果と言っても過言ではない。


「わーい!やった!」


 記号が拳を握り飛び跳ねると、頭に支えられただけのコートが、抵抗虚しく地面に落下した。

 シロがコートを拾い上げ、円満解決したと安堵していると、横から声が掛かる。


「で、僕のこと助けてくれないかな」


 大の大人、それも同性に見上げられても何1つ心に響かない。

 「だからと言ってこの状態のまま放置するほど冷たい人では無いよね」とシロは自分に問いかけた。

 快晴の予定であった空に、雷雲が集まり始める。

 雨を警戒した記号は、シロの手元にあるコートを奪い、フードを深く被り直した。

 そんな彼女の横で、魔法使いが右手を振り上げる。

 すると、雷鳴が響き、背丈ほどの雷が彼の指先で浮遊し始めた。


「近くて良かったね!お兄さん!」


 残酷にも記号は彼を見放す事にしたようだ。

 悪意のない笑顔で、両腕を弧を描く様に思いっきり振る。

 その隣では「雷をどれだけ鋭く尖らせられるか」とシロが思案していた。

 彼らの様子に形だけの焦りを見せた兄さんは、棒読みで驚きを表現する。


「わーなんて荒業(あらわざ)


稲妻の槍(ライトニングランス)


 「技名なんて声に出すまでも無い」と省略しがちなシロであったが、この時ばかりは、はっきりと口にした。

 閃光が対象物の脳天に当たり、一瞬で視界から兄さんが消え去った。

 「今頃棺桶から這い出しているだろう」と各々が適当な想像をしながら、森を離れることになった。

 破壊された森は、時間の経過と共に再生していく。

 彼等が森を出る頃には、何事もなかった様に元の姿を取り戻していた。

 



「おかえり」


 目を合わせる事なくグレンが二人に声を掛ける。

 手元に本があることから、彼女が読書をしていた事は明白だ。

 背中合わせで調理場に立つのは、鼻の頭にガーゼを付けたエプロン姿の男性。

 彼は二人を一瞥(いちべつ)すると、何も言わずに調理を続行した。


「あのね!お宝手に入れたんだよ!」


 本日の成果を披露したい記号は、グレンの膝に潜り込んで視界を奪いに来た。

 そんな彼女の態度に怒るでもなく、この家の主人は柔らかく微笑んだ。


「触っていい?」


「お好きにどうぞ!」


 記号から許可をもらった彼女は、両手で球体を包み込み魔力を練る。

 力を受けた球体の模様は、その一部を欠落していく。


「何してるのー?」


「不快な魔力を消してるだけだよ」


 グレンは僅かに残っていた魔力を、相殺して掻き消した。

 「これで記号が誤って兵器を暴発させる事はないだろう」と安堵した彼女は、記号に球体を返した。

 彼女の器用な行動に、シロが暫し関心を向けていると、その視界が影で覆われた。


「何見とんねん」


 視界を覆ったヤミを睨みながらシロは思う。

 百歩譲って目敏(めざと)く反応するのは良い。

 「だがそのクマのアップリケごと、こちらを向くのは遠慮願いたい」とシロは尚も睨み付ける。

 何を見ているかの質問に答える義理のないシロは、長身の男から目を離さず、喧嘩腰に声音を低くする。


「ねぇ、そのエプロン似合ってないから、いい加減やめなよ」


「主さんから貰った大事なもん捨てる訳ないやろ!」


 信じられないと言わんばかりに、ヤミが大声で反論する。

 彼が呼ぶ主さんとは、今現在記号と戯れているグレンのことを指す。


「ヤミヤミのお気に入りだもんね!」


 「その気持ち分かるよ」と記号が腕組みをして、首を縦に振る。

 彼女の身につけている黒いアイテムも、グレンから与えられた物だ。

 だからこそ、記号は彼女からの贈り物を大事にする彼の気持ちを理解した。


「その執着心全く理解出来ないな。グレンもよくこんなダサいエプロン見つけてきたね」


「ふふん、勿論手作りに決まってるだろう」


 ニヤリと歯を見せて笑うグレンは確信犯だ。

 わざと似合わない物を見繕って相手の反応を楽しむのは、彼女の性格と言わざるを得ない。


「ダッサ、趣味悪いんじゃない」


「うっ……!」


 まるでそこに実物が存在するかの様に、シロから放たれた鋭い言葉のナイフがグレンに刺さる。

 僅かながらに自信作であったそれを一蹴されたグレンは、力無く項垂れた。

 そんな主人を見た仕人は、すぐさま臨戦体制を取り始める。


「おい!白猫!誰にそないな口聞いとんのや!」


 ヤミはシロにガンを飛ばすが、喧嘩を売られた張本人は、素知らぬ顔でそっぽを向く。


「君こそ誰に口聞いてんの。会話する価値見出せないんだけど」


「おお?ええ度胸やな。表出ろや」


 こうなった二人は記号の手には終えない。

 ヤミが側に掛けてあった刀を帯刀すると、示し合わせた様に、正面の庭へと歩みを進めた。

 「また喧嘩が始まったな」と察した記号は、その行事を楽しむ事にシフトする。


「あははっ!二人とも頑張れ!」


 記号の甲高い声を耳にしたグレンは、読み掛けの本に栞を挟んでそっと机の上に置いた。

 「彼等を止める役目は自分にしか出来ないから」と仕方なく腰を上げる。


「面倒だね」


 一見厄介に思えるこの作業を、嫌いになれない彼女は小声で呟く。

 本心と噛み合わない言葉を発した彼女は、聞き分けのない二人の間に割って入る為に、拳へ魔力を溜める。




 これは13番目の世界の物語。終わらない彼らの日常。

主語が分かり辛いと指摘があったので、全体的に句読点を増やす・主語の量を増やすなどの改訂をしました。

更にセリフの前の行を空白にしました。少しでも読みやすくなっていれば幸いです。

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[良い点]  改めて読んでみて思ったことは、改行をしたのか文章に隙間が出来て読みやすくなっている。 (勘違いだった場合は、すみません)  途中で間があるのも、続きから読む時の目印にも、なるから良いと思…
[良い点]  冒頭で「この後、どうやって物語が進んでいくだろう?」と思い、とても想像が膨らんでとても良かった。 [気になる点]  でも、一人称視点と三人称視点が若干混ざっていて、少し頭が混乱しました。…
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