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貴女を助けるためならば

「早く!エーディト姉様を清廉の間にお連れして!」

「薬湯は!?」

「準備できております!」


 バタバタと幾人もの神官があちこち駆けまわっている。

 エーディトが戻り次第、すぐに治療できるように。


「ユリエラ様、エーディト様がご帰還されました!」


 慌ただしく駆け込んできた神官に、ユリエラは即座に指示を出した。


「既に術の展開式は組み上げました!姉様を陣の中に寝かせなさい!」

「はい!」


 慌ただしく、準備がされていく。

 エーディトの容体は思ったより悪い。


 攫われてから時間がそれほど経過しているわけではないのだが、普段『清廉の間』と呼ばれている部屋で過ごしている彼女にとって、相当堪えたようだ。

 元々体が弱いのだが、空気を清浄なものにしている『清廉の間』。エーディトが最も過ごしやすい空気、清められた場所であり、彼女の体調の変化に対応できるよう細やかに整えられた部屋。


 通常、エーディトが外に出るときは本人が薄っすらと自分の周りに結界を展開させ、『清廉の間』と同じ空気を作り出すことで問題なく外出できているのだが、魔力封じの腕輪によりそれが出来ていなかった。


 結果は、――お察しのとおり。


 精神的にも、肉体的にもとんでもない状態で帰ってくることとなった。

 呼吸も普段の落ち着いたものではなく、ひゅーひゅーと空気が漏れているような嫌な音までしている。


「姉様…っ」


 自分が術を使うため、深呼吸をして心を落ち着けていく。早く、早く、と焦ってしまうけれどそれが良くない。そう分かっていても心はとても焦ってしまう。


「落ち着いて…落ち着いて…」


 エーディトを救うには、何が一番効果的なのか。

 考えるまでもなかったけれど、ユリエラは大きく深呼吸をしてから何かを決意したように一度目を閉じ、そして、開いた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 一方、肉体的に、精神的にエーディトをとことんまで追い詰めたことにより、アルベリヒは罰を受けることとなった。

 神罰ではなく、そんなものよりも堪えること。


 ヴァイセンベルク公爵家は、王家への支援を一切やめることとする。ならびに今代の王には誠心誠意仕えるがアルベリヒに対してだけは、何もしないと決めた。

 好きにしろ。


 それだけ言って、突き放したのだ。


 高位貴族、特に王家派として名高いヴァイセンベルク家からの支援が一切受けられないという罰にアルベリヒは抗議しようとしたが、そんなもの許されるはずもなかった。

 ヴァイセンベルク家に抗議すれば、『誰のせいでこうなったと思っているのか理解する頭はあるのか』という内容をオブラートに包んだ書状が送られてきた。


 だが、これを逆恨みするようになったのだ。


 エーディトが自分を受け入れてくれていれば、こんな強硬手段に出ることはなかったと言えば、『今までの王太子教育は何も効果がなかったご様子で』と返される。


 正論で返されているだけだというのに、そしてその原因は自分であるくせに、他人のせいにして自分を正当化する。

 何ともまぁ最悪なものだが、他は基本的にハイスペックなのだから、質が悪い。


 そして、アルベリヒの婚約者である侯爵令嬢から婚約破棄をされた挙句、縁も切られたものだから、殊更機嫌が悪くなってしまった。


 全てはアルベリヒの自業自得であるにも関わらず。


「くそ!!くそっ…くそくそくそ!!」


 致命的なミスと言える失態。

 だが、アルベリヒはまだ諦めてなどいなかった。


「…なら、もうなりふりなど構っていられん」


 散々暴れ散らかした後、デスクで手紙を書き始めた。

 しばらく真剣な表情で書き記した後、それをアルベリヒのことを監視している側近に手渡し、エーディトに届けてもらうように言づけた。


 しかし、監視役は気が乗るわけもなく、また、アルベリヒの癇癪を見てしまっているのだから素直に言うことを聞きたいとも思えないというのが本音というもの。



「…」

「謝りたいだけだ、本当に」


 腐っても、彼は王太子なのだ。ここまでやらかしているにも関わらず、まだ王太子でいられることが信じられなかったけれど、我が子可愛さに国王は王太子の変更も、アルベリヒの廃嫡も行わなかった。

 現状、彼の命を聞かないわけにはいかない、と監視の側近は扉から離れることなく、他の使用人を呼んでから神殿へと届けるように依頼した。謝罪の手紙だ、と付け加えて。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 目を開いたユリエラは、静かにこう告げた。



「…姉様の、権能を、使う」


 ユリエラが使える権能は『時進み』。

『時戻し』を本来使うことができるのは、エーディトなのだ。だが、躊躇している暇などなかった。


 このままうじうじしていて、エーディトに万が一があってはいけない。

 何よりもエーディトの命を優先させることを、ユリエラは選んだ。


 ぐ、と手を固く握って、ユリエラは神に届くようにと思いを込めて大きく叫んだ。


「神よ!力を貸して!私自身、どうなっても良い!…だから…、だから…っ、エーディト姉様を、助ける力を!」


<耐えろ>


 ただ短く、神は言う。

 ユリエラのやりたいことを、あれだけで理解してくれたのだろう。そう思いほ、と息を吐いたのも束の間。


「っ、あ」


 血が沸騰しそうなほど脈うった感覚がした。たった一度だけど、まるで爆発したような、そんな感覚でもあった。

 直後、自分が使える権能以外に何か、増えたことが分かる。


 どくん、と体の中で爆発しそうなほどの力が溢れてくる。

 これで、できる。そう確信したユリエラは魔法陣に横たわるエーディトの時間をほんの少し、戻す。必要最低限、血を吐く直前まで、そこまででいい。

 後はどうにかして、自分たちがエーディトの本来過ごす場所に連れて行って静養させる。体調が少しでも良くなるように。


「…お願い…!」


 本来使える力ではないものを使うことが、これほどまでに負担がかかるとは思ってみなかった。でもそんなこと、どうだっていい。

 エーディトが元気になるなら。この人を守れるならば。


時戻し(リストア)、発動!」


 体の中と外がひっくり返るような感覚。

 中身を吐き尽くしそうな強烈な吐き気に襲われる。

 自分が扱う以外の権能を使うことが、これほどまでに負担になるとは思ってもみなかったが、エーディトにこんな負担はさせられるわけがない。

 ユリエラ(自分)だから、良い。そしてこれはユリエラ(自分)にしかできないのだから。


「…っ、う」


 倒れないように、足を踏ん張って、気力も、そして体が引き裂かれそうになったとしても。


「…ぐ、っ」

「ユリエラ様!」


 歯を食いしばり術を行使するユリエラの気迫は凄まじいものではあったが、エーディトを治した後、このままではユリエラまで倒れてしまう。

 神官たちは、エーディトも大切なのだが同じくらいユリエラのことも大切なのだ。

 しかし彼女ほどエーディトを早く救えないことも、事実。ユリエラに任せるしかないという状況に歯噛みしてしまうが、それでも『お願いします』と祈らざるを得ない状況。


「私のことは大丈夫だから!あと、もう、少し…!」


 ぎりぎりと歯を食いしばっているユリエラの願いと、皆の願いが重なる。

 このひとを、まだ、連れて行かないでください。どうかお願いします、と。


「…う」


 くったりとしているエーディトの顔色が戻ってくる。

 聞こえた、僅かな反応。


「…姉…様?」


 良かった、と思ってもまだ気は抜いてはならないだろう。

 ぐ、ともう少しだけ踏ん張らなければと思った矢先のことであった。


<ユリエラ、神力はもういい。魔力へと変換させ、エーディトが失った魔力の補充をしてやりなさい。そうしたら、もう大丈夫だ>


 神の声が聞こえる。

 神力を注ぎ、権能を行使していたが、それがもういいということは、つまり。


「や、った」


 はは、と笑って言われた通りに、エーディトの中で不足している魔力をゆっくりと注いでいく。

 早く、大好きなこの人が目覚めますように、と。そう願う。

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