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 一見、アルベリヒは大人しくなったように見えていた。

 教会へ行かず、日々、次期国王となるための帝王学の勉学に励んでいた。勿論やらなければいけないことは他にもある。

 それら全てをこなせるほどにアルベリヒは大変優秀な存在であった。


 それもこれも、エーディトを手に入れるための準備にすぎない。


「ふふふ」


 もはや執着と言っても過言ではないが、表面上は必死に反省しているように見せかけてきたのだ、アルベリヒは。もう少し、もう少しだと自分に言い聞かせながら父から貰った知らせの手紙を見て、にたりと笑う。


「エーディトが…手に入る」


 国王の年齢と体力を鑑みて、アルベリヒが王位に就く日が近づいてきていたのだ。

 そうなるタイミングで、アルベリヒの婚姻も執り行われることになっていたが、現時点での婚約者からは愛想をつかされている状態。だがそんなことは最早どうでも良い。婚約者と、とりあえずは結婚する、そして所謂お飾りの花嫁とは早々に離縁することも心に決めている。


 アルベリヒが欲しかったのは、エーディトだけなのだから。


 エーディトと初めて会った、というか一方的な片思いが始まってから早十年が経過していた。

 二人が出会ってしまったのは、エーディトが八歳、アルベリヒが十歳の頃である。あの最悪な初対面の後、王家も神殿もヴァイセンベルク公爵家も、徹底的にアルベリヒをエーディトから遠ざけまくった。


「俺はまだ王太子、だが…」


 ぐっ、とアルベリヒは拳を握る。


「即位のために神子から言葉をもらえる。…チャンスはその時だ」


 準備は虎視眈々と。

 アルベリヒが言いくるめ、この日のために思考回路を自分色に染めたアルベリヒの腹心も、彼のやりたいことは理解している。

 それを、ついに実行するときが来た!と思うと笑みが深まる。


「明日だな」


 時間と場所を念のために書面で確認してから、アルベリヒは眠りについた。

 既に居る婚約者は、王太子妃となるべくこれまで教育されてきた、由緒正しき家柄のご令嬢なのだが、もうアルベリヒの中では無用の存在でしかなかったのだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「では、殿下。こちらへ」


 過去のやらかしを知っている者たちは、まだまだ神殿内に多くいる。

 神子との対面の間に通される間、アルベリヒ達はかなりひりついた空気を感じながら歩いていた。


「…警戒が、すごいですね」


 アルベリヒの側近の男性は、思わずそう呟いた。


「過去に俺は間違いを犯したからな。…仕方ないさ」

「ですが…」

「構わん。更生している日々を送ることで結果として今日、この日がやっと来たのだ」


 さすがだ…!とアルベリヒを褒めたたえる青年を横目に、神殿の廊下を導かれるまま歩いていく。真っ直ぐ進み、右へ左へ。

 角を曲がり、神殿の奥へ行くにつれて空気が澄んでいくのが分かる。


「(そういえば、エーディトは身体が弱いと…)」


 今であれば分かる。

 ここでないと、エーディトは過ごせない。


「(ここの空気の清廉さはとんでもないな…)」


 けれど、王宮の魔法使いも浄化魔法を使えるものはいるから大丈夫だと、そう軽く思って周囲を慎重に探る。

 神官と王宮にいる魔法使い。大した違いなどないだろうと、アルベリヒは簡単に考えた。『ここだからこそ』という考えは、彼の中にはありはしない。


「(白を基調とした部屋が良いだろう。エーディトは白が似合うからな)」


 連れて帰る気でいるから、アルベリヒはエーディトが現在いる環境をくまなく目に焼き付けていく。

 同じような環境であれば問題ないだろうと、勝手に思って。そして一人、エーディトとの穏やかな日々を妄想しては緩みそうになる頬を必死に堪えているという奇妙な状況であるが、これを出さないのはこれまでの教育の賜物とでも言うべきか。


「王太子殿下、こちらです」


 ひときわ大きな扉が、目の前にあった。

 案内役の女性神官は扉に手をかざすと、ぎぎぎ、と重厚な音を立てて開いていく。ドアノブを掴み、開いた気配はなく、特殊な仕掛けがあるのだと容易に分かった。


 アルベリヒの視線の先、円卓に既に座っているエーディトが、そこにいた。

 やっと会えた!と叫びたくなる気持ちを堪え、ゆっくり室内に進んでいき、テーブルを挟んで相対する。


「エーディト!」


 名前を呼んだ瞬間、女性神官にぎろりと鋭く睨まれ、淡々とアルベリヒは指摘をされる。なお、エーディトの表情は一切変わらない『無』であることはいうまでもないのだが。


「殿下、お慎みください。エーディト様を名で呼び捨てにして良いのはユリエラ様と公爵ご夫妻、そして神のみでございます」

「何だと…!」

「…構いません。この方にお会いするのは今だけなので」


 怒りを見せる女性神官を、静かにエーディトは宥めた。けど、と更に何か言いたげな彼女に対してふるりと首を横に振る。


「殿下、この度はご即位されるとのこと、おめでとう存じます。殿下に時の神の加護がございますよう」


 エーディトは立ち上がり、アルベリヒの元へと近寄るが、距離は一定を保っていた。

 ユリエラからきつく言われていたのだ。いくら武術などに優れている女性神官がついていてくれるといっても、相手はあのアルベリヒであり、次期国王なのだ。エーディトに何かするために、いかなる手段も用いるだろう、と。


 一方のアルベリヒも、タイミングを逃してはいけないと思い、慎重に、慎重に、時を見計らう。


「ありがとう。時の神の愛し子。神子姫よ」


 深々と頭を下げるアルベリヒに対して、加護を授けようとエーディトが彼の頭に手を伸ばした、その時だった。


「……捕まえた」


 がっ、と細い手首が掴まれる。


「え…?」


 しまった、エーディトがそう思った時にはもう何もかもが遅かった。慌てる女性神官など目もくれずエーディトの細い体を抱き寄せる。

 華奢な体が腕の中に入ると同時に、にたり、とアルベリヒは嗤う。


「今だ!!」

「はっ!」


 側近の男が、女性神官を突き飛ばしつつあて身を食らわせる。起き上がれないようにと念には念を。女性神官をひどく蹴りつけ、何度も何度も頭を、背中を、胸を、と位置を変えて踏み続けた。


「やめて!!」


 エーディトが悲鳴を上げるがそんなものも気にしない。アルベリヒにとって、唯一はエーディトだけだ。

 そして、エーディトをしっかりとらえたアルベリヒは嫌がり暴れる彼女を抱き締め、王宮の魔法使いに作ってもらった転移のための魔道具を床に叩きつけて、王宮の自室までテレポートしてきた。


「……な、んで」


 呆然として座りこんでいるエーディトを嘲笑うように、アルベリヒは華奢な体を床に描かれた魔法陣の場所に突き飛ばす。

 その瞬間、魔法陣が発動してエーディトを捕らえる檻へと変化した。


 それはまるで鳥かごのような形をしており、柵にあたる部分は触れれば酷く痛むだろうと推測されるような鋭い棘があるから、無理に握ればエーディト自身が怪我をしてしまうだろうことは簡単に推測できる。

 しまった、迂闊だった。そう思っても遅く、アルベリヒはギラギラとした目で檻の中のエーディトを、心底楽しそうに見つめている。


「やっとだ!!!!!やっと、手に入れた!!!!!!!!!!!」


 狂ったように笑うアルベリヒを信じられないようなものを見る目で見つめるエーディト。

 どうして、と問いたくとも、彼女は今のこの現実を受け入れられないでいた。いいや、受け入れたくなかったのかもしれない。それほどまでに異様な光景。


 そして、清廉な空気の外に無理矢理出されたことで、エーディトの体はあっという間に蝕まれていく。目に見えないけれど、確実に。



 女性神官が倒れていること、そしてエーディトの気配が消えたこと。

 これらが分かった瞬間、神殿の内部は騒然となった。

 どうして警備に抜かりがあったのだ、と問うが満足のいく答えなど返ってくるわけもない。


 なお、今回の連れ去り事件に関しては、タイミングが何もかも最悪すぎた。


 ひとつ。

 ユリエラが遠方に視察に行っていて不在であったこと。


 ひとつ。

 更に、ユリエラがかなりの権能を使う必要があったとして、ほんの一瞬だけエーディトについての守りが薄くなってしまったこと。


 ひとつ。

 アルベリヒの行いを、『幼い頃のものだからさすがに反省しているだろう、大丈夫だろう』と周囲が過信していたこと。


 何もかも、最悪の状態が重なってしまったことにより起きた出来事。

 神ですら見逃した、と批判をされたが、その神自らユリエラを連れて一瞬で神殿に戻ってきたのである。


<エーディトは>


 姿を見せず、淡々と、神は声だけで問う。

 心底怒っているのが目に見えて分かる程、空気はひりついた状態へと変化していた。


「も、申し訳ございません…!油断、を…」


<あの一瞬をつくとは…>


 謝罪する女性神官への咎は無かったようだ。

 普段、しっかりとエーディトのことを守ってくれていることを知っているからだろうか。それとも、不意をつかれ、エーディトが攫われたことには変わりないが、見ているこちらが目を背けたくなるほどに痛めつけられ、体中包帯まみれになりボロボロだからだろうか。

 神は、ふとユリエラを見ていた。


「…どこかで情報が漏れていたということですわね」


 冷静だけれど、そして壮絶なる怒りでユリエラの表情はこわばっていた。


<ユリエラ>


 神が、すぅっとユリエラの目を塞ぎ、覆った。

 まるで、手で覆われているような、そんな錯覚。


<大丈夫だ、じきに帰ってくる。エーディトの父に力を送った。…小賢しい結界を破壊できるように。所詮はヒトの作りし結界。どうとでも破壊は可能だ>


「…はい」


<そなたはエーディトが帰ってくる準備をせよ。恐らく>


「恐らく?」


 目を覆う手が離され、背後にいるのかと見上げるも神の姿は見えない。

 ほんの少しだけ、御姿が拝見できると思っていたのに…と残念がるユリエラだったが、次ぐ言葉に蒼白となった。


<体調も精神も、ズタボロだ。封じられているのに、分かる>


「…姉様…!」


 こうしている暇はない、とユリエラは慌て始める。


「女性神官に伝えなさい!エーディト姉様が帰り次第、すぐに浄化の準備をします!」

「はい!」


 どたばたと、エーディトが帰ってきたときの準備を始める彼らとユリエラ。

 どうか、無事で。

 そうユリエラは願い、エーディトのための薬湯を用意し始めたのである。

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