結果
凛とした女神としてのユリエラの声に、アルベリヒは言いようのない嫌悪と怒りに襲われる。
それまでぼんやりと、視点が定まらなかったアルベリヒは、はっとしたように我に返った。
「罰、だと」
あくまでも自分は悪くない、ただエーディトを想っていただけだ、と主張するアルベリヒだが、そもそもを彼は理解していないし、しようともしていなかったのが問題なのだ。
エーディトには、婚約者がいる。
それは『今回の』エーディトだろう、と言われればそうなのだが、婚約者がいるという相手に対して懸想しまくりな上に、影からとはいえねちっこく視線を送りまくり、あまつさえ手紙を渡そうとするとはどういう神経を持ち合わせているのか、と。
そして、前回のエーディトに関してはもっと簡単だ。
拒絶されたにも関わらず誘拐のような真似をして監禁し、王宮に留めおき、更には実家を人質にとるような真似をしでかした相手をどうやって好きになれというのか。
前回のエーディトに関しては、もう別にどうでも良いと皆が思っている。
やり直しを決め、こうして着実にこなしてきてみせたのだ。絶対に、成功させると決めているから。
<どこまでも身勝手、自分ばかりが可哀想と言う王子か…そうかそうか>
神にここまではっきり言われるなど、この第一王子は何をしていたのだろうか、と集まっていた貴族は興味津々といった様子で視線を寄こしてきている。
『神子を愛してしまっただけではないか!』もしくは『愛してならぬと、神が干渉してくるなどありえん!』と叫ぶ第一王子派もいるのだが、今回の神はクロノではない。彼ならば人に対してある程度の慈悲を示してくれたのだが、それ故に起きた悲劇を、巻き戻った人たちは知っているから。
だから、許してやるわけなどない。
アルベリヒがどれだけ吠えようとも、気になどしない。
「何だ貴様らその目は!」
そして、アルベリヒが怒鳴り散らしてみても、迫力など一切ない。
いいや、アルベリヒを慕うものの方が少ないこの状況において、神聖な神子同士の結婚式で騒ぐだけでも恥さらしも同然。まして、神自身が言葉を紡いでいるというにも関わらず、睨みつけて反論までしているのだ。
王妃の顔面は哀れな程真っ青になり、国王も信じられないものを見るかのような目で我が子であるアルベリヒを見ている。
だが悲しきかな、アルベリヒだけは両親の顔色に気付くことなくぎろりとユリエラを睨んだ。
「何が神だ!貴様、前は単なる神子でしかなかったくせにえらそうに!」
<…へぇ>
アルベリヒの言うことは、単なる妄言としかとられていない。本人が気づいていないから、これはどうしようもないのだ。
「エーディトと俺を結び付けるという、たかがそれすら叶えることのできぬ役立たずの神など、要らぬ!」
別にユリエラは、アルベリヒとエーディトの仲を取りもつ、だなんて一言も言っていない。
彼が勝手に勘違いしているというだけなのだ。
『巻き戻す』=『エーディトとアルベリヒの幸せな未来ではない』ということにすら気付いていない、己の都合の良いような未来しか思い浮かべられない自分勝手極まりない男など、誰が好き好んで相手をするというのか。
「あ、アルベリヒ、そなた……何ということを」
がたがたと震える王妃の姿がここに来てようやく視界に入ったらしい。
しかし、その王妃の声に続いたエーディトの声に、アルベリヒは足元が崩れるような心地がした。
「…気持ち悪い」
聞いたことのないような、冷たく、侮蔑が混ざったエーディトの声。
どうしてそんなことを言うのだ!とアルベリヒが言おうとして、はっと気付いてしまった。
エーディトも、クロノも、国王夫妻も、そして、参列者も誰もかれも、アルベリヒを異物を見るような目で見ていることに。
<誰も我が神子をそなたにやる、などと言うておらんのに…………何とも身勝手すぎる男だこと>
「神よ、どうか…っ、どうか、あの愚か者の命などどうなっても良い!ですからこの国への神罰だけはお許しくださいませ!思い上がった愚か者など、我が息子でも、この国の王子たる資格すらもございませぬ!」
ユリエラの声に、王妃はばっと弾かれたように反応し、必死に言い募った。
どうやら女神…もといユリエラは、王妃が思っていた以上に、とてつもなくエーディトとクロノを愛し、可愛がっていることに王妃がきちんと気付いたことで、何が何でも王家に対して神の加護を与え続けてもらわなければ困る、と考え、判断し、アルベリヒを切り捨てにかかったのだ。
「は!?」
どうして自分が。
何度となく言い放ってきた身勝手な台詞がまた出ようとするが、ユリエラがすい、と手を動かしたことでアルベリヒは何も言えず、動くことの出来ないままに時が止まってしまう。
「(何だ…?これ、は)」
<王妃、これがここにおる限り、我が神子らへの危険があることは理解できておろうな>
「はい!」
<国王>
「無論にございます!神子様、そして神子様らが女神に祈りを捧げてくださるからこそ、我が国の平穏は保たれておりますれば!」
<では、どうする>
「それは、捨てましょう。我が国にも、我が血筋にも」
父上、と叫びたかったけれど、叶わなかった。
無情にも、国王は淡々と続ける。
「不要でございます」
にぃ、とユリエラはアルベリヒにだけ分かる歪な笑みを浮かべて、手をぐっ、と握る。
それと同時にアルベリヒの頭上に展開された漆黒の空間。
「―――――え」
言うが早いか、アルベリヒはあっという間にソレへと呑み込まれ、そこには何も残らなかった。
それと同時にユリエラは神としての力の一端を解放し、世界に生きるもの全てから、『アルベリヒ』という存在の記憶にまつわる時間、そのものを全て消し去った。
アルベリヒが過ごしてきた『時間』そのものに干渉し、消したのだ。
<はい、おしまぁい>
人々には、一体何が起きたのかは分からないが、エーディトとクロノにだけは理解できた。彼らが神子であるから。
「…アイツ…やりやがった」
「徹底的にあの王子の存在を無きものにしてしまうだなんて…」
ぞっとしたのも事実だが、エーディトはそれ以上に安堵した。
あの気持ち悪い目を向けられなくなる、ただそれだけなのだが、ようやく解放されたのだから。
<我が神子ら、愛しき存在よ。いつまでも、幸、多からんことを>
何もなかったかのように、ユリエラは再び祝福の言葉を二人へとかける。
そして、参列者らは何事もなかったかのように、彼らを祝福したのであった。
<姉様、クロノ、お二人はいつまでもお幸せになりやがってくださいまし>
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なんで、…どう、して」
真っ黒な中、アルベリヒはただ一人、呆然として座り込んでいた。
「やり直したからには、俺が!幸せにならないといけないんじゃないのか…!?」
<はーーーーまた身勝手な寝言ほざいてやがりますわね>
アルベリヒの言葉を鼻で笑い、ユリエラはその空間へと転移してきた。
諸悪の根源は貴様か!と叫ぼうとしたが、アルベリヒの口は何があろうと動いてくれる気配はなかった。
「…!?」
<さぁて、もう一度問いますわ>
「!」
<親を殺し、身勝手な理由で聖女召喚を行い、一人の女性を殺したお前の言うことを、どうしてわたくしが聞いてやらなければならぬのですぅ?>
ユリエラの目は、どこまでも冷たい。
<お前、何も変わらなかったじゃありませんか。姉様への態度も、なぁんにも>
やり直し=成功。
これがアルベリヒの頭の中にあった方程式。
<我儘で、自分勝手で、独りよがりなナルシストなんかの願いを叶えるくらいなら、世界ごと滅ぼしますわ>
はー、やだやだ。そう言ってユリエラが手を動かせば、アルベリヒの足元からずるりと茨がはい出て、彼を閉じ込める。
「何だこれは!」
声が出る、そう思って怒鳴ったがユリエラはどこまでもしれっとしているだけで、アルベリヒを見ているようで見ていない。
<お前のようなどうしようもないクズはぁ、そこで朽ちていってくださいまし。心から反省すれば……出られるかも、しれませんわねぇ?>
さようならぁ、と間延びした声だけが響き、そして全ていなくなる。
まさに『無』ともいえるべき空間に、たった一人残されたアルベリヒは、その場にへたり込んだ。
「……自業自得、とでもいうのか……?」
今更知ったところで、何も変化などしない。
やり直しの結果、ユリエラが用意したのはエーディトが好きな人と笑っていられる未来と、アルベリヒがただ孤独に死んでいく末路。
「ごめん、なさい」
──あらぁ……謝ったとて、己の行いは消えはしないというのに……おバカさぁん。
そう、ユリエラの声が聞こえてきたような気が、した。




