幸せな人と、そうならない人
「姉様~!なんて素敵なんでしょう!」
うっとりとユリエラは目を細める。
純白のドレスにヴェール、レースの肘上まである手袋に、白薔薇のブーケ。
一度目の棺をユリエラは思い出したが、『けれどそれは母たちの配慮なのだ。だから、大丈夫』と真っ直ぐな目で、強い意志を持って言ってくれた大切な従姉の言葉を何より尊重すべきだと判断した。
「ありがとう、ユリエラ。いいえ、時の女神様」
「え~?いやですよぉ、わたくしは姉様が幸せになることだけを願った強欲な神様なのでぇ」
あっはっは、と笑っていると新郎の装いをしたクロノが部屋に入ってきて、『うげ』と顔を顰めた。
「あらぁ、そんなお顔しちゃいけませんわぁ」
「誰のせいだ」
「クロノ自身のせいですわね」
「コイツ…!」
思わず拳を握りギリギリとしているクロノだったが、エーディトに『まぁまぁ』と言われれば愛しい婚約者には弱いのか、げんなりとしたままではあるもののそれ以上は言わなくなった。
「…で、だ」
「はぁい」
「わたくしからも聞きたいわ。どうしてこんな手のこんだことを?」
「ん~」
ふわりふわりと空中で浮いたまま、ユリエラは何かを考えるような仕草をしてみせる。
そして、言っても良いものか悩んではいた様子ではあったが、エーディトとクロノ、二人の前に空中で正座をするような体勢になった。
「まぁ、お二人お察しかもしれませんけどぉ、あのクソ王子に対してトドメをさそうかな、って」
「…アルベリヒ王子か?」
「そうですわ」
「……けど、アイツは今幽閉処分をくらっているだろう」
「遠くから想っているだけだ、とか言いながら粘着質に姉様にねっとりじっとりした目を向けられたら我慢できませんものぉ」
わたくしが、と付け足してからはー、とため息を吐くユリエラ。
そんなユリエラの様子を見ていたクロノは、ふと思った疑問をぶつけた。
「だがユリエラ」
「はぁい」
「結婚式を見せつけたくらいで、あのアルベリヒが簡単に諦めるか?」
「やぁだ、結婚式だけで済ませるわけございませんよぉ」
「え?」
「は?」
ケラケラと笑ってユリエラは手をひらひらと振る。
艶やかな笑みで、しかし、どこか剣呑な雰囲気を笑顔に乗せてユリエラは続けた。
「ちょぉっと、頑張ったんですよねぇ、わたくし」
「……ユリエラ?」
「大丈夫ですわ姉様。姉様はなぁんにも憂うことなく、想い人と結ばれてくださいまし」
エーディトに対してはどこまでも穏やかに。内側の人間に対してもにこやかに。
けれど、敵と認定したものについては、何があろうと容赦などしない。それが、今回はアルベリヒなのだ。
「お二人はこのまま、会場入りしてくださいまし。クライマックスをお楽しみに」
それではぁ、と声だけ残してユリエラの姿は消えていく。
困惑したような表情のエーディト、クロノは二人揃って顔を見合わせてから首をぎぎぎ、と曲げてしまうが、何をしたのかはきっとあれ以上問うても欲しい答えは返ってこないだろう。
「……ええと、エーディト」
「は、はい」
「行こうか…」
「…そうですわね、クロノ」
エーディトに手を差し出し、その手を取ってエーディトはすっと立ち上がる。
各々の両親にまず最初に祝福され、新郎新婦は揃って回廊を進んでいく。
この長い回廊を抜ければ、メインの会場へと到着する。
そうして、光に包まれた会場に到着した時、そこに居た人物にエーディトとクロノが揃って驚くこととなった。
「……アルベリヒ……?」
「どうして、あの人が…」
小声で話しているが、そのアルベリヒはどこか虚ろな目をしているではないか。一体何が、と思っていると式場にひらりひらりと花びらが降ってくる。
「え、ええ…?」
こんな演出があるだなんて聞いてない、とエーディトは思う。どうやっても思考回路がついて来ない。
一体、ユリエラは何をしようとしているのだろうと思っていると、黄金の光が出現する。
「おいまさか…!」
「あの子、顕現する気…!?」
あくまで小声ではあるものの、知らされていなかったわけで驚くな、という方が無理がある。
<我が神子らの、幸せを我も願おう>
「何をやるかせめて俺たちには話しておけあのバカ神…!」
新郎らしからぬ表情でクロノは言うが、どこ吹く風でユリエラは続けていく。
<かの者らには、我より最高の祝福を与えん>
あくまで人の形をした光の塊のまま、ユリエラは手を掲げる。そうすると、エーディトとクロノ、二人を温かな光が包み込んだ。
「これは…」
「紛れもない、『祝福』だ。俺が神であった時にエーディトに…授けようとした」
「まぁ…」
ほわ、とエーディトの胸が温かくなる。そんなにも想ってくれていたのか、と嬉しくなるが同時に思った。
「あの……けれど『祝福』って、こんなにあっさり…?」
「アイツの強欲さだからこそなしえているんだろうな」
「ユリエラ……!」
ああもう、と神となった従妹を小声でこっそりと叱るがきっと彼女は『わたくし姉様贔屓なので仕方ないでぇーっす』と言ってのけてしまうだろう。
だが、それよりも。
「アルベリヒを…どうしてここに…?」
その疑問だけは、答えが返ってこない。
関係者たちも、『どうしてアルベリヒがここにいるのだ』という顔をしているから、恐らくユリエラの独断で彼を無理やりにここまで、何かしらの術を用いて連れてきたのだろう。ユリエラなら出来てしまうから。
王妃も、国王も物凄い顔をしているのだが、ユリエラの、否、時の女神たる存在から頭に響いてくる言葉に、『あぁ、やはり』と納得したような表情へと変化した。
<そして、神子に害為すものには>
静かに、ユリエラは言う。
<―――罰を>




