さぁ、存分に壊れてしまえ
ユリエラに言われたことは、神託として神殿の人間、もとい大司教から国王とヴァイセンベルク公爵家へと伝えられた。
内々でやる予定だった式だけれども、そんなこと知らん、と。神子たる二人の式を盛大にしなくてどうするのだ、と神が言っていると聞けばエーディトもクロノも思わず苦笑いを浮かべるしかできない。
事情を知っているエヴァルト侯爵家ならびにヴァイセンベルク公爵家の面々は『何をやる気だ…?』と冷や汗を流したが、父であったオースティンの前にユリエラは現界してこう告げた。
「簡単なことですわ、お父様ぁ。ちょぉっと粘着質なストーカー王子を精神的に叩きのめしたいだけなんですの」
えへ、と可愛らしく笑いながら、そこそことんでもないことをしれっと言い放ったかつての娘に思わず硬直するオースティンであるが、実際あのアルベリヒは鬱陶しい。
じめじめとエーディトを未だに執拗に狙っている。
なお、彼に関しては王宮内で『ついに気が狂ってしまった』や、『神子様に懸想するなどもってのほかというのに残念な王子様』という一度目とは打って変わって何とも無残な評価しかされていないうえに、エーディトに対しての執着心のあまりの強さに関して『次に何かしたら王族専用の幽閉塔に一生投獄させる』と決まっているのだ。
もっとも、本人はそんなこと露ほども知らないけれど。
「しかしユリエラ様」
「…お父様ぁ?」
ユリエラに対して、『様』付で呼ぶと、彼女はとんでもなく不機嫌になってしまう。
どんな姿でも、やっぱり娘は娘だ、とオースティンはしみじみ思う。
「はいはい。ユリエラ、何をどうしようというんだ」
「簡単ですわぁ。ちょっと地獄を味わっていただくだけですもの」
うふ、と笑ってユリエラは空へと消える。
それを聞いていた使用人たちは、揃ってこう思ったという。
『ああ、ユリエラ様はどこまでいってもユリエラ様なのだ』と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「エーディトの結婚式、だと」
知らせを聞いたアルベリヒは愕然とする。
そして、それに招待されていないことに対しても酷く憤った。どうして王族の自分が招待されない、と一気に怒りが頂点に達し、部屋の調度品を手あたり次第あちこちに投げつけ破壊し、カーテンも無残に破った。
ぜぇはぁ、と肩で息をしていると、部屋の扉がノックされて主の返答を待たずに入室してきた。それも嫌でアルベリヒは怒鳴りつけてやろうと勢いよく振り向いた先にいたのは。
「はは、うえ」
「…何ということでしょうね、これは」
母の目に浮かんでいるのは軽蔑の色。
「だ、って」
「あなた、いくつになったと思っているのかしら。そしてエーディト様はクロノ様との婚姻が幼い頃よりとうに決定していたではありませんか」
「わたしは賛成などしておりません!」
「どうしてあなたに許可を取る必要があるというの」
あまりにあっさりと返ってきた返答に、アルベリヒは眩暈がした。
どうして誰も分かってくれないのか。
どうして誰も協力してくれないのか。
どうして、どうして、と心の中で己の叫びだけが大きくなっていく。
「あなたには、心底がっかりしました。幼い頃の神童っぷりはどこへやら…」
はあ、と深いため息の音にアルベリヒは愕然とする。
『あなたはとても優秀ね、母様はあなたを誇りに思いますよ』そう言ってくれていた、あの優しい母はもういない。
目の前にいるのは、ヴァイセンベルク公爵家を大切にしているがあまり、息子の自分を蔑ろにして、よりによって第二王子を王太子に推薦した愚か極まりない母。
そのようにしか、彼の目には映っていなかった。
「アルベリヒ、そなたもそろそろ結婚しても良い歳なのです。いい加減にわきまえなさい」
「嫌だ!わたしの花嫁はエーディトだけだ!」
「……そう」
まただ。
母の目に宿る軽蔑や批難。もう、そんなものなどはいらないというのに。
「仕方ありませんね」
母が手を上げるやいなや、どたばたと部屋に侵入してくる兵士たち。
「捕らえよ!神の憂慮通りになってしまったからには、このようなモノを王宮内に置いておくわけにはいかぬ!王太子殿下にも悪影響となろう!」
「はぁ!?」
――まず、一つ目の絶望をどうぞぉ。
どこからか聞こえたようなアルベリヒを嘲笑う声。そうだ、これこそが諸悪の根源だ!アルベリヒは咄嗟に腰の剣を抜こうとするが。
「はよう捕らえよ!このもの、正妃であり母である我を切らんとしておる!」
他の人にはその声は聞こえていない。
「……ぁ」
違う、母を切ろうとなどしていない!そう弁明しようと思っても体はそのまま動いていたから、剣を抜き去ってしまっていた。
しかもよりによって切っ先は母へと向いているではないか。
「ま、待ってくれ!違う!」
「何が違うと申す!…このような気狂いは、我が子ではないわ!」
凛とした王妃としての声で、続けて命じた。
「捕らえよ!魔法も使えぬ幽閉塔へと、こやつを早々に叩き込め!そしてエーディト様とクロノ様の婚姻に障りのないよう、何の情報も与えるな!」
「嫌です!母上!」
ぎり、とアルベリヒを憎そうに見つめ、王妃は更に声を張り上げる。
「母などと呼ぶでない!…こやつは、『静寂の牢獄』へと幽閉せよ」
部屋になだれ込んできた兵士の中には、国王夫妻を守っている騎士団も存在している。
彼らに守られながら、王妃はアルベリヒの幽閉先をあまりに淡々と告げた。
外界の音は一切入ってこない特殊な魔法がかけられている、『静寂の牢獄』。泣いても喚いても、あそこならば問題ないと王妃として判断した。
「やめてください!母上!……っ、ははうえーーーーーーーーー!!!!!!」
兵士に両腕をがっちりと拘束され、手首には魔法封じの手かせを嵌められた。
「母上!!ははう、むぐっ!」
そしてもうしゃべるなと言わんばかりに猿轡までかまされてしまう。
「んーーー!!!んんんーーーーー!!!」
ぼろぼろと涙が零れるが、誰にもその思いは届かないし、誰も受け取らない。
今やアルベリヒは初恋の君に焦がれるがあまり、正常な判断が出来なくなってしまっているとされた、とても哀れな王子なのだから。
こんなはずじゃない!そう心の中で叫んだ時、またユリエラの声がアルベリヒにだけ聞こえた。
―――――いやですねぇ、巻き戻しを望んだ張本人のくせにぃ。なぁにを馬鹿なことを。




