トドメへの階段
はたして、こう思うのは何回目のことだろうか。
どうして、と後悔しても遅すぎるが、アルベリヒはずっと後悔し続けていた。
後悔したところで何になるのか、と問われれば、彼には『何もない、何もできない、どうしようもない』としか答えられない。
エーディト=ヴァイセンベルク公爵令嬢はあの婚約式以降も、勿論ながらクロノとは大変良好な関係を築き続けていた。
見ているこちらが照れくさくなるほどの微笑ましい二人の様子は、国中の噂だ。『神子様お二人は大変仲睦まじく、見ていて微笑ましくなるし幸せになれる』と、皆がエーディトとクロノを祝福している。
彼ら二人の間を引き裂こうものなら、神の怒りに触れてしまう。
そう囁かれながら、まるで前世からずっと一緒にいたのではないかというくらいに幸せそうな二人。
神に祝福された神子二人の婚姻を、誰も妨げることはできない。後見が神など、前代未聞の祝福のレベルの高さ。
「まぁ、わたくしが神なので当たり前なんですけどねぇ」
しれっと言い放ってからふわふわと浮いているユリエラを見て、思わずエーディトは苦笑いを浮かべている。
「ユリエラ、あなた神様なんだからもうちょっとこう…」
「え~?だぁってぇ、わたくし姉様の幸せいっぱいのお顔を見ることが幸せの源ですのにぃ…」
「だからってほいほい現界する神がいるか!」
「うげ、クロノ」
あの婚約式から既に十年。
エーディトもクロノも何事もなく成長し、エーディトは以前のように体も弱くないから普通に過ごすことが出来るようになっていた。
ユリエラはそれだけで幸せだったのだが、いつも笑顔を絶やさないでいてくれる自分の姉同然の存在が、こうして過ごしている世界を守れるということも同時に、幸せだった。
クロノも、人として過ごしているうちに色々なことを学び続けているのだが、彼が第一に考えているのは愛しい存在のエーディトのこと。
以前はエーディトが亡くなってからでなければ、結ばれることはなかったのだが、今世は違う。クロノは人として過ごしているから、何の妨げもなくエーディトと過ごせている。
エーディトにちょっかいをかけようとする令息には遠慮なく威嚇をしているし、以前本当に神だったのか、と問いかけたくなるくらいの人間臭さだ。いや、人間なのだからそれは当たり前なのだけれど。
「お前、神として色々な管理はしているんだろうな?」
「してますよぉ。まったく、人聞きの悪い」
「人聞きが悪いとかやかましい!そもそも今のお前は神だろうが!人じゃない!」
ぶすー、と頬を膨らませるユリエラは、浮いていることや金色のオーラを纏っていること以外、人であった時とまるで変わらない。
しかし、あまりにもほいほいと現界してくるものだから、クロノは盛大に溜め息を吐いて頭を抱える。
この神そろそろ自分の立場をきちんと考えろ、と思いながら怒鳴りつけるがどこ吹く風。
「早く神界に戻れ!」
「はいは~い。あ、そうだ」
「何だ」
「あのクソ王子、大人しくしているとは思いますけれど……大丈夫ですぅ?」
「あぁ…殿下ね…」
困ったような顔になるクロノとエーディトを見て、何かあったのではとユリエラは表情を強ばらせる。しかし、エーディトの言葉にすぐ目を丸くした。
「私に対して何かをしてくることはないわ。ただね、こう…相変わらずえぇと…粘着した眼差しを向けられている、というか…」
「は?」
エーディトから聞いた内容に関して、ぶわ、とユリエラから放たれる神気。
あのアルベリヒ、エーディト姉様に対してそんなきしょいもん向けてやがったのか、と理解した途端にアイツを八つ裂きにしたくなってくるユリエラ。
思わず怒りと共に神気がどばっと噴き出してしまったらしく、神気にエーディトとクロノの二人があてられないようにと、慌ててすぐに引っ込める。
「失礼いたしましたわぁ。まぁ確かに、アイツが姉様に何かしたらそもそも王子としての価値すらなくすと明言はしておいたんですけれどもぉ……『何かしたら』なんですよねぇ…」
「そうなの。何もせずに見ているだけ、っていう状況だから、ちょっとだけ困ってはいるわね」
「ふむ…。あ」
見つめるだけなら何もしていない、というところなのだろう。どこまでもズル賢く、それでいてエーディトを諦めていないアピールが気持ち悪いだけだと思ってしまう。
アレが王位につけない未来を探し出せて本当に良かった、としみじみユリエラは思い、そして追加で考えた。
そもそも論として、どうやって諦めさせるかではなく、アルベリヒそのものをこの世界から排除してしまえば良いのでは、というところには、割と早めに行きついた。
「ユリエラ?」
「……姉様、クロノ。お二人の結婚式って内々でやるご予定ですぅ?」
「え、えぇ…」
「あまり盛大にやっても…とは思っているが」
それを聞いたユリエラは、にっこりと微笑んで、こう続けた。
「真逆のこと、やってくださいな」
「は?」
「面倒くさい粘着男をちょぉっと、…………まぁその、メンタル的に殺ってやろうかな、って!」
てへ、という声が聞こえてきそうなくらいに明るく言ったユリエラに、エーディトとクロノは訝しげな視線をやるが、『そんじゃまた~!』と明るい声を残してユリエラは消えていった。
「何なんだ………?」
「でも…ユリエラが言うなら、何かやるのかな、って…」
「やるだろうな」
うん、とクロノとエーディトは頷き合った。
ユリエラの満面な笑顔程、今厄介なものはないだろうと二人とも理解している。
ふと、クロノはエーディトへと質問した。
「エーディト、アルベリヒ殿下には、『お前と結婚なんか死んでもしない』ってきちんと文書に残しているんだろう?」
「勿論」
「抜け道のようなところでアルベリヒがお前に粘着しているのだから、……トドメを刺しに行く……のだろうか」
「トドメ、って」
殺しはしないのだろう、きっと。…そう、多分。
けれど、ユリエラがあんなに笑顔なのだから、恐らくアルベリヒにとっては悲劇でしかないことは理解出来る。
まぁでもいっか、と二人は思う。
アルベリヒには、口で言っても分からない。だから、遠慮なくトドメを刺す、という選択肢しか残されていないのだから──。




