後悔何とやら
「何で、何で俺がこんな目にあうんだ!」
アルベリヒの元にも届けられた招待状。
参加したくはない。
だが、王族として参加してほしいと書かれたその内容に、アルベリヒは泣き喚き、また部屋中を壊して、暴れたのだ。
結果としてそれは、アルベリヒに対する監視をただ強めるだけのものにしかならなかった。
今代、時の神子は2人いる。
エーディトと、そしてアルベリヒが知らない男の子。
エヴァルト侯爵家の養子として神殿から迎え入れられたその子は、侯爵夫妻からたっぷり愛され、ヴァイセンベルク公爵家と、親戚としての顔合わせでエーディトと出会うことになった。
そして、一目見た瞬間、彼らは惹かれ合って、神子同士だけれど婚約を結びたい!と双方の父母にせがんでみせた。
結果、婚約者として成ったのだ。
――という、シナリオ。
エーディトとクロノの婚約式は何の問題もなく進行していった。
アルベリヒは、心底憎らしそうにクロノを睨んでいた。視線を逸らすことが出来れば、エーディトが心から幸せそうに微笑んでいることに加えて、それを優しく微笑んで見守るクロノを見なくて済むのに。
「貴様…!」
憎しみをこめて、限りなく小さな声でユリエラを睨みつける。
視線を外すことができないのは、彼女にがっちりと頭を掴まれているからなのだから。
「あらぁ~?こちらをにらむなんてとてもとても愚か極まりないですわよぉ?だって、最初にこちらの意向を丸無視したのはどちら様ですぅ?」
「ぐ、っ」
「無理矢理エーディト姉様と婚約し、純潔を奪い、自由も何もかも奪い、精神を壊し」
「……」
「挙句、命だって奪い去った」
「やめ、ろ」
「はぁ?」
ユリエラの声が一段階低くなった。
「あ、っ」
まずい、逆鱗に触れたと察しても既に遅い。
ギラギラと怒りに満ちた目でこちらを睨むユリエラが恐ろしくて、けれどそれ以上に美しくもある。
そうだ、今のコイツは『時の女神だ』とようやく理解したのかもしれない。
「ほんっとに………どこまでいっても救いようのないクズですこと」
淡々と感情の無い声で呟いてから、ユリエラはぱちん、と指を鳴らした。
「え」
がっちりと体を固定されたような感覚にアルベリヒはぞわりと震える。
「何もできず、そこで見ていろ。愚かなる王子よ」
ふわりとユリエラは浮き上がり、そうしてエーディトたちの元へと向かう。
婚約式でもあり、神の生誕祭でもある今日という日は、最愛のエーディトを祝う日にふさわしいのだから。
「姉様へ、わたくしからとっておきの祝福を」
その声はとても優しい。アルベリヒに向けるものとは真逆のもの。
見せつけるように、わざと金色の光を纏ってうすぼんやりと姿を見せる。
人々の間から、『神だ!』『新たな神よ!』と声があがる。
そう、エヴァルト侯爵家の令嬢が幼くして次代の神に選ばれた。そうして彼女は今代の神と入れ替わるように人としての生を終え、今、神として降臨したのだという筋書き。
そうなるようにユリエラが仕組み、エーディトとクロノが見事に立ち回ってみせている、この世界。
決してアルベリヒの思い通りになんかしてやらない。
あの王家なぞ、今度はこちらが振り回して蹂躙してやるのだと心に決めたのだ。
無論、それを手助けするべくヴァイセンベルク公爵家もエヴァルト侯爵家も動いた。
結果として、現国王はその二家にひれ伏さんばかりとなった。
まさか神を輩出するとは思っていなかった、これはとんでもない偉業であると大げさすぎるほどに褒めたたえた。更にエーディトは神子、クロノも神子でエヴァルト侯爵家を後に継承する存在。
この二人の婚約を祝わないことはあるわけがない、と喜んで、更にアルベリヒに対して特大の釘を打ち込んでくれたのだ。
『お前がヴァイセンベルク公爵令嬢に近づこうとしたら王子としての存在価値すらなくなると思え』と。
聞いたアルベリヒは真っ青になったが、癇癪もちで我儘な王子と、公爵家令嬢ながらに神子としての存在価値のある令嬢とが結ばれるわけもない。ましてエーディトにはクロノという相思相愛の婚約者までいるのだ。
どこに割り込む隙があるというのか、否、ない。
<愛しき我が神子たちへ。神よりささやかな祝福を――>
響くように声に魔力を乗せ、言う。
そうすれば民衆はわぁっと沸いた。
更にユリエラは遠慮なく祝福をすべく神としての力を存分に使用する。
彼女がすい、と手を動かせば、飾られていた花々の蕾が一気に花開いたことで、更に歓声が大きくなった。
<おめでとう、我が愛し子たち>
そう言い残して消えたように見せ、アルベリヒの元に戻り、再びがっちりと頭を掴んだ。
「そして、お前には誰にも好かれない呪いを。…ご愁傷様ですわぁ…ねぇ、元・国王陛下としてこの国に君臨した哀れな王様ぁ…?」
ユリエラからの言葉に、アルベリヒはぼろぼろと涙を零す。
ここまできて、ようやく彼は己の身勝手さを思い知ったのだ。
エーディトの心を無視してしまったこと、権力を思うままにふるって、一人の令嬢の命をも奪ったこと。
今更なのに、と後悔しても遅いのだ。




