どこまでいっても身勝手だったけれど
「神の…生誕祭?…貴様、ふざけてるのか?」
口にしてはいけなかった、と悟ったのは王妃に頬を思い切り殴られてからの事。
「あ…?」
思いきり殴られてしまったから、口の中が切れてしまったらしい。
そして、頬は熱を持っていて、とても熱い。
じんじんと襲ってくる痛みに、『母に叩かれた』という現実をアルベリヒに突き付けてくる。
「アルベリヒ!そなた如きが神に対して何と無礼な!」
「母、上」
烈火の如く怒っている母に、きっとアルベリヒの声など届きはしない。
更に王妃はアルベリヒの肩をきつく掴んだままで、迫らんばかりの勢いで話続ける。
「きちんと勉強を進めるようになって、ああ、やはり我が子は良い子だと思っていたというのにそうではなかった!婚約者のいる令嬢に手紙を送りたいなど言い出す始末!何という…っ…」
「ま、待ってください、母上!話を聞いて!」
王妃の中で、アルベリヒはとんでもなく失礼な子へと成り下がっていた。
だが、エーディトに対して手紙を送りたいと言ったことはない。そんなこと、まだしていないのにどうしてだ、とハッと気づき、自分にだけ見えているユリエラに視線をやれば、爆笑を堪えている姿が目に入る。
やってもいないことが、どうして『やったこと』になっているのか。
そんなことが出来るのは、きっとこの女の仕業に違いない、とアルベリヒには確信があった。
「(まさか…!)」
さっとアルベリヒの顔色が悪くなった。
やりかねない、と思ってしまったからだ。
ユリエラの力をもってすれば。
しかもコイツは『神の生誕祭』=『自分の』と言わなかっただろうか。
受け入れたくない現実を受け入れると、『そうだったのか』と思ってしまうし、出来かねないと思ってしまうアルベリヒが確かにいる。
そして、心底愉しそうに笑うユリエラを見て、改めて確信できた。
もう既に、神となった彼女ならば。
しかも彼女が司っているのは『時』。ありとあらゆる時間軸から、探して引っ張り出し、ピンポイントの記憶を王妃に植え付けたのではないか、という最悪の事態を考えたら。
「だぁい正解」
ニタリと笑うユリエラは、ぱちぱち、と拍手している。
そう思いたくない方向ばかりへと進んでいってしまう。
ふわりと浮いた彼女は、空中で足を組んだ。
更に残酷な真実を告げる。
「そうですよぉ。お前の味方は、この世界、どこにもいない」
「なんで…」
「聖女伝説も、ない」
「どう、して」
「どうして?」
ヒクリ、とユリエラの顔が引きつる。
このクソガキは一体今、何を言った?
そもそも前回の世界であった『聖女伝説』なんて、いらないのだから。
あれは、ヒトの命を代償にして、自分が『こういうヒトがほしい』と願うことで叶えることの出来る伝説と儀式の合わせ技。
ああくそ、本当にこいつはとんでもないことをしやがった!とアルベリヒは百面相をしている。
今、時間は止めていない。アルベリヒはそれを理解していない。彼を見る王妃や、側近たち、更にメイドが、明らかに気持ち悪い何かを見ているかのような、とんでもない顔なのだが、気付いてすらいないようだ。
「(まぁ、これはチャンスですわぁ…)」
そう一人で考えて、ユリエラはほくそ笑んでいる。
なら、今の状況を徹底的に利用し、アルベリヒに対して特大の杭をぶっ刺してやろうと決めた。
「全部、何もかも奪ったお前から、今度はこっちが奪う番なので」
ユリエラの発した、何やら剣呑な言葉に、え、とアルベリヒは絶句した。
たかが、それだけのために、こんなことまでするのかとアルベリヒの心の中に怒りが沸いてくるが、残念ながらユリエラは彼を簡単に上回って、更に怒っている。
「睨んでくるだなんてぇ……とんでもなくクソガキですことぉ…。身勝手すぎたお前に対して、この程度の罰なのだから安いものでしょう?」
「何だと…」
ぷぷ、とユリエラは笑ってから遠慮なく続けたのだ。
「それにぃ、言ったじゃないですかぁ」
「なに、を」
「誰が、人殺しの言うことなど聞いてやるものか、と」
場が凍り付きそうなほどに冷たいユリエラの声に、ぐっとアルベリヒは詰まってしまう。
言われた。
けれど、心の中のどこかで『まぁ大丈夫だろう』と軽く考えていた部分があったのだ。
ここにきて、ようやくユリエラの本気を垣間見たような、気がした。
「あ、ああ…っ」
縋るように手を伸ばした先、もうユリエラの姿はない。
いつの間に、と思うがどうやっても彼女を追いかけることはできないだろう。いや、追いかけることはできても行先はきっとヴァイセンベルク家。
くそ、と口から暴言が出る前に、こつん、とヒールの音が響いて、アルベリヒは我に返るが、ようやくここで気付いた。
「………あ」
ここには、皆が居たのだ。
どうして気付かなかったのだろう。
……どうして、ユリエラとあれだけ会話をしてしまったのだろう。
「この、子は…」
そう呟いた真っ青な王妃と視線が合うが、すぐに逸らされた。
これからどうなるのだろうという不安が襲い来る中、恐らく今後、アルベリヒをどうするかについてを話に行くのであろう王妃の背中を見送った。アルベリヒはその場にへたり込んだものの、それも束の間。王妃の命によって駆け付けた騎士に、部屋へと連れ戻されてしまったのである。
「……どうしてだよ……」
呟く彼に、誰も、何も返さなかった。




