まるでハンマーで頭を殴られたような
エーディトを落ち着かせたユリエラは、そっとエーディトの体を下ろしてからにっこりと笑う。
「というわけで、わたくしご挨拶に行ってまいりますわぁ」
「ご挨拶?」
「んふふ」
にっこり、からにんまりとした、意地の悪そうな笑みを浮かべているユリエラに、何となく全員が嫌な予感はしたが、きっとそれは正解だ。
「わたくしが神になったことを、示さなければいけない馬鹿がおりますでしょう?では、いってまいりますわぁ」
彼は、きっとここまでの事態になっているだなんて思っていないだろう。
しかし、その場にいた全員は、まだ知らない。
ユリエラが、どんなにあれこれ弄りまくって、この世界にもってきたのかを。
「さぁて…身をもって…後悔なさいませ」
ぽつりと呟いて、ユリエラはぱっと姿を消したのであった。
――行先は、勿論、王宮。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そうして、舞台は王宮へと移った。
にっこりと笑って、ユリエラはそこに居た。しかし、その笑いは美しいものなどではなかった。
巻き戻る前、そのままの姿で。アルベリヒを心底バカにしたような微笑みを浮かべて。
「お前…っ!」
「うっふふ…なんて情けないんでしょう。前回、エーディト姉様を心の底から傷付け、無駄に執着しまくったおかげで人殺しまでやらかした、愚王様ったらぁ…」
「黙れ!」
アルベリヒが大きな声で叫んだ瞬間だった。
「だ、だいいち、王子…?」
「え?」
背後から聞こえたのは、城で働くメイドの震える声。
アルベリヒが振り返ったとき、彼女は真っ青な顔で後ずさっていくではないか。
「…っ、誰か!誰か来てください!」
「お、おいお前!待て!」
恐怖に顔を引きつらせて、そのメイドはばたばたと走りだしてしまった。その様子はアルベリヒから『逃げている』といっても過言ではないほどの勢いで走り出したのだ。
その様子を見ていたユリエラは、ぷっ、と噴き出した。
「あっははははは!!!!!!!あー……面白ぉい」
美人が、腹を抱えて笑っている姿がとても不気味で、得体の知れないものに見えた。
こいつは、どうしてこんなに楽しそうなんだ?と。
だって、あのメイドが人を呼びに行ったということは、ユリエラは王宮への不法侵入で罰せられて…。
――と、アルベリヒはここまで考えてとてつもない違和感に襲われた。
「…おま、えは…何で…」
大人なんだ。
そう、聞こうとした時。
ばたばたと幾人もの足音が響き、血相を変えてやってきた王妃に、アルベリヒは肩をがっちりと掴まれたのだ。
「アルベリヒ!そなた、気が狂ったというのは誠ですか!」
「は?」
ただならぬ様子の王妃に、一体何があったのか、そしてどうして王妃はアルベリヒにこんな馬鹿げたことを聞いてくるのだろう、と困惑してアルベリヒが口を開こうとしたとき、メイドが叫んだ。
「本当です!王子殿下は、誰もいないところに向かって、何やら叫んでおられたんです!私見ました、本当に誰もいませんでした!」
メイドは必死に訴えかける。誰が信じるんだそんな話、とアルベリヒは内心馬鹿にしていたし、実際にユリエラはそこにいるのだ。ちらりと視線を移してから、また王妃に視線を戻したとき、何だか不吉な予感がした。
何だこれは、一体何なんだ。
とそう思ってから、ユリエラを見上げるが、彼女からは微笑みしか返されない。
だが、アルベリヒの視線の先を、ゆっくりと追いかけた王妃は更に顔色を悪くした。
「あ、あぁ…っ…」
「あの、母上。…見える、でしょう?」
何が、とも、誰が、とも言わない。
アルベリヒのその問いかけには誰も答えず、メイドも、王妃付きの護衛も、誰しもが顔色を悪くした。
何故だ。
だって、ユリエラは間違いなくここにいるんだ。
心の中で呟いたと同時、ユリエラが心底愉しそうに言う。
「……………ばぁぁぁぁっかじゃありませんことぉ?」
こんなにも大声でユリエラは叫んでいるというのに、ユリエラの声も、誰にも聞こえていない…らしい。
「まぁだ気付かないんですかぁ、お前」
オロオロとしているアルベリヒを、まるで気持ち悪いものを見るかのように王妃は、ずっと観察している。
次、この子が何を言おうとしているのか。それを確かめるために。更におかしなことを、口走らないことを聞き遂げるために。
「お前にしか見えないように調整しているんですよねぇ、この姿」
うふふ、と軽やかに笑うユリエラからぎぎぎ、と。ぎこちなく視線を逸らしたアルベリヒだったが、自分を見下ろしている母も、メイドも、護衛も、誰もが疑いの目を向けている。
『こいつは、正気なのか』と、そう、視線が問いかけてきている。
だが、言えない。
ユリエラが目の前にいて、自分にしか姿を見せていないんです。そして、大人の姿なんです、だなんて。
口に出してしまえば、ギリギリ保たれているはずの平穏が崩れてしまう。
たったひと言。『どうして見えないんですか』と言えない。いいや、言ってはいけないのだ。
「王妃殿下はぁ、エーディト姉様の婚約のお話を聞いて、お前にも同席させようと探していたんですよねぇ」
ぴく、とアルベリヒが反応する。
「あぁ、誤解なきよう。エーディト姉様の婚約を、王家として祝福するためになので」
悲鳴をあげそうになるのを、アルベリヒは必死でこらえた。
「そして、もう一つお知らせを」
そんなアルベリヒを知ってか知らずか、ユリエラはまた楽しそうに続ける。
「近々、神の生誕祭が行われます。これは前回にはございませんでしたよねぇ。うふふ、楽しみですこと。だって……」
ユリエラが、腰をおりアルベリヒの耳元に口を近付けた。
「わたくしの、生誕祭になるんですからぁ」




