初めましてではないけれど、初めまして
「なんで」
口から零れたのは紛れもない本音。
「だって、わたくしは」
ユリエラがどうして良いのか分からないという表情を浮かべている中、その場にいるユリエラを除いた全員が彼女を真っ直ぐ見ていた。
「エーディト姉様が、幸せに、なれれば、って」
「駄目よ」
泣きながらも笑って、はっきりと拒否をするエーディトにユリエラは戸惑いしかなかった。
「貴女は、私を幸せにしてくれようとして、この奇跡を起こした。なら、次は私たちの番」
一体何を、と戸惑うユリエラに、クロノがはっきり告げた。
「俺たちは、お前を忘れてなんかやらない。お前を覚えたまま、神として大切にし、そして守護だってしてもらうと決めたんだ。勝手にな」
「な、そんなの!」
「駄目とは言わせん。そうして、お前の名はずっと語り継がれていくんだ」
「ユリエラが私たちを贔屓するなら、私たちも神になった神を崇めるに決まっているわ。愛しくて、真っ直ぐで、とっても不器用な女の子を」
前よりも淡白に、冷静に、そして適度な距離感をもって、ただ見守っていけるだけで良かったのに。
ユリエラはエーディトの幸せのためなら、何だってできた。
なのに、そのエーディトは自分のためを思って動いてくれていただなんて。
「…姉様の…馬鹿…」
「馬鹿は貴女よ!おじさまやおばさまが、貴女を忘れることなんてできるわけないじゃないの…!」
我が子を忘れたいと願う親などいない。
ユリエラは神になるのだから、そんな娘はとっとと忘れて、クロノを己の養子としてくれれば良かったのだ。そうして幸せな家族として成って、クロノがエーディトの婚約者になる。更に結婚もするんだ。そういうエーディトの幸せを願っていたはずなのに。
何と言うことをしてくれたのか、この馬鹿みたいに優しい家族は。
「父様も母様も…っ、馬鹿です…!」
「馬鹿で良いんだよ」
「そうよ、わたくしたちの可愛い娘。貴女が神になろうとも、娘なんだから」
「……っ、あ……」
ぼろ、と涙が零れる。
皆にかけようと思っていた願いが、思いが、ほんの少しだけれど霧散していく。
こんなにも優しい人たちに囲まれていたのだと、そして、自分一人が頑張り続けようとしていたのだと、思い知った。
「大丈夫よ、ユリエラ。私にはクロノも、家族も…何より、貴女がいる。あの王子になんか、好き勝手させるものですか」
起きたばかりの頃は、再びあの生活に戻らねばならないのかと嘆いていたエーディトはもう、いない。
ここにいるのは、ユリエラの強い思いと、今度こそクロノと幸せになってみせるんだという強い意志によって、しっかりと自分自身の両足で立っている、ヴァイゼンベルク公爵令嬢としての、『エーディト』なのだ。
「貴女が神になったあとで、私とクロノの婚約式が執り行われるわ。勿論、王族の皆様方にもお伝えするの」
とても強い意志を宿した目に、ユリエラの心は救われたような気がした。
前回、泣いていたばかりの従姉は、思い切ってしまえばこんなにも強いのだ。
ならば、きっと。…大丈夫だ。
ユリエラがふわりと、とても綺麗に微笑んだ瞬間だった。
横たわっていたユリエラの体が光に包まれ、誰かが声を発する暇もなく、一瞬光が強くなったかと思いきや。
「姉様、クロノ。どうか末永くお幸せに…そして、皆様方…ユリエラは、とんでもない果報者ですわぁ…」
にっこりと笑ったユリエラは、弾けて、消えた。
「あ、…」
手を伸ばしてみたけれど、届かなかった。
だらんとエーディトの手は垂れ、行き場を失ってしまう。
そう、大丈夫。
ユリエラは神として目覚める為に、きっとこれから少しだけ眠りにつくのだろう。いつだってユリエラは、エーディトや皆の心の中にいるんだから。
そうだとしても、もうちょっと一緒に居てくれても良かったのに、という思いがエーディトから溢れる。
「ユリエラ――っ!」
「はぁい☆」
「え」
「は?」
とても明るい声が、しかも聴きなれた声が聞こえてきた。
泣き崩れていたエーディトや他の皆は、慌てて声の主を探して、そしてばっと見上げた先に、見つけた。
「ユリエラ…!」
「えーっとぉ…、あの、わざと、とかではなくて、ですねぇ」
「…っ、ユリエラ!」
「は、はい!」
ぼろ、と大粒の涙を零したエーディトは、わんわんと泣きながらユリエラに手を伸ばしてくる。
「え、えっとぉ…?」
はよ抱き上げてやれ、と言わんばかりのクロノに負け、ユリエラは触れられるだろうか、と恐る恐るエーディトを抱き上げる。
神になったが、割と何でもありなのだな、とこうしてみると実感できた。
「あの、姉様…」
「よかった、よぉ…。ユリエラ、が……っく、ちゃんと、かみさま、なれたぁぁぁ」
「ちゃんと、って何ですの姉様ぁ」
「邪念まみれだったらどうしようってぇぇぇぇ!邪神になっだ、ら、ぇぐ、どうしようっで、おぼ、………ぅ、うわぁぁぁぁぁん!!!!」
この人、こんな性格だったっけ、と姿はやり直す前の大人なユリエラは神妙な顔をしている。
というか、割といろいろ感情をぶっちゃけることができるように、なっているのか…?と、あやすようにエーディトの背を優しく叩く。
「まぁ、そりゃわたくしだってぇ、なれないものに成ろう、だなんて思いませんしぃ」
「でも、…ほんと、よかっ、だ」
しゃくり上げながら泣くエーディトの涙はまだ止まりそうになかった。
体が子供だから、もしかして引っ張られているのだろうか、と思うけれど、これは純粋に色々と心配をかけてしまったらしいので、エーディトが落ち着くまで待つことにしたユリエラだった。
「クロノ、今のこの特権はわたくしのものなのでぇ、譲りませんからねぇ」
「張り合うな」
「ユリエラ、張り合っちゃいけないと…父様はね、思うんだ」
普段ならば決して入れないツッコミを入れてしまったユリエラの父・オースティンの言葉には、その場にいた全員が頷いていたのだが、ユリエラはあえてスルーしたのだった。




