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問いかけ

<無茶をしたものだ、我が愛し子>


 ユリエラが目を開くと、どこか呆れたような顔の、男性とも女性とも、どちらともとれる顔つきの人が目の前に立っていた。


「…ここは」


<そなた、相当な無茶をして時を戻そうとしたな。…いや、無謀とも言うべきか>


「あ…」


 そうか、そうだったと、ユリエラは思い出した。

 そして今、自分の目の前にいるのが、自分とエーディトが共に仕えるはずだった、『時の神クロノス』そのものであると、何故だか分からないけど理解した。神だから性別とかどうにでもなるんだろうか、男と女どちらなのだろう、と。ぼんやりとユリエラは考える。


<性別など、我にはあってないようなものだ>


 それに呼応したかのような神の声。


「…心の声など、丸聞こえということでしょうか…我が神よ」


 更に、ユリエラの問いかけには答えることなく神が問うた。その声はガラスのように無機質で冷たいような、陶器のような、つるりとした淡々としたもの。


<何故、戻す?>


「………姉様に、笑ってほしいから」


 自身の問いに答えてくれなくても苛立ちはしなかったし、ユリエラ自身も淡々とクロノス神の問いに答える。


「みんな…後悔したんです。だから…次こそは、もう、私たちは間違えないと…決めました」


<代償は大きいぞ>


「まぁ…何ですの?我が神」


 ふわふわとした感覚のまま、ユリエラは微笑んで問うた。


<…戻す前よりもそなたらの使える我が権能は遥かに弱くなる>


「ふふっ……それが何だというのですか。姉様と、また笑っていられるならば、神子の力などこれで消えてしまっても良いくらいだわ」


 言い終わる瞬間、クロノス神の顔から一切の表情が消え去った。

 先ほどの無表情とも異なっている。例えるならば、無。

 だが、何故か恐ろしいとは思えなかった。ユリエラが『ふふ』と笑うと、クロノス神は消えた表情のままほんの少しだけ首を傾げたのだ。


<我が力が、不要と言うか>


「…不要かどうかと問われると…私には不要かもしれません…。だって、わたくしは大好きな姉様が笑っていてくれればそれで良いのですから…。そのためなら、わたくしなんてどうなっても構いません。存在すら、わたくしは、どうでも良いんです。あの優しい姉様が、元気で、笑っていてくれれば、ただそれだけでいい」


 ユリエラの言葉に、神はじっと考える。

 神の子、神子として選ばれ、スキルを与えられることがどれだけ誇らしいことなのかは、これまで幾百にも続く歴史の流れの中で神も理解していた。そんな力を、迷うことなく不要だと言えてしまうユリエラの様子に、とても愉し気に神は笑った。

 ああ、何て歪で純粋な願いなのだろう。そして、巻き戻される当の本人が願っていないかもしれないにも関わらず、エーディトの人生も何もかもを丸っと、戻そうとしている。更には、その上で何もかもをやり直そうとしているのだ。


 願ったのは、アルベリヒだけではない。

 エーディトの身内やヴァイセンベルク家の家令たち全てと、ユリエラの親族とエヴァルト侯爵家の家令たちも、同じように願った。


<…このような愛し子は初めてだ>


 だから、とクロノス神は笑ったまま続けていく。


<徹底的に、我が力を貸してやろう。神子、わたしの愛し子。そなたの良きようにするが良い>


「……え?」


 思いもよらない言葉に、ユリエラがぱちくりと目を丸くした。

 まさか、そんな事を言われるとは思いもしなかった。むしろ、神の権能が要らないとまで明言することで、『不敬だ』と神の手によって断罪されてもおかしくないほどだと思っていたのに。目の前の神は、とても穏やかに笑っているではないか。


「何故、でございますか。…私は…神に対してとてつもなく無礼な発言までしたのに…」


<それが、本心からと分かったからだ。巻き戻す前のそなたの魂も光り輝いていたが、あれは違う>


「ちが、う?」


<禍々しい光など、要らぬ。我が欲しいのは今のお前の輝きだ。そして、それよりも純粋無垢な、エーディトの輝き>


 今、ユリエラが願っているのは愛しい従姉が、笑って過ごせる人生を取り戻すこと。その為ならば何がどうなっても、自分が死んだとしても構わない。自分から神の権能が奪い尽くされようとも、あの人の笑顔が見られるのならば…何だってやってやる。

 それは、エーディトの家族も皆、そうだった。


 大切なエーディトと過ごす時間を、もう一度。


 アルベリヒが望むよりも前、公爵家とその親族全てが神殿にやってきてユリエラに願ったのだ。

 自分たちの後悔は、あの優しい子を泣かせて、自死という道を選ばせてしまったこと。

 国王命令だからといって、逆らおうともしなかった己達の意志の弱さが招いてしまった惨劇でもある。


 だからどうか、エーディトをもう一度我らの元へ。

 泣き叫ぶ公爵と公爵夫人。そしてエーディトの兄妹。


 ――ああ姉様、貴女はこんなにも愛されているのです。


 これはユリエラたちの我儘で、貴女は復活など望んでいないのかもしれない。そして、ユリエラはアルベリヒに対しての最大級の嫌がらせとして、エーディトの記憶を持ち越したままで、否、自分たちの味方である人たちの記憶を全て持ち越したうえで、やり直しをしようとしている。

 だが、本当にそれでいいのか。心を壊してしまいかねないと言ったのはユリエラ自身なのに。


 まだ、エーディトの魂の時間を戻してはいない。あくまで戻すとしたら…。


「私は…」


<神子、願え。我が愛し子よ、このクロノスが力になろう>


「これより、時戻しを発動します。対価は我が身の力全て。願うは、失われた時の神子、エーディトの魂の復活。そして…」


 クロノス神の笑みが、深くなる。

 愛し子を、とてもとても大切に、慈しむように見守っている。


「もう二度と、あんな男なんかに近付けさせない! 姉様はこれから笑って過ごすんです! 私達と、一緒に!」


 悲鳴のような、それでいて嘘のない、純粋な願い。

 それを聞き遂げた神は嬉しそうに微笑む。


 何百年と待った、神の愛し子の誕生。それを奪ったのは弱き人間だが、命を奪う原因となったそのものが、まさか時を戻すことを願うなんだなんて誰が思おうか。

 馬鹿げたことを考える存在が居たものだと思う一方で、神は激怒した。どの面下げて、しかもユリエラに頼んだというのか。

 あまりに愚かすぎて、神のみが存在を許される空間で腹を抱えて爆笑してしまったほどだ。


<許そう。そして我が神子の願い、この神が聞き入れる>


 信仰心が大変厚い愛し子だった、エーディト。

 時の神子を娶れば、自分の傍に置き続ければ王家は安泰であるという意味の分からない言い伝えを本気で信じて、無理矢理に攫っていった馬鹿男、アルベリヒ。


 回る。廻る。

 ぐるぐると腹の中をかき混ぜられるような感覚や吐き気、あらゆる体調不良の症状がユリエラを襲うが、エーディトが受け続けた仕打ちに比べれは天と地の差。


 たかがこんなことで戻せるならば、…いくらでも耐え、そして戻そう。


「…大丈夫ですわ、姉様。皆…揃って貴女をお守りいたします。あんな王家になど嫁がせたりはしません…」


 暗い水底に引き込まれるように、ユリエラの意識は落ちていった。

 次に目が覚めれば、自分が望んだ過去への回帰、そして大切な人の記憶も持ち越したままやり直しができる。


「ねぇ国王陛下…。貴方の方は身内の方が何も知らないまま時が巻き戻ります」


 だから、と続けた。


「何を大切にして、何を捨てるのかはあなた次第ですが…おひとりで勝手にご判断なさいませ」


 公爵家は、もう手を貸さない。

 王家を捨てるだけではなく、見向きもしないでおこうと心に決めたのである。

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