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【連載版】今度こそ、笑っていてほしいのです【コミカライズ計画進行中】  作者: みなと
過去に何があったのか

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23/43

激昂

 今まさにエーディトの遺体を現場から運び出そうとしていたが、ユリエラが即座に反応した。


「触るな!」

「え?」

「み、神子様?!」


 王宮の使用人達はざわつく。

 いきなり、何の前触れもなく神子のユリエラと、ヴァイセンベルク公爵であるマルクが現れたのだ。

 ぎょっとしてその場での動きを止める使用人達。


「神子としての力を奪っただけでは足りず、どこまで追い詰めれば気が済む!?人の心がないのか!」


 はっきりと通る凛とした声で、ユリエラはその場を一喝する。


「貴様らに、我が愛しき姉神子の体に触れてもらいたくなどない!いいや、触れる資格など貴様らごときなどに、あるものか!」


 おろおろとした様子で使用人達が互いを見合わせ合い、どうしたものかと悩んでいる間にマルクはエーディトの遺体をその場から回収した。


「ちょ、ちょっと待ってください公爵!王妃殿下のご遺体を勝手に」

「我が娘だ。結婚したくらいの赤の他人が、大きな顔をするな」


 冷静に、そして怒りを乗せた声音で言うと、ぎくりと全員が表情を強張らせる。

『結婚したくらいの赤の他人』、つまりそれはアルベリヒのこと。


「聖女に溺れる陛下なぞ、我らはとうに見放している。こんな王家に忠義など、もはや存在せん!」

「そ、そんな」

「知らぬだろうな、そなたらはどうせ新入りだ」


 見下し切った目で、じろりと周囲を見渡すマルク。


「国王陛下は、我らを人質としてエーディトに無理矢理嫁入りさせたのだよ。国王という権限を全て使い、書類も全て整え、人さらいにも等しい行為をしてくれてな」


 ざわ、とその場がどよめいたが、気にすることなく続ける。


「そして、純潔を奪うことで神子としての権能も奪われたんだよ、我が娘はな!!!!!」


 ようやく言えた。

 腕の中に抱いた、もう何も言わないエーディトの体を、マルクは愛しそうに抱き締める。


「だが、もう終わりだ。…何もかも、終わりにする」


 目に宿るのは狂気なのか、それとも復讐心なのか。

 どちらにも取れる目の強さで、そう告げてマルクは一度エーディトの体を下ろして己のマントで包んでからもう一度抱き抱える。


「陛下がいくら怒ろうとも、無駄なあがきだ。そもそもの神は、アレを見放しているのだからな」


 一体誰が、『え?』と問うたのだろうか。

 その場にいる使用人達はかつての古株たちではなく、新しく聖女が選んだ、聖女のための、そして聖女に忠誠を誓う令嬢たち。

 マルクから告げられた内容に、全員の顔色が一様に悪くなっていく。


「そんな」

「貴様らから、我が娘が冷遇されていたことなど全て知っている。心を病んでしまっていたこともな」

「な、なら、親ならば!助けに来たらどうだ!」

「立場、というものもございますしねぇ」


 叫ぶように言われた言葉に対して、ユリエラはゆったりとした口調で告げる。

 エーディトは無理矢理嫁がされたとはいえ、神子となる前は公爵令嬢なのだ。最悪の場合を想定した行動を取らざるを得ないと判断した場合、彼女は己の命すら投げ捨てる。


「そも、お前たちが姉様をいじめ倒さなければこぉんなことは起こっておりませんしぃ?」


 ユリエラの口調は、人によっては間延びしたものに聞こえるのだが、それが癪に障るという人もいる。

 この場においてはわざとやっているのだが。


「大体、神子をいじめ倒すなど…品性もないどころか、人間としての色々なものを疑いますわぁ」

「っ、な!!」

「聖女の護りがあるとはいえ、……お前たちの家に対して何も無いと、どうして言えますぅ?」


 にた、と笑ってユリエラは先にマルクが帰れるようにと手を軽く振って転移魔法陣を起動していく。

 いつの間にやら、というべきか、帰ろうとしているマルクを止めるべくアルベリヒを呼んできた従者がいるようだ。

 あらまぁ、と呟いていつでも転移完了できるように準備をほぼ完了させる。

 悔しくさせてやるべく、一歩手前で止めてからアルベリヒの到着を待ってやった。


「ヴァイゼンベルク公爵!何様のつもりだ!」

「これはこれは…人攫いの国王陛下ではありませんか」


 馬鹿にしきった口調でマルクは言う。

 これまでであれば、ある程度アルベリヒに対しての敬意も少なからずはあった。足の小指の爪の先程だが。


 もう、そんなものはない。


 絶命しているエーディトを腕に抱いたまま、マルクは更に続けた。


「それではさようなら。もう貴方と話すことなどありはしない。そんな時間すら惜しい。相手すらしたくないし、エーディトをこのような愚か者がいずれ入るであろう場所に弔ってやる必要など感じないのでね」

「な、?」

「おじさま、わたくしが許しますわぁ。さ、姉様を公爵家の墓地へと。…お早く、姉様を懐かしき自宅へ連れて帰ってあげてくださいまし」


 指をついつい、と動かして残り少しを完成させ、一気にマルクは転移された。

 呆然としていたアルベリヒだったのだが、はっと我に返ってユリエラに掴みかかろうとした。


 ――のだが、叶わなかった。


「まぁまぁ陛下、無礼にもほどがございますわぁ。…わたくしに触れようなど…甘いんですのよ、…お前風情が!」


 情報でだけは、知っていた。

 ユリエラが大司教の力も手に入れたことを。その地位も手に入れていることをも。だが、単純に甘くみていたのだ。ユリエラという一人の女性の怒りを。憎しみを。


「うわぁぁぁぁっ!!!」


 触れようとしたアルベリヒの手首が、ごぎり、と嫌な音をたてて奇妙な方向へとねじ曲がった。


「あ、あぐ、………ぁ…!」

「アルベリヒ様!!!」

「まぁぁ大変。聖女様、治してさしあげてはぁ?」

「い、言われなくても!」


 慌てて治癒魔法をアルベリヒにかけるミーナだったが、震えているせいもあってか上手く魔法が最大効力を発揮してくれなかった。


「まぁまぁ、…そんなに震えていては上手く治癒魔法なぞかけられないでしょうにぃ…」

「う、う、うるさい!誰がアルベリヒ様をこんなにしたと思ってんのよ!」

「お前がここに召喚されていなければ、そもそもこんなことになっておりませんのよぉ?……あぁ、さらに言えば……」


 ユリエラは手を貸さない。

 そして、淡々と告げていく。


「そも、そこの国王陛下とやらがエーディト姉様を無理矢理に手に入れようとしなければ…きちんと、普通に仲良くなろうとしていれば…こんなことになっていなかったかもしれませんわねぇ…」

「責任転嫁すんの?!」

「いえいえ。とぉんでもない」


 あっはは、と愉しげに笑ってからユリエラは治癒魔法を必死にかけているミーナの横にちょこん、としゃがんで耳元で行った。


「人殺しの一端を担いだ、血濡れ聖女ごときに、何と言われようともわたくし、痛くも痒くもございませんわぁ」

「ひ、ひと、ごろ、し?」


 追い詰めた自覚すらしていなかったのか、とユリエラは顔を歪めた。

 そしてコイツは、自分がどうやって召喚されたことも知らなかったのか。


「えぇ。だって貴女、ぜぇんぶ奪ったじゃありませんか」


 ため息交じりに言ってやると、心当たりがあり過ぎたのか聖女の顔が真っ青になっていく。

 わぁ、人の顔色ってこんなに変わるんだ、とユリエラは何の感情もなく眺め、そして、ゆっくりと立ち上がる。


「エーディト姉様の部屋を、存在意義すらをも奪ったこの王宮の者たちを、誰が許すと思いますぅ?」


 ただ、淡々と告げる。そして問い、ユリエラは息を吸ってから全員に聞こえるように大きな声で高らかに告げた。


「お前たちが奪ったのは、神の花嫁になり得た神子様の全てだ!!」


 ざわついていたその場が、一気に静まり返った。

 やばい、どうしよう、助けて。色々な声があちこちで飛び交っているが、もう遅い。後悔したところでエーディトの命は奪われた。


 だがきっと、彼女は最後の最後で、『己』を守ったのだ。


 自死、という悲しき選択ではあったが、もはやそれしかないと考えたのだろう。

 二度、三度抱かれ、アルベリヒの子を宿すなどエーディトには考えられない苦痛。

 そうならないように、息を殺して普段は過ごしていたが、聖女の度重なる我儘が引き金となったというだけの話。


 ――あぁ、もう良いや。


 そんな投げやりな感情もきっと、どこかにあった。

 公爵令嬢として、そして神子として。


 何もかもをアルベリヒになど捧げたりはしない。

 ただ残っていたのはその強い想い。


「後悔したところで何も変わりはしない。救えはしない。そして…」


 ひと息置いて、ユリエラは全員を憎悪の混じった目でぐるりと見渡しながら見つめた。


「神子たるわたくしは、お前たちを覚えた。許されると思うな」


 低く、はっきり言われたことにより、全員が震え上がる。

 アルベリヒの治療をしていたミーナも、治療されていたアルベリヒ自身も、こうなって初めてユリエラに対して恐怖を覚えた。


「さて、と。どうしてエーディト姉様が自死したのかについては詳細を知らねばなりませんのでぇ…そうですね。お一人ずつ、質問させていただきますわぁ」


 とても綺麗な微笑みだったが、却ってそれが恐ろしかった。

 震える体をどうにか抑え込んで、ミーナはようやくアルベリヒの治療を終える。

 自分の足元に転移魔法陣を既に展開していたユリエラを止めようと、アルベリヒは手を伸ばしたのだが時すでに遅し。


「では、さようなら」


 ふっ、とその姿が光とともに消え失せた。

 誰も、何も言えないまま、呆然と立ち尽くす人たちを取り残して。

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