どうして、と後悔する少し前のこと
「ユリエラ様、こちらへ」
「はいはい、どうもぉ」
促されるまま着席する。
視線の先には愛しい従姉妹。それと、アルベリヒにべったりくっついている聖女ミーナ。
「…アレか」
力が反発するせいでどうにもうまく呼吸ができない。それを表情には出さないまま、静かに時間が過ぎるのを待つ。
神殿との繋がりが途切れていないことを示すために呼んだのだろうが、ユリエラにはどうでもいいこと。
そんなことよりも、エーディトの顔色が悪いことの方が重要だ。
「姉様、無理をしていなければいいけれど…」
「…ユリエラ様」
「…何ですぅ?」
「陛下が、その…」
側近がユリエラに、『お願いだから国王への挨拶を』と促してくる。そんなものに応えてやる必要は感じられ無い。
自分が呼ばれたのは聖女への言葉を送るため。
「挨拶したいならお前が来い。そう言いなさい」
「し、しかし…!」
「良いのかしら。…何も知らない貴族たちの前で、あれがやらかしたことを何もかも暴露してしまいますわよぉ?」
「…っ!」
それだけは、知られてはならない。
表向きは、アルベリヒの求婚に対してエーディトが応じたとしている。ハリボテだとしても、守らなければならないプライド。
「それと、さっさと聖女とやらをここに呼びなさい。いつまで浮気現場をこちらへと見せつけているつもりなのぉ?」
「…ただいま、お呼び、します…」
側近は血が滲むほどに唇を噛み締めていたが、ユリエラは一歩も引かない。
引いてなどやるものか。
第一、あいつらが余計なことをしなければこんな事にはなっていないのだから。
「……失礼しまーす」
いかにも不機嫌です!と顔に貼り付けてミーナがやってくる。
ちらりと見上げたユリエラはすっと立ち上がり、自分の身長よりも低い彼女をじっと見下ろした。
「聖女様、膝をつき頭を垂れていただきますよう」
「はあぁ~?」
「……」
嫌そうにこの聖女は舌打ちまでしてくれた。ならば、ユリエラはそんなモノになど一切合切遠慮などしない。
ユリエラの目が怒りをたたえたその瞬間、ミーナの身体は強制的に回れ右を取る。
「え、え、えええ、え?」
狼狽える様子など気にしてやらない。
ユリエラがしているのは、部分的な時間操作。
きっとこれから先訪れる未来の行動を、先に足だけがしている状態。
「え、あ、え?!」
そして、ふらつきながらも自分の座るべき場所へと歩いていき、そのまま勢いよく座る。
何があったのかとざわつく室内など気にかけず、ユリエラは静かに告げた。
「聖女様は、どうやらわたくしからの言葉などご不要なご様子。お好きにどうぞ」
「お、おい待て!お前が言葉をかけると!そう、」
「はぁ?」
ギロリと睨むユリエラの様子に、思わずアルベリヒの勢いは弱まった。
殺気しか宿していない、剣呑な目に、アルベリヒも、美奈も、ぞっとして黙ってしまう。
「陛下ぁ…勘違いなされては困ります」
かつかつかつ、とヒールの音を鳴らしてユリエラは真っ直ぐアルベリヒの元へと歩いていく。
そして、他の人に聞こえないようにそっと、耳打ちをした。
「………お前が好き勝手呼んだソレに対して、何故わたくしが声をかけてやらねばならぬのですかぁ?……汚らわしい。マナーも何もなっていない、無作法者に対して」
「ミーナは来たばかりなのだぞ!」
「教えるのは呼び主のお前でしょう…?」
「しかし、っ」
「エーディト姉さまに余計な心労をかけないでいただけますぅ?良いんですよぉ?…神子を脅して無理矢理に王妃にした愚かな国王、とバラしても」
「……っ!」
「神子を脅したせいで、加護を受けられなかった哀れな次代の国王陛下。親殺しをして、ようやく加護を受けるための聖女召喚を執り行えた…と。…今からバラしましょうかぁ?」
表立って反逆などしてしまえば、後々面倒になるから何もしていない。ただ、それだけのこと。
わざわざ反逆してやる価値すらない輩に対して、何故こちらが行動を起こしてやる必要があるのか。
民のためを、と言われるが、その民は聖女召喚に湧いている。ならば、もうどうでもいい。
「聖女の時を限りなく進めて、しわくちゃのババアにして殺してやっても良かったんですよぉ…。わたくしの命と引き換えに。そうしたら、エーディト姉様に権能は全て移る。…どうなると思います…?」
うふふ、とユリエラは笑って続けた。
「わたくしも、エーディト姉様も死ぬ。そうしたら残されたのはおばあちゃんになってしまった聖女様。さぁ、次は誰を殺して新しい聖女の代わりを召喚いたしますのぉ?」
とんでもない脅し返しをお見舞いしてから、へたりこんだアルベリヒを見下ろして、ユリエラは声高らかに告げる。
「聖女様は、体調がお悪いご様子! 我が言葉なくとも、『聖女』であるのならば真価を自ら示すであろう!」
凛とした言葉に、集まった貴族はわぁっ、と声をあげる。
そうだ!そうだ!と賛同する貴族の面々に満足そうな微笑みを返して、ユリエラは深深とお辞儀をした。
あぁそうだ、と呟いてユリエラはアルベリヒのところまで歩いていき、耳元で囁いた。
「……良かったですわねぇ……その聖女が、愛しきエーディト姉様と同じ顔で。代わりになるではありませんかぁ」
冷たく言い放って、アルベリヒを睨みつけ、聖女の元へと次は歩く。
「では、さようなら。お好きなようにどうぞ。…聖女さま」
ひらひらと手を振ってその場を後にするユリエラの存在感はとてつもなかった。
真っ直ぐ、胸を張って歩く様はまさに神の愛し子であった。
祝福されない式を秘密裏に挙げたアルベリヒであったが、やはりどうしても聖女に対してのユリエラの行動には納得いかなかったようだ。
しかし、そうなるための理由はあった。
だが、それを理解しているにも関わらず、王家から神殿側へと抗議がなされた。
大切な大切な聖女が、神子からの言葉をもらうはずだったのに、と。
とはいえ原因は、聖女自身があの場でやらかしたせいでユリエラに何もしてもらえなかっただけ。
そんな怒り狂う彼に対してユリエラは、にこりと笑って言った。
「まぁ、聖女様がこちらの言う事を聞かなかっただけですわよ?……それを全てこちらのせいにされてもぉ」
神殿の人間も、王家に仕えるものも、そして来賓も全てその光景を見ていた。
否定しようにもできない。
本当のことだから。
「国王陛下は、いつもご自身のことしか考えておいでになりませんのねぇ」
「神子様」
「あら失礼。うっかり本当のことがお口から洩れてしまいましいたわぁ」
クスクスと笑うユリエラを、困ったように神官が諫めるが、彼らの目は一様にアルベリヒだけを責めている。
よくもまぁこの神殿に乗り込んで来れたものだと、呆れる神官もいる。
怒って帰る後ろ姿はた単なるワガママな子供でしか無かった。
「あれが、『馬鹿』っていう生き物の代名詞ですわね。でも、エーディト姉様との式を挙げる根性だけは認めてあげなくもないですけど…さっさとあの聖女とやらと式、挙げさせましょうか」
「そうですね。そして」
「ええ、姉様をこちらに連れ戻しましょう」
「聖女を娶り、彼女のご機嫌取りをしてもらえれば、あの陛下は一応加護持ちとなれますので」
「そうね」
さぁ、タイミングをいつにしようか。
エーディトをこちらに連れ戻し、疲弊しきった彼女の心と体をどうにかして癒してあげたい。
王妃教育がどうしたというのだ。
そんなもの、聖女に最初から一度やらせればいいのだ。
「姉様の部屋は綺麗にしておいてね。…タイミングを推し量らないとうまくいきませんから…」
「では、王家に派遣しております影神官から状況報告をしてもらいましょう」
「お願いするわ」
そんな会話をしていた神殿側が、もう少し早く行動を起こしていれば。そう思ったのはほんの三日後だった。




