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はじまり②

 エーディトは天へと召され、もの言わぬ亡骸として公爵家へと帰ってきた。というか、帰って来させた。

 王家は『王妃の亡骸はこちらで弔う!』と必死だったが、ヴァイセンベルク公爵とエーディトの姉や兄、妹や弟も許さなかった。


『絶対に、王家の墓などにいれてやらん。それが、国からの婚約の要請を断れなかったわたしのせめてもの償いだ!』そう叫んだ公爵の迫力に、王家は逃げるようにして城へと帰った。


 そういった様々な事柄があってからの、アルベリヒからの『時を戻してほしい』という何とも厚かましすぎる願い。何度も何度も要望書が届けられ、そのたびにユリエラは嫌悪から嘔吐した。自身の最愛の従姉を殺したも同然の相手から送られてくる手紙なんか、読むに値などしないのに。

 バッカじゃねぇの?!と、要望書を幾度も引き裂き、細切れにして宙へとばら蒔いた。はらはらと舞う紙がまるで雪のようだった、とユリエラを心配する元・大司教はそう告げた。

 ただ、ユリエラの心が壊れてしまわないかが、心配だった。アルベリヒの願いなどは、叶おうが叶わまいが、そんなものはどうでも良かった。


 どうして自分勝手なクソ男のために、愛しき従姉の時を戻してやらねばならないのか、と大司教ユリエラは泣き叫んだ。教会の人間は事情を知っているから、ユリエラの悲痛な叫び声をただ聞くだけしか出来なかった。

 自分たちも、エーディトを助けてあげることが出来なかったのだから、同罪だ。そうやって声に出してしまいそうになったが、それはエーディトを想う人たちが皆、そうなのだ。自分一人だけが、という思いでいてはいけない。


 なお、王家からの要請だったにも関わらず、教会側がこれを受け入れたくはなかった、拒み続けるという異例の事態でもあったが、アルベリヒは強行突破をしてきて、現在に至る。

 アルベリヒが王家の依頼だぞ!と乗り込んできたことによって現在、事態は一変しているのだ。勿論ながら最悪の方向に向かっているが、言わずもがな、アルベリヒは気付くわけがない。


 完全にブチ切れたユリエラが『まぁ、話くらいは聞いてあげなくもないですねぇ』と言ったことでこうして会話をしていたのだが、アルベリヒからは一切の謝罪も何も無かった。

 挙句の果てに『エーディトが悪い』と言い出す始末。


 アルベリヒの側近も知っていたのだ、エーディトがユリエラの従姉であるということは。側近ですら知っていたのだから、アルベリヒも知っていたはずだ。王妃となる人間の親戚関係は把握されている。

 知っていて罵ったのであれば、今回の件はエーディトのことを馬鹿にしに来ただけ、としか思えない。まさに鬼畜の所業とも言えるだろう。


「時の神、クロノス神に愛された『時の神子』たるエーディト姉様に対しての暴言の数々。よくもまぁ、このわたくしの前で言えましたわね…?」


 ぶわりと殺気が膨れ上がる。


「お答えくださいませ、陛下。時の神子たるエーディト姉様の価値はそんなにも軽いものでしたか?」

「あ、っ、ち、ちが、…違うん、だ」

「……何が違いますぅ?」


 二人の間には、ティーセットが乗せられたローテーブルがある。

 冷たい微笑みを浮かべたまま、ユリエラは思いきり足を振り上げてそのテーブルを蹴り上げ、吹き飛ばした。

 ガン!と物凄い音がして、テーブルが床に落ちる。少し時間をおいてガシャガシャ!とティーカップやらが落ち、割れ、紅茶やケーキの残骸が散らばる。


「ひぃっ!」


 情けない声が側近から上がる。まさか女性が、こんなことをするなどとは思っていなかったうえに、ユリエラを『時の神子』『大司教』という役割を持っているだけの単なる令嬢、としか思っていなかったようだ。

 フン、とユリエラはそんな様子を鼻で笑う。時の神子として選ばれなくとも、そもそもユリエラ自身侯爵家令嬢であるから、ある程度の護身術もしっかりと身に着けているし、格闘技でその辺の男くらいならばぼこぼこにできるくらいの力だってある。

 まして今、ユリエラは大司教であると同時に『時の神子』としてのありとあらゆるスキルを身に着けている状態。エーディトが死んだことで、その力がユリエラへと入ってきている状態でもあるため、ちょっと魔法が使える、どころではない強さを有しているのだ。

 だから、側近の『単なる令嬢』という認識は大きく間違っているのだが、これまた誰からも指摘されないまま、ここまで来ている。


「ねぇ、何が違うんですかぁ?」


 国王も、側近も、動けなかった。

 ただ机を蹴り上げただけではなく、ユリエラの放つ殺気があまりに強大で、密度が濃く、彼女の瞳に宿る怒気が、その場を支配していた。


 エーディトが『時の神子』であるということは、持っている特殊スキルから判明していた。

 数百年に一度生まれるかどうか、という類まれなる存在である『時の神子』。時の神であるクロノス神の愛し子であり、時の力を借りながら民の力となっていくための存在。

 クロノスが過去から未来へと続く時の流れを支配する神であるが、時の神子はこの時の流れを支配する力の一部を借り受ける存在。


 そして更に、ユリエラ自身も『時の神子』である。

 細かく分けるとユリエラが現在から未来へ。エーディトが過去から現在までの時を操れる権能を、と本来であれば二分されていた能力だったのだが、エーディトが純潔でなくなった瞬間に、全ての能力がユリエラへと譲渡された。

 仕方の無いことだと理解はしつつも、どうしてあんな勝手な王家のためにエーディトの力が失われなければならないのかと思ってしまった。だが、皮肉にもそのお陰で『時の神子』の役割を持ったとんでもない存在たる大司教が誕生した、というわけである。


「陛下、わたくし。貴方をとぉっても恨んでおります」

「……っ」

「姉様は、あんな風に死ぬような人ではなかった。あなたと結婚しなければ、きっと今頃はわたくしと共に教会でクロノス神に仕える神子としての役割を果たしていたに違いありません」

「ま、まて」

「あなた方の我儘のせいで、愛しき我が姉様は天へと召されました。なんて可哀想なお姉様」

「わ、わたしはエーディトをきちんと愛していたのだぞ!」

「だから?」

「……え?」

「愛していれば何をしても許されるというのでしょうか?」

「あの、っ」

「で、確か陛下はエーディト姉様の時を戻してほしいと…そのように仰っていらっしゃいましたわね」

「…!」

「よろしいですわよ。わたくしの持てる力全てを投じて、何もかもを戻しましょう。本来であれば許されない、『反魂』の術となりますが。既に現世から旅立った者を、黄泉の国から引きずり戻すという鬼畜の所業。戻す代わりに陛下…条件はこちらが定めますねぇ」

「な、なんだ」

「エーディト姉様の記憶も何もかも残したままにします」


 話が違う!と叫んだが、ユリエラは足を組んで、聞き取りやすいようにゆったりと告げる。


「なら良いですよぉ。戻しませんからぁ」


 あまりにあっけらかんと言われた内容に、アルベリヒは顔色が赤くなったり青くなったり忙しい。


「そ、そんな…」

「記憶なしの状態でやり直したとしても、陛下はまた同じことを繰り返しますよぉ」


 ケラケラと子供のように笑いながら言うユリエラに反論したいが、できない。もし、やり直すとしてもうまくエーディトに接することができるのか分からないし、何をやり直したら良いのか今のこの状況では分からないことだらけだ。

 でも、『時の神子』ならどうにかできるのでは、と勝手に判断してここまで来たのはアルベリヒ。


「…で、どうするんですかぁ?」


 急かすようなユリエラからの問いに、『自分は、次にやり直したらきっと上手くやれる』という根拠の無い自信が、何故だか満ちた。

『そうだ、記憶があるならば、うまく接して愛し、次こそは国王と王妃、二人でいい国を作っていこう』と決意する。聖女も、必要ないんだ。そうやって自身に言い聞かせ、ゆったりと深呼吸をしてから、口を開いた。


「お願いする、大司教。…お前の言う通りの条件でかまわない。だから…!」


 そこはかとない上から目線の言葉だ、と頬を引きつらせ、ユリエラはぱらぱらと聖書を捲り、目的の箇所で止める。


「では、参ります」


 静かに呪文を唱え始めるユリエラ。時を戻すための祝詞は頭にあるけれど形として聖書を捲り、使用しているように見せかけた。

 足元に陣が展開され、何やら見たことの無い文字で縁取られているのを興味津々、というように見つめていると次第に意識がぼんやりとしてくる。

 ありがとう、とアルベリヒが穏やかに言おうとしたけれど、ユリエラの言葉に表情がひきつった。


「……やぁめた」


 にこやかに言葉は続けられる。

 あまりに場違いな明るい口調に、アルベリヒも側近も訝しんだ。


「エーディト姉様、そして公爵家の皆様、わたくし、陛下の記憶は持ち越した上で全て、何もかもをやり直させていただきます。…過去に戻って」

「は……?」

「ええ、ただ陛下にやり直しなんかさせてあげませんわぁ。……うっふふ……」


 ニタ、と初めて見せるとてつもなく恐ろしい笑顔でユリエラは叫んだ。


「お前を思いやって、このわたくしが素直にやり直しなんてさせてあげるわけ、ないじゃないですかぁ、この人殺し!! お前の願いなんて知ったこっちゃないんです!!」


 やめろ!とアルベリヒは叫びたかったができなかった。


「誰が人殺しの言うことなど聞いてやるものか!」


 ユリエラの叫び声と共に、あっという間に、首根っこを掴んで引きずられるような感覚で過去へと戻されていく奇妙な感覚にアルベリヒは襲われていったのである。

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