聖女召喚
事態は、一変する。
「見つかったか!」
嬉しそうに笑うアルベリヒと、彼の目の前でにこにこと微笑む古代魔法の使い手。
老紳士のような穏やかな見た目のその人物は、さらりとこう告げた。
「殿下、確かに聖女召喚は我が魔法により叶います」
「本当か!なら!」
「代償は支払う必要がございますよ」
「は?」
おや、と不思議そうな顔をして、その魔法の使い手はすぐ笑顔に切り替えて言葉を続けた。
「一人、この世界の外から無理やり引き寄せ、更にはこの世界の理に定着させねばならないのです。何の代償もなしに出来るとお思いですか?」
「代償、とは…?」
「そうですねぇ。人の命でしょうか」
にこやかなまま、さらりと告げられた内容にアルベリヒは耳を疑った。
「そん、な」
「殿下…。貴方は、エーディト様を人質に取ってもなお、加護が得られないと分かったのだから…この方法に頼るしかないのでしょう?」
「……ぐ、っ」
「貴方様が、もう少し思慮深ければ…他にもやり方がありましたでしょうに」
「き、きさ、ま…」
古代魔法の使い手というこの老人は、神をとても大切に思っているからこそ、自分を呼びつけたアルベリヒを心底軽蔑していた。
決して顔には出さず、穏やかな笑顔のまま、容赦ない棘をアルベリヒに突き刺していく。
「加護が得られない国王が、民に信頼されるとお思いか?」
「………っ」
「そろそろ、こんな声が出ているのを知っていますか?国王陛下に、『神の不興しか買うことができない無能を、王太子とし続けるべきでは無い』と」
「……!?」
「それはそうでしょう。貴方は頭が良い。けれど、それだけだ。人の気持ちを考えることの出来ないものが、民の事など考えられるわけがない」
ぐさりぐさりと刺さる言葉の棘だが、王太子の座も、エーディトも手放したくなかった。そうするわけにはプライドが許さないのだ。
それさえなければ、と何度周りが言っても聞き入れられないところにアルベリヒはやってきてしまっていた。
「………父と母を生贄にしたらいいだろう。老い先短い奴らは、要らん」
「…何とも、まぁ…」
とてつもないクズだ、と老人は心の中で続ける。
そうまでして己が全てを手に入れたいのかと、溜息を吐いたがそんなものアルベリヒには聞こえていないし、伝わるわけもなかった。
そして、アルベリヒは父と母を犠牲に、『聖女召喚』を行うことにしたのである。
もう、ここまで来ると暴君そのものであるが、誰にも止められなかった。
ヴァイゼンベルク公爵が見放した時点で、彼を止めるような良識ある貴族は早々にアルベリヒを見限っていたのだ。
彼に残されていたのは権力と富が大好きな、利権ばかりを主張する屑貴族のみ。
それに気付いていたが、気付かないふりをして、一番タチの悪い方法をアルベリヒはとってしまったのである。
『聖女召喚』。それを行うと決め、発表した日、国は揺れた。
エーディトやユリエラがいるにも関わらず、アルベリヒは聖女を召喚すると宣言したのだ。
聖女を召喚することによって、国に加護は与えてもらえる。しかし、それはつまり『自分には神の加護が与えられません』と今の時代明言してしまっている状態。
だって、神子がいるのに。
その神子に見放された哀れな王太子殿下。
国民はそう囁きあったが、自分たちが酷い目に合わなければ今はそれでいいのだと無理矢理納得させた。
アルベリヒに味方している貴族たちは『神子などおらずとも聖女がいれば安泰だ!』と叫んだ。
彼らはあくまで、自分たちが助かれば、富を増やせれば、権力を手に入れられれば良いのだから。
「は、ははっ」
アルベリヒは震えていた。
今日この日、父と母の命をもって聖女は召喚される。
「国のために、俺のために、犠牲になってくださいね」
ニタリと笑うその姿は、まさに異質。
どうしようもないところまで来たものだと、エーディトは無表情の下に嫌悪を隠しきった。
そんな様子を見て、アルベリヒは何をどう錯覚したのか、にんまりと笑う。
「エーディトよ、許しを乞うなら今だぞ。我が父と母を犠牲にして、この国を守るのだから。そして、俺は聖女を愛する!」
「どうぞ」
「…へ?」
「お好きなようになされませ」
もう、エーディトにはどうでもいいこと。国王夫妻には申し訳ないが、コレがこんなふうになってしまったのは、彼らが止めなかったから。
殴ってでも、何をしてでも、止めようとしなかった。親としての躾を怠った結果として、自分たちが死ぬことになるだけだ。
「あなたが選択したことでしょう。好きにしたらよろしいのではありませんか?」
「………」
こんなことをされて、どうして縋り付くと錯覚したのか分からない。それはもう、心の底から。
エーディトはそれだけ告げてから、王太子妃として与えられた自室へと戻った。
あんなことを告げるためだけに呼ばれるだなんて、とんだ時間の無駄だった。早く公務を片付けなければ…と思い、黙々と仕事をこなしていく。
「………………………」
こふ、と咳き込んで慌てて口に手をやる。
「……」
思わず唾液が出たのかと思ったが、手のひらに僅かに血液が付着していた。
「…どうでも、いい」
罵倒され、暴力を振るわれ、何度も逃げようとした。
逃げようとすると見えないところに対してとてつもない暴力が返ってくる。
術を使って防いだところで、エーディトが耐えきれなくなるまで繰り返され、もう疲れ切ってしまっていた。
「…もう、いい…」
さっさと聖女を呼べば良い。国王夫妻が死のうとも関係ない。
神子が大事だと言いながらアルベリヒを止めることすらできない人たちのことを考える時間そのものが勿体ない。
そうしてエーディトが公務に打ち込んでいる間に、どうやら聖女召喚は滞りなく行われたそうだ。
これにより、アルベリヒは国王に、そしてエーディトが王妃と成ってしまった。
逃げる方法は、もうエーディトの中にたった一つしか残されていないとは思っていたが、挨拶に来た聖女を見てエーディトは顔色を悪くする。
「初めまして、王妃様!」
「……え?」
エーディトと、同じ顔。
髪色と声こそ違うが、全く、双子のように同じ顔をしているその少女は、アルベリヒの腕に己の腕を絡め、勝ち誇ったようにこちらを見ていた。
「これから、よろしくお願いしますね、……お、う、ひ、さ、ま」
にた、と笑うその彼女が気持ち悪くて、エーディトは何も返さず、ただ嫌悪感をおさえることにだけ集中したのであった。




