代替品の検索
――何もかも、うまくいかない。
マルクが去った後、ぎりぎりと歯ぎしりをしていたが気持ちを切り替えてまたエーディトの元へと向かった。さぞかし喜んでいると思いきや、エーディトはただこう言ったのだ。
「…会う事を禁じた張本人に『どうだ、会えて嬉しいか』と問われ、どうして喜ぶことなどできましょう」
「……へ?」
「殿下、言葉遣いは間違えてはいけません。『会わせてやった』でしょう?」
痛いところを突かれ真っ赤になるアルベリヒだが、エーディトの氷のような表情は崩れることはない。
王宮に無理矢理来るように仕向け、親や親族を人質にしたアルベリヒを、エーディトは決して許してなどいなかったし、許すはずもない。
どうしてか、アルベリヒはエーディトが王宮に来れば、全てがうまくいくと信じ切っていたらしい。
「まぁ…殿下はきっと国王となられる御方でしょう。けれど…高位貴族の後ろ盾を全て失った国王陛下、と民から笑われる、とってもかわいそうな国王となりますわね」
本当のことだが、アルベリヒはこれを痛烈な嫌味だと解釈した。
激昂して思いきりエーディトの頬を打とうとするが、それはやはり届かなかった。
「な、ぁ!?」
「殿下はわたくしに触れることは叶わない。そして、わたくしの体は神殿から出たことでじわじわと蝕まれております。だから、抓るくらいはできましょう。色々なものが綻んで崩壊に向かいつつあるのですから」
もう既に、エーディトは壊れ始めていたのだ。
うふふ、と歪な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「どうあっても貴方は国王になってしまうのでしょう。陛下も王妃様も、貴方可愛さに暴挙を止めなかった、ただ、嘆くだけ」
「やめろ」
「当家を害なすというのであれば、どうぞ。わたくしのお父様は負けませんので」
「やめろと言っているだろう!」
殴ろうとして手を振りかぶるが、エーディトに冷たくじっと見られ、アルベリヒは泣きそうな、悔しそうな、不思議な顔をしている。
どこまでも自業自得だというのに、何故か彼はいつまでたっても被害者面をしているのだ。
「~~、気分がわるい! そっちがその気なら、俺は側室をもらう! 良いんだな!?」
「どうぞ」
どこまでも幸せな頭だ、と。エーディトは思っても口には出さない。
そしてアルベリヒはどうにかして、エーディトに嫉妬させたい。
そもそも、エーディトに小指の先ほども想われていないことに、どうやっても考えが至らないアルベリヒを見て、家臣たちも彼を見限る方向へと動いていく。
その筆頭はヴァイセンベルク公爵家。次いで、ユリエラの生家であるエヴァルト侯爵家。
そこに続いて、国内の高位貴族と王宮勤めの家臣たち。
アルベリヒを支えてくれている貴族は、所謂、下位貴族と呼ばれる者たちと、聖女を信仰している教団。
アルベリヒ自身がその事実に気付くのは、即位後に開かれた貴族会議の場であったという。
「どうして…!」
今はまだ、気付かない。
彼の周りには、もうほとんど人が残っていないことを。エーディトの心はとっくに、限界を迎えていて、崩壊に向かっていることを…。
足元が崩れていっていることにも、国王夫妻にも見放されていることにすらも、アルベリヒは気付いていないのだ。それは、彼の傲慢すぎる性格が故。
だが、それをアルベリヒは決して認めない。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
まるで、獣のように吠える。
「何で!どうして俺に心を開かないんだよエーディトは!」
がしゃん、と机の上の物を薙ぎ払って、アルベリヒは頭を掻きむしる。
「どうして!」
自室をぐちゃぐちゃにしながらも、王太子としての自覚だけはあるらしい。
公務に関する書類だけはめちゃくちゃにはせず、必要な内容を吟味してから書類にサインをしていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「神よ、どうか」
神殿で、ユリエラは手を合わせ祈る。
「アルベリヒに、神罰を。見放すだけでお許しになるなんて、生ぬるい」
恐らく、エーディト自身はもう覚悟を決めつつある。
アレに触れられるくらいならば、権能を使える状態のまま、自害する。きっと、それくらいのことは決意しているに違いないのだから。
でも、アルベリヒに知られるわけにはいかない。
「もしも聖女を呼ぼうものなら、王宮関係者全てにも、鉄槌を」
ユリエラの心も、黒に染まりかける。
アルベリヒのとった軽率すぎる行動は、全てを崩壊へと導いていた。
意にそぐわぬ行動をしたら、エーディトは目に見えないところをつねられたり、叩かれたりするようになった。何回か試して弾かれないその瞬間を見逃さない。
どこまでも狡猾な男だ、とエーディトは嘆息する。
それが日常となったが、心を殺してアルベリヒの隣にいるエーディトには何も響かなくなった。
叩かれようが、何をされようが、好きになどならない。暴力で支配しようとする男をどうして好きになれようか。
「どうして…」
アルベリヒの嘆きの方向性がおかしなものになっている。そうやって家臣の間で囁かれるようになった。
いくら王太子だろうが、仕事ができようが、気持ちの悪いものを見る目で彼らはアルベリヒを見る。
表向きは従うが、それだけ。人望などありはしなかった。
「くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
こうなったら、何かをやらねばならない。
エーディトを人質に取ったら、神も自分に対して加護を与えてくれると呑気なことを考えていた。
むしろそれは逆効果。
神は激怒した。そして、見放すことを決めたのだ。
「どうして…っ!」
問うたところで、何も、誰も、答えない。
答えてやる必要を感じていないから。
いくらエーディトに対して肉体的苦痛を与えたところで、彼女は全て我慢してしまう。
好きな子ほどいじめたい、とは誰が言ったのだろう。
行き過ぎれば、嫌悪しかされないというのに。
「なら…、だったら…俺が、他の加護を得られれば良いんだ…!」
エーディトを溺愛する神の加護などいらない。
その代わり、アルベリヒが望んだのは異世界からの来訪者、『聖女』からの加護。
「誰か!!誰かいないのか!!」
大声を出して、アルベリヒは側近を呼ぶ。
「……何でしょうか」
はー、とわざとらしくため息をついた側近は、ギラついた目のアルベリヒを見てぎくりと顔を強ばらせた。
「古代魔法の、使い手を探せ。異世界から、聖女を喚べ」
「な、っ…」
「この国を滅ぼすなどできるものか!いいか、俺に神が加護を与えないのであれば他に頼る!それしかないだろう!」
「………」
エーディトを、手放すという選択肢だけはどうやっても選ばないようだ。
もう駄目だな、と察した側近は言われた通りにする。
どうせ、駄目なのだから。
アルベリヒに代替わりするその日、この国は滅びる。
エーディトは、きっとそれより前に自害する可能性もある。ならば、無駄とは分かっているものの、目の前の馬鹿の最後の悪足掻きを見ていてやろうと、嗤うつもりだった。




