捻じ曲がった感覚
それでは、と短く告げてから大司教たちは神殿へと帰っていった。
彼らが帰ってから、国王と王妃はアルベリヒの部屋へと駆け込んだ。
王太子であるアルベリヒに、加護が与えられないだなんて、あってはならないことだ。
しかし、その原因を作ってしまったのは他でもないアルベリヒ自身であり、なおかつ彼は何も反省していない。
それどころか、エーディトを返せ、と思っているのだ。
決して、エーディトはアルベリヒのものなんかではない。エーディトの心は最初から神にしか向いていない。
あまりにも純粋すぎる想いだけれど、それは神たる存在の花嫁としては必要不可欠な事。
ユリエラ曰く『姉様はギリギリのところにおりますもの。生まれた瞬間から神に魅入られ、必要とされた、歴代でも類を見ない稀有な存在なんですものぉ。ちょっとやそっとじゃ姉様のお気持ちを変えるだなんて無理ですわぁ。殿下が姉様に振り向いてほしいというならば、神にでもなればよろしいのではないですかぁ?』らしい。
しれっと暴言を吐いているが、ユリエラ自身はエーディトが攫われたことに関して自分自身を許せていない。
どうしてあんなクソ野郎に隙を一瞬でも見せてしまったのだろうか、と忌々し気に呟いていたのだが、これは神殿のミスだ、とも呟いていた。
しかしながら、神殿の想いと王宮サイドの想いは、まったく交わらない。
国王夫妻がアルベリヒを溺愛しすぎで気色悪い、と側妃たちが囁いていても、彼らは気にしなさ過ぎた。
アルベリヒが大切だから、ということもあるけれど、そんなことよりも、アルベリヒに対して加護を与えられないことの恐ろしさを早く伝えなければと慌てている。
そんな両親を見て、アルベリヒは一体何ごとなのか、と不思議そうにしているのが対比的すぎた。
「アルベリヒ!!」
「父上、母上」
「どうしてお前は…エーディト様を諦めんのだ…!」
絞り出すような父の言葉に、アルベリヒは何を言っているのかと言わんばかりの顔をしている。
駄目だ、このままではとんでもない事態を招いてしまう、と不安に思った国王夫妻は、どうしたものかと思うけれど、アルベリヒはまた何でもないように言葉を続ける。
「エーディトを諦めない理由?そんなの簡単じゃないですか。神子を娶った王となるためです。それに、エーディトこそ我が隣が相応しいですから。きっと、彼女は白百合が似合う」
エーディトの見た目も、声も、何もかもがアルベリヒを虜にした。
彼のことをエーディトの目が映すことなど無いというのに。
それでもエーディトを欲した。
諦めろ、と言われ続けたことが反対に作用してしまったのかもしれない。
駄目だと言われれば、それをどうにかして搔い潜って手に入れたいというのが人の心なのかもしれないが、理由を話されてもなお諦めないというのは、単なる子供の我儘。そして、執着しているだけのみっともない男、ということになるのだけれど、アルベリヒは一切理解していないし、理解しようとしていないのが、また最悪だった。
悪びれずにアルベリヒはにっこりと笑って、またとんでもないことを言い放った。
「父上、俺の婚約者だった侯爵令嬢には慰謝料を払ったのでしょう?次の相手はエーディトだ。それ以外ない」
「お前は!!!」
「いい加減にしてちょうだいアルベリヒ!お前に神の加護がなくなってしまうのよ!?」
「なら、なおさらだ。エーディトを人質にしてしまえば良い」
「は…?」
呆れたような、絶望したような奇妙な感覚に襲われてしまう。
今、この息子は何と言った?
よりによって、エーディトを人質にすると言った。
「俺がエーディトを娶り、彼女の命を守る代わりに加護を寄こせと要求いたしましょう。そうしたらつり合いは取れている!」
あははははは!!!!と高らかに笑う息子に対して、国王夫妻はただ、気持ち悪さだけを感じていた。
最大級の過ちをアルベリヒが行ってしまう日は、もう、目の前にまで迫っているのだ。
そして、アルベリヒは知らない。
エーディトはヴァイセンベルク公爵家の令嬢として生きてきた。
彼女は芯があって、たとえ体をあげたとしても心までは絶対にアルベリヒなんかには捧げはしないだろう。
何故かアルベリヒは、エーディトを娶りさえすれば、自動的に心を開いてくれて、恋心を抱いてくれると信じ切っている。
そもそも最初からアルベリヒのつけ入る隙間などは一切なく、エーディトは基本的に王家そのものに対して不信感しか抱いていないことにも、気付いていないのだ。
それが幸せなのか、何なのか。
きっと、ただ幸せになれると信じているアルベリヒだけが幸せでいられる世界。
他人の気持ちなど、彼は一切考えないのだ。
生まれた頃から我儘放題で、望めば何でも手に入ってしまった環境にいたから、エーディトのことも同じように全てが丸っと手に入ると信じて疑っていない。
だから、質が悪い。悪すぎるのだ。




