いちわ!
◆◆◆
濡れ衣という小麦粉と卵、最後はやっぱりパン粉をまぶされ、罪の味を調理されたレタス・レディは、断罪イベントの『千切り』を行われた後、しっかり油で揚げられた。
「レタス・ドレスで贅沢しやがって!」
「何がドレッシングでドレスアップだ!」
厨房の民衆は大いに盛り上がり、レタスを肴に酒盛りは続く。
レタス・レディの意識は刈り取られた。
ーーまるで収穫時のレタスのように。
……game end.
◇◇◇
「あ〜! また終わっちゃった〜!」
スマホアプリゲーム、『悪役レタス嬢はドレスをヒラヒラさせる〜さすが水耕栽培は品質が違う〜』通称、『さすレタ』。
最近の、【悪役令嬢が活躍する乙女ゲーム】……が飽和状態のゲーム業界は、いろいろな開発に手を出してるみたいで…。
悪役令嬢からの、悪役レタス嬢ときて、迷走してる感がすごい。
うちは、野菜育成アプリゲームを検索してて、たまったま、このアプリをインストールしたの。したんだけど。
「ぜんっぜん、クリアできない!」
そう、クリア条件にかすりもしないのである。
攻略についてSNSで語る同士がいない、周りでやってるリア友もいない。
ナイナイ尽くしでトホホってやつである。(一周回って流行ってる)
だけど絵が可愛いからか、ダウンロード数はそれなりにあって、アプデもしてる。多分、イベントイラスト目当てで、攻略は二の次、三の次ってとこかな?
特に、レタス・レディの黄緑から緑へとグラデーションがかったドレス姿が、お座りするシーン。毎回、もこもことしたレタスがコロンとしたフォルムで、でも薄い金髪に毛先がうっすらと緑がかった色白美少女(翠目)、悪役令嬢のはずなのに、うるるとした、タレ目の癒し系。
なんだろ、にゃんことか、赤ちゃんパンダの写真を愛でる感じ…??
本当なら、こんな可愛い子が悪役として、断罪されるなんて!って思うんだろうけど、断罪シーンも、そこはスポンサーの企業宣伝なのか、某ドレッシング企業のイメージアップっぽく、妙においしそうで、かわいそう感が一切、無い。
ちょっと小洒落た居酒屋で出てくる、おいしそうなレタスサラダが、あ、揚げられてる〜!!?みたいな?
はあ、サラダ食べたい。じゅるり。
いけない、完全に断罪シーンからサラダ食べたくなってる。
攻略サイトというか、ハッシュタグ#さすレタの集い というのは一応あって、あるんだけども。
攻略メインと言うよりは、本日のサラダとドレッシングのおすすめ組み合わせ、みたいな、どこのクックなサイトよ? って利用者同士がツッコミ入れて、ついでに夕飯とか、写真をアップしてる。
うちは、自分で作ったおつまみと一緒に、レタス・レディを並べてアップするパターンが多いかな。
週2回の在宅ワーク、ランチタイムで軽めに仕込んだつまみを、終業後にしっかり味付けて。
明日は休み! ビール、ではなく、ここは冷を、江戸切子の冷酒杯でと、上善如水の300ミリリットルを出す。
すっきりとした飲み心地に合わせて今日は、ささみの梅肉和え〜もろきゅうを添えて〜と、とりあえず添えてオサレさを足しておこう。
さあてさて、さてさて、くいっとひと口。
「くぅ〜っ! イケる!」
梅肉和えをぱくりとひと口、もぐもぐごっくん、ここでもろきゅうをシャクッ!
いいねえ、合ってる、合ってるよ上善!
そこでひと休みして、スマホのさすレタをポチッと起動する。
さあてさて、我が最愛、レタス・レディちゃんに癒されますか。
タップ!
カーテンの向こう側から、ゴロゴロと、雷鳴が聞こえてきた。
◆◆◆
to continue….
ふっと目を覚ますと、そこは知らないラボでした。
つつう、と流れる汗、ガタガタと体が震えます。
と、次の瞬間、わたくしを入れた容器がふるふると揺れ、わたくしだけ別の場所に運ぶのです。
ーー光。
青い光がゆるやかに当たり、温度と湿度が整えられていくのがわかります。
わたくしの汗が引いていき、ふんわりとドレスが広がっていき、気持ちが落ち着いていきました。
そう、わたくしのドレス。
『千切り』をされる時に、バラバラに千切られ、繊維を分解されたはずのドレスが、ヒラヒラでフサフサで、まるで夢を見ていたみたい。
――夢?
ここはどこかしら?
わかっているのは、どこかのラボで、わたくしの安全と品質は保証されているということ。
なぜならーーなぜなら、白衣の人が、ひとつひとつ丁寧に品質管理をして、ドレスを検品しているから。
夢でもいいわ。わたくし、お城よりも、ここが落ち着くの。
ここなら、香水を振りまいて、紋白蝶を脅さなくて、済むのだもの。
わたくしは、丁寧にドレスを整えて、爪先まで手入れして、髪をゆっくり梳きました。
ああ……いいお水。
そう、お水。
キャベツ夫人との諍いも、始まりは、水問題だったんだわ……。
◇◇◇
ちょっと待って。
なに、コレ?
さっきまで、スマホで操作していたアプリゲーム、『悪役レタス嬢はドレスをヒラヒラさせる〜さすが水耕栽培は品質が違う〜』の、レタス・レディちゃんが、
別 の ゲ ー ム に い る 。
えっ、なんで。
明らかに、研究所っぽいとこで、気持ち良さそうに水に浸かってる。
そして、なんか回想始めてる。
うち、上善、飲み過ぎた?
◆◆◆
ーーキャベンジーヌ伯爵夫人。
通称、キャベツ夫人。
彼女とその夫、ブランゼル伯爵が治める土地は、緑の野菜が採れます。
ーーキャベツ。
もともと、寒冷地で痩せた領地には、野菜や穀物の収穫が見込めなくて。
元キャベンジーヌ・ド・グリンラン伯爵令嬢が嫁ぐまでは、ですけれど。
彼女はグリンラン伯爵の長女として、次期伯爵継承候補でした。
けれど、病弱なため候補から外されていた実兄が快復し、そのため彼女が家を継ぐ必要が無くなりまして。
彼女は実家の派閥争いを避けるため、ブランゼン伯家に嫁ぐことになりましたのーー。
たぷん。とぷん。
くるくると回るコースター。
きれいなお水で良い気持ちになりながら、キャベツ夫人の調査書を思い出します。
彼女は領地のために、寒冷地でも育つ野菜を徹底的に調べ、僅かに植生していた、原キャベツを育てました。
◇◇◇
ちょっ、ちょっと待って〜!
レタス・レディちゃんの独白を聞きながら、どうも、違和感に気付く。
視点がおかしい。
スマホのゲームアプリを見ているんじゃなくて、リアルに視点が迫ってる? え、VR??
飲み過ぎた夢??
ふっと下に目線を向けると、色白のほっそりとした腕、そして、グラデーションがかった、緑のドレス……???
ひょっとして、うち、アプリゲーム内の悪役令嬢に、憑依しちゃいましたか!?