第2章 38話「騎士の剣先に向けられる者」
「ああああぁぁあああああ!!」
イグイースというこの世界で陸上を走る大型の陸上鳥類に乗っている少年が振り落とされそうになっている。先に進んでいた筈の仲間を追い越して爆走をし続けている。
その少年は水色の上着を着て下半身にはグレーの半ズボンを履いた服装を着て首元には黄色のマフラーを巻いた。髪色が茶色寄りで短く少しツンツンして逆立っている髪型をしている輪道新太。
小柄で灰色のイグイースに乗っている新太は必死に手綱を握りしめて落ちないように喰らいつく。
「うお、おおおっ!」
手に握っている手綱に魔力を流し爆走しているイグイースを無理矢理止めさせる。急に止まった勢いで新太は前方向に落とされる。
「痛ってえ!!」
尻から着地したものだから思っていたより痛くて、しばらく打ってしまった箇所を抑えていた。
「こいついきなり走りやがって…握った瞬間じゃないといけないのか」
新太を振り落とした灰色のイグイースは新太を上から見下ろしていて、その目はまるで見下す様な感じの視線だった。
「アラターー!」
そして遠くから少女の声が聞こえてくる。
藍色髪をした少女で黄色のカチューシャに、鉄製の防具で上半身には黄緑色の装飾品や足元まで伸びた布。両手には前腕まで隠す黒色の手袋で左腕には甲の部分にカバーが付いた軽装備を身に付けたリオという少女。
灰色のイグイースとは違って赤みがかったイグイースに乗っていて、違うのはサイズが違うといった個体差があるぐらい。
「何一人で爆走させてるの!」
「だ、だって…こいつが叫び声を上げて暴走するロボットの様に爆走するから」
「しっかり乗る前に手綱に魔力を通せって言われてたでしょ」
「はい。僕が悪いです…申し訳ございません」
「それにしても一回り小さいのに速く走れるのね」
「なんで俺はこいつ以外乗せてくれないんだろうなあ」
新太はリオが乗っているイグイースに触ろうとすると怖がっているのか、新太から一歩離れる。
「ちょっと!うちの子に何しようとしてるのよ!」
「なんもしようとしてねえよ!」
気を取り直して新太は灰色のイグイースに近づいて今度魔力を流して手綱を握りしめる。グイグイと引っ張って大人しくなったのを見た新太はイグイースに乗る。
(よし…今度は落ち着いて乗れてるな)
「まだカランは後ろにいるみたいね」
「まあアイツなら呆れながらゆっくり来るだろ」
新太とリオは歩みを進め、後ろからやって来るであろうカランのためゆっくりと進ませる。
「そういえばピーシャってどんな街なんだ?」
「私もそこまで詳しくは知らないけど、海が近い街で漁港とかが栄えているんだって」
「魚か~なんか久しぶり刺身とか食いたいなあ」
「さしみ?」
「魚の身を生で食べることですよ~種類によって美味しさが違ってくるからさ美味いんだな~これが」
「生か~流石私はいいかな…食べる勇気は無いし」
どうやらこの国の食文化には生で食べる様なものは無いらしい。リオの表情は少し引きつっていたのがそれを語っている。
「こりゃあ街が楽しみだな~」
「それ以前に何としてでも7日以内に着くようにしないと私達は捕まるんだからね」
「知ってる。でも何もない時は焦らずゆっくり行こうぜ。そっちの方が窮屈な思いとかしないだろ」
「でもやっぱりさ、急ぐべきなんじゃない?あの人が――。」
「分かってる。でも…今の俺達が急いでもアイツらには勝てない」
新太の言うアイツら。それは道中で突然襲い掛かり銀色の長い髪をした女性と別れることになってしまったあの出来事。恐らく襲ってきた連中とはいずれ戦うことになるであろう。その為には色々と時間が必要になる。
「それに、あの人は生きてる。俺達が知ってる限りじゃあこの世界で最強なんだよ!あの人はさ」
「じゃあ今をしっかりと生きていかないといけないね」
「ああ!」
笑顔で返事をする新太の後方。小さくボコボコと地面から何かが迫って来ていた。しかし談笑をしていた2人は知る由も無く接近を許してしまう。
完全に油断をしていた2人の背後から地面から勢いよく飛び出してくるのは、体液をまき散らしながらうねうねとした赤いミミズの様な動物。ただ新太の知るミミズとはサイズが大きく異なり、おまけに大きく口を開いている。
明らかにこの世界で凶悪になった魔物なのだと瞬時に理解する。
「「おおおおおおっ!?」」
驚く2人は左右それぞれに分かれて突進攻撃を避ける。ミミズの様な魔物は再び地面の中に潜ると新太の方目掛けて接近する。
「ええ!?何で俺!」
土の盛り上がっている動きが消えると新太は不審に思いイグイースの足を止める。
「駄目っ!!アラタ走らせて!」
リオの言う通りに急いで走らせるが足元付近の地面が盛り上がり新太の体は空中に投げ出される。
「うおおおおおわああああっ!!」
幸いにも呑み込まれることは無く。地面から飛び出し頭から尻の部分まで見えたのだが、全長として3~4m程。魔物は浮かんでいる新太に目掛けて体をくねらせてぶつけてこようとしてくる。
(やらせない!)
リオは弓を構え炎の矢を出現させ同時に3本放つ。リオが扱っている弓はまだ使い慣れていない。放つ矢の軌道が途中で逸れてしまい狙った箇所に当たらないのだ。
口元目掛けて放たれた矢は軌道が逸れて1本だけ胴体に突き刺さるが他2本は魔物には当たらなかった。
(複数に放つと更にブレる!)
炎の矢が当たったミミズの様な魔物は口を閉じて再び地面の中に潜る。
手綱を放してイグイースを遠くにやると地響きが新太を襲う。しかしその地響きは遠くなっていき狙いは完全にイグイースだと分かった。
(しまった!狙いはあっち――!)
右手に魔力を纏わせ思い切りの力で地面に拳を当てる。衝撃が伝わっていき魔物の姿が露呈する。風の魔力をだしてジェット機の様に勢いよく近づくと右脚に魔力を纏わせて魔物を蹴り上げる。
「うっそお……」
3~4m程もある魔物を蹴り上げるの見て呆然していたリオは浮かんでいる魔物に狙いを定める。
精度に自信を持てなかったリオは確実に当てるために胴体に1本だけ矢を引いているとリオの背後から『ブンッ!』何かを投げられる音がした。
投擲されたのは長めの剣で刀身がキラリと輝き、回転しながら魔物に向かっていく。
「ザクッ」と剣が魔物に刺さると茶色のローブを身に付けた人物がその突き刺さった剣を持ち、突き刺したまま一気に勢いを付けて一直線上に向かって斬っていく。
赤黒い血が空から降ってくるのと魔物も一緒に落ちてくる。しかし魔物はまだ生きており口を大きく開いて灰色のイグイースに向かっていく。
イグイースに喰らおうとしているのだと察した新太は足から風の魔力を出して落ちてきているミミズの様な魔物に魔力を纏わせた渾身の右ストレートを打ち込む。
「ぅい!?」
打ち込んだ右手に違和感を感じながらも魔物を弾き飛ばす。血反吐を吐いて横たわる魔物にいち早く火を放つとリオは右手を抑えている新太に近づく。
「大丈夫!アラタ?」
「ああ…なんか触れた箇所が赤くなってて痛え…」
「見せて」
「待って」
リオは新太の右手を掴もうとしたが静止の声が聞こえてくる。
声を発していた人物はフードが付いたローブを着て可愛らしい容姿をしていて首までかかったピンク色の髪、そして頭部から獣耳が生えた中性的なカランという少年。
「アーギッグ・ワームの体液に触れたんだ。外敵から護るために皮膚がかぶれる成分を出しているんだってさ。他の人が素手で触ったらその人もかぶれるよ」
そう言ってカランは一枚の布切れを新太に投げる。恐らくこれで拭き取れということなのだろうと理解してヌルヌルしている液体を拭き取る。
その後新太は自身のカバンから包帯を取っては右手に巻いて簡単な応急処置をしておく。
「これから先こんなのが沢山出てくるんだけどさ2人供警戒心無さすぎじゃない?」
「いや~あんまりこういった事した経験無くてさ」
目の前の敵がどういう行動をしてくるのかの警戒心や読み合いなどはあっても、いつ襲ってくるか分からない様な旅路に関しては完全に経験は新太には無い。
「そういえばアラタ。アンタのイグイースは?」
「あ!アイツは何処に行った?」
ギリギリでアーギッグ・ワームの攻撃から守った灰色のイグイースは呑気に離れた所で毛づくろいをしていた。
走って近づいていくとイグイースは新太の姿を見ては逃げていく。
「ええっ!?ちょっ――待てや!お前えええ!」
「警戒心とかそのレベルじゃない気がしてきたんだけど…」
「動物にすら舐められてるんだ…」
逃げてしまっている動物を後ろから追いかけている新太。本当にこれが国の闘技場で優勝を獲った者なのだろうかと思ってしまった。
(けどあきらかにアラタは急成長している。少し見ただけでも魔力の質が違っていた)
リオが思っていた『魔力の質』。それは使い手の魔力が戦闘などによって経験により最も適した属性の色になっていく現象。
例えば新太の魔力は風属性に適しているため経験を積んでいけば濃い緑色になっていく。カランならば水属性なため青色に。
だが魔物を弾き飛ばした際に新太が纏った魔力の色は以前見た時、薄い緑色が濁った緑色に変わっていた。
(本人は自覚していないだろうけど以前のアラタとは異質に変わってしまっている…それは多分あの激情化に入り掛けたことがきっかけになっているんだよね)
リオは先程の魔物との戦いでも特に何か成果を挙げられていない。自分だけ何も変われていないことが自分を更に焦らせるのだった――。
「アラター!大丈夫―!そろそろ休憩するー?」
「はあ…はあ…すんませーん!お願いしまーす!」
新太の前を先導して走っているリオとカランは徐々に速度を落として、いつの間にか後方に位置づいている新太の様子を見ていた。
「魔物の時から走らせてまだ15分ぐらいしか経ってないと思うんだけど、アイツそんなに魔力量無いのか」
イグイースを操る際は手綱に魔力を纏わせて従わせる必要があるのだが、新太は途中途中制御が出来ていないことが度々あった。
「一旦この先の森に入る前に休憩を挟んでいこう」
「その方がいいかもね」
新太の為にも一旦休息を取るために足を止めさせ、先に2人はイグイースから降りて新太を待つ。
ヨロヨロしてる姿を見せながら新太は2人の元に辿り着く。表情はシワシワになって今にでも倒れてしまいそうになっている。
「そんなに操るの大変じゃないでしょ」
「いや…これ…俺の魔力量がアレなのか?少ないのか…」
「そうだお前の魔力が弱いからだ」
「酷いなあ。もう少し労いの言葉を掛けてくれてもいいじゃない」
「この旅は7日間で目的地に向かわないといけないんだ。1時間も満足に移動出来ないなんて話にならない」
「そうはいってもなあ。ここまで魔力を持っていかれるとは…」
「アラタって多分長期的に使おうとすると直ぐ無くなるタイプなんじゃない?」
「なんかそういうの分かれてるの?」
「魔力の回復力に差があるのよ。使い切った魔力が数時間休めば戦える人。1日しっかり休まないと戦えない人に分かれてる。それは魔力を使用する時の効率もあるしそれは体質によるものだから何とも言えないけど、多分アラタは後者の人だと思う」
(長期的かあ…戦いで1時間2時間もやったことないから分かんないけど、負けられない!って思った時は火事場の馬鹿力みたいに瞬間火力で何とかなってきたけど、やっぱり力不足は否めないなあ)
旅の道中にも魔力を使うことになると魔力総量を上げていくのは必須になる。
「なあカラン。魔力量はさ戦っていけばいくほど上がるモノでいいんだよな?」
「それは僕にも分からないし本人次第。自身にとって劇的な経験を積めばいいんだろうけど、それはもう生きるか死ぬかの戦いだろうし…それを乗り越えていった者達が名を遺すんだろうね」
「生きるか死ぬかねえ…出来ればそんな経験したくはないけど、何とも言えないんだろうなあ」
新太は地面に寝っ転がってしばらくボーっとしていた。今は少しでも使い続けた魔力を回復させる方に意識を向けていた。
その姿を尻目に見ていたカランは自身の剣の手入れをしていたのだが、一瞬だけこちら側に向けられた刺々しい気配。手から汗が噴き出て思わずその場を立ち上がる。
「ん?どしたんカラン?」
「そりゃあ王都であんな騒ぎを起こしたんだから誰かは追いかけてくるよな…休憩は終わり!2人供急ぐよ!」
カランは青色のイグイースに乗って先を走っていく。まだ理由も分かっていない新太とリオも急いでイグイースに乗り速度を上げてカランに追いつく。
「どうしたのよカラン?また魔物が迫って来てたの?」
「違う!魔物じゃない!この向けられた魔力は明らかに人に因るものなんだ!」
「え?誰か来てるのか?」
新太は後ろに振り向いて目の焦点をしっかり定めると後方から地竜がこちらのスピードよりも速く迫ってきている。
そしてその上には姿はまだはっきりとは見えないが人が乗っていた。しかしこれだけは分かる。この者は明らかに王都から送られてきた自分達にとっての敵だと。
「着ぐるみの今度はちゃんとした国の騎士様かよ!」
全員は手綱を握りしめて速度を上げる。しかし速度は向こうの方が上で上に乗っている人の姿がハッキリと見える程に距離が縮まっていく。
その近づく者は白銀の鎧を着たオレンジ色の髪色で七三分けされトラッド風な髪型をした男性が地竜を操り迫る。背中には大きな剣を携えており、その名はクロイアと呼ばれていた男で大会での審判を担当していた人物だった。
「どうする?カラン!多分アイツの狙いは俺の筈だ。俺だけ別行動するか?」
「いや一人でどうにかなる人物じゃあない。木々を使って振り切るか…最悪戦うことになるかのどちらかだ」
「だとしても向こうが攻撃をしてこないなんてことも無いでしょうしね」
「奴が俺を殺すか捕まえるかのどっちかで、向こうの行動も変わってくる筈だ…」
「よし、僕が手を上げて合図をしたら木々に突っ込むよ」
クロイアがだんだんと近づいて来ているがまだカランは合図を出さない。近づくにすれ次第にクロイアは剣を抜き間合いに入ろうとした瞬間にカランは左手を上げた。
全員は進路を変えて森の中にイグイースを突っ込ませる。カランは相手が剣を抜く瞬間を見定めており、直ぐには進路を変えられないようギリギリのタイミングで合図を出した。
(よし…ひとまず不意は突けた。あとは視界を遮つつ振り切る!)
(格下の者だと思って油断していたが、頭のキレる者がいたようだ)
不意を突かれたクロイアは足を止めさせ、森の中に入った先を見つめていた。しかし彼は焦ることは無かった。
その理由はまだこの程度ならば追いつくことは可能だと自分自身の強さに確信を持っていたからだ。
「お前はここら辺りで待機していろ」
乗ってきた地竜に指示を出してこの場を離れさせる。そして助走を付けて走り、勢いよく飛んでいく。
そしてギリギリの寸前で森の中に入って行った3人は後ろを警戒しつつ先へ進んでいた。
「アイツは来てるの?」
「……いや!今の所は姿は見えない!諦めたって訳じゃ無さそうだけどなっ!」
(こちらに向けてきたあの一瞬の殺意…追跡を止めるなんてことは無いだろうし。国王の側に居た人間という事はアラタが関係してくる筈)
「カラン!ここら辺で迎え撃ってもいいんじゃねえか?ここならリオの遠距離攻撃をうまく活用出来ると思う!」
新太の言っていることは確かに一理ある。生い茂った森ならリオの姿を隠しつつ攻撃出来て反撃のチャンスを作れる可能性もある。
要所要所に罠だって作成することも一応可能だが、相手に実用性がある物を作れるかは分からない。
「もう少し距離を放したら直ぐに行動を起こす!リオは狙撃出来るポイントを!アラタは罠を作るための時間を稼いでくれ!」
「「分かっ――」」
返事をしようとしたその時だった。
一瞬何かが光ってこちらに降ってくるように地面にぶつかった瞬間。3人の視界は土煙に覆われて何も見えなくなり、乗っていたイグイースから降り飛ばされる。
そして煙が消えて視界が見える様になると、そこに男が立っていた。周辺の木々が倒れ荒れ果てた光景になっていた。
その男は勿論クロイア。一瞬で離れた距離からこちらまで近づいてきたのだ。
「化物かよ…」
「さて、鬼ごっこは終了の時間だ。抵抗せずリンドウ・アラタを差し出せば危害は加えない」
上から見下ろしてくるクロイアから放たれるプレッシャーは計り知れないが、3人は気圧されずクロイアに睨み返していた。
「悪いんだけどその話は聞けないのよね。アラタが居てくれないとこの旅が無意味になっちゃうから」
「悪いんだけどさ王様に謝っといてくれないか?輪道新太は捕まえられなかった。って…」
「はあ…やはりあのお方の言っていた通りになってしまったな。先に言っておこう君達じゃあ私には勝てないよ」
向けられる騎士の剣の光が反射し新太の顔を照らす。拳を握りしめて目の前の敵と対峙する――。
どうもオオモリユウスケです。新年一発目の投稿になりますね。一先ず今年から今年からと何回も言っていますが人生って上手くはいかないものですね。とりあえず1ヶ月に1話の投稿ペースをし続けることを頑張って参ります。
今回は久々に魔物の登場とまた王国からの敵になります。アーギッグ・ワームという名前は「かぶれる」という単語を英語にしてそこからもじりました。まあそれだけで新太の引き立て役になってしまいましたが…そして魔力の質というワードも久々に出ましたが、闘技場編で明らかに異変を起こした新太に身には今後どんなことが起こるのでしょうか。そしてクロイアの実力はどれほどのものなのか。
それでは次回お会いお会いしましょう!!




