#30 酒好き会社員⑨
エピソードトークは、途中で止まった。お酒が進むでもなく、なんとなく部屋にいる感じだ。寝ているでもなく、起きているでもなく。その隙間にハマっている感じだ。だから、とりあえず買ってきた肉とかで、料理を作ろうと思う。依頼者さんは、何か食べたいとは、言っている。でも夢でなのか、現でなのか、分からないから、とりあえずやる。
買ってきた肉を取り出して、料理を作ろうとした。だけど、気づけばみんな寝ていた。依頼者さんは、魂が抜けた感じだ。魂という漢字から、鬼を取った感じだ。ニムって感じだ。ニムって何か分からないけど、ニムだ。漢字で書くと、似夢って感じだ。依頼者さんは、夢に似た場所にいる感じだ。自分でも、何言ってるのか、分からなくなってきたけど。まあ、いい。
肉に下味つけて、焼いたり。野菜に色々したり、し始めた。みんなの顔が、肉に見える。霜降りステーキ肉に、見えている訳じゃない。脂の部分が、目と鼻と口で、みたいな。そんなんじゃない。そんな、ステーキ大好き人間じゃないから。そんなの、ステーキ大好き人間だけに表れる、症状だ。みんなの顔が、肉という漢字みたいに、見えるだけだ。ただ、それだけだ。肉という漢字の、上の【人】みたいな部分の、はらいの部分を目に。下の、人みたいな部分を口に、して見てた。
たのしかった。たのしかった。たのしかった。すごくいい仕事だと、思った。たのしかったと言っても、あれじゃない。ポエムコンテストの二次選考で、落ちたやつじゃない。僕は、ポエムがまあまあ好きで、書いたりしている。でも、なかなか通過できない。どうしても、他の詩に負けてしまうんだ。今のたのしかったは、【楽しかった】であって、【他の詩勝った】ではない。
自慢の料理が完成したとき、みんなが目を覚ましていった。横になっていた人が、時間差で起き上がっていった。頭のなかに、こんな言葉が出てきた。【逆ドミノ倒し】。【逆再生ドミノ倒し】。その方がいいかもしれない。よかったと思った。これで、目的を達成できる。そう思った。一瞬、我に返った。本来の目的は、料理ではない。メモだ。ずっと、ヒューマンボイス皆無世界にいたから、忘れかけていた。
みんな、僕の料理を食べてくれた。自分の作った料理についての感想を、メモする。そんな、素晴らしい時間が、訪れようとしていた。自分の得意なことを、ふたつ一緒に出来ている。かなり、しあわせだった。「おいしい」「おいしいよ」「おいしっ」それだけだった。メモし甲斐のない、感想だった。でも、嬉しかった。スマホメモには、【お】と【い】【し】ばかりいた。「うまい」そんな感想が出たとき、もっともっと嬉しくなった。
二刀流。自分も、それの仲間入りができた気がした。仁藤龍さんという、著名な方がいる。だが、その人はかなり狭い分野の小説しか、書かない。ウルトラ一刀流だ。南国ギャルミステリー、しか書かない。だから、仁藤龍さんよりも、二刀流っぽいということだ。今回は、酒を呑んでも、酔わない能力を見つけた。収穫がありすぎた。よかった。みんな、また寝てしまった。ただ、依頼者の手のあたりに、手紙があった。見ると、僕宛だった。この瞬間、ずっとこの仕事を続ける、決心ができた気がした。




