人生は一文あれば表現できる
確か『フギャーッ!』って言いながら車に轢かれたはずなのに、
目を覚ましてみたら、ぼくはネコじゃなくなってて、
自分の前脚を見たらまるっこくて、毛がまったくなくて、
それはたまに公園に来たでかいやつらが、ぼくを撫で回してくれた、あの手に似てたので、
ああ、ぼくは人間になったんだなって、そう思ってたら、
ママらしき人がぼくを抱いて嬉しそうに笑ってた、そんな記憶は結局、三歳になる頃には忘れてて、
言葉を喋るようになったら自分は人間なんだという、なんていうか、自我っていうものが芽生えはじめたんだけど、
同じ自我をもつ仲間に囲まれてるうちに、自分が生きてることには意味があるとかも思いはじめちゃって、
誰かが作った社会の中で、誰かが決めたルールを守って、
誰かが敷いたレールの上を歩いてるうちに、ぼくはいつの間にか大人になって、
学校で習ってきたことを活かして、学校生活でシミュレーションしてきた生き方を心がけて、
でもたまに赤ちゃんだった頃を思い出して、自分の指を舐めたらこれ、とっても気持ちいいなって、思ったり、
ママのことを初めて『ママ』って呼んだ時のママのめっちゃ嬉しそうな顔を思い出したりしながら、彼女に『君こそすべてだ』って言ったら、結婚して、
自分の子供を作って、
コイツどこから来たんだろう? なんて
その時は思わなかったけど、今になって思うんだけど、
結局考えたらソイツもたぶん産まれた時には『あれっ? なんでぼく、歩けないんだろう?』って4本足をバタバタ動かしてたのが、
そのうちハイハイと歩けるようになっても、ネコだった時みたいにうまく歩けないのが、意外に楽しかったことだろうなって、
そうなんだろうなって、感じても、ワシはもう病院の白いベッドの上で恍惚としちゃってるから、
誰かに伝えることなんて出来んかった。




