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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
夢  ~新暦180年~
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理想の世界だった。

 理想の世界だった。


 何もかも上手くいっている、とまでは言えないが。少なくとも、国や地域同士で争いが絶えないということはない。お互い知性と理性を持つ者同士、話せば分かるはずという信頼関係がそこにはあった。事実、ここ百年はそのとおり推移している。


 もっとも対立の原因となる民族性や宗教、何より権益を奪い合わねばならないほどの経済規模が失われたことは大きい。各地域の人口に比べて天然資源は使いきれないほど余っており、絶大な権力を握る政府同士が互いに必要なものを損得勘定抜きで融通しあった。


 結果、世界は急速に復興を遂げた。未だ知られざる存在『プレゼンター』の技術体系を独占し、その秘密を小出しにする世界統一連邦国家『ミレニアム』の下で。


 人々は連邦政府の統治者達を『神』と呼んだ。その実像はプレゼンターがもたらした人工進化の産物であり、不老長寿のエルフと壮健な小人族から成る。エルフの数は少なく七十八名、ドワーフやホビットら小人族はそれに万倍する。エルフと違って自然に増えやすく、近頃では人間と変わらない扱いを受けるようになっていた。


 またエルフのほうも、現れた当初と比べて若干の変化があった。生物としては未だホモ・サピエンスと同じであり、数こそ少ないものの原種の人間と中間の個体が生まれる場合もあった。それらはハーフエルフと呼ばれ、エルフには劣るものの優れた知性とマナ許容量を持つ。片親が統治者であることからも中間管理職を務める例が多い。


 世界の滅亡を紀元とする新暦〇一八〇年。まだ少し静かで、寂しい時代の出来事である。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 世界政府ミレニアムには、神々たるエルフの中でも最上位とされる者が三人。


 ひとりは『創術王』ライオネル。時間と物質、生命の神秘を司る創術の応用に長けた神王の片割れ。粗暴なところはあるが、豪放な性格を慕う民も多い。


 ひとりは『法術王』アルフレッド。空間と世界の法則を司る法術の応用に長けた神王の片割れ。冷静かつ思慮深い性格により幅広く民の信頼を勝ち得ている。


 そして最後が『聖賢王』アト。あまり人前に現れず、必要なときのみ創術王か法術王に助言を与えて術式の研究に専念しているという。直接彼を知る者は少なく、教えを受けた弟子となれば更に少ない。総督を務めるエルフ達も、大半がルースアとの決戦後に人工進化を受けたライオネルかアルフレッドの教え子達だ。


 とはいえ彼にも仕事がある。別に隠れようと思って隠れているわけではない。食事や身の回りの世話をする者達とは普通に話すし、息抜きのため散歩していれば外で働く人々と擦れ違うことも。要は気づくか気づかないかだ――神と崇め奉られるエルフも、意識して見なければ普通の人間と変わらなかったのである。


「…ふぁ………ぁ~……」


 その日四度目の息抜きを、偉大なる聖賢王は満喫していた。


 色の薄い膚に黒髪、東洋的な顔立ち。今年で百八十八歳になるが、外見的な年齢は十四、五歳で止まった。何か精神的なものがあるかもしれない。生まれつきの血筋と遺伝情報の取捨選択がよかったのだろう、人工進化するまでもなく美形と言える。


 だが中身は別だ。猫背、大きな欠伸、気だるげな表情。知能の高さと善良さ、公平さに疑問を抱く者はいなかったが、それはアルフと彼の意を汲んだ傍仕えの虚構。本当の彼は怠け者であり、自ら積極的に取り組んだのはゲームやハッキングだけという始末。


 当然、この時代にコンピュータもデジタルゲームもない。統制者システム――研究所ではライブラリ、西都原昌男はまたしても中二病風にアカシャと呼んでいたらしいが――は多少似ているものの、姉や成人女性の頭の中を勝手に覗く気にもなれない。


「退屈だ……」


 もはや口癖となった愚痴を零す。


「タイクツだ?」


 音程を変えてみても、そう簡単に気分までは変わらない。


 実のところ、仲間を起こすために必要な仕事は全部終わった。否、起こすために必要な仕事をやらせる者達を拡大再生産するために必要な仕事が全部終わった。



 ①プレゼンターの設計図を基に黄金樹を実体化すること。

 ②黄金樹を植樹する労働力として人口を増加傾向に乗せること。

 ③持続可能な統治機構及び経済基盤を築くこと。


 

 黄金樹とは、異次元のマナを無害化して汲み出す機能を持たせた植物である。


 このうち①は自分でやった。②は治安を守ることでライオネルが、③は人々を組織化することでアルフがやってくれた。人材が育ってきたこともあり、今では見ているだけで黄金樹が増える――良質なマナの安定供給を実現できるようになりつつある。


 地球上が清浄なマナに満ちれば、統制者を覚醒させる条件が調う。そのためのパスワードも姉ミカゼのものについてはバイオメモリの中に残っている。敬虔なカトリック教徒のセレスは、どうせ旧約聖書か新約聖書あたりの一節だろう。付き合いの長いアルフに訊けば多分分かる。一番の難題はセラフィナだが、まあ時間さえかければ何とかなるだろう……そう、長い。とても長い――長すぎる時間。


 必要なマナの総量は、プレゼンター出現前の七万倍。約千年かかる。


(本当によかったのだろうか?)


 お誂え向きに用意された黄金樹を植えて。


 あまりにも都合がよすぎる。まるで今読んでいるSF小説みたいだ。あるとき異星人から植物の種が送られてきて、それが馨しい香りの美しい花を咲かせた。最初は貴重な標本を枯らすまいと慎重だったが、やがてどうやっても駆除できないことに気づく。文明の危機も囁かれる頃、件の異星人がやってきて『除草剤』は要りませんかと云う……


 人体に害がないことを一応確かめてはいるが。あの話に出てくる植物と違って、全く水を与えなければ枯らすこともできるが。


 全て順調だった。あと千年、ひたすら無為に待たねばならぬことを除いて。


(とりあえず本でも読むか……)


 偉大なる聖賢王陛下は、いつもどおり脳内のメモリを検索した。開発者のことを思えば死ぬほど意外だが、世界名作全集を遥かに上回る規模の古典が網羅されている。どうせなら一緒に遊んだ対戦ゲームのひとつも入れておいてくれれば――それはないものねだり。中二病は中二病なりに、私情を排して残すべき人類の遺産を選んだらしい。


 こういう時間を持てるようになって一年も経つ頃、ようやくアトは気がついた。ゲームを人類の遺産として相応しくないと思ったのではなく、このメモリを受け取る少年が触れたことのないだろうものばかりを選んだのだ、と。

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