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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
繰り返すもの  ~第二暦930年~
62/210

列強の哨戒艦と

 列強の哨戒艦と遭遇することもなく、無事ホンシュ島へ上陸した。分隊ごとに点呼を済ませ、総員三十五名は三輌の兵員輸送車に分乗してサニン地方へ進軍する。


 小隊長の座乗車輌は一分隊、傭兵のルーナは三分隊に便乗する。事前に決めておいたとおり、これで『緊急事態』に全ての車輌を掌握できる。


 どのタイミングでやるかは、ルーナとフィリス上等陸曹に任された。二人が動きやすいよう、リゼは休憩を入れて車から隊員達を追い出す。風の精霊に音を運ばせれば、怪しまれない程度の小声で意思疎通を図るのも難しくない。


(そちらの準備はいい?)


(待って。中に三人も残ってる。これだと車を奪えない)


(…一緒。こちらは少尉達を入れて、だけれど……)


 リゼに音を飛ばしてみる。一分隊も同じ状況だという。


(どういうこと……?)


(分からない。でも安易で愚かな答えなら一つある。佐々木少尉が裏切った)


(まさか。それはないでしょう)


 会議室での有様を彼も見ている。マナ耐性がない人員など連れていっても無駄死にが増えるだけだと、さすがに分かっているはずだ。


(そのまさかで動くのが皇国軍人。頑固で……仲間思いだから)


 計画は変更せざるを得ない。このまま先へ進み、本物のホットスポットか高密度帯に遭遇した時点で佐々木少尉を先頭に引き返させる――フィリス上等陸曹の修正案どおりに。だが、この状況となってはそれも難しいという。


(考えてみて。あなたは外国人、小長と私は亡命者。現実主義的な愛国者が私達だけで先に進むのを認めると思う?)


(だけれど、このままでは犠牲が出るわよ。敵軍に遭遇するならまだいい。危険な変異体に襲われるかもしれないし、最悪彼ら自身が……)


(大丈夫。私が、みんなを護る)


 気負いのない、いつもの小さな声で断言する。


(お願いできますか、フィリス上等陸曹?)


(…アマンダと呼んで)


(分かった。アマンダ、お願いね)


(…ん。頑張る)


 クォーターエルフは見た目原種の人間と変わらないが、やはり時の流れというか生きている時間が違う。部下の経歴を落ち着いて見る暇もなかったゆえ、リゼはアマンダの歳を知らない。あるいは既に四、五十を数えたのか。どことなく寂しそうに聞こえるのは、外見に引きずられた言葉遣いの幼さだけが原因ではあるまい。


 況してや彼女は、何らかの術者だ。特別扱いされて気苦労も多かったろう。


(計画は中止。このまま全員で進みます。二人には説明しません。かえって欺瞞工作と疑われる惧れがありますから)


 マナを薄める結界の構築は、秋山二等兵をカナリアとして行うことにした。鉱山において有毒ガスの発生を察知するため、よく使われるのがこの鳥だ。マナ耐性が少しだけある者なら誰でもよいのだが、佐々木少尉では痩せ我慢してしまう。


「どうしたの、もしかして酔った?」


「あ、いえ。例のアレっぽい感じが……もしかして、そろそろ」


「ふうん……じゃ、頑張ってね」


「…どっちなの!?一応、心の準備とかあるんだけど!?」


 少し離れてからアマンダに報告。分かった、と簡素な返事が届くや微かな未分化のマナが霧消する。長く言霊使いをやってきたルーナから見ても鮮やかな手際だ。


 当の秋山二等兵、そして佐々木少尉は不可解そうな顔をしている。事前の説明と違ったのだから、ある意味当然だが。佐々木少尉は仲間の信用を失うかもしれない。上官命令を無視して作戦を洩らしたのだから、まあ自業自得ではある。


(悪い子じゃ、ないんだけどねえ……)


 エルフの長い人生、ルーナは一度だけ固定の冒険者パーティを組んでいたことがある。今の傭兵稼業も、そのときの感覚を延長したもの。世間の呼びかたが冒険者から傭兵に変わっただけ。金払いがよく、使い捨てたりしない信義ある雇い主なら誰でもよい。


 佐々木少尉は、仲間のひとりだった道士の少年に似ていた。生真面目で、頑固で、優しいけれど勇敢で。最初は衝突したが……要するに好きだったのである。


 しかし少年には、姉と呼ぶ幼馴染みがいた。それでルーナは、気持ちを伝えることなく忘れた。ところが少年と幼馴染みの少女の関係は、ずっと姉弟のままだった。普通の原種人類よりは相当長い、道士の寿命が尽きて死ぬまで。


 あのとき五百歳、今は九百歳。もう恋なんて今更だが、それを言ってはいけない気がする。堅物リゼのことだ。もしかしたら一度も恋をしたことがないのではないか。人外仲間の自分がやってみせないと、今後も彼女は一人になってしまう……?


(…原種の男だと、死に別れてからが長いのよね)


 相手を見つける前から心配しても始まらない。しかしそんな逆皮算用をしてしまうほど、この友人は不器用なのである。付け加えるなら、その辺に生えているような普通の男では駄目だ。何となくだが、リゼはとても重い荷物を背負わされている。


「…どこかに人外の男、落ちてないかしら?」


 もう一度作戦を確認しようとした秋山二等兵が、ぎょっとしたのは言うまでもない。

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